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25 牧場

 牧場と聞いて、どんな風景を思い浮かべるだろう?

 まず目に浮かぶのは、広い草原だろう。

 しかし平野部はとっくに人間の生活圏であり、家畜を大量に養うに足る広い草原はなかなか確保できない。まさか家畜のために人間が土地を離れるわけにもいかない。

 そうなると、山林を切り開いてでもそうした土地を確保するしかないだろう。

 しかし、圧倒的な機械力で木々をなぎ倒し、地面を掘り返すことが出来たのは大昔の話だ。今同じことをするとなれば、大鎌で草を刈り、鋸で樹木を切り倒し、農耕馬で牽いて根を抜き、整地し、石を拾い運び、とんでもない労力がかかるだろう。

 ところがこの国が最も景気が良かった頃、大昔に圧倒的な機械力をもって整地され、十分な広さを持ちながら人間が居住する事なく、山の中にポッカリと青々と芝を生い茂らせた土地があった。

 それはただ広い土地が必要な娯楽の為に山を切り開いて作られた土地だと、博人は亡祖父から聞いていた。

 人が住むわけでもなく、家畜を放牧するでもない、畑として耕すでもなく、ただ娯楽のためだけに切り開かれた無為な土地が、狭い国土の中に次々と作られようとした時期があったのだそうだ。



 厚手の皮手袋で有刺鉄線を握り締めて、打ち込まれたばかりの新しい杭に巻きつけていく。

 防御を想定した築城訓練で何度もやった事だが、杭と杭の間でこれを弛みがないようにキンキンに張りつつ巻き絞めるのは一苦労だ。ましてや、不安定な脚立に乗ってこれをやるのは初めてで、思うようにいかない。

 普段の訓練なら地面から1m程度の高さの金属製の杭を使い3~4線張るが、博人の目の前にあるのは2メートル程度の高さの木杭で、8線を張っている。馬が絶対に飛び越えられないようにとのことだった。

 ちなみに、まだ張り終えていない部分には、設置も撤収も手軽な蛇腹鉄条網3巻をピラミッド状に重ねて伸ばし、一時的に閉塞している。

「そろそろ、中休止にしようか」

 牧柵班の班長の声がして、博人はホォッと息をつきながら脚立から飛び降りた。


 休暇中の宿代と食費を浮かせるため、博人は今日から牧場の組合が運営する寮に短期間登録で入ることにした。労働時間は4時間/日の契約で午前中だけ働いて、空いた時間は本でも読みながら自由に過ごすつもりだ。

 出稼ぎ労働者向けの寮で、4畳半の完全個室、4時間/日の労働で家賃は無料になる。さらに組合が運営する食堂と銭湯の割引券がもらえるようになっている。労働時間が4時間を越える、又は夜勤に就けば追加で手当てが付く仕組みだ。

 軍人の副業は認められていないが、宿泊先で宿泊に必要な最低限を稼ぐまでに留めて営利活動に該当しない(例えば遊興費等を稼ぐことを目的としない)労働であれば、部隊長等に事前に申請して民間の住み込み労働施設で働くことは認められている。

 ありきたりな事例を挙げれば、北国の民宿で雪下ろしを手伝うことで宿代を割り引いてもらう、ような扱いだ。

 昨日同様に小坂家に泊まるという選択肢もあったが、タダで泊まるのは忍びなく、ホテルや民宿でもない一般家庭に金銭を払うのも何か違うというか……ヤラシイものを感じ、では家業を手伝うにしても牧場仕事は小坂家の家業ではなく、何よりも“1人になりたい”という願望もあって、博人はこうして2日目から自力で宿を得たのだった。


(まさか牧場(こんなとこ)に来てまで鉄条網を張るとは思わなかったぜ)


 今朝、何も知らない博人が集合場所に行けば、牧柵班の班長が現れて『あんたにピッタリの仕事だ』と言われて首を傾げていたら、こんなことになっていた。ちょうど、古くなった牧柵の交換シーズンにきてしまったようだ。

「いやぁ、さすが兵隊さん。手際が違うねぇ。やっぱり、訓練でよくやるの?」

 折りたたみテーブルを囲んで座ると、その牧柵班長が重箱の中から取り出した柏餅とお茶を勧めながら、ニコニコと笑いながら話しかけてきた。40半ばくらいの年齢だろうか? 筋肉質で頑丈そうな、山男を思わせるようなオヤジである。

 出稼ぎや宿目的の短期契約では色々な奴が来るが兵隊さんは珍しい、と言っていたので、その珍客(?)に対して興味津々と言ったところなのだろう。作業中から結構馴れ馴れしい態度で絡んでくる。

 節くれ立って肉刺だらけの手から柏餅と竹のコップに入ったお茶を受け取りながら、適当に返事を返す博人だったが、ふと周囲の様子を見回してある違和感に気づき、博人はそのまま疑問を口にした。

「ここ……馬用の放牧地ですよね? なんで、羊がいるんですか?」

 博人が小阪兵長から事前に聞いていた話では、この牧場は農耕馬や肉牛を専門に扱っているとのことだった。

 だが、どういうわけだか時間になって放牧されたのは羊だったのである。

「去年から試験的に始めたんよ。食って美味いし、毛は使えるし、ああして集めた糞は燃料になるから、って。買えば高いから、うちで消費する分の足しになればってね」

 班長が指差す先には、ピンク色のジャージを着た十代後半くらいの少年たちが熊手を使って羊の糞を集めている。連休中とはいえ時期が時期だし、どこかの高校の農業体験だろうか?

 羊の糞はちょっとした加工することで、ボイラーの燃料に使える。家畜の糞を加工した燃料生産はずいぶんと昔から研究されているが、今のところ羊の糞が最も効率よく燃料に変えられると言われている。班長の言う“うちで消費する分”とは、銭湯の燃料のことだろうか?


 あれからまた皮手袋を嵌めて作業し、小休止を1回挟み、正午も近づいて日が高く上がり、額を汗がダラダラと伝うころになった。これから先、さらに暑くなってくるだろう。

 本日の作業はあと10分くらいで終わるだろう時間になって、牧柵を設置している牧場とその外との境界線に古い小道を見つけた。その先はずいぶんと昔のものと思われる落石で塞がっている。

 その小道の脇に、朽ち果てた看板が転がっている。

 辛うじて読めた掠れた看板の文字を見て、博人は首を傾げたあと、改めて自分のいる場所を広く振り返った。


 広い敷地の中には草原の他に一定量の森林があり、小さいが池も点在し、草に覆われそうになりながらも辛うじて砂地もあった。羊が、馬が、牛が、仕切られた中でノンビリと歩き、時に走り、草を食み、鳴いている。

 そんな草原全体を見渡せる小高い位置に、昨日寄った銭湯を含む建物が建ち並んでいる。今朝、集合したのもそこで、建物の殆どが渡り廊下で繋がっていて、牧場の管理事務所や食堂、広いロビー、宿泊可能な部屋まであった。

 ところどころ改装・補修されてはいるものの、それは100年近く続く施設である。

 管理事務所の前にあった額に納められた古い写真に、金属性の棒を振り回している男性が写っていた。それを使って、小さな球を飛ばしながら目的地まで運ぶ遊びらしい。だから広く開豁した土地が必要だったそうだ。近くの記念館に、写真に写っている道具が展示されているそうだ。

 正直、何が楽しいのかわからない。博人の祖父が現役の頃くらいから愛好家は大きく減少していたそうで、『何が楽しいのかわからなかったが、楽しんでる奴は本当に楽しそうだったなぁ』と言っていた。


 『●●●●ゴルフクラブ』


 小道の脇に転がる看板には、そう印字されていた。

 ゴルフ場を牧場に、という発想は、調べてみると私以外の方が結構前から考えていたようです。一部、実現されている所もあるのかもしれません。


 昔は開発の度に環境破壊だと言われていたようですが、実際のところゴルフ場は自然に溢れているようです。

 法律によって一定の森林を残すように定められ、敷地内には砂地(バンカー)、池があり、芝草が生い茂り、適度に人の手が入ることで昔の里山に近い自然と生態系が保たれ、絶滅危惧種とされる動植物も確認されているようです。

 しかし、ゴルフの愛好家はゴルフ場の数に比して減少傾向にあるとか? このままでは廃業・閉鎖され、誰も手を入れることがなくなり、荒れ地となり、敷地内の生物の多様性は失われるのでしょうね。

 牧場でなくとも、有効な転用方法(自然公園とか?)をみつけて管理が継続されれば良いのですが……。




 ちなみに昔……某ミリオタ団体が荒れ放題のある河川敷をサバゲー場として管理したい、と市役所(?)に申し出たところ、却下されたそうです。

 その向かいの河川敷は野球場にしたことで綺麗になり、色々な生き物が住み着いたそうで、それに習って環境保全(?)にと提案したらしいのですが……。

 無許可で河川敷をゴルフ練習場にして管理し続けた老人団体もありましたね。チラリとニュースで見たら、実に立派なものでした。



 たまに仕事で山に入るのですが、人の手が全く入らず野放しにされた山は、酷いもんです。上司曰わく、生活の中で薪や腐葉土の利用が減り、痩せた土地を好むイグチなどのキノコが減ったそうです。

 山も河川敷も荒れ放題にするくらいなら、もっと有効かつ綺麗に使えるようにできないものだろうか?

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