17 行進訓練(夜間行進)
行進訓練も終盤に差し掛かりました。
とうとう夜間を迎えますが、省エネ社会の夜道は一筋縄ではいきません。
「歩行者! 停止! 分隊、停止!!」
夜闇の中、銀輪車の前照灯が照らし出した数人の人影を見つけて、博人はブレーキレバーを握りながら叫んだ。
驚いて道路の右に寄る歩行者たちの背後ギリギリで停止した。
「左寄れ! 前進!」
すぐに走行を開始するも、先ほどまで高速にシフトをあげていたペダルは重い。
すぐにシフトレバーを軽速に変換したが、それがギアに反映されるまで、半回転を要した。既に100km以上を走行した脚の筋肉が悲鳴をあげた。
博人は彼らの左手から追い抜くと、擦れ違いざまに彼らの服装を確認した。
(クソが!!)
300mほど進んで停止し、博人は無線で教育隊主力につないだ。
「こちら先遣隊。放送! 放送! 第9統制点手前約4km住宅街、“無灯火、無表示の歩行者”、3名! 注意されたい!」
主力からの返信を確認しつつ、博人は分隊の異常の有無を確認し、前進を再開した。
2100時、第9休止点(約130km地点)に到着した博人は、分隊への全ての指示を終えて、眠気覚ましのカフェイン錠剤を噛み砕き、先ほどの歩行者を思い出して怒り任せにそばにあった立ち木をぶん殴った。
「酔っ払いが……警察ももっと取り締まれ、クソが!!」
擦れ違いざまに確認した歩行者は3人いた。
おおよそ20代半ば、会社帰りか何かだろうか? 黒のスーツ姿だったので、月齢にも恵まれず、ただでさえ光源の弱い自転車の前照灯では発見に数瞬を要した。どこかで一杯引っ掛けてきたのか、足取りがかなり怪しかった。
12時間近くにも及ぶ行進で疲労もピークに近づき、夜間とはいえ時速12kmで走っていたはずだ。体の反応と機体の速度からして、接触を免れたのは運が良かった。
今は亡き祖父から聞いた話では、昔は街中では夜でも光が溢れていたそうだ。
道にはあちこちに街灯があり、家では誰もいない部屋でも照明は点けっぱなし、深夜や24時間営業の商店も珍しくなく、客寄せの看板や広告がライトアップされ、屋外のそこら中が明るかった。
燃料も電力も、まだ余裕のあった時代の話だ。
そんな昔話を思い出しながら、博人は周囲を見回した。
今、博人たちの分隊がいるのは、住宅街の中にある少し広めの公園だ。
公園を照らす外灯など一切なく、周囲の道路にも事故が予想されるような交差点などの要所を除いては街灯はない。寝静まるには早い時間だが、住宅街はどの家も一部屋程度しか明かりが灯っていない。ところどころに夜も営業している店舗があるが、店内だけを照らす明かりの効果など屋外には微々たる物だ。
「夜は暗い」
これがこの国の常識だった。
金さえあれば電気が買えた時代とは、今は違う。
原発はとっくの昔に停止した。火力発電は化石燃料枯渇によって、もう殆ど残っていない。
政府は電力統制を行っている。この国の電力はとにかく希少だ。
そのため、地域差はあるが1世帯あたり、もしくは1店舗あたりに対する電力供給量は制限されている。
基本的に電気は発電施設を中心に地産地消することになっている。
供給される電力はその地域の発電施設の発電能力(安定供給可能量)を背景に、役所の住民調査によって1世帯、1店舗辺りの使用許可量が定められる。許可量を超える電力の使用は認められない。
建物のブレーカーには警報機があり、世帯・店舗の許可量を超える電力を使用しようとすれば警告が発せられ、無視していればいずれブレーカーが落ちる仕組みになっている。
もし、許可量以上の電気が使いたいのであれば、太陽光発電装置や蓄電池を設置して、自家発電や余剰電力の保存を行う等の措置をとればいい。ただし、これは装置単体の値段だけでなく、設置コストや定期整備や故障時の修理費等がかさむため、よほど裕福な家庭くらいでしか広まっていない。
そして重要なポイントは、単純に電気が高額であることだ。
結果として国民の節電意識は高くなり、各家庭は夜になると可能な限り一部屋の照明に集まるようにし、各店舗は看板や広告のライトアップをやめて客足を見て深夜営業も控えるようになり、地域は街灯の設置を必要最小限に抑え、この国の夜は月明かりと星明りが映えるほどに、すっかり暗くなってしまった。
そんな現代の、そんな夜道だからこそ、交通には十分に注意し、配慮しなくてはいけない。
自転車や馬車は必ず明かりを灯し、乗馬している馬や騎手も何かしらの照明や反射材を設置する。
それらの配慮は、道を照らして自らの通行の安全を得るためだけのものではない。
道路を通行している他者にも自身の存在を知らせ、お互いに安全を確保しあうためにも必要なものだ。
こうした配慮は、道路交通法で義務付けられている。事故を防ぐためなのだから、当然だ。
夜間走行する自転車や馬車、騎手は必ず前照灯となるものを設置し、左右後方にも自身の存在を知らせる反射材かテールランプを設置しなければならない。
自転車であれば備え付けの前照灯と反射材がそれに該当し、馬車であればライトの他にも行灯や提灯でも認められる。乗馬しているのであれば、左右と後方に馬具の要所に反射材を取り付け、前方にはヘッドライトか馬体胸部にライトを取り付けるでも良い。
そして、こうした配慮の義務は“歩行者にも適用”されている。
夜間、道路を通行する歩行者は、進行方向を照らす明かり(懐中電灯、提灯等)を携行し、周囲に存在を知らせるために夜行タスキやベスト、反射材を装着しなければならない。地域によっては、ヘルメットの着用を義務付けているところもある。
仮にもし歩行者がこの灯火と表示の義務を怠った場合、警察に発見されれば厳重注意を受けた後で違反切符をきられ、最悪の場合は罰金だ。事故にあったとしても、自転車や騎手が灯火と表示をしていたのであれば、歩行者に非が有りとされる。
とはいえ、仮に歩行者に非があったとしても、自転車や馬で人に接触するのはいい気分ではない。自分も相手も怪我をする可能性が大なのだから当然だ。
「明るいうちに帰るつもりで忘れてた」
そんな言い訳は通用しない。
「そんなものつけてなくても、私はちゃんと周りを見ているから大丈夫」
事故にあったのはそういう奴だ。
「自転車にはライトがついてるから、見つけられないわけがない」
そう言ってた奴が、無灯火の歩行者に接触した。
「かっこ悪いから、そんなもの持ちたくないし、付けたくない」
もはや論外。命懸けのお洒落馬鹿だ。
ちなみに、歩行者への夜間灯火と表示の義務は、空き巣対策としても有効だった。警察官は取り締まり名目で見つけ次第職務質問できるので、夜闇に隠れる夜盗や暴漢はだいぶ減った。
「まったく、なってねえな……」
酔っ払いたちの出で立ちは、軍人として“規則や法令の遵守”を叩き込まれた博人にしてみれば、まったくもって許せない行為であった。
小阪兵長たちが、主力の先頭を誘導して公園内に入ってくる。
そんななか、手回し発電式の懐中電灯で地図を照らしながら、博人は教育隊銀輪係と残りの行程を確認する。
残すところ6行程、約70km/約6時間。道は平坦だが、大・中休止無し。
分隊を確認する。1名が膝の痛みを訴えるものの、行進への影響は軽微。
教育隊は、十数名の落伍者が出ているようだ。カフェインの錠剤が配られているが、新兵たちは疲労困憊で眠気が勝り、士気も低い。
「私の計画は、やはり無茶だったでしょうか?」
博人の視線の先を気にして、教育隊銀輪係はオズオズとした様子で尋ねてきた。
「まさか。この程度の行進ができなくて、戦地に連れていけるもんか。新兵だからと甘やかす必要はありません。それに、この計画を認めたのは大隊付指導官の私です。あと、藤原伍長がそんなだと主力の士気に関わります。」
博人の返答に、教育隊銀輪係はホッと胸を撫で下ろし、気を引き締めなおすように両頬を叩いた。
そうこうしているうちに、主力の最後尾が公園に到着した。
博人はすぐに、号令を発した。
「先遣隊! 装備点検、前進準備!」
とは言っても、この平成の世でも、夜は暗いです。
私の住んでいる地域では、23時を過ぎれば、あちこちの店舗は閉店します。店舗が閉店すると、看板や広告のライトアップは消えます。
道路には街灯が灯っておりますが、それでも街路樹の影や高架の下など暗くて死角になる場所はたくさんあります。
早めのライトオン、そして歩行者さんも恥ずかしがらずに懐中電灯の携行や夜行タスキの着用などするべきではないでしょうか? 自動車教習所で夜間の死角については習ってるはずなのですがね……。
「俺は大丈夫!」←事故を起こしたのは、大概こんな奴です。
交通だけでなく、治安にもいいと思うのですけどね……お洒落の馬鹿野郎!!!
え? 私ですか?
夜間は徒歩ではあまり出歩きません。自転車か車でライトオン!
徒歩のときは懐中電灯を振ってますね。
感想あれば、よろしくお願いします。




