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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4th Deduct 千夜一明の可惜夜

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探求心の惑う闇

 明衣に極力関わる時間を減らしたかったので反対側から舟を出してもらった。俺の事に気づいていないならそれでいい。暫く遊ばせておけば……陛太にもお灸を据えるというか、現実を分かってもらいたい。アイツを好きになる事がどんなに愚かな事で、またそれが真実の愛というのも構わないが、好意は一方通行のままであると。明衣を遠ざける事が出来て嬉しい反面、これでは犠牲になる人間が変わっただけだ。助手となった俺は外道に落ちているものの、そんな些細な所まで悪質になる必要はない。何故悪者が進んで悪い事をしたがるのか。かつて善人だったつもりがあるなら進んで悪い事はしたくない。

「夜帳さんは本当に船を漕ぐのが上手なんですね」

「一度は皆が来たがる場所なのですよ、ここは。特別な理由はございません。ただ隔離されていて綺麗だからと行きたがるのです。当主様も、私に近くまで連れて行く事を命じられます。特別このような行為が好きという訳ではございません。慣れでございますね」

「成程。手伝う必要はなさそうですね」

「はい。細やかながら小舟の旅路をご堪能下さいませ」

 後頭部に両手を置くと、寝転がって船の端に腰を押し付ける。ああ、こんな風にゆったり出来るのはいつ以来だろうか。明衣の世話ばかりやっていて、自分がこんな風にお世話された事は久しくない。ああいや、両親には日頃迷惑をかけているけど、そういう意味ではなくて。


 ―――俺には、騒々しい日々なんて似合わないな。


 故郷からは立ち去らざるを得なかったが、やはりこの体に合うのは前時代的な田舎かもしれない。今の住所も都会その物とは言い難いが、生まれの血に比べればずっと先進的で人も多い。そこに明衣なんて新たな公害の定義みたいな奴が生まれたら休まる日なんてとてもとても。しかし寝る時はどうするべきだろうか。NGを破る危険性はなさそうだが、流石に見ず知らずの他人でもある夜帳さんの首を絞める訳には。『妹』にもあんな迷惑を、本当はかけたくなんてないのに。

「郷矢様、十分寄らせていただきました。どうぞご覧くださいませ。心を奪われた者さえ見惚れてしまう程の、まるで幽世に居るかのような花々を!」

「…………成程。確かに綺麗ですね」

 花の事は詳しくないが、ある日突然あんな場所に寝かされるような状況があったら多分死んだと錯覚する。それには十分すぎる程の綺麗さと―――不気味さが漂っていた。座敷牢に似た役割は確かに果たせるかもしれない。朽ち果てた古民家のような家がこちらを見下ろすように聳え、板で塞がれた窓の隙間から視線を感じる。

「因みになんですけど、心を失った人と触れ合うのは禁止なんですか?」

「禁じられてはおりませんが、まともな会話も難しいかと思われます。一度そういった機会に立ち会わせていただいた時の所感ですが」

「それは、貴方が?」

「私はただの立会人でございます故。本来はお断りした筈だったのですが、家族の誰かが私の与り知らぬ内に話を通してしまい。それで……心を失われた方々は女性に敏感なのでございます。ですから花は綺麗でも、この島に上陸したくは……」

「―――歯切れが悪いですね。俺はこの村の中で何の立場も持ってないから言っても大丈夫ですよ」

「い、色とりどりの花で冠を作りたいというささやかな願いが、ご、ございますっ。はわわ! ち、千代の我儘でございますので、どうか今のは聞かなかった事に」

 口を抑えながらその場で慌てふためく彼女の様子を見て、成程、合点がいった。そんな風に絡まれたくはないが、多少花を摘んで装飾品を作りたい。だがそうしたいという事は即ち上陸のリスクを取る必要があって、それで歯切れが悪かったのだ。逡巡させる理由としては未知数だが、余程怖い目に遭ったのだろう。今も体が小刻みに震えている。

「じゃあ、俺がその花冠を作るまで守るので、作ってみませんか?」

「は、はい…………へ? そ、そのような事は。郷矢様は遠方からのお客様ですし、私は当主様にもてなすよう命じられているだけで」

「細かい事は気にしないで下さいよ。どんな花冠を作るのか気になるじゃないですか。安全なのは代わりに俺が作りに行く事なんでしょうけどね。手先が器用でも作った経験がないもんで、それで中途半端なクオリティを貰っても貴方は嬉しくないでしょう。自分で作った方が良い。納得いくまで守りますから」

「し、しかし……」




()()()()()()()()()()




 夜帳さんは顔つきを正すと、機械的な返事を返してくれる。

「はい。問題はございません」

「じゃあ、大丈夫です」


 ………………

 

 舟を島の端につけると、先に俺が下りて、手を引く形で夜帳さんを下ろす。異性との触れ合いが初めてというのは考えられないが、ただ手を繋ぐだけでも石鹸で手が滑っているような煩わしいやり取りがあって大変だ。掌を鉤のように重ねているだけで、指先に異常な体温が伝わってくる。彼女の顔を見ると、左目が白く染まって瞳孔が菱形に開いていた。

「大丈夫ですか?」

「は、はいぃ……! ほ、本当によろしいのですか? 郷矢様にこのような事をする義理は」

「義理がなくちゃ親切をしちゃ駄目なんですか?どうぞ、俺は建物の方を見てるので花摘みはご自由に。邪魔は一切しないので」

 夜帳さん―――女性が上陸した事を悟ってか無数の目線が板の隙間に集まってくる。玄関には鍵やら縄やらお札やら。とにかく色々と閉じ込めたい意思を感じられるから出てくる事はないだろうが、油断は禁物だ。遮るように視線の前に立って、代わりに俺が見つめ返す。

「あの、郷矢様。彼らと視線を合わせるのはよろしくない事と言われております。同じように心を奪われるからと」

「奪われるほど真っ当な心はもう何処にもないんで、大丈夫です。俺の心はもう粉々に砕けて破片だらけだ。少し消えたくらいなんともないです」


「あけひゃがな! めろいか!」

「じんはらていか、のめいろす!」



 ドンドン! バンガシャバリバリ!


 

「ひっ……」

「大丈夫。俺を信じて下さい」

 家を出たくてたまらない。何かそこにあるとでも訴えるように。なんだ、手出し出来ないなら俺が見張りとして同伴する必要はなかったかもしれない。でも安心させたいと思うなら必要だったか。

 五分ばかり無意味な睨み合いを続けていると、頭に軽やかな感触がのしかかった。思わず手に取ってみると、明るい色のちりばめられた花冠がある。

 振り返ると、同じように色鮮やかな花冠を被る夜帳さんの姿。呆気にとられる俺を見て、おかしそうに口元を隠して微笑んでいた。

「郷矢様の分もお作りいたしましたっ。ふふ、驚いていただけましたか?」

「…………俺のは、頼んでませんよ?」

「ほんのお礼でございます。私から視線を引き受けて下さり有難うございました。さあ、戻りましょう…………ここだけの話。郷矢様のお陰で怖くなんてありませんでした。感謝いたします。心から」 

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