サプリメント今昔 最古のサプリ
会議後、店に戻った世良に高田から電話があった。
「今日、悪かったな」
「何がですか?」
「水野が煩かっただろ?あれ、オレに言ってるんだ。トレーナーなんとかしろって」
黒須スポーツでは、トレーナー活動を管轄しているのは広報部である。プロアスリートのスポンサー契約や、アマチュアスポーツの大会に協賛してブース出展するような広報活動の一環として、トレーナー活動が考えられているからだ。
そして、その広報部の管掌役員が高田だった。
「役員会で色々言われてるってのは本当でさ。水野は元々今日の会議で、誰かに絡んでテコ入れするつもりだったんだろ」
「そうなんですね。じゃあ私が言ったようなことは・・・」
「水野には、願ったりかなったりな意見だったったな。あれは、本当にやるつもりだったのか?」
「いえ、正直その場の思いつきです」
「だろうな。でも、思いつきでアレが出てくるなら、お前よく分かってるよ。短期で効果出せるウチの伸び代ってそこだから」
「ありがとうございます」
「オレも、お前をリーダーに据えた方がやりやすいから、結果オーライだ。頼むな。チームメンバーは見繕っておくから、近々でまた連絡するわ」
「はい。よろしくお願いします」
翌日、世良は本社会議室に招集された。高田の近々は本当に近々である。
メンバーは世良と部下の佐々木、広報部部長の渡辺と副部長の古田、お客様相談室の汐野、そして、先日ダイエット案件で関わりのあった、トレーナーの青田と所沢だ。
「とりあえず、世良が動きやすそうなメンバー集めてみた。後は好きなようにやってくれ」
高田はメンバーに経緯を説明した後に、それだけ言うと進行を世良に引き継いだ。
前もって進行はまかせると依頼されてた世良は、そのままホワイトボードの前に立った。
メンバー同士の自己紹介をした後、さっそく本題に入る。
「サプリメントの販売促進にあたって、まず考えなければいけないのは、この二つだと思っています」
そう言って世良は板書した。
・営業活動に対する抵抗感
・変化に対する抵抗感
「1つは営業活動に関する抵抗ですね。ウチのトレーナーは、とにかく金儲けにアレルギーがある人が多い。上手くやらないと『会社から押売りを強要された』って心が離れかねない」
「本当そうだよね。なんでなんだろうね」
反応したのは渡辺だった。渡辺はこの会では最年長で40代後半。元々は営業畑でトレーナー経験はない。黒須スポーツでは、トレーナー畑の人間に管理・運営が出来る者がいないので、その役割を渡辺がしている。
「ピュアか、エゴか、言い訳ですよ」
そう言い切ったのは副部長の古田。古田はトップトレーナーである。年齢は世良より少し若い。副部長と言っても管理実務はほぼしていない。名目はトレーナーの育成、指導担当だが、実質はシンボルのような存在だった。トレーナーからの尊敬が強い彼を本部側に置くことで、現場と本部の緩衝材になっている。
古田は続けた。
「そもそも人の手助けをしたいって動機でトレーナーやってる人は、お金取るの嫌いですからね。逆に、教えたがりでオレ様タイプは、『物に頼らず、自分の指導だけでなんとかする』って変なこだわりと過信があったりします。後は、単に販売成績が上がらなくて、『そもそも物売りやりたくてウチに入ったんじゃないし』とか言い訳してる連中です」
「あるあるだな」
高田がため息をついた。
「ごめんね。露骨な話してるけど大丈夫?」
古田が笑顔で若手二人に話しかける。
古田は本質的には冷めた物の見方をするのだか、人に対しては気遣いができ、相手に合わせて色々なキャラクターを演じ分けられる。そこが彼がトップ成績をあげる所以だ。
「大丈夫です!勉強になります!」
と青田、所沢は答えた。
高田曰く、先の一件以来、この二人は世良に懐いており、色々な物を吸収したがってるから参加させてみたとのこと。
「すみません。世良さん、続けてください!」
古田が促す。
「ありがとうございます。そう。ピュアか、エゴか、言い訳の人達に動いて貰わなきゃいけないので、彼らが納得の行く商品説明と、営業方法を作り込まなければいけません」
一同が頷く。
「そしてもう1つ、変化に対する抵抗ですね。ウチのトレーナーは職人気質な人が多いので、いくら理論を作り込んでも、自分の流儀を変えたがらない人が多い。だから一回研修したぐらいでは、現場は動かないと思っていた方がいいでしょう。動かし方も考えないと」
「これも本当、そうだよね」
と渡辺。
「これはエゴか言い訳ですね」
と古田。この二人は年齢も経歴も性格も違うのに、なぜか息があっていた。
「それで、今日はまず、営業方法の作り込みに関して、ある程度ネタ出しと意識合わせをしたいのですが」
そう言って、世良はみんなを見た。
「この中で、正直サプリメント否定派だって人います?」
世良は片手を上げながら聞いた。いたら手を上げてくださいと促す形だ。しかし誰も手を上げなかった。
「やべっ。エゴなんて言ったから、上げづらくなった人いるかな?!」
と古田。笑いが起きる。その流れで汐野が手を上げた。
「否定派じゃないんですけど、質問いいですか?」
「どうぞ」
「本当の所、サプリメントって効くんですか?ネットとか見ると、色々言われてるじゃないですか」
青田が小さく頷いていた。
「どうなんでしょう?世良さん!」
古田が世良に発言を促した。
世良と古田はお互いそれほど面識はないが、世良が理論派で古田が(表面上は)人柄派という認識は、なんとなくあった。
だからというのもあるが、こういう場でベテランの言うことが食い違うのは色々面倒なので、すっと引いてくれる古田の配慮が世良には有り難かった。
「物により、人によりですね。でも、凄くいい質問です。これ、私は一晩でも話せるテーマなんですけど。。。なるべく手短にしますんで、少し話していいですか?」
「聞きたいです!」
と汐野と青田と所沢。
「手短にな」
と高田。
「ありがとうございます。この話題は肯定する理論よりも、否定理論を先に話したいです。サプリ否定派には色々なタイプがいるのですが、代表的なのはこの二つでしょうか」
世良は板書した。
・人工は体に悪い派
・日本食原理主義
「先に断っておきますが、このタイプの方には無理に売る必要はありません。しかし、今の汐野さんのような質問をされた場合に、動揺しない程度の基礎知識は、あった方がいいでしょう」
青田と所沢はしっかりメモを取っている。
「まず、人工物は体に悪いか?もしそうだとしたら、薬も飲めません」
「ですよね」
汐野が頷く。
「もっと言えば、人類史上最古のサプリメントって何だと思います?」
世良は一同を見渡す。
「ビタミンCとかですか?」
青田が答える。
「ありがとう。でも、もっと古いのがあるんだ。佐々木はオレがよく話してるの聞いてるから知ってるよね」
一同が佐々木に注目する。
「塩化ナトリウムを粉末にしたものです」
佐々木が答える。
「ご名答」
「それってつまり・・・」
「塩だね。人体には絶対必要なものを手軽に摂取できるようにした人工物」
「なるほど」
青田は「塩化ナトリウムを粉末に」までしっかりノートに書いていた。
「だから、程度の問題になります。『人工物』ってのか、そもそも主語が大きすぎるんです。塩もガソリンも人工物なので、逆に、フグ毒のテトロドトキシンは天然物ですね。だから、この議論には意味がない。ただ、サプリも良いものと怪しいもなはあるというのは事実です」
「納得しました。怪しく無いものを売りたいですね」
と汐野。
「その通りです。もう1つが日本食原理主義と書きましたが、よく言われるのが日本食というだけで、実際は『昔ながらの食べ物をしっかり食べてれば、それ以上はいらない』って意見全般ですね。これは個人的には大嫌いです」
世良がめずらしく、強い感情の言葉を使ったので、一同が注目した。




