21 女性学者
超久しぶりの更新です。リハビリ兼ねてます。
内容が内容だけに、幾度も書いては消しての連続でした。
女性の読者の方(いるのか?)には快い内容ではないと思いますが、そういう時代……というか別次元というか、とりあえずフィクションですので、どうか御容赦いただけますと幸いです。
「あのぉ、軍曹? 俺たち浮いてません? 私服にしたほうが良かったんじゃ?」
「何を言ってる。軍人の外出は軍服って決まってんだ。それに、この格好は身分証明も兼ねてるから、こういう場所に来るには何かと都合が良いんだよ」
「でも、視線が……」
「堂々としてろ」
高橋に紹介された地理学者に会うべく、博人は小阪兵長を伴いО女子大学を訪れていた。
大学の敷地内は若い女子学生たちで賑わっていて、そんな中を厳めしい軍服姿の軍人が歩いていれば良い意味でも悪い意味でも目を引くのは当然だった。ましてや博人は軍刀を提げているので距離を置かれる傾向もある。
本当なら博人は単身でここを訪れたいところだったのだが、残念ながら将校を除く懲罰部隊の軍人の外出は二人一組での行動が原則とされていた。
ちなみに懲罰兵は原則外出できない。通院や実家の不幸といった特例はあるが、その場合は要員が付き添う引率外出とされている。支給品だけでは間に合わず何か外に入用の物があれば、分隊長を通じて小隊先任下士官と協議のうえで通販を利用することになったりする。
「それにしても軍曹。彼女たちは帰省しないんですかね?」
ゴールデンウィークという連休であるにも関わらず人が多い。
博人や小阪兵長であれば1週間程度も連休をもらえば実家にでも帰って親孝行の一つでもしつつノンビリ過ごしたいところだが、
「帰省できないんだよ。全員ってわけではないけど、交通費を捻出できるだけの余裕がないんだ」
遠方からこの女子大に進学した学生の殆どは、学費と生活費だけで手いっぱいだったりするのだ。とくに働いているわけではないから、親の仕送りとバイト代でギリギリの生活の中で学問に励んでいるのが殆どで、実家に帰る余裕なんてあるわけがない。
そもそも祖父が現役だった頃ならともかく、今の時代は女性が学問を志し社会進出を目指すなど非生産的だと揶揄される傾向にあり、家族の理解やよほどの熱意がないと大学に進学なんてあり得ない。
否、国立の女子大であれば話は別だ。ただしその場合、一般教養だけでなく家政科目にも重点を置き、華道や茶道といったお稽古事を通じて、古き良き時代の“女らしさ”を教育することでエリートの伴侶になるための花嫁修業をする場である。良妻賢母として家庭に収まる女性の育成を前提としており、社会進出には程遠い。
一方で私立の女子大は、国立のそれより高い水準の女性教育がなされる女学校であるか、反対に社会進出を前提にした教育を行う二種類がある。
このO女子大は後者に分類されており、社会進出に向けた専門性の高い教育や研究が行われている。
だがそのせいで、国からはあまり支援を受けられず、学校も学生も運営から生活まで大きな負担を強いられている。
ちなみに共学の場合『女子学部』などというものがあり、結局のところ女子大と教育の内容は変わらなかったりする。
この手の学校がこのように扱われる理由には、勤労農村制度が大きく影響している。
27歳までに結婚しなければ東北の寒村で農業従事、結婚しても3年以内には子供を産め、ではせっかく社会進出のために学問をしても数年で家庭に収まってしまうために活躍できること自体が難しいのだ。
そうはいっても、彼女たちのために社会制度を整えれば半世紀前の働いて結婚しない、出産を望まない又は望めない女性を容認してしまい、国家繁栄の3原則を揺るがしかねない。
倫理的に問題ありと世界から非難されることもあるが、そもそも電力も燃料も少なく生活基盤も退化していくこの時代に、性別の違いによる不平等を無くす余裕があるだろうか? 機械や社会制度で男女の性差を埋める余裕が、この国にはもうないのである。
もちろん、そんな環境や待遇にも負けずに頑張る女性もいるにはいるし、女性にしかできない仕事も存在する。利潤を追求する組織に属するなら、男女の別なく能力さえあれば出世は出来る。一般的な仕事でも……特に大きな農場は収穫期などは人手不足だから男女問わず求人があったりするので、選り好みさえしなければ働き口はいくらでも見つかる。
それでも殆どの職場で基盤となる労働力は男性になってしまう。
そうした事情から、憲法では既に男女の平等は謳われていない。現実的に無理なのだ。
非常時において倫理・道徳を捨て、理に従え
陸軍大臣の言葉だったと思うが、この国の歩み方は見ていてこの言葉に沿っている気がする。
結局のところ国民は、個人の幸せより全体の繁栄を優先し、富国強兵を実現しなければならない。
国力の増強において理にかなった行動といえば、とにかく人口という労働力の増加こそが重要なのだ。女性は子を産んでこそ、富国強兵に寄与できるのである。
表立って言われることはあまりないが、だからこそ婚期を遅らせたり、最悪それを逃したりという事態に繋がる若い女性の社会進出の推進は“この現代”において反社会的活動なのである。
どうしても働きたいというのであれば、それらを終えた後にするべきだろう。
出産や育児を終えたママさんたちが集まり構成され、国も男性の手も借りずに女性だけで完結された企業組織も存在しているのだから。そういった意欲や能力のある者だけが頑張れば良いだけの話である。
指定された講堂の前に着くと案内役の学生が待っていて、研究室まで案内してくれた。
「こ、ここ、こちらです。どうぞ」
軍服の男二人にプレッシャーを感じているのか、話す時に微妙に目線をそらすのが気になったが……仕方ない。
「先生。稲葉軍曹がいらっしゃいました」
学生に促されて室内に入ると、部屋の中央には県内全域を模した大きな砂盤があり、先端に電磁石のついた指示棒で盤面の道路の馬車の模型を動かしながら渋い顔をしている30半ばくらいに見える女性が立っていた。
彼女は博人たちに気づくと砂盤を睨むのをやめて居住まいを正すと、小さく一礼した。
「よくいらっしゃいました。高橋先生の後輩で、ここで助教授をしております宮野と申します」
つい癖で敬礼をしてしまうのを何とか堪えて、博人と小阪兵長は脱帽して宮野助教に一礼する。
「はじめまして。陸軍第2懲罰大隊所属、軍曹の稲葉と申します。こちらは私の副官の小阪兵長であります」
「どうぞコチラヘお掛けください」
宮野助教に勧められて部屋の隅の応接スペースのテーブルに着くと、彼女は案内役の学生にお茶を用意させながら一言二言何か話した後、テーブルを挟んで博人たちの向かいに座った。
学生が一礼して部屋を出ると、早速彼女のほうから口を開いた。
「お話は高橋先生から伺っております。稲葉軍曹は部隊の機動に関わる重要な役職に就かれているそうで、県内を中心とした土地勘や道路事情、特に自転車の運用に詳しい学者の協力を得たい……と」
話が早いな、と博人は高橋の事前の手回しに感心していた。
「正確には、現在進行形で調査や研究をしている者の協力を得たいところです。ですが、陸軍や懲罰大隊にではなく、私個人に協力していただくという形になります。部隊の従軍学者の受け入れに関わる人事権を私は持っていませんので。ああ、ですが……部隊の作戦・訓練課から予算が出てますので、ささやかではありますが謝礼はご用意しております。それから、こちらの人事課に確認したことですが、協力してくださる研究者個人には一定期間以上の協力で従軍実績が保障されるそうです。」
“従軍実績”と聞いて、宮野助教の目の色が一瞬だけ変わった様に見えた。
従軍実績とは、民間の企業または個人が軍に従い行動を共にし、軍の作戦行動や訓練に貢献したことの証明である。そしてそれは国家への貢献という名誉を伴う。
この女子大にしてみれば軍と国家への貢献という実績は、彼女らの目指す社会進出に向けた大きな宣伝材料となるだろう。ただその実績は協力してくれた個人のものであり、大学そのものの実績にはならないが。
宮野助教はしばらく思案顔をしていたが、やがて一息ついておもむろに口を開いた。
「わかりました。私の受け持つ研究室の中に『道路交通』をテーマに研究をしている“学生”がおります。それでよろしければ、お会いしますか?」
「学生……ですか? 研究者ではなく」
「はい」
てっきり学内の要員である研究者を紹介してもらいたかった博人だが、勤めて冷静に考えてみる。
(アリかもしれんな)
宮野助教はその学生の研究テーマが『道路交通』だと言った。商品の流れを見る商用的な『流通』ではなく、単純に道路を行き交う『道路交通』ならば、部隊という人馬や車両の集団を動かすことを考えれば非常に有用な研究……かもしれない。
もしかしたら研究テーマの名称に惑わされた博人の見当違いかも知れないが、その心配はないと見ていいだろう。何故なら彼女は博人の部隊での役割を知った上でその学生を薦めているのだから。
「ぜひ、会わせてください」
「では、お呼びしますね。少しお時間かかるかも知れませんが、よろしいですか?」
「はい」
博人が首肯すると、宮野助教はテーブルの隅に置いてあったハンドベルを手に取り鳴らし、外で控えていたのか先ほどの学生がドアを開けて入ってきた。
「莉奈さんを呼んでちょうだい。多分、研究室にいるわ」
一礼して去る学生の背中を見送りながら、博人はふと、今更ながらに気づいた。
個人的に、とは言いながらも結局は陸軍に従軍してもらうわけで…………当然、懲罰大隊の駐屯地域にも通ってもらうことにもなるだろう。場合によっては外来宿舎に宿泊してもらうことにもなるかもしれない。
一般軍人の博人たち下士官のような要員はともかく、懲罰兵は4年間ろくに若い女性と接触する機会に恵まれない男たちである。そんな男たちのいる場所に若い女性が通うというのは、どんな影響があるのか全く予想ができない。
(若い娘さんを駐屯地にいれても、大丈夫なんかな?)
しかしそんな不安は、この後すぐに打ち消されてしまうのだった。




