カトレア先生対策グッズ1
リカステさんと冒険者達は、まだ調査があるので南の森に残ったが、日も落ちていたので俺達は自宅に帰ることにした。
俺達が帰途につこうと冒険者達に背を向けた瞬間
「ひゃっ!」
俺の目線が、急に高くなった。
そして、頭に重く柔らかなあれが伸し掛かってきた。
この柔らかさと重さは、カトレア先生だ。間違いない。
はぁー、俺はまた余計な知識を得てしまった。
ユグドラシルが
『「リリー様、ご名答です」』
と『心情』で言っていた。
『「いや、別に合わなくて良い知識だからね」』
と言ってユグドラシルに『心情』を伝えた。
実は、疲れていると思いユグドラシルとウンディーネもクレマチスと同じように召喚を解除したのだ。
「カトレア先生、急に抱きかかえないでください。驚くじゃないですか?」
「あら、リリーちゃん? よく私だって分かったわね?」
「こんな頻繁に、抱きかかえる人は先生しかいませんよ」
ライムお姉さんも前までよく俺を抱きかかえていたけれど、それは仕方がないと思う。
だって、まだ幼いシトロンちゃんがいるし大きさ的に俺とシトロンちゃんは大差がない。 なので、思わずといった感じだったのだろう。
しかし、カトレア先生は違う。
リカステさんが、カトレア先生の癖と言っていたからだ。
それに、リカステさんや周りの冒険者から疾風迅雷の人形姫と冒険者を止めても未だに言われているということは、それだけ頻繁に自身で人形を抱きかかえ狩りや依頼などをこなしていたという事である。
しかも、素早く動けないという理由でこんな布が少ない服を着ているにも拘わらず、人形だけしっかりと持って依頼をこなすなんて……
人形を持っていないと発動出来ないスキルがでも有るのかな?
本当に、謎多き教師である。
まあ、美人という事で周りの男性冒険者から余計に揶揄われているのかもしれないけれどね。
「そうかしら? でも、リリーちゃんを抱きかかえると安心するのよ。何て言えば、良いのかしら? 心の隙間を埋めて寒かった私の心に光りが点るようなそんな暖かさが感じられるの」
この何とも言えない色気も、また男性冒険者から指示されている物なのだろうな。
「私は、頭の上が重いだけです。ですので、降ろしてください」
「嫌よ。絶対に離さないわ。今日は、怖い思いばかりしたのだもの」
「はぁー、もういいです。そんなことより、何故ついてきたのですか? リカステさんや冒険者さん達はまだ調査していましたよ?」
「それはね、リリーちゃんの収納魔法に百体のオークを収納したでしょ?」
「うん」
「それをね、学校の食堂に明日の朝一で届けたいのよ」
「朝一番にですか?」
「そうよ。だから、リリちゃんのお家に泊まりに行こうかなーと思って……ダメかな?」
成る程ね……
明日の朝一で俺と一緒に食堂に行くと言うことは、俺の家に泊まる方が都合が良いと。
部屋も沢山有るし、スノー達もカトレア先生の事を気に入っているようだ。
何も問題はない。
「いいですよ。部屋も沢山ありますし」
俺は自宅に帰りスノー達をモフモフしたいという欲求の事で頭がいっぱいになり、先ほどまでのカトレア先生の行動パターをすっかり忘れていたのだ。
俺がそう先生に優しく言った瞬間、更に持ち上げられ顔をあれに押しつけられた。
俺は必死にモゾモゾ動く、しかしカトレア先生は抱きしめる力を緩めない。
「ぐーるーじーいー! はーなーじーてー! おーろーじーてー!」
顔を横にィヤィヤさせても、口をハムハム動かしても、手であれを押しのけようとしても、あれから顔を出すことは出来なかった。
俺が言葉を発しなくなった事に驚いたスミレちゃんが
「カトレア先生苦しがっているので、抱きしめる力を緩めてリリーちゃんの顔をこちらに向けてあげてください」
そう言って、カトレア先生を注意した。
「はっ! ごめんねリリーちゃん。思わずうちの子みたいに抱きしめちゃった」
どうにか表に顔を向けてもらった俺は、未だに柔らかいあれに後頭部を挟まれたまま抱きしめられている。
「カトレア先生、私は抱き枕やなかばい! それに、先生も歩き難かやろ?」
「リリーちゃんはね、本当に抱き心地が良いのよ! 歩くのも全然苦にならないし。寧ろ心地が良いわ。ねえ、スミレちゃんもそう思わない? 今度リリーちゃんを抱いてみればスミレちゃんも分かるわよ」
「はい、私も今度リリーちゃんを抱いて寝てみますね」
「スミレちゃん? 同意しぇんで良かけん!」
俺は自宅の玄関前に来るまで、カトレア先生に抱かれたままだった。
カトレア先生に、俺の身代わりになる物を早急に渡さないと――このままでは、授業中も抱っこされたままになる可能性がある。
可及的速やかに、対策を講じる必要があるな。
カトレア先生に自宅の扉を開けるので降ろしてくださいと必死に嘆願した俺はどうにか降ろしてもらう事に成功した。
自宅の扉を開けると、給仕のお手伝いを終えてソファーで寛いでいた葵が走ってやって来た。
「リリー様、お疲れ様ですの。ささ、葵が身体を綺麗にしてさしあげますので先にお風呂は如何です?」
「葵、ただいま。お風呂は後にするね。先にお食事にしないと、皆お腹が空いているから」
俺はそう言って、葵が服を脱がそうとしていたのを躱して中に入っていった。
「はぁー、もう少しでしたのに仕方がありませんの。スミレちゃん、スノー様、お帰りなさいませ」
「葵ちゃん、ただいまー」
「ただいま戻りましたぅにゃん」
「葵ちゃん、今日もお世話になるわね」
「カトレア様、歓迎致しますの。どうぞ中に」
そう言って葵は、玄関の扉を閉め
「それにこの感じ、あの白いフワフワやはり召喚眷属になりましたの。はぁー、また恋敵が増えましたの。やれやれ、ですの」
そう呟いた。
俺が玄関の通路から台所の方に行こうとすると、不意に持ち上げられた。
「先生、またですか?」
「リリーちゃん、良いでしょ?」
すると、アイビーとシルクがこちらにやって来る。
「ワン、ワン、ワン、ワン、ワオーン。ワン、ワオーン」
『スミレちゃん、スノー様、リリー様、お帰りなさい。カトレア先生、ようこそ』
「スミレ、スノー様、リリー、おかえ……ぶ、ぷっ。リリー? 何で、カトレア先生のお人形みたいになっているの? ププ、クスクス。二人でイチャイチャするのは良いけれど、見えない所でしなさいよね。まあ良いけど。皆、おかえり。カトレア先生、ようこそ」
「……」
シルクの言い種に俺は無言になった。
俺が無言でいると、スノーとスミレちゃんとカトレア先生が皆に挨拶をする。
「皆、ただいまー」
「ただいま戻りましたぅにゃん」
「シルクちゃん、アイビーちゃん、今日もお世話になるわね」
俺は、スミレちゃんとスノーとカトレア先生のただいまの後に一瞬考えてから返事を返す。
「アイビーただいま。シルクはハウス!」
「何よ私だけハウスって。私にもちゃんと、ただいまって返事しなさいよね!」
「ワン、ワオーン。ワフ、ワオーン」
『リリー様、シルクの事は僕にお任せ下さい。五月蠅いので、あっちに銜えて行きますね』
プンスカ怒っていたシルクを、アイビーが銜えてクッキーの置いてある場所に連れていき座らせると静かになった。
俺はスノー達に手伝ってもらい、食事をテーブルの上に並べていく。
スノーと葵は人型に変化しているので、俺達と同じ食事だ。
勿論、アイビーの食べ物も用意したよ。
俺は、皆と一緒に食事を取りながら考える。
このミッションは、俺の身柄がかかっている重要な任務だ。
絶対に失敗してはならない。
俺はカトレア先生の誕生日を、このミッションにおける重要なキーとして聞く。
「カトレア先生。突然ですが、お誕生日はいつですか?」
「え? 二月十八日よ。それがどうしたの?」
クッ……過ぎてしまっている。
しかし、そんな事は重要ではない。
「いえ、ちょっと気になったので聞いてみただけです」
「え? 何、何? もしかして、カトレアお姉さんに何かプレゼントしてくれるのかなー」
「まあ、そんな所です」
カトレア先生は嬉しそうな顔をして、プレゼントは俺が良いと言ってきたので却下した。
色々と話していくと、俺が考えていたようなカトレア先生への贈り物に対する遠慮など無さそうだ。
いや、寧ろ皆無と言って良いだろう。
確かに、男性が女性に対しての贈り物ではない。
俺は自分が、今幼女である事を忘れていたのだ。
カトレア先生も幼女からの贈り物が、たいした物ではないと思ってのことだろう。
そして話していくうちに、皆の誕生日も確認する事ができた。
カトレア先生は二月十八日生まれ。
俺は以前誕生石をネットで調べて、はまっていたことがある。
その情報なのだが、二月十八日生まれの誕生石はアメジストとクリソプレーズだ。
スミレちゃんは十二月十日生まれ。
同様の情報で、誕生石は、タンザナイトとサンストーン。
スノーは五月十五日生まれ。
同様の情報で、誕生石はエメラルドとアメトリン。
葵は六月十八日生まれ。
同様の情報で、誕生石はムーンストーンとクリソプレーズ。
シルクは五月九日生まれ。
同様の情報で、誕生石はエメラルドとクリソプレーズ。
アイビーは九月二十二日生まれ。
同様の情報で、誕生石はサファイアとカイヤナイト。
それぞれの誕生石は、前がサポート系。
所謂一般的に知られる誕生石だ。
そして、後ろが強化系である。
因みに俺は五月十三日生まれで、誕生石はエメラルドとカイヤナイトでスノーとシルクも同じ月生まれみたいだ。
俺がなぜ皆の誕生日を聞いたかというと訳がある。
この世界は魔石によって様々な事が成り立っている。
そして、一部の鉱石や魔法宝石による魔道具も実在している。
つまり、鉱石や宝石には難しいかも知れないが付与が可能という事だ。
その付与で、ある物を作成するのだ。要するに、カトレア先生対策である。
そういえば、来月が丁度五月だな……
俺が今考えている物とは別に、皆でスノーとシルクのお祝いをするのもいいなー。
五月、六月、九月、十二月、二月……毎月のように幸せな気分になれる。
皆のお祝いと言わずに、少し豪華なケーキを作って食べるのも良いかもね。
俺の願いは【女神の身体を借りたので、出来る限り平和に暮らしたい】だ。
だから、そんな幸せな毎日を過ごす事が、俺は何よりのプレゼントだと思う。
食事と談笑の後、対策グッズの作成の前に皆で一緒にお風呂に入ることにした。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字をご報告下さる皆様方も、本当に感謝致します。
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シルク「リリー、私の誕生日は大きなクッキーで良いわよ」
リリー「そんな物で良いの?」
シルク「うん。でも大きい物よ?」
リリー「どれくらい?」
シルク「この家と同じサイズで作って」
リリー「あー、あー、あー、聞こえなかったよシルク。だから適当な大きさ
の作るね」
シルク「私、今リクエストしたでしょ?」
何度も、聞こえないふりをするリリーであった。




