サプリメント今昔 プロローグ
都内某所、黒須スポーツ運営会社の本社第1会議室に世良はいた。
部屋にいるのは5人の店長と二人の取締役、書記が一人。
月1回の店長会議である。
黒須スポーツの店長会議では、店長が数グループに分かれて業績報告をする。予算と実績、予算達成に向けて行ったこと、次月の見込みと行動指針、そういったものを報告し、取締役からご意見をいただくという形だ。
その「ご意見」の為に、毎月店長は胃が痛い思いをする。
「・・・以上が、新港北台店の報告になります」
世良は報告を締めくくる。
重い沈黙が出来る。時間にして数秒の沈黙だが、店長たちは、次に何が起こるか分かっている為、耐え難い数秒だった。
「以上と言われましてもねぇ・・・」
取締役の一人、水野が口を開く。
「予算未達なのに、随分あっさりした報告ですね。これで今月達成できるんですか?」
二人の取締役、水野と高田には、やんわりとした役割分担があり、人事、接客などに対する問題がある場合は高田が意見し、売り上げ、利益といった問題には水野が意見をすることが多い。
要はヒトが高田、モノ、カネが水野といった形だ。
二人は様々な面で対照的で、高田は現場上がり、水野は最初から取締役として他業種から入ってきた。
見た目も対照的で、筋肉質でノータイ、アゴ髭を生やした高田に対し、細身で、きっちりブルーのネクタイを締めた水野。
体育会系の人間が多い店長たちは、水野に理詰めで『意見』されるのを苦手とする者が多かった。
「はい。今月はしっかり達成いたします」
世良は臆せず言う。正確には、臆したら『意見』されるので、虚勢を張らざるを得ないのだ。
「達成だけじゃ駄目ですよ。先月ショートした分を上乗せしないと。それがあなたの仕事です」
「はい。もちろん、そのつもりです!」
「本当ですか?ここに書かれた行動指針の通りやっても、そこまで売り上げが上がると思えませんが。実際、書かれている試算だって当月予算達成分にしかなっていませんよ」
(今月はそっちか・・・)
世良は内心舌打ちした。これは、先月未達分を次月に乗せればいいという単純なものではない。
載せたら乗せたで「非現実的だ」、「目標だけ高くすればいいというものじゃない」、「未達なら、まず達成を考えるべき」と意見されることもあるからだ。
結局、次月挽回するような計画を立てることが是か非かに、答えは無いのだ。
「申し訳ありません。分かりにくくならないように、この資料にはあくまで次月の予算達成というということで書かせていただきました。実際にはこの販促計画の目標値は、もっと高く設定しており、スタッフとも共有できております」
でまかせである。
こんなでまかせが通用しない相手だとは分かっているものの、何か言わなければというプレッシャーから、つい口を滑らせてしまう。そして、それで後悔することがしばしばだ。
「ふーん」
水野は資料を読み込んだ。そして、目の前のPCを叩き始めた。
「次月の行動指針で1番に挙げているのは、サプリメントの販売促進ですよね。比較的高単価で売れ筋でもあるプロテインを売ったとしても、ここに書かれている目標に更に200個追加で売らないと、先月分の挽回はできませんよ。どうするんですか?」
水野の追及は止まらない。これが彼のやり方だ。代表して誰かを詰めることで、他の店長にも聞かせているのだ。
世良は腹を決めた。
「はい。ここに書かれているものは売り場の作りこみ、新商品のキャンペーンを用いたアピールですが、それに加えて店頭の声掛けの強化で平日+5個、土日で+10個、販売の目標を立てています。今月は土日が10日あるので月間で+205個になります」
数値も今考えたものだ。まぁなるようになれ!という心境だ。
「声掛けですか?リスキーですね。押し売り、クレーム、客離れは考えていますか?」
「はい。声掛けは一般スタッフではなく、私を含めてトレーナーをやっている者に対して、ミッションを持たせています。これを機にトレーナーのサプリメントの知識強化と、提案力強化をしようと考えてまして、トレーナーだからこそ出来る接客、提案をマニュアル化しようかと」
「いいじゃないですか!」
水野は手のひらを返した。
(ヤバイ!)
と世良は反射的に思った。
「皆さん店長だから、この際ハッキリ言いますが、トレーナー事業は今、ウチの会社じゃお荷物ですからね。役員会ではいつも言われてるんですよ。トレナー事業の売り上げが伸びないなら、店内のジムは潰して、商品置いた方がどいいんじゃないかって。高田さんがいつも守ってくれてますけど」
黒須スポーツは、一部の店舗は店内にパーソナルトレーニング用のジムを設けていた。
パーソナルトレーニング用なので、設備は最低限だがそれでも5~10坪は占めている。売り場または在庫置き場にした方が売り上げになるという意見は、実際少なくはない。
「それに、トレーナー達は、店内での販売に積極的じゃない人が多いですよね、たいして稼いでないのに。。。そんなんじゃ、会社から『いらない』ってわれてしまうよって。ボクは何度も言っているんだけど、危機感が無いんだよなぁ。。。」
「ですね。。。」
トレーナーだけで十分な収益が得られるほど顧客がついているのは、ごく一部なので、基本的にトレーナーも空き時間は販売員として勤務している。その中には、世良のように販売員から入ってトレーナーもやるようになった人間もいれば、最初からトレーナーの仕事がやりたくて入社した者もいる。後者は、販売員の仕事に積極的ではない者が多いのは事実だった。
「誤解してほしくないんだけど、ボクはトレーナーは嫌いじゃないんだよ。むしろ、会社ってのは、色々な人がいた方が色々な可能性があると思っている。でもね。仕事としてやるのであれば稼がないと!ちゃんと稼げるプロになって欲しいんだよ。他人が物を売った利益から給料を分けてもらっているようじゃ、プロじゃないんだ。それって悔しいだろ?」
「はい。悔しいです。。。」
水野が本当にやっかいなのは、冷静に理詰めをする時ではない。こうなってしまった時だ。
「いや、しかし、トレーナーもやってる世良さんが、その危機感を持って、問題提起してくれたってことだよね!」
「ええ。。そうですね。。」
「だいたい、ウチのパソナルトレーニングの、初回のお客様に対する商品の販売率って、異様に低いからね。世良さんのマニュアルが出来たら、そこにも手が入れられるじゃないか!」
「はい。。。それも考えてます。。。」
「いやぁ嬉しいな。ボクと同じことを、世良さんが考えてくれてたなんて頼もしいよ!ボクは涙が出るほど嬉しい。是非、来月成果を出して、そのマニュアルをまとめて全社に展開してください!」
「はい。やります!」
(やっちまったぁ・・・いろんな人に謝らないと・・・)
世良は、愛想笑いというより、薄笑いになっていた。
水野には、叱られるより期待された方が質が悪い。次々と仕事が降ってくるのだ。
「水野さん、いいっすか?」
呆然としている世良を尻目に、高田が発言した。
「なんでしょう」
「今のって、トレーナー全体の問題だし、教育の問題でもあるので、もっとしっかりやりたいんですね」
(あれ、高田さん助けてくれるの?)
世良はほのかな期待をした。
「しっかりと言うと?」
「私も入って、何人かトレーナーをピックアップして、プロジェクトチームを作って取り組みたいと思います」
「いいじゃないですか!」
「世良をプロジェクトリーダーにして早急に立ち上げますので、この件は一回私に預けてもらっていいですか?」
(そっちか・・・)
世良は、一瞬でも期待した自分を呪った。
「もちろんです!高田さんがこうまでいってくれたら心強いじゃないですか!絶対成功させましょう!世良さん。期待してますよ!」
「はい!私も楽しみです!」
満面の笑みで答えつつ、世良は思った。
(店に戻りたい。。。この会議、早く終わってくれ。。。)




