青い恋の摘蕾
「ここに来る不審者に対処して欲しいのが君達のお願いだった筈だ。だけど君のその言い方は、まるで君特定個人を狙われてるかのように聞こえる。バスケ部に妙な事が起きてるなら一緒に帰ろうが帰るまいが問題は解決しないからな」
「え、あっ」
「話が食い違うと今度は虚言を疑う事になるが、他の反応を見る限り嘘にも思えない。特に顧問の先生の隠し方がな。ある物を無いと言い張る仕草は元が虚言なら不自然だ。事情を知っているなら反応を合わせるだろうし、知らないなら何の事かと聞き返すのが自然だ。つまり個人的な事情による虚言の可能性もない。実際にバスケ部には不審者が現れているし困っている……他に問題を隠しているのか?」
「…………そ、そのえっと。わっわ、どうしよう。えっと」
この反応から推測するに、バスケ部のお悩みは釣り餌……いや、不適切な表現だ。大いに語弊が生まれている。実際困っているなら確かなのだからそれを嘘と思わせるような言い方は良くない。だが、その事情で明衣と俺を引き寄せたのは事実である。
「嘘を吐いたからって帰る訳じゃないぞ。実際本当に起きてるっぽい事は確認した。ただ事情に嘘があるなら説明してもらわないと困るな。それで解決出来なくても、名探偵様の面子に拘ると困るんだ」
アイツの名探偵の誇りみたいなものを傷つけたら何をしでかすか分からない。その場にいる全員を皆殺しなんて殺人鬼みたいな真似はしないと思うが、事件を解決するためになりふり構わなくなる可能性は大いにある。分かりやすい例で言うと、今回は俺の意思とやらを勝手に組んでここに来たが、それが独断になるとか。
影響が薄いと思うなら大間違いだ。確かに俺も正確な制御は出来ない。だが推理を補助し、時には間違った方向に誘導しようとする事でまともな探偵を装うようにさせている。それは唯一可能だ。明衣は俺を助手として見ているから、意見を聞くくらいはする。それが失せた時こそいよいよ制御不能だ。どうにもならないし、どうする事も出来ない。
「何か言いにくい事情があるなら今日は一緒に帰ってもいい。ただ、その時でいいから事情を聞かせてくれるか? それでいいなら今回はこれ以上咎めない。どうだ?
「は、はい……それで、大丈夫です!」
喜んでいる様子は理解出来ない。俺はこの女子の名前も知らないし、ここに訪れなければ所属する部活の名前も知らなかった。そんな男を頼りにするのは間違っていると思う。まがりなりにも探偵は明衣であり、俺は助手。権威は無条件に正しいという盲従が彼女にも存在するなら、明衣をボディーガードにつけた方が良いと思う。
「……そうか。じゃあそれで。これ以上用事か、もしくは情報がないなら引き止めてくれるな。あんまりモタモタすると探偵様が煩いんだ」
さて、上のバレー部に話を聞きに行く所だ。先程までの推理はまだまだ憶測の範疇を出ない。それを確信するには材料が足りなさすぎる。まるで関係性のない部活からの情報があって初めてこれらは正しいと自分でも信用出来る。
情報の足りない推理は、何処まで行っても『自分がそう信じたい真実』に過ぎない。行動の指針を決めたいならそれもまた必要だ。根拠がないからと言って無碍に扱うような状態でもないが。
階段を上ってバレー部に調査を申し込む。下の顧問とは違って快く受け入れてくれた―――というより、ある程度事情の方は知っているらしい。不審者の姿の様な物は捉えた事はないが、下が騒がしくなる事がかなりあるとの話。
―――騒動自体はやっぱり本物なんだな。
そしてバスケの顧問があんなにひた隠しにしようとした理由も少し分かった。早い内にバレー部に流出した経験から、これ以上妙な話が広がると対処しない自分に責任が及ぶと考えたのだろう。解決すればいいだけの話と言いたいが、隠蔽したい人間の思考は合理的じゃない。例えばイジメ隠蔽による責任払いだって、イジメを解決出来ていれば起きなかった報いだ。
「……何だろうな」
俺には探偵の勘みたいなものは備わっていない。事件の全容なんて把握出来ないしこの事件がどういう方向になるかも想像がつかない。出来るのは凡人の推理。少し考えれば誰でも分かるような情報の組み合わせだ。そう言う意味で言わせてもらうと、
あんまりよい流れは望めない。
「お、助手。帰って来たか」
「どの目線で言ってるんだ? 特にめぼしい情報はなかったよ。まあ強いて言えば……バスケ部の顧問は生徒を守る気なんて更々ないって事くらいかな」
「それは大変だね。私達でちゃんと解決してあげないと。頼れない大人にどんな価値があるんだろう。自分の子供じゃなければセーフみたいな感覚なのかな? 教職者として全く如何な物かと思うんだけど私は。貴方も同じ気持ちだと嬉しいな」
「お前にしては随分まともな事を言うんだな。確かに先生としてあるまじきだ。大人になるとしがらみが増えるって言うけど、ああいうのにはなりたくない。しがらみなんてのはNGだけで十分だ。どうしてこれ以上不自由を感じなきゃならない。子供みたいな事を言うみたいだけど、あれが大人だってんなら大人にはなりたくないな」
本当に、全く、反吐が出る。
そういう大人が明衣を野放しにする。
そういう大人が異常者に自由を与える。
もっと大人がしっかりしていれば、名探偵を名乗る殺人鬼が生まれる事もなかったんだ。
明衣に両親は居ない。理由は今更言うまでもないだろう。俺も会った事ないし、こいつも自分からその話はしない。生んだ責任があるとは言わないが、こんな異常者ならいっそ座敷牢にでも隔離しておいてほしかった。こいつのせいで失われた命が大勢ある。とっくの昔に手遅れで、当人すら居ない状況で何を嘆いても仕方ないが、頼むからこの女にまともな教育を施してから死んでもらいたかった。
「ああ、そう。一応お前に報告しておくな。何だか込み入った事情がありそうなんだがそこの……なんかやけにこっち見てる女子がな―――」
「あの、本当にありがとうございます!」
「お礼とかいい。少し調べただけでも事件自体は存在してるんだ。それなのにちょっと嘘を吐かれたからと機嫌を損ねて何かあったら責められるのは明衣だ。それはどうでもいいけど、癇癪でも起こされたら何されるか分からないしな」
「あ、あの。本当に明衣先輩と何にもないんですよね?」
パッツンヘアーの彼女―――後輩の名前は朱砂野真千子というらしい。日入といい後輩にやたら縁があるようだ。所属する部活なんて物はないから、こういう状況でもないとまず先輩とすら呼ばれない。奇妙な感覚を抱きながら帰路についている。彼女のNGは勿論不明、俺の方も教えていない。
「何かにつけてアイツの話題を出すから実は……っていう勘繰り方なんだろうけど、一日の殆どをアイツに連れ回されて失ってるんだぞ。どうしても触れるしかない。どういうつもりかは知らないけど、俺はアイツが嫌いだ。もし何か、不審者の為に仲良しな風を装いたかったら俺にアイツの話題は出さないでくれ。演技とかどうでも良くなる」
真千子は緊張しているのか歩き方がぎこちない。まだ事情は聴いていないが自然な歩き方と呼ぶにはメカメカしいというか、ストップモーションというか。見てられない演技に、足を止める。
「―――俺が悪かった。事情を聞かせてくれ。何で俺を一緒に帰らせる? 狙われてるのはバスケ部なんだろ」
「え、えと―――――その。不審者って、もしかしたら私の元カレの可能性が……あって! わ、別れてからなんです! バスケ部の不審者! 姿を直接見た訳じゃないから全然確かな事ではないんですけど……部活中に何もない時でも、私が帰る時に背後に視線を感じる時があってそれで……」
関連性を疑う、のは自然か。結果としてそれが偶然の積み重ねだったとしても因果を感じるのは不自然ではない。
「円満に別れたならそんな問題も起こらない……失礼。真千子は姿を見てないんだったな。まあ犯人の顔が分かってるなら調査の必要もないからな。じゃあ猶更、犯人が元カレかもと思う辺り、綺麗には別れられなかったんだな?」
「ま、まあ……他に好きな人、出来ちゃって」
真千子の視線が俺の顔から離れる。乙女心はなんとやら。男子にしてみれば不運な話だけれど、だからってストーカーしていた場合は救えない男だ。どれだけ彼女に入れ込んでいたのか、という話にもなってくる。そういう男とは結ばれても碌な結末を迎えそうにない。愛は軽くても重くても駄目で、釣り合わないと、相愛とは言えない。
「…………そうと思わせないようにトレンチコートを着ているのかもしれないけど、この辺りは情報不足か。何かあっても困るし、暫くは一緒に帰ってもいい。真千子、よろしくな」
「……! は、はい! 郷矢先輩! よろしくお願いします!」
そんな目を輝かせなくてもいいものを。
俺は、助手としての務めを果たしているだけなのだし。




