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14 行進訓練(先遣隊前進命令下達)

 稲葉軍曹率いる、第1中隊第1小隊第3分隊が、行進訓練に参加。

 先遣隊として行動を開始します。

「分隊、武器・装具点検、異常の有無を報告しろ」

 博人の指示を受け、分隊各員は各々の武器と装具を点検する。

 軍用列車の人員運搬用車両の薄いシートに腰掛け、自身の身に着けた武器と装具、目の前の床に下ろした戦闘用背嚢とそれに縛着された77式歩兵銀輪車を点検した彼らは、並んで座ったシートの端から「異常無し」を逓伝ていでんする。

「背嚢担げ!」

 全員の異常がないことを確認し、博人は分隊員に背嚢を背負わせ、各人は両隣と協力しつつ狭い車内で肩と腰のバンドを調整する。

 程なくして、列車は目的地の駅のホームに到着する。

「下車用意!」

「「下車用意!!」」

 博人の号令を、分隊が復唱する。

 その復唱の声と同時に、列車の扉が開いた。

「下車!」

「「下車!!」」

 博人を先頭に、彼の分隊は事前に練成したきたとおりの順序で。迅速にホームに降り立ったのだった。



 3年くらい前だったろうか? 旅団による九州地区防衛を想定した鉄道による長距離機動訓練に参加したことがあったが、背嚢や銀輪車とともに人員運搬も可能な軍用貨物車両に鮨詰めにされ、列車の揺れと車内に篭った男たちの汗の臭いに吐き気を催しながら、痔になりそうなくらい薄くて座り心地の悪いクッションのシートに腰掛け、半日かけて目的地最寄り駅に着いたときには、疲労で体が石のように重く、もう何もしたくないと思った。


 そんな過去の自分と同じ光景が、振り返ればそこにあった。

 もっとも、乗車時間は30分程度だが。


 博人が乗ってきた軍用列車は、先頭から人員用車両2両、軍馬用車両1両、残りは汎用型の貨物車両3両で構成されている。

 博人の分隊と将校・下士官たちは快適な先頭の2両に乗り、軍馬用には当然将校たちの愛馬や兵站物資牽引用の軍馬が乗っている。残りの3両の貨物車両には、今年懲罰大隊に入隊したばかりの懲罰新兵たちが彼らの装備品のほかにさまざまな訓練用物資とともに鮨詰めにされていた。

 博人たちの車両はホームに横付けされたが、それ以外は荷物同然の扱いで線路から下ろされる。

 軍馬は車両出口に専用の階段が取り付けられ、1頭ずつ丁寧に下車していくが、懲罰新兵たちはふらふらになりながら車両出入り口備え付けの足場から飛び降り、協力し合いながら自分たちの背嚢や武器、銀輪車を下ろしている。

 新兵教育要員の下士官たちが、すぐに彼らの元に走り、指示と罵声を浴びせている。


「おら! 車内休憩は終わったぞ! さっさと降りろ!」


「自分の装備を持ったら、15分以内に分隊長の掌握下に入れ!」


「時間かけりゃ誰だってできるんじゃ!!」


 博人の分隊は早々に駅前広場の一隅に集結し、尻を蹴られながら集合する彼らに同情の視線を浴びせながら、77式を走行状態に組み立てていた。

 いち早く組み立てた博人は、

「命令受領に行ってくる。事後の指揮は、副分隊長がとれ」

背嚢と銀輪車を置いて小銃のみをもち、懲罰新兵教育隊長のもとに走り出した。



 数日前、博人は秋山少佐を通じて教育隊にある要望をだした。


「教育隊の行進訓練に便乗して、自分の分隊を使って先遣隊動作の訓練をやりたい」


 要望はあっさりと通った。

 博人がそんな要望を出したのには理由があった。

 現在の博人の役職は、大隊付銀輪指導官であり中隊の銀輪係と1コ分隊の長を兼任している。

 銀輪指導官や銀輪係は、その部隊の銀輪機動の経路選定を行うために行進部隊の先頭を任されることが多い。

 行進部隊の先頭には2種類あり、前衛部隊と先行班がある。

 前者は部隊主力の先頭を行進しながら定められた経路上を最前線で接敵行進を行う部隊であり、敵とぶつかった場合はこれを撃破して部隊主力を遅滞させることなく前進させ、最終的に敵の主力もしくは主たる防衛線を解明する。大隊規模の行進であれば、前衛中隊があり、その前には前衛小隊が、さらにその前に前衛分隊が位置する。もし、大隊の銀輪化歩兵のみで行進する場合、博人はこの前衛分隊の指揮を任され、彼の分隊が前衛分隊に指名される可能性が高かった。

 後者は部隊主力に先んじて前進して経路や休止点の偵察および誘導を行い、主力の前進支援を主任務とする部隊であり、1コ分隊もしくは2~3人組の少数で、主力の目として行動する。これもまた経路に責任を持つ役職である以上、博人が受け持つ可能性が大であった。

 もっとも、第2懲罰大隊には銀輪化歩兵よりもさらに機動性の高い、乗馬歩兵化中隊である第4中隊があるので、大隊規模の行進であれば彼らが不在でない限り、博人が前衛分隊や先行班を指揮することはないだろう。さらに言えば、行進計画を早期のうちから各隊へ十二分に徹底しておいた場合、博人が先頭に立つ必要がなくなる場合もあるし、博人以外にも銀輪特技保有者はいる。

 しかし、自分の役職が分隊の任務に影響する可能性が高い以上、分隊には今後の任務や訓練に備えて十分に経験を積ませる必要があると博人は考えたのだ。



「分隊、集合! 地図を中心に肩膝をつけ」

 教育隊長から命令受領を終えた博人は地図を広げ、分隊員を集めた。

「番号、始め!」

「1!」

「2!」

「3!」

 ・

 ・

 ・

「8!」

 小阪兵長を除く分隊員は各々の番号を発していく。

 全員が固有番号を把握していることを確認し、続いて博人は各人の役職を達する。

「一番、一組長! 2番、一組小銃手! 3番、一組小銃手! 4番、二組長! 5番、二組擲弾手!  6番、二組小銃手! 7番、三組機関銃手! 8番、三組弾薬手! 副分隊長は三組長を兼務しろ!」

 役職を達し終えると、続いて地図を用いて地点を示す。

「地点を示す! 現在地、D駅前広場! 北の方向、分隊長の指すこの方向!

 地図に目を転じよ!

 現在地から西方約200km、目的地:森林公園!

   ・

   ・

 道路について示す!

   ・

   ・      」

 今回の行進訓練における目的地や経路上の重要な地形や建物を示すと、続いて分隊に命令を下達する。

 普段ならここまでキッチリとした命令下達動作などやらず、要点のみ伝えてさっさと動くところだが、今回は教育隊長から動作を見学させるとお達しを受けている。

 気がづくと、教育隊の下士官たちが懲罰新兵の一部を連れて、博人たち分隊の様子を見学させていた。

 まあ、たまには面倒でも、キッチリやるのも悪くはない。

 ちなみに今回の訓練の想定は、最前線で戦う我の部隊の増援として教育隊が銀輪機動行進で前進する……というものだった。よって、経路は味方勢力圏内であり、一部斥候が発見された以外には特に脅威はない……とされている。

「命令!

 敵情および我の状況について、変化なし


 分隊は、増援主力である教育隊の先遣隊となり、0930現在地を出発。示された経路上を前進、経路上を偵察および休止点の安全を確保し、主力を誘導、その前進を援護する。

 前進隊形:分隊縦隊を基準とするも、細部は経路の状態を見て示す。

 前進順序:一組、二組、三組、副分隊長の順

 前進経路:A道沿い、当初の予定と変化無し! 前進不可能の場合は、主力の指示を仰ぐ。

 前進速度;10~15km/時とするも、地形を見つつ示す。

 統制点:第1---、第2・・・、第3○○○、…………

 休止点:統制点に同じ

 要注意地点:○○○○隘路、△△橋付近。


 各組の任務!

 一組:分隊の前方を警戒。分隊長から示された場合、警戒員2名を差し出せ。

 二組:分隊の右側方及び上空を警戒。経路上の要点において、主力誘導のマーキングを実施

 三組:分隊の左側方及び後方を警戒。示された場合、主力への連絡員を出せ。

 副分隊長:分隊最後尾を前進し、隊列の監視及び3組を指揮せよ。



 兵站!

 弾薬:小銃、各人120発。機関銃、800発。擲弾、各種合計30発! 弾薬手携行の予備弾薬、小銃600発、機関銃1000発。非常用信号弾、3発。

 糧食:戦闘用携行食、各人3食。

 衛生:患者発生時については、現地に残置し、後続の衛生小隊の馬車による収容を待て。


 指揮及び通信

 分隊長は主として1組に同行し、分隊の先頭を前進する。

 通信、無線:警戒レベル2。分隊内通信は、警笛、逓伝及び手信号を実施。


 合言葉! 独身~無罪!


 ……以上、命令終わり」

 合言葉:独身~無罪

 …………稲葉軍曹の、切実な思いと、陸軍に対する精一杯の皮肉です。

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