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22 女子学生

 こういう女子大生って……アリですかね?

(そうきたか…………)


 宮野助教授が推薦する学生・末広 莉奈と対面した博人と小阪兵長は驚きを隠せず、しばらく言葉を失っていた。

「期待させちゃったかしら? ごめんなさいね、こんなオバサンで」

 研究室のドアを開けて入ってきたのは、宮野助教授と同年代……否、もしかするとそれよりも年上かもしれない、少しばかりやつれた女性だった。

 世間一般がイメージする“女子大生”なんて年齢ではない。身だしなみに気を使っているし背筋もピンと伸びているおかげでそれなりに綺麗めな方ではあるが、お世辞にも若くはない。

 しばらく何と言葉を発してよいかわからず呆然としていた博人だが、末広女史がテーブルの向いに座ると我に返ってまずは挨拶をして、宮野助教授も交えながら事情を説明し、協力を願い出た。

 末広女史はにこやかに二つ返事で了承し、呆気にとられるほどのトントン拍子で協力の確約を得ることができた。

 そして話が纏まると、ちょっとした世間話がてらに末広女史の身の上話を聞かされることとなってしまった。



 彼女は去年、大学院に上がったばかりだという。

 大学に入学したのは20代の半ばで、既に結婚・出産を終えた3児の母だと言う。

 高校を卒業してすぐに親戚の紹介によって退役間近の海軍将校と結婚し、出産と育児を終えてから進学したという。

 子供もある程度大きくなったところで夫が退役し、家や子供のことは任せて心置きなく進学、そして夢だった学者になる道を歩み始めたのだそうだ。


 彼女のようなケースは博人も聞いたことがある。特に軍に属している者ならば、耳にする機会も多い。

 老年の高級将校と義務教育を終えて間もない若い女性が結婚する例は、最近それとなく増えている。

 軍籍に属する男子は懲罰大隊制度の対象外だ。いつ結婚するのも自由であるし、生涯独身でも特にお咎めもない。

 そうやって一般的な結婚適齢期を過ぎても独身でい続けた軍人のうち、特にエリートまで上り詰めた将校たちには退役後に使い切れないだけの蓄財を持っている者が多く、さらに年金まであり、悠々自適な老後が保障されている。

 そうした退役将校たちの老後は何かしらの趣味に時間と金を費やすものだが、なかには特に趣味もなくやることのなくなった老後で独り身の寂しさに耐えられない者も多いという。

 現役時代は忙しく駆けずり回り、あちこちに転勤を繰り返し、多くの部下の命を背負う責任の重圧に耐え、独り身でも寂しさを感じる余裕もなかった高級将校たちが、退役した途端に時間と金を持て余してしまうのだ。

 生活に張り合いがなくなったことで自殺者まで出始めたため、一時期は社会問題にもなってしまった。

 国勤に青春を捧げた者の末路としてはあまりにも酷いとして、国はさまざまな対策を打ち出したがあまり芳しくなかった。


 しかし何時からか、そんな彼らの時間や経済的余裕に目を付けた女性たちがいた。


 彼女たちの考えたライフスタイルはこうだ。

 結婚可能な年齢になると同時に結婚し、早期のうちに出産を済ませ、頃合を見て退役した夫に育児を任せて進学・就職して社会に出るというものだった。

 進学面で同年代に置いてきぼりをくらいかねないが、一度社会に出れば結婚・妊娠・出産・育児という突発性のイベントや雇用する側にとっての面倒が少ない彼女たちはキャリアアップがしやすくなる。

 夫は経済的にも裕福で人生経験豊富な余裕ある大人なのだから学費には困らないし、社会に出てから挫折しても何とかなったりする。退役後はやることもない退屈な老後生活だったのが、育児のお陰で生活に張り合いが出て積極的に家事をするらしく、妻も安心して学問にも仕事にも打ち込めるのだそうだ。


 ここまで割り切った考えのできる上昇志向のある女性、自分の祖父ほども年上の男性との結婚(ましてや子供まで作るとか……)に抵抗のない女性はほんの一握りでしかないが、彼女らの要望を満たす退役間近の独身の高級将校も軍でも一握りだ。

 需要と供給は均衡し、うまくマッチングできたのは言うまでもない。



「なんつーか……衝撃的でしたね」

「噂には聞いてたけど、アレの実物見るのは初めてだったわ……」

 6頭立ての乗り合いの大型馬車に乗り込んだ博人と小阪兵長は、空いていた一番後ろの席に座るなりボンヤリとこぼした。

 サスペンションがあまり効かない馬車のようで、後部車輪の車軸の上の席に座っているお陰で揺れが強い。シートは新品(最近流行のデザイン)で座り心地はいいのだが、車体は古いものをそのまま使っているようだ。

 外はすっかり朱に染まっていて、車内の電球は車輪に連動した発電装置に依存しているのか、微弱な電源ゆえにあまり明るいものではない。

 地誌の参考にと末広女史の論文のコピーを貰ったので読もうと思ったのだが、揺れる座席と薄暗い手元に乗り物酔いの初期症状を覚えて、すぐに止めた。

「どのくらいで着く?」

 ふと博人は隣の副官に問うた。

 小阪兵長の実家が近傍にあるとのことで、今日はそこに泊まる予定だ。

「えーと……30分くらいですかね。あ……でも、この時間帯だと1回ターミナルよって馬を付け替えて、もう少し遅くなるかもしれません」

「まぁ、ノンビリ行こうか……」


 こうして地理学者(正確には学生だけど)の協力を得ることに成功した博人ではあったが、機動力調整会議に向けた彼の任務はまだ始まったばかりである。

 結婚相手としての退役前高級将校のメリット

(注※一般に“高級将校”とは少将以上を意味するが、階級や職責による区別をする軍と待遇で区別する民間(お見合い等斡旋業者)では認識が異なる場合がある)

・経済的に安定(独身のままで退役した場合、 共済年金+退役賞与+現役の間に使う暇もなかったが故の潤沢な貯蓄 により、余程の道楽でもない限り使い切れない…らしい)

・老年ゆえの余裕(人にもよるけど……)

・退役後、持て余す時間を家事・育児に傾注できる。

・所属していた部署にもよるが、老年のわりに体力があるので力仕事にも強い。

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