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12 指導と暴力と反省と謝罪

 暴力事案のその後です。

 うわぁ……やっちまったぜ。

 本気で人を殴ったのはいつ以来だろう?

 ていうか、自分より年配者を殴ったのは初めてではないだろうか?


 あの後、博人は殴り飛ばして椅子ごと床に転がった山口軍曹に怒鳴りまくった後、さらに追撃の蹴りを加えようとしたところで第3中隊の他の要員たちに取り押さえられた。

 その後、博人は騒ぎを聞きつけた秋山少佐によって保護され、作戦・訓練課事務室で平手打ち1発を頂戴して小一時間絞られるはめになった。

「気持ちはわかるがやり過ぎだ。まさかお前があそこまでキレる奴だとはな……」

「申し訳ありません」

 本来なら数日間の停職処分を受けるところだが、幸いなことにこの一件は秋山少佐と第3中隊長による協議の結果、“指導官の正当な理由によるやや行き過ぎた指導”として片づけられ、秋山少佐直々に厳重注意を行うことで収められた。

 軍隊の指導においてある程度の暴力や体罰は認められているが、それでも段階を踏んで行う必要がある。博人の場合、山口軍曹の職務怠慢に対しての指導という正当な理由があったが、まずは暴力に訴える前にその現場を見咎めたその時に口頭で注意する必要があった。

 博人は後で知ったことだが、山口軍曹は初級銀輪の特技資格はあったものの、その認定は10年も前で銀輪係の職務経験も殆どなかったとのことだった。

 しかし、それにしたって博人にしてみれば許しがたいことであった。

 前の隊では情報課の他に役所や地元協力団体まで巡って資料収集に奔走し、時には現地を数日間めぐって経路や周辺地理の調査まで行い、鉄道隊に細部調整して、ようやく行進計画の決済を得ていた博人にしてみれば、過去の訓練記録と道路地図で机の上だけで計画しているその姿は、自身が数年間してきた仕事の熱意をすべて否定されているに等しいものであった。

 そして、そうした博人の怒りを秋山少佐もちゃんと理解していたのだった。

「まあ、やっちまったもんはしかたない。暴力をふるったことについて“のみ”、後で山口軍曹に謝っておきなさい」

「了解しました」



 課業後、夕食を終えた博人は生活廠舎には戻らず作戦・訓練課の自分の机についていた。

 第3中隊に続いて、課業終了少し前に第2中隊からも行進訓練計画が提出されたため、博人はそのチェックをしていたのだ。

 一通り行進の距離と時間計画について点検していた博人だったが、ため息交じりに計画書を机の上において椅子の背もたれに体重を預けた。

「うん。まあこれだったら……問題ないかな?」

 第3中隊のように、計画の不備が見つかったのではない。ため息は安堵から出たものだ。

 兵員の武装や練度、地図や地誌、気象情報に基づいてきちんと計算された計画であり、きちんと理論と数字に裏打ちされた時間計画が練られている。非常時の腹案もしっかりと考えられており、まったく問題はない……と思う。

 この計画を書いた銀輪係はこの訓練地域について土地勘が十分あるらしく、内線電話で問い合わせたところ自信たっぷりにこちらの問いに答えてくれた。

(とはいったものの……やはりこちらもちゃんと土地勘を持つか、独自の情報源から追及する術がないと、指導官としての仕事ができないな。役所の他にも、地誌について詳しい情報源を得る必要がありそうだ……)

 そんなことを考えながら博人は計画書の表紙に付箋紙を張り、「問題なし」と記して課長の机にそれを置くと、事務室の戸締りを始めた。

「稲葉軍曹、よろしいですか?」

 自分の机の片づけを始めたとき、事務室の出入り口から聞き覚えのある声がした。

 そこには、鼻の上に大きなガーゼを紙絆創膏で固定した、痛々しい姿の山口軍曹が立っていた。その後ろには、第3中隊の先任上級曹長の姿もあった。

 山口軍曹は博人の姿を確認すると、深々と頭を下げた。

「この度は、本当に申し訳ありませんでした」

 博人もあわてて、頭を下げる。謝らねばならないのは、こちらも同様だ。

「いえいえ、こちらこそ、ついカッとなってしまいまして、すいませんでした。……その、鼻は大丈夫ですか?」

 山口軍曹は頭を上げると、

「少し痛みますが、問題ありません。いやはや、真正面から殴られたのは久しぶりです」

苦笑交じりにそう言いながら、博人の机の上を見た。

「すごい資料ですね。以後、職務に怠慢なきよう気を付けてまいりますので、稲葉軍曹には引き続きご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 2人は相互に敬礼をして、この一件は本当の意味で収まったのであった。

 この話、書くか否か迷ったのですが……暴力振るったまんまってのも後味悪いのでとりあえず書きました。

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