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冥府魔道の君はNG  作者: 氷雨 ユータ
4th Deduct 千夜一明の可惜夜

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80/99

琥珀のわらべ唄

「電車、駅に着いたね」

「ここから歩くんだな」

「そうだ!」

 当たり前だが駅を五個も六個も過ぎると別世界だ。まして元々住んでる地域が大して都会とも言えないのに、山へ還るような真似をすれば人気がなくなるのも至極当然。これは明衣と一緒に居る内はいいが、俺のNGへの対策を考えないといけないかもしれない。誰かに頼られやすいようにこれでもいろいろな道具を持ってきたつもりだ。非常時くらい当てにしてもらわないと条件を破ってしまう。出来る事ならこれらが役に立ってくれるような事件が起きる事を望もう。

「ち~いさなーおーのごがー。むーらにむーかーえーらーれー♪」

「何歌ってるんだ?」

「気にしないでくれ。あんな歌は俺にしか通じないから」

「ふふっ、気分は昔、まだまだそんな年じゃないのにノスタルジーに浸ってるよ! 乃絃君もそう思わない? 状況は全然違くても、山奥だからきっと前時代的な暮らしをしてるに違いないよ!」

「まあ出来る暮らしは限られるだろうな。実際のとこ、どうなんだ?」

「滅茶苦茶前時代的だぞ! いまだに竈とか五右衛門風呂とか使うタイプだ。あ、勿論普通のお風呂もあるけどな!」

「現代との繋がりは切っても切り離せないだろうな。別に不便になりたくてなってる訳じゃないんだし、取り入れられるならどうにか取り入れるだろ」

 発展したくなくて発展しないという場所は存在しないように思う。本当に未開の地の部族なら別かもしれないが、多くは立地的な関係で周りの技術についていく事が出来ないとか、単に権力者が情報を制限しているとか―――悲しい事に老人が多すぎて誰もついていけないとか。理由は色々考えられる。俺達の所は―――ちょっと、どれでもない。

「でも食事はちょっと不安定だぞ。今日から一週間くらいは大事な祭事があるから外から食材も運ぶけど、基本的には山や川で取ってくるんだからな。もし心得があるなら一緒に狩猟でもするか?」

「狩猟なのか? でも狩猟って免許が必要だったと思うが」

「それはでも罠とか銃とか使わなかったら大丈夫だよね。淫祀邪教が残ってる場所に法律がどうのなんて話は野暮だけどさ」

「野草くらいなら頑張って採るかな」

 山に続く道に乗った。分岐次第では山を越える事もあるようで、ギリギリバスは通っているようだ。だが本数は著しく少なく、停留所前の売店も、そこを最後に後は通り過ぎるか道を引き返すかしないとお店は何であれみかけなくなるようだ。

「お前さん、呪われてるね」

「良くお分かりで。おばあさん」

「死ぬのが怖くないかい」

「さてね」

 売店の老婆からの脅しを軽く受け流しつつ、そこではラムネを幾つか買った。特に理由はない。強いて言えば誰だって口寂しい時はあるからだ。ここからは気を引き締めて距離感を気にしないといけない。山の中で一人取り残されたら無条件で死亡する。俺のNGが人間限定ではなく生物限定ならこんな事にはならなかったのに。

「終わった?」

「行こうか」

 悔しいが明衣と手を繋いでいる限りは安全だ。山に入ってから気を付けるべき事を陛太がつらつらと喋っていたがそんな事よりもNGの方が恐ろしいし、気を付けなければならない。野生動物なんてどうでもいい。だってそいつらは無条件で殺してこないではないか。


 ――――舗装がどんどん剥がれてるように見えるな。


 見えるだけだ。厳密な事を言い出すなら、話はまるっきり逆なのだろう。山の頂上へ向かうような道のりでも明衣は変わらず唄を口ずさんで呑気にふらふら歩いていた。虫よけスプレーの効果が効いているからか大して虫は寄ってこない。蚊だけはどうにも好きになれないから、それだけでも用意の甲斐はあった。

「うーん」

 明衣が、訳もなく言葉を漏らす。

「成程ねー」

「どうかしたか?」

「うん、まあ……今回の事とは関係ないよっ。私は間野君の村の事は何にも知らないからね!」

「きっと気に入ってくれると思うんだ! 彩霧さんなら住みたいとも思うかも!」

「え~そんなに!? どうしよ乃絃君、私移住しちゃうカモ!」

「勝手にしろ。山に封印されてるのがお似合いだよお前は」

 実際山奥に取り残されてくれるならその方が迷惑もかからないから丁度いい。後は〆に山火事でも起こせば死人は明衣一人だ。残念なのはそこまで規模が大きくなると勝手に二次災害を起こしてしまうので、それは本意ではないという事だ。明衣を殺せるなら後は何人死んでもいいなんてそこまでは思わない。

 確かに自分が外道という認識はあるが、だからって堕ちるところまで堕ちようとしたら開き直りだ。外道なら外道なりに正しく生きさせてくれ。それが人生の慰めになる。自分がまだ正気だと思う為には必要な心構えだ。




「よーし、手前まで着いたぞ!」




 本当に二時間と半分程度歩かされて、トンネルの前で一度足を止められた。名前と立て看板は掠れて読めない。『寓  ネル』と書かれている。また入り口の側面にはひっかき傷のように『コノ先人ノ地ニ非ズ』と書かれている。

「また物々しいトンネルだな。そんな大きな山じゃなかった筈だけど出口が見えない。何処に繋がってるんだ?」

「だから俺の故郷だって! まあ言いたい事は分かるよ、閉塞的すぎるんだろ? でも村に行くにはここから入らないとダメなんだ。決まり事とかは特にないんだけど……あ、夜の内にトンネルから外に出るのだけはやめてくれ。それだけ守ってくれたら大丈夫だから!」

「オッケーオッケー。乃絃君も私もちゃんと従うよ。郷に入っては郷に従えっていうしね!」

「お前はまず日本という郷に従ってくれないか?」

「何の話?」

 こんなに人の話が通じない奴がいてたまるか。鞄からライトを取り出してみたものの、照らせる範囲は決まっている。当然出口まで照らせるような事はない。これは安いライトだからあまり期待はしていないが、それよりも向こう側の光が見えないトンネルというのは実に奇妙だ。まだ外は明るい方だから、どんなに暗くても光の断片くらいは観測出来ると思っていた。ここまで光を通さないとなると、木々が生い茂りすぎて完全に光を遮断しているレベルだと思うが、果たしてどうか。

「…………あ、そうだ乃絃君。一応念を押すけど、容認されてるからって殺人は駄目だよ? 癖になっちゃうからね」

「癖になってたまるか。大丈夫だ、問題ない。俺は法律を守ってる方だよ」

「本当に? 子供の頃私を助ける為に男の子を池に蹴り落としたような人が?」

「…………? そんな事あったかな。いずれにせよ誰か死にそうってくらいじゃないと手は出さない。心配される謂れはないよ。お前こそ、誰も殺すなよ」

「まるで私が今まで殺してきたみたいじゃん! おかしな乃絃君っ、ふふ」

 しらばっくれるのは相変わらずで、俺達はトンネルの中へと足を踏み入れた。一際大きく足音が響くようになって、暗闇の中で明衣が俺に身を寄せてきた。

「ちょっと、うるさいかも…………」

「耳がいいのも考え物だな…………ん」

 いや、違う。ライトを消して服のポケットに入れられた物体を確かめると、思わず血の気が引いてしまった。こんな物を何処から持ってきたか。明衣ならどこからでも手に入れられる。どうとでもなる。警察は彼女を止められない。銃を持っていたとしても、関係ないのだ。相手に良識がある限りはそれが枷になり続ける。社会とはそういうしがらみで、彼女にだけはそれがないのだから。

「……………備えあれば患いなし、か?」

「ま、そんな感じだけど?」

「彩霧さん、体調悪いのか?」

「うーん。悪いと言えば悪いけど、これは私の耳が良すぎるからってだけだから大丈夫! 間野君は緊張しない? ずっと外に居たんじゃないの?」

「んまあ……いいんだよ。外から人を呼べたってだけで、もう俺は怒られる事もないからな! はは!」

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