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13 副分隊長

 小阪兵長のお話……というよりは、副官の仕事紹介?

 博人はまったく覚えていないのだが、小坂兵長は二年前に博人の世話になったらしい。

 本当に博人はまったく覚えてないのだが、彼にとって博人は人生の恩人なのだそうだ。

 そういえば、着隊初日に「お久しぶりです」って言ってたな?


(俺、何かやったっけ?)


「すまん……やっぱ全然思い出せん」

「えー」

 その日、博人は大隊本部ではなく中隊で、自分の分隊員をつれて中隊駐輪場にきていた。

 兵站課から配備予定の77式銀輪車の一部(10台)が到着したとの知らせを受け、小坂兵長に命じて分隊員を呼び寄せ、中隊地区まで乗車搬送をしてきたのだ。

 駐輪場に77式を納めながら、小坂兵長はふと昔話を振ってきたのだが、博人はまったくそれが思い出せなかった。

 小坂兵長によれば、前にいた部隊で下士官候補生試験を受けるも惨敗してヤサグレていたところを、博人の説教によって改心し、無事に下士官への道が開けたのだそうだ。

 小坂兵長は不満そうに頬を膨らませているが、覚えていないものは仕方がない。

 身長はおおむね160cm前後と軍人としては小柄な痩せマチョで、童顔で丸坊主なために軍服を着ていなければ高校球児に見えるだろう。本人にそのことを指摘すると、酒を買うときに年齢確認をされた経験があったそうだ。

 懲罰大隊にきた経緯を聞いたところ、実家が近くにあることと、下士官として実員指揮を学ぶためにわざわざ志願したらしい。

 そういえば、同じ県内には博人が学んでいた第4下士官学校があるが、懲罰大隊に研修に来たこともあった。部隊によっては、士官候補生や下士官候補生指定者に実員指揮を学ばせるために、一時的な移動をさせることもあるという。懲罰兵の年齢は若くても27歳で、若手の士官や候補生にしてみればそのほとんどが年上で、それを威厳を持って指揮することはかなり大きな経験になることだろう。

 77式をすべて納め終えると、博人は分隊に事後の指示をだした。

「事後の指示を達する。30分休憩したのち、そこの空きスペースで分隊にこの銀輪車の概要と取扱いについて教育する。銀輪車1台と整備用具一式を準備しておくこと。以上」

「気を付け!」

 指示を達し終えると、一秒の間を開けることなく小坂兵長は分隊員に号令をだし、博人に敬礼した。

「事後の行動にかかります」

 博人が答礼を返すと、小坂兵長はすぐに分隊の休憩を取り仕切りはじめた。

「銀輪車は鈴木の搬送したやつを出せ! 佐藤と山田はそこのスペースを片づけて受講準備! 中田と林田は中隊倉庫から工具とウエスを掌握、ついでに事務室行って水分をもらって来い」


(たいした副官だな……)


 着隊してからというものの、博人は小阪兵長の有能ぶりにずいぶんと助けられている。

 その部隊の特性や職務によって指揮官と副官の関係は異なるが、部隊を1個の身体として考えれば、指揮官は頭であり、副官とは心臓とも言うべき役割を持っているといえるだろう。

 平時から常に部隊の人員の状況(身上や練度、健康状態)や装備の保有状況を把握し、指揮官の不在時には指揮官の命令や企図、方針に応じて指揮官の目の届かないところで隊を指導・監督し、指揮官が隊を思い通りに指揮できるように常に部隊を整頓している。

 おかげで指揮官は部隊から離れても、上級部隊からの命令受領と隣接部隊や関係各所への調整に集中でき、隊に戻ればすぐに行動を起こすことができるわけだ。 

 指揮官に部隊の状況を問われれば、まるでゲームのメニュー画面や辞書の検索機能のようにそれを明示し、意見の具申を求められれば指揮される立場からそれを具申し、指揮官の作戦・訓練立案に大きく寄与する。

 指揮官はそれによって部隊の可能行動(何ができて、何ができないか)を知ることができ、上級部隊の方針に応じてその中から適したものを選択するだけで済む。

 敵を知り己を知れば……という言葉があるが、副官は部隊においてその「己」にもっとも精通し、もっとも責任を持つ役職といえるだろう。



 課業後、夕食を終えて生活廠舎に戻った博人は、小阪兵長から本日の訓練についての報告を受けていた。

 あのあと、博人は77式歩兵銀輪車の取扱いとその概要について、取扱いの中でも特に重要な分解・結合、整備方法、さらには輪行時における収納方法や背嚢への縛着方法などの実技を実演し、分隊員の概ねの理解を得たことを確認して、事後は小阪兵長に命じて分隊には終日反復演練を実施させたのだ。

 本来であれば中隊の銀輪係も兼任している博人の仕事であるが、博人にはまだ大隊本部における仕事が残っていた。

 そのため本部勤めが多い博人は、数日前から課外時間を利用して小阪兵長に博人が所有する試作車と参考資料を使って教育を行い、博人による監督がなくとも概ねの取扱いができるほどの練度にして分隊への普及教育に備えていたのだった。

「本日教育された概ねの動作はできるようになりました。今後の課題は、自分も含めて走行形態から輪行状態までの収納速度と走行形態までの組み立て速度の両方を上げることだと思います」

「収納までどのくらいかかった?」

「概ね、15分弱かと。組み立てには作動点検も含めて20分かかりました」

 博人であれば分解から収納まで5分と少し、組み立てなら収納状態から出したとしても作動点検も含めて10分もかからない。

「それじゃあ電車を乗り過ごすな……。中隊には俺のほうで話を通すから、明日から分隊は引き続き反復演練、今の3分の2くらいまで時間を短縮してくれ。中隊副官と作戦・訓練係には俺のほうで話を通しておく」

「一日中、ですか? さすがにずっとバラしたり組んだりというのは……、走らせたりとかして気分転換してもよろしいでしょうか?」

「それもそうだな。中隊全体への普及教育までに間に合えばいいから、そのへんは兵長に任せる」

「中隊への教育開始はいつくらいになりそうですか?」

「兵站課によれば明日以降も77式は逐次搬入されて、5月までには揃うだろうとのことだ。まあ、取扱いの訓練だけなら2~3人に1台もあればいいし、2週間以内には中隊で訓練が始められるだろう」

「了解しました」

「俺は本部勤めが多いから何かと不在にすることになるが、よろしく頼むぞ。何かあれば、すぐに報告してくれ。以上」

「事後の行動にかかります。」

 小阪兵長は博人に敬礼をして、室内の自分のロッカーへと向かうと、ジャージに着替え始めた。そのまま入浴(風呂ではなく川)にいくようだ。

「軍曹も行きませんか?」

「そうするか」

 小阪兵長の誘いに、博人も自分のロッカーに向かったのだった。





 小阪兵長は廠舎の玄関で博人を待ちながら、ふと昔を思い出す。


『何で軍人に一般教養が必要なんですか? 体力とか武器の扱いとか、そっちのほうが重要でしょ?』

 体力では誰にも負けなかったものの、筆記試験で下士官候補生試験に惨敗した小阪兵長(当時上等兵)は、当時別の駐屯地から合同訓練のためにきていた一人の伍長にそう問い詰めた。

『漢字が読めなくて、歩兵操典も含めた教範が読めるのか? 理解できるか? 文法がわからなくて、書類が書けるのか? だから国語は必要だ。 数学がわからなくて、前方公開法や後方公開法ができるのか? 射撃理論や弾道学は数字と確立との戦いだぞ。発破やるとき、爆薬の計算とかどうする? 地理や歴史の理解が無ければ、行動するその土地の特性は見えない。法律の遵守は軍人として当たり前だから、法学への理解は必要だ。だから社会を勉強するんだ。 天候・気象は作戦に大きく影響する。人体の構造や軍馬も含めた家畜の生態を知らずに、兵馬の運用や救急処置ができるのか? 物理は弾道学に大きくかかわるし、実際の作業では梃子の原理も含めてよく使うだろう? だから理科を学べ。 敵を倒しその所有物から重要書類を見つけたが、外国語だった。無線で敵の会話を偶然傍受したが、外国語だった。一緒に戦う同盟国兵士が日本語を話せない。そういうときに必要になるのが外国語で、最低でも必要なのが英語なんだ。

 軍人に限らず、社会人になっても……否、社会人ならこうした教養は大切なものなんだよ。

 ここでお前が下士官を諦めようが知ったことじゃないが、どこにいったって上を目指すなら確実に避けて通れないことだけは忘れるな』

 そう説教をくれたのが、当時まだ伍長だった博人だった。


 それから必死に勉強をして、下士官候補生になった。勉強だけでなく、あらゆる分野に手を伸ばし技術を習得していったが、どの分野に進んでもその教養は役立った。

 懲罰大隊に来て、副大隊長が引き抜いたという新任の分隊長の名前を聞いたとき、小阪兵長は鳥肌が立った。

 再開した博人は、軍曹へと昇進していた。さらには、陸軍の研究室でも研修をして成果を挙げ、懲罰大隊では大隊付銀輪指導官という大役を任されてやってきた


「おれもいつか、あんなふうになりたいなぁ……」


 憧れからそうつぶやいた小阪兵長だったが、博人が下士官になる努力のもとが結婚の回避であったこと、大役を得られたのは陸軍独身者への見せしめのために人事が働いていたことを、彼は知らない。

 小阪兵長は、博人が中佐の引き抜きでやってきた優秀な軍曹だと思ってます。

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