ダイエットの嘘と方便 エピローグ
その日、世良は後藤に対して自己紹介をし、続けて担当が満足いく指導が出来なかったことへの謝罪を行った。
そして、カウンセリングもそこそこに、まずパートナーストレッチから始めた。
既に2回もカウンセリングを受けており、これ以上の質問攻めが苦痛でしかないこと、そして目標に向けてを考えると、話すより、少しでも体を動かした方がいいという配慮だった。
足のストレッチをしながら世良は言った。
「随分、足の柔軟性に左右差ありますね」
「そうなんですよ」
「何か球技やってました?」
「若い頃は野球をね」
「なるほど。そんな体ですね」
「歪んでます?」
「いや、この場合、歪みと熟練って同じことですからね。野球をやるように体が適応した結果なので、完全に悪いことじゃないです。むしろ、野球やるなら、この体の方がいいでしょう」
「そんなこと言われたの初めてですよ。こういうストレッチとかしてもらうと、いつも歪んでいるって言われるのでね」
後藤はイテテテテッと顔を歪ませつつ答えた。
「弱めます?」
「いや、大丈夫です。やっちゃってください」
世良は、後藤に気づかれない程度に負荷を弱めて、話を続けた。
「このレベルなら言われるでしょうね。。。野球に特化すればいいんですが、左右差が激しいと弊害があることもあって・・・そうですね・・・例えば減量の際に走り込もうとすると、どっちかの膝を痛めやすいとか」
「そうなんですよ!」
「やっぱり。後藤さんの場合、右ひざの外側か、左ひざの内側を痛めやすいような、骨盤の向きになってるんですよね」
世良は自分の骨盤を指して、後藤のクセを軽く再現しながら説明した。
「いや、ドンピシャです!」
「そうですか。。。走り込みってよくやるんですか?」
「やってますよ。ただ、膝気にするようになってから、そんなにスピードは出さずにジョギングするようにしてます」
「なるほど。そしたら、この後、ジョギングを一緒にやりたいのですが、その際にフォームも見せてください」
「お願いします」
面と向かってのカウンセリングを行わない代わりに、コミニュケーションを取りやすい運動をしながら情報を得つつ、信頼も獲得しようというのが、今回の世良の計画だ。
後藤の職業は予想通りだった。大手のストレッチサロンで、エリアマネジャーとして20店舗を管轄しているとのこと。だから若い人の接客に対しては、見る目が厳しくなってしまうそうだ。こういうことも、打ち解けていくうちに、自然に後藤から教えてくれた。
そして、先日の会議のロールプレイでアドリブで出た、「最近自分じゃ痩せにくくなった」というのが、実際にもそうであることが判明した。世良と高田のような経験豊富な人間同士がロールプレイをすると、こういうことは珍しくない。
当然、世良はそれを想定している。
「走りこんでますね。フォームが奇麗です」
屋外を並走してジョギングしながら世良は言った。
「ありがとうございます」
後藤は、まんざらでもない顔をした。
「ただ、膝の為にもフォームは絶対、奇麗な方が良いんですけど・・・奇麗なフォームは唯一難点があって・・・」
「なんでしょう?」
「痩せないんですよ」
「あらっ」
「ランニングが上手くなると、無駄が少なくなる分、消費カロリーも少なくなるんです」
「確かに。昔はちょっと走ったらすぐ痩せたもんな・・・」
「痩せにくくなった原因の一つは、これでしょうね」
「まいったな。どうしたらいいですか?」
「そうですね・・・」
世良は、走りながら少し考えた。そして続けた。
「変化をつけて走ればいいんですけどね。膝のこともあるので、急にはやらない方がよくて・・・何か他の有酸素運動も併用するのが一番現実的ですね。つまらない回答ですみません」
「いえいえ。なにかお勧めありますか?」
「ボクササイズとかどうですか?減量に関して一番お勧めはそれです。やったことあります?」
「いや、ないですね。興味はあるんですけど」
「じゃあ、ジョギング少し早めに切り上げて、戻って少しミット打ちでもやります?」
「先生がやってくれるんですか?」
「はい。ただ、私、そっち専門ではないので、ボクシングが上手くなるような指導はできません。減量と基礎体力向上に特化したものなら出来ます。もし、本格的にやりたいなら、元ボクサーのトレーナーもいますので、紹介しますよ」
「いや」
後藤は迷わず言った。
「先生にお願いします」
――ダイエットの嘘と方便 了――
お読みいただきありがとうございます。
この後も連作短編の形で続きますので、よかったらご覧ください。
◼️内容について蛇足
ダイエットは劇的な方法があればいいんですけどね・・・どうしても嘘はつきたくない。でもガチだと面白くない。その葛藤をそのまま話にした感じです。
原型止めないほど盛ってますが、昔、こんなスタッフ研修をよくやってました。




