18 行進訓練(到着そして露営)
書置きを載せます。
早いですが、出張間の繋ぎです。
ストックしている話は、まだ少しあります。
深夜0300時、ようやく博人の分隊は行進訓練の目的地である森林公園に到着した。
公園の敷地面積は広く、集結予定地は公園入り口から中にだいぶ入ったところにある広場だ。
博人は公園入り口から小阪兵長らの誘導を立て、目的の広場に前進し、既に慣れた動作で分隊に指示を飛ばした。
まもなくして教育隊の主力が到着し、教育隊長による本訓練の“状況終了”が下達された。
教育隊本部から事後の行動の指示を受けた博人が自分の分隊の集結地域に戻ると、そこには一張りの天幕が完成していた。
大きさからして4人用のそれは、懲罰兵たちの背嚢に入っていた野戦用寝具を組み合わせて作られた仮宿(簡易シェルター)だった。
陸軍の個人用装備品である野戦用寝具は、露営において創意工夫しだいで様々な使い方ができる優れものだ。
寝具と呼ばれているが、正確にはシートと言ったほうがいいだろう。
大きさは200×200の正方形で、防水性の高い薄手のシートと、保温性の高い薄型毛布を組み合わせた二重構造になっており、この2つは着脱が可能だ。中央にはマジックテープで開閉可能な部分があり、頭からすっぽり被ってそこから頭を出せばポンチョになり、本来はそうやって装備品や背嚢を身につけたまま防水防寒をしつつ仮眠をとるような使い方をする。
他にも、単純に包まって寝袋として使用してもいいし、地面が固い場所でシートとして広げてもいい。雨具として使用するほか、装備品をくるんで防水処置をしたり、なにかと便利な装備だ。一般的ではないが、戦友の死体をくるむのにも使えると教範には載っていた。
今回の露営のように外側の防水シートだけを複数集めて大きなシートを作り、ロープを張って天幕を作ることも可能だ。
ただし、こうした使い方はあまりやらない。
作成と撤収の手間がかかるというのもあるが、使用した野戦用寝具の枚数に対して入れる人員が限られるのである。
今回の簡易天幕は野戦用寝具が8枚使われているが、中に入れるのはせいぜい4人までだろう。
正直言って割に合わない。
警戒任務に就いた際に半数交代勤務の歩哨の休憩所としてはつかえるが、こうした露営で全員が休む時には不向きな気がした。
(そういや、旧軍は自動車化部隊だったから車中泊が当たり前だったらしいな……。手間がかからなかった時代がうらやましいね)
「人員、武器、装具、銀輪車、いずれも異常ありません。現在、2名を歩哨として配置しております」
小坂兵長から現在状況の報告を受け、博人は再度天幕に目を移した。
「よく出来てるけど、これはさすがにいらないんじゃないか? 中は確かに快適だろうが、全員は休めないぞ。」
露営の準備をしろと命じてはいたのだが、さすがにここまでするのはやりすぎな気がした。
日もまたいでしまった現在、あと数時間もすれば出発する予定だ。こんな大げさな仮眠所は必要ない。
小坂兵長は博人の考えていることを読んだのか、すぐに口を開いた。
「実は、先ほど衛生小隊から臨時の収容所を開設してほしいと要望が来まして。新兵の体調不良者が多いそうです。この天幕は、新兵から集めたものです。」
分隊長である博人は、そんな要望は受けていない。よく見ると、ほかの分隊員たちが二張り目を作成中だった。
確かに今回の行進訓練は、自転車による長時間長距離移動の初心者である新兵には過酷なものだったはずだ。体調不良者が出て、収容所が必要にはなるだろう。
しかし、そんな要望があったのなら、先ほどの本部に集合した際にいた衛生小隊長から一言あったはずだ。
「いつの話だ? 俺は何も聞いてないんだが……」
てゆうか、教育隊で起きた事態なんだから教育隊で処置しろよ。衛生小隊もそういう患者収容場所は自分らで作れよ。
もしかして雑用扱いされてんのか?
「稲葉軍曹が本部に行ってすぐです。衛生小隊の先任下士官殿がこちらに来まして、収容と監視をお願いしたいと。軍曹には後で言っておくとおっしゃったので」
収容と監視? そこまでやるのか? 先遣隊の任務じゃないだろ。
「そうか。今から確認する。15分ほどで戻るから、小坂兵長はそれまでに歩哨を残して分隊を集めてくれ。確認調整が出来次第、事後の行動を達する」
「了解」
相互に敬礼をして、博人は衛生小隊の集結地域に向かうのだった。
衛生小隊に確認をとったところ、新兵の二十数人が体調不良を訴えたらしい。おもな症状は筋肉痛だが、中には不眠とストレスで腹を痛めたり頭痛を伴う者もいるようだ。さらには、初めての野宿に対する不安に体調を崩し始める者もいた。
衛生小隊で用意した馬車と天幕では、収容は困難と判断した先任下士官による緊急処置らしい。
だが、何で先遣隊にそんなことをさせるのか?
答えは単純に人員数と練度の問題だった。
今回の訓練の編成は、大きく分けて3つだ。
博人たちの臨時先遣隊、主力の教育隊、衛生小隊を含めた安全管理班。
教育隊の新兵に野戦用寝具を使った天幕作成の技能はないし、管理している下士官は新兵たちの監督に手一杯だ。収容所の作成、収容者の監視までやる余裕はない。本部の将校や上級下士官にそんな雑用をさせるわけにもいかない。
安全管理班は見積もり以上の体調不良者に対応できていないらしい。
結局、ベテランの先輩懲罰兵で編成された先遣隊が支援をすることになった。
「農家出身の奴はいいが、それ以外は体鍛えてないからな。初めての200㎞は相当な負担だったようだ……まったくだらしない。
見ろよ、あそこのデブ2人とモヤシ。ここ来る前は工場で座り仕事ばっかりだったらしい。
すまんけど、衛生兵1人と患者の一部をそっち移すから、面倒みてやってくれ」
衛生小隊の先任下士官からそう言われ、博人はしぶしぶ了承した。
程無くして先遣隊集結地域の臨時収容所に、博人は担当の衛生兵と患者の一部をつれて戻ったのだった。
小坂兵長によって分隊を集めた博人は、事後の行動を達した。
「事後の行動を達する。
分隊は、現在地において露営しつつ、衛星小隊の臨時収容所の運営を支援する。
現在地を出発するのは4時間後、0800。それまで、歩哨とはべつに衛生兵の伝令を1名配置しする。一組長は一組と三組をもって交替で歩哨につけ。伝令は二組で回せ。計画は任せる。残りの者は仮眠をとれ。
帰りの電車は1000にF駅発だ。
状況は終了したが、部隊に帰るまでが訓練だ。最後まで気を抜くなよ。
以上」
食べること、温まること、そして寝ることは、野戦においてとても重要なことです。
野戦用寝具をいかに使いこなすかが、兵站がままならない自動車を持たない軍隊の体力維持につながります。




