24 頭髪
お久しぶりです。
なんとなく書きたくなって書きました。
「兵長。ちょっと寄ってきていいか? 俺は後から行く」
銭湯の駐輪場に小坂家から借りた自転車を停め、小阪兄弟の先導で銭湯の入り口まで向かう途中にあるものを見つけた博人は足を止めて、そのあるものを指差した。
「言ってくだされば、山村にでも頼みましたのに」
博人の指す赤、青、白のストライプ模様の提灯が掲げられた店舗を見て、小阪兵長は小さく肩をすくめながら小隊の懲罰兵の名前を口にした。
「それはまたの機会にするよ。たまには、ちゃんとしたところで“切り”たいんだよ」
そう言って博人は、理髪店の暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ。どんな感じになさいますか?」
「この写真のように頼む。側面は3mm、上は6mmで自然な感じで」
「へい。洗髪はいかがしますか?」
「そこの銭湯で流すからいい。顔剃りだけ頼む」
「さっぱりしましたね、軍曹」
髪を洗って湯に入ると、先に来ていた小阪兵長が蒸風呂から出てきたところだった。弟のほうは水風呂につかりながら、砂時計をひっくり返している。兵長によれば、弟は毎回、蒸し風呂と水風呂を交互に入るのを3回くらいしているらしい。
「すごいな、ここ。蒸し風呂なんてあるんだな」
「大昔は、ここら辺にあったレジャー施設の一部だったそうです」
「ほー……それがいまや、牧場か」
種類にもよるが、蒸風呂は贅沢品だ。だがここいらの牧場周辺では、旧時代の遺産という形で今も存続しているらしい。そういえば、大きな牧場の周辺にはこういったタイプの大浴場が多い。
「兵長は野球をやってたそうだが、昔から坊主なのか?」
ザラザラと触り心地の新鮮な自分の頭の感触を確かめながら、博人は何気なく湯船に漬かる副官に問うた。
「まぁ、そうですね。でも野球がどうとかじゃなくて、ほら、うちの実家も近所も牧場で動物を扱うじゃないですか? 衛生上は短いほうがいいんで」
「なるほど……だから理髪店も需要があるわけだ」
髪なんか自分で切ればいいという人もいるが、高価なバリカンを所有している家は少ない。貸してくれる家も稀だ。不特定多数が使うとなれば衛生面で不安なため、よほど親しい間柄でもなければ人の体に接触する機械の貸し借りはなかなかしない。
結果として、各自が鋏でなんとかするか、きちんとした営業資格を持って衛生面の管理を徹底した業者に頼むしかない。懐は痛いだろうが、多くの場合は後者をとるものが多い。
だから節約のためにちょっとした調髪なら鋏と櫛を用いて家族で済ませ、理髪店の利用は数ヶ月に1回といった具合で家計と相談しつつするのが一般的だが、昔の兵長のように家庭や職業上の理由から頻繁に利用するものも多い。
そして、軍隊でも職業上の理由から基本的に短髪が推奨されている。
威容を保つため、強く見せるため、などと言われるが違う。統制の美の観点から、ただ短くするだけで統一できる、などという安易なものでもない。見た目なんてものは理由になんかならない。
まず第一の理由は、予防衛生の観点からだ。一度戦争が始まり、前線に出れば、数週間から数ヶ月は風呂はおろか水浴びすらできなくなる。配置場所が山中の草木の中なら、さらに衛生状態が悪い。そんな状況下での長髪はノミやシラミの巣窟となってしまう可能性がある。
いつ出動がかかるかもわからず、いちいち出動前に散髪するわけにもいかないため、平時における即応態勢の維持の観点から軍人の頭髪は常に短くしておかなければならない。
戦闘職ならではの理由もある。歩兵職種は近接戦闘が主任務なのだから、格闘戦において髪を掴まれて不覚を取った例もある。毒ガス攻撃を受けた際には、防毒マスクの面体の縁に髪を挟んで機密性が阻害される懸念もある。
ただし短過ぎるのも問題で、鉄帽内の小さな金具で頭皮を傷めるのはよく聞く話だ。
そのため、駐屯地や各部隊ごとに具体的な頭髪規定が定められている。
博人が前に所属していた部隊では『額上部から下は2mm以上9mm以下、上は3mm以上20mm以下、モミアゲは耳の付け根の半ば』と細かく規定されていたが、懲罰大隊では『0.5mm以上12mm以下』と随分とシンプルだ。
どういう根拠でこう定めたのかは分からないが、客観的な基準を設けて白黒付けてくれるのは指導する側もされる側にも有り難い。部隊長や指揮官の主観に任せれば、個人的な好き嫌いでイチャモンがつけられるのだから、こうした明確な規定は何が正当で何が不当な指導であるのかをハッキリさせられる。規律の厳守が強く求められる組織において、明確な定義があるというのは統率が取りやすく揉め事の収束も楽になる。
さらに罰則を設ければ、その強制力はいよいよ強くなる。
違反すればまず口頭注意、それでも従わない場合は課外清掃活動のようなペナルティが与えられる。それでも改善されないのであれば軽処分すら受けることもある。
たかが髪型ぐらいで、と思うかもしれないが、いついかなる時にでも物資の充足も衛生環境も整わない環境に置かれても良いように、一人の不潔が周囲に及ぼす悪影響の可能性は局限しなければならない。
ただ、それでも従わない者もいる。理由としては色々な言い分があるが、博人が一番笑った理由は『ヤクザみたいで嫌、みっともない』というやつだが、短髪の暴力団構成員が主流だったのは100年も昔の『昭和』の時代だ。今時の暴力団なら髪が短くないどころか、金持ってるアピールで染めてる奴もいて派手なのだから、むしろ短いほうがヤクザに見えない。大昔にヒットした仁侠映画が今でも根強い人気を得て上映されており、たとえ映画の内容は殆ど知らなくともインパクトのあるポスターや情報誌からそうした先入観を刷り込まれた者が多いようだ。
それでも、彼らの感覚としてある『単純に恐い』『ダサい』というのは何となくわかる。お見合いがそれで破談になった、女が寄ってこない、子供が恐がる、なんていう悲しい事例を聞いたことはある。だが、そういう場合のために許可を得れば隊外でのカツラの着用が認められるので、そうした小道具を利用すればいいだけの話だ。お洒落を地毛に拘る必要なんてないだろう。嫌なら軍を辞めれば良い。それに博人は自身の職業に少なからず誇りを持っているので、一目で軍人と分かるのならば、慕われようが恐れられようが誇らしいくらいだ。
もちろん、頭髪規定にも例外があって、たとえば諜報活動を主任務とするような兵種は一般人に紛れる際に一目で軍人とわかる髪形は任務に支障をきたす。そうした隊員については、部隊長の許可を得れば頭髪の自由が許されている。
「そういや、山村は理容師だったのか?」
博人は散髪前に小阪兵長から聞いた懲罰兵の名前を思い出した。たしか博人とは別の分隊員だったと思う。
少し前に当直に就いた際、課業後に懲罰兵の廠舎で鋏と櫛だけで器用に隊員たちの髪を切っていた男を見たような気がするが、そいつだろうか? 大隊本部の机にいることが多い博人は、中隊の人員については疎かった。
「らしいです。専門学校を出て商売始めたものの、立地が悪くて儲からずに、徴集と同時に店を畳んだそうです。腕はなかなかいいですよ」
「それだったら、退役後にどっかの駐屯地の近くで理髪店でもやったらいいかもな」
手に職がある者は、何であれ、どこに行こうと、いつか重宝するものだ。
大昔と違って、これからはあらゆる技能が機械から人の手へ、利器を失う一般人から専門家である職人の手に帰っていくはずなのだから。
そういえば、野球部が坊主頭や短髪に拘る理由って、何だろう? 戦地の兵隊じゃあるまいし、ずっとヘルメットかぶるわけでもなかろうに?
坊主頭や短髪ってダサいだろうか?
ヤクザみたいとかいう人いるけど、今時短髪のヤクザいないでしょ? 某大ヒット仁侠映画のイメージを引きずり続けてるのでは?
ちなみに、結婚式あったので一年ぶりくらいに床屋で髪切りました。
ここ一年ほど、自前のバリカンで坊主頭に刈ってました。
楽で良いです。そして刈り立てすぐの時期に●●●なお店に行くと、店員のお姉さんたちが楽しそうに触るので……気持ち良かったり。
そういえば、学生のとき納得いかなかったのが、髪の長さ同じなのに注意される人とされない人がいて、基準示せ!とか思った。職場でもたまに……。
女性だと髪色とかスカートの長さとかで、そういうのないですか?
髪型に関わらず、目的があって服装・容儀に何らかの規制を科すなら、指導的立場の人間の主観(好き嫌い)に任せず、明確な客観的基準で示して欲しいものです。




