23 スポーツ選手
超お久しぶりです。
『平時二於イテ身体ノ鍛錬ヲ生業トスル者ハ、其ノ鍛エタ肉体ト強靭ナ体力及ビ練磨サレタ技能ヲ社会二還元シナケレバナラナイ』(職業法第○○条●項)
身体の鍛錬を生業とする者といえば、なんだろう?
まず公務員でいえば、国家や社会の危急の折にいち早く駆けつけ、国民の負託に応えて危険な任務をこなす軍隊・警察・消防といったところだろう。
民間で言えば、警備員だろうか?
平時から鍛錬をされた彼らの肉体と体力、技能は、“富国”を実現させる基盤である生産者の平和と安全を守るためにある“強兵”の資本である。
富国強兵にも寄与しない職業は“無為徒食”であるとして扱うのがこの国の方針である。
さて、平時において身体を鍛えることを生業とする職業は実はもう一つある。
それは“スポーツ選手”である。
小坂家は牧場に隣接した住宅地にあった。ここらの住人の殆どが牧場の従業員らしい。
懐中電灯の灯りを頼りに歩いていると、住宅地の中の小さな公園で野球のユニフォームに身を包み一心不乱にバットを振っている青年がいた。兵長の弟だそうだ。
「修二、帰ったぞ!」
小阪兵長は彼を見つけると、そう声をかけた。
「おー、兄貴、お帰……っ! お疲れ様です!!」
彼は兄の帰りに気づいて素振りを止めてこちらに向き直ると、同時に博人の存在に気づいて目を見開き、大慌てで敬礼した。
博人は答礼を返しつつも、彼の立ち振る舞いからすぐにその身分を察した。
「予備役か?」
「はい! 第49歩兵大隊第3中隊所属、小阪 修二・予備役1等兵であります! 現在は『猛龍組』の2軍で、外野手をしております!」
「お疲れ様。頑張れよ」
博人は一言だけ労いの言葉を残して、兵長とその場を後にした。
この国には専業スポーツ選手はいない。
賛否は大きく分かれるが、専業スポーツ選手や芸能人が増える、あるいはそれを目指すものが増えるのは国力の衰退に繋がるとして、国はこうした職業に高い税金や一定の義務を負わせることで、志望者を減らすようにしている。
博人が祖父に聞いた話では、昔はあるチームに所属する野球選手等は給料が貰えたそうだ。そんな選手に憧れて、そうした選手になろうとする若者も多かったらしい。だが、全員がなれるわけではない。スポーツで生計を立てられるのは、才能のある一握りだけだった。にも関わらず、現実を見ず自己分析も出来ず、夢に踊らされる若者は後を絶たない。
スポーツに限った話ではないが、スターに憧れてそれを目指すあまり家業を蔑ろにし、勉学を止め、労働に従事することもなく、もっとも力ある青春時代を無為に終える若者が多いことは公にならない社会問題の一つであった。彼らは平時にあらゆる支援を受けながら身体の鍛錬に明け暮れ、しかしそれを自己実現や自身の利益のために行い社会に還元しないのである。それどころか、その競争には若者たちの多くの落伍を伴いながら、何の生産性もないのだ。これこそ無為徒食というものであるし、挙句夢を掴めなかった者たちには無意味な人生そのものであり、国にしてみれば若い時間と力という労働力・生産力の浪費でしかなかった。
そのため、職業法にあの条文が加えられた。
しかし、そうは言ったところでスポーツ振興の観点から見れば、興行としてのプロスポーツそのものを廃止するわけにはいかない。
ならば、彼らの鍛えられた肉体と強靭な体力、練磨された技能を国家と社会に還元する機会を与えればいいのだ。
こうして、彼らは国によって陸軍の予備役として登録された。有事はもちろんのこと年間40日間の訓練に召集に応じる義務を負うことで、彼らには国家危急の事態に備えた肉体の鍛錬を名目として平時は専業スポーツ選手としての活動が認められることとなったのだ。
既に土砂災害や地震などの被災地での瓦礫除去などで彼らは大きく活躍しており、種目によってはオフシーズンに警備任務を与えたりと、その運用の幅は広がっている。最近では海洋スポーツ従事者の有効運用のために、海軍陸戦隊にも予備役部隊を設ける計画が進んでいる。
ただし、身体の鍛錬を生業とする者と言っても例外はいくつか存在する。一般人の体力や健康の維持増進を目的として活躍するスポーツクラブの指導者等はこの限りではない。
小阪兵長の弟が予備役になったのは、つい最近らしい。今日は休暇で帰省しているとのことだった。
幼少のころから兄弟ともに野球が好きで、中学卒業後は家業を手伝いながらある球団が運営するスポーツクラブに通い、いつかは選手になろうと夢見ていたそうだ。
しかし、兵長は途中で肩を故障して、それを機に夢を諦めて軍隊に入隊した。
クラブのコーチからはリハビリ次第でなんとかなると言われたそうだが、兵長はハンデを克服している間に同期たちから大きく遅れを取ること、仮にリハビリに成功して選手になれても後遺症を引きずり続けて長く続かない可能性もあること、そもそも自分が凡才に過ぎないことにも気づいていて、スッパリとグローブを置いたのだった。
家業ではなく軍隊を志望したのは、牧場仕事が嫌だったからだそうだ。家業といっても、小坂家は牧場の従業員でしかないので継ぐようなものでもなかったが。
小坂家の家人に一通りの挨拶を済ませ、博人は小阪兵長の部屋に通された。
軍服の詰襟のフックを外し、フゥッと一息つくと、博人は背嚢から部屋着用に持ってきたジャージを取り出した。
軍刀を吊るした弾帯を外そうとバックルに手をかけたところで、部屋の襖が開いた。そこには、先ほど挨拶を済ませたばかりの小阪兵長の母親がいた。
「軍曹さん。夕食までまだ時間がありますので、先にお風呂を済ませてきてください。修一、修二と一緒に銭湯まで案内してらっしゃい」
(銭湯か……そういや、まともな風呂に入るの、けっこう久々かも)
プロ(一軍)になれなかった若者が消費(浪費)した時間(青春)と若さ(体力=生産力)を勿体無いと思うのは、私だけでしょうか?
畑の一つでも耕せよ、と。
職業・スポーツ選手を否定したいわけではないのですが、居酒屋のテレビで野球中継を見ると、『コイツラ、遊んで金貰っててズルい』とか呟いていた子供時代を思い出したりします。
その感覚は今も残っていて、私にとってスポーツは、娯楽が健康・体力の維持増進、自己実現の手段でしかなく、職業になるのが疑問だったりします。
勿論、甘い世界ではないのは重々承知なのですが、プロスポーツに興味がない自分にはどうでも良かったりします。




