26 大隊付乗馬指導副官
お久しぶりになります。
なんだか此方は年一更新状態になってますね。
作中の時間、思いっきし跳ばしました。
「さてと……出迎えの準備をしますかね」
昼食を終えて作戦・訓練課の室に戻った博人は机の上に置いていた鉄帽を2つ小脇に抱えると、午後の課業が始まる前に本部隊舎裏にある小さな馬小屋に向かった。
連休が終わって数日経ったこの日、機動力調整会議に向けて協力を要請したO女子大学の末広女史が第2懲罰大隊に来隊することになっていた。
本部隊舎裏の馬小屋には、およそ軍馬には向かない小型種や廃馬寸前の老馬が数頭ほど飼われている。
懲罰大隊の主な軍馬たちは懲罰兵たちの居住地区近くの馬小屋で飼育されているのだが、ちょっとした作業や雑用で気軽に使えるように各隊舎に数頭ずつこのような等級の低い馬が繋がれていたりする。
これらの馬は員数外の扱いがされており、もともと軍馬だったものが老いて軍務に使用できなくなったのを書類上処分したことにした馬や、大量注文した際に業者から買い取り先に困っているような等級の低い馬をタダ同然に譲ってもらったりした馬である。
訓練や任務には使えない馬ではあるが、平時のちょっとした作業に使う馬力としては十分であるし、可哀想ではあるが対騎兵戦闘を想定した実弾射撃の標的に使用したり、あまり美味しくはないが馬肉にしたりと、予算不足の懲罰大隊では様々な使い方がされている。
博人はそんな中から選んだ馬体の大きい1頭の老馬に鞍を取り付けて跨ると、駐屯地域・Ab演習場の正門に向けて歩かせた。
出迎えに乗馬を選んだのは、正門から本部隊舎まで一般人が歩くにはちょっと距離があるため、2人乗りで少しでも楽をしてもらおうという博人なりの気配りだった。当初はもう1頭牽いて行ってそれに乗ってもらうつもりだったが、末広女史に乗馬の心得があるのか不明だったので、とりあえず1頭だけで乗馬して正門に向かうことにしたのだった。
「あれ? 稲葉軍曹、今日は珍しく乗馬訓練ですか?」
途中で“大隊付乗馬指導副官”にして乗馬歩兵化中隊である第4中隊に配属された赤坂伍長が後ろから追いついてきた。
見るからに精魂な面構えの栗毛の馬に跨り、これから訓練なのか馬体には戦闘用鞍嚢が取り付けられ、彼自身も重装備を身に着けている。尖兵騎兵中隊にいた頃の戦闘用装備なのか、胸当てと弾帯に取り付けられた計4つのホルスター全てに拳銃が収められており、背中には小銃を背負っている。
「いや、来客の出迎えだ。つーか、それ、懲罰大隊の乗馬歩兵がそんな装備していいのか?」
馬を寄せてきた赤坂伍長の格好を見て、博人は首を傾げた。
尖兵騎兵と乗馬歩兵は違う。
尖兵騎兵は戦地を走る機動力として、敵戦列突破に必要な衝撃力として軍馬を駆り、終始人馬一体となって戦う兵だ。中距離戦闘には馬上での取り回しに特化した騎兵銃を、近接戦闘には短機関拳銃と片手長剣、北部方面隊の騎兵連隊に属する尖兵騎兵などはハルバードのような長い騎兵銃槍を振り回し、愛馬の蹄とともに敵兵を蹂躙する。
一方で乗馬歩兵は戦地での移動手段として軍馬を駆るが、基本的に戦闘の際は馬を下りて歩兵として戦う。乗馬する都合上で銀輪歩兵とは若干装備品に違いはあれど、使用する武器と携行弾薬は同じだ。
違和感を感じて尋ねた博人に、赤坂伍長は博人の乗る老馬に愛馬の歩調を合わせながら答えた。
「ああ、実はですね……私がここに転属させられた目的が、第4中隊を状況に応じて騎兵中隊にも転用できるべく訓練せよ、なんですよ。乗馬歩兵は先遣隊や斥候、伝令、戦闘前哨には十分だが、前衛や威力偵察で運用するにはどうしても衝撃力が足りない、って原田中佐のお考えで」
「なるほどね」
原田中佐の部隊改革は銀輪歩兵だけでなく、こうして乗馬歩兵にまで及んでいた。この調子だと、今回の人事異動は博人が思っていた以上にかなり大掛かりな計画なのかもしれない。
「第2懲罰大隊は方面隊直轄部隊だから、いかなる任務にも対応するべく部隊の能力を多様化する必要がある、だそうです。でも、正直なところ無理ですよ。大隊で保有している馬と装備じゃ、中隊の隊員の練度をどれだけ底上げしたところで“ナンチャッテ騎兵”にしか出来ませんよ」
尖兵騎兵の戦闘力は兵士の素養と練度も重要であるが、戦闘のスタイルから愛馬と装備に依るところが大きい。
まず赤坂伍長のような尖兵騎兵と他職種の兵士では、良馬の認識が違う。
一般的に“良馬”とは誰が乗っても、誰が扱っても従順に仕事をこなす馬の事を言い、どれだけ体格や馬力に優れていても癖が強く反抗的な馬は駄馬扱いされる。
一方で尖兵騎兵たちにとっての良馬とは、まず体格や馬力に優れているのが前提であり、どれだけ癖が強くとも反抗的でも、彼らは自分の惚れ込んだ馬なのだから、どれだけ手間をかけようが自分好みに調教すればいいのだと問題にすらしない。むしろ主人にしか懐かず、主人以外の乗り手が乗ると振り落として蹄にかけるような、忠誠心に厚く凶悪な馬の皮を被った怪物こそが、最高の名馬だと言うのだ。
そんなわけなので赤坂伍長にとって他兵科の軍馬は騎兵の愛馬としては物足りないのである。
今、彼が乗っている馬は、彼が大隊本部を説得して連休を利用して前の部隊から連れてきた馬だった。馬齢から尖兵騎兵の馬としては向かなくなったそうだが、彼が転属してすぐ種馬として高く評価されたそうで、民間への管理替えを控えつつまだ騎兵群に残っていたのだそうだ。
赤坂伍長は苦笑しながら背負っていた小銃を手に取ると、まるでバトンを回すように馬上で振り回し、また背負って「騎兵銃の軽さが懐かしい」とため息混じりにぼやいた。
今、彼が背負っているのは懲罰大隊では一般的な陸軍の旧式歩兵小銃だったが、よく見ると彼の自前らしい前握把と背負紐が取り付けられていた。彼なりに使いやすく工夫したようだ。
「短機関拳銃でないだけならともかく……拳銃も大隊から全部かき集めても数が足らないそうですし、騎兵銃槍も馬上刀も人数分ないし、これじゃ近接戦闘どうしたもんですかね? 馬鎧は全国から旧式をかき集めてくれるそうなんですけど、あの重たいの着けた乗馬歩兵の馬がどこまで耐えきれるものか……? こんな教育任務、普通なら伍長ごときがトップでやる仕事じゃないですよ……」
よく見るとホルスターに収められている拳銃は、回転式、自動式、訓練用の木製模擬拳銃、ゴム製模擬拳銃と種類がバラバラだった。何故、尖兵騎兵がこれだけの数の拳銃を装備するかと言うと、近接戦闘中の馬上での弾倉交換が困難なため、撃ちきったら新しいのに持ち替えるのが一般的らしい。
この日は尖兵騎兵の戦闘動作を赤坂伍長と前所属部隊から助っ人として呼び寄せた後輩たちと展示して、どうにかかき集めた1個小隊分しかない訓練用装備を中隊内で交代で装備しつつ、午後いっぱい反復演練をするのだそうだ。
もちろん、装備品の不足という現実問題から目を逸らすわけにはいかないので、今回の訓練展示を機に中隊の隊員たちと意見を交わしながら、現有装備で如何に騎兵と成るかといった研究をこれから進めていくらしい。
(俺なんて、まだマシな方なのかもな……)
「まぁ、がんばれ」
博人は隣で肩を落とす赤坂伍長に、そう言ってやることしか出来なかった。
本当はもう少し、稲葉軍曹の休暇とか近未来の町並みとか文化とか書きたかったのですが、アレコレと考えたらまとまらなくて、時間を跳ばしてこうなりました。
尖兵騎兵の愛馬のイメージは日本の騎馬武者の愛馬から思いつきました。
余談ですが、昔、海外から来た人は日本の馬を見て「日本には馬の皮を被った化け物がいる」と言ったとか……。嘘かホントか戦闘用の馬には秣に人の血を混ぜて、血の味を覚えさせていたとか……((((゜Д゜;))))))
ちなみに、砲騎兵、輜重騎兵に属する軍馬たちは、砲や荷馬車を牽引する特性上“重種馬”であり、不特定多数の軍人が扱うため、誰が扱っても従順に仕事をする良馬が好まれます。
一方で乗馬歩兵の馬は尖兵騎兵と違い隊員に特に指定された馬がないので、走ることに向いた品種である以外は、これもまた良馬が好まれます。
(↑という設定にしております。実際、古今東西の騎兵がどんなものだったか、現在も勉強中です)
次の更新、いつになるだろう……?




