15 行進訓練(戦闘指導)
命令下達をしたら、すぐに行進開始ではありません。
短いですが、更新します。
※少し手直ししました。
「続いて、戦闘指導!」
命令下達を終えた博人は、続いて戦闘指導に移る。
命令とは、決心に基づく指揮官意志の発動であり、指揮下部隊に実行を命ずるものだ。指揮官が任務を遂行するために部隊に対し、作戦構想と部隊の任務、その他必要な事項を示し、その行動を律しつつ、実行を命ずるものである。
しかし、部隊をすべて命令で律して雁字搦めに統制しては、各隊、各組、各人の動作は制限されてしまう。
したがって命令は、戦闘部隊全体の決定事項とその目的、そして絶対遵守の統制事項を、指揮官が自身の企図と戦域に合わせて必要最小限を下達する。そうすることによって、指揮官の保有する各隊、各組、各人の自主裁量の余地を確保し、その力を最大限に発揮させる。
では、その後に行われる戦闘指導とはなにか?
命令が指揮官の上より来た決定事項と目的を部隊に徹底させ、戦闘指導は作戦規定、手段や方策と言えるものを徹底させる。
博人の立場で言えば、戦闘指導は分隊長としての企図の徹底であり、命令の細部補足であり、任務遂行に必要な事項への認識の統一である。
「隊形については分隊縦隊を基準とするも……」
今回の行進訓練で特に重要なところといえば、道路状況に合わせて変更される各種隊形、経路上の要注意地点の通過要領、さらに分隊独自の徹底事項などであろう。
それらを口頭および身振り手振り、さらには兵棋などを用いて、組および各人単位で徹底する。
「以上、質問!」
「「無し!!」」
「では質問する。 1番! 一列縦隊時の位置は? 兵棋で示せ!」
こちらの命令と指導を理解しているか、各人が自身の任務を理解しているか、今度は分隊長自ら質問して確認を取る。
各人の理解と認識を確認し、認識の統一に異常のないことを確認した博人は、ふと周りを見渡した。
分隊ではなく、今この光景を見学している教育隊の下士官や一部の懲罰兵をである。
教育隊要員の下士官たちはつまらなそうに欠伸をし、懲罰新兵たちは興味を失っている。
(堅すぎたな……)
陸軍下士官ならこの程度のことは下士官学校で嫌というほどやらされたし、最近入隊したばかりの懲罰新兵は何をやってるかあまり理解できないために興味も薄れてきただろう。特に懲罰新兵は電車に鮨詰めにされた疲労が残っているのか、なんだか士気が低い。
これから長距離を無言で走り続けないといけないのに、こうも冷めた空気はどうなんだろう?
先遣隊である博人の任務は、経路上の偵察と安全確保。彼らを無事に目的地に前進させる責任は、教育隊の銀輪係と教育隊長にあるため、彼らの士気の維持は向上は博人の役目ではない。
しかし、士気の低さは行進速度に影響する。注意散漫になって事故をおこしたり、気力不足で足が止まったり、極端な話では訓練に嫌気がさして逃亡兵でも出たら最悪だ。
もっとも、事故はともかくとして、足が止まるようなやつは尻を叩きながら下士官が追い立てるだろうし、逃亡兵を許すほど将校・下士官の監視の目は甘くない。
大げさな話かも知れないが、懲罰大隊ではたとえ訓練でも逃亡兵が出ようものなら、将校には常時携帯している拳銃による射撃許可と、下士官への抜刀許可が下りる。陸軍の一般部隊であれば戦争時ならともかく、訓練くらいでは精々捕らえられて上官から殴られ、厳重注意か懲罰房送りがいいところだろう。
とりあえず、たとえ自身の任務と離れていても、部隊の士気が低いのはあまりよくない。
博人は一つ息をつくと、分隊を見渡した。
「戦闘指導を“補足”する! 命令とは別で、要注意地点を達する。第2休止点から経路上300m先、T高等学校周辺には、敵の潜伏斥候が予想される!」
今回の行進訓練に、そんな想定はない。
博人の言葉に、分隊員は目を瞬かせ、見学していた下士官たちは何事かと博人を見た。下士官たちの動揺は、懲罰新兵にも伝わっていく。
その場の全員の注目が集まったのを確認して、博人はさらに口を開いた。
「予想される斥候の脅威は大であり、分隊各員は走行中も眼鏡を準備し、発見次第速やかに報告せよ! なお……」
博人は自身の口元が、笑いで緩みそうなのを感じて、必死でこらえる。
ここで誰よりも先んじて笑ってしまっては、台無しだ。あくまで堅く、真面目な顔で、厳格な戦闘指導を演じなければ。
「敵斥候はセーラー服の着用が予想される! とくに“強風時”は速やかに発見し、分隊長に報告、臨戦態勢をとれ!」
周囲からドッと笑い声が上がる。これで少しは士気も上がったろう。
我ながら下衆なジョークだなと思いながら、とりあえずウケたことと、周囲が和んだことにホッとする。
博人は立ち上がると地図をしまい、分隊全員に達した。
「分隊縦隊、前進準備!!」
稲葉軍曹、精一杯のジョークです。
ここまでの話で感想あれば、どうかよろしくお願いします。




