冒険者学校の入学試験
そうして、数日が過ぎ去り冒険者学校の当日がやって来た。
俺は小学校から大学まで、入学式を全て体験した。
しかし、年齢を重ねても入学式はやはり慣れないものである。
同じ学校の友人が多ければ、別なのだが……
俺の場合近辺の学校ではなく、特殊な環境下の私学であった為、顔見知りは卒業する度に変わっていったので殆どいなかったのだ。
特殊な環境下とは、俺の実家の家業に理解があり実家が出資している学校である。
この冒険者学校でも、一部で同じ事が言える。
一部とは……要するに、知り合いがいないぼっちなのだ。
まあ、異世界なので当然なわけだが――人見知りの俺にとっては、重要事項である。
王立冒険者学校は、通常十二歳から入学可能である。
それは、冒険者ギルドの規定が満十二歳である事に起因している。
しかし、貴族等の推薦が有る場合のみ年齢に達していなくても入学可能である。
貴族の推薦……聞こえは良いが、アニメや漫画、小説に出てくる貴族を知っている俺としてはあまり良い印象はない。
ここの王族は、良い意味で俺の印象は完全に覆された。
しかし、この冒険者学校の貴族は不明である。
と言うか、冒険者学校なのに割合として貴族が多い気がする。なぜだろう?
貴族が多いと分かったのは、色の違う腕章を右側にしている者が多いからだ。
実は、右側に腕章を付けている者が貴族からの推薦者で、左側に腕章を付けている者が冒険者ギルドからの推薦者なので、なんとなくそれで判断できるのだ。
それに、右を見ても左を見ても身なりの良い右側に腕章を付けている者が多いのである。
貴族が多い事から、この冒険者学校では上下関係を王命により禁止し罰則を設けている。
受付の説明事項にも、そう書かれていたからだ。
もし背いた場合、重大な違反者として処罰され退学となり貴族の場合は不名誉な事態となる。
つまり、王立であることで貴族ではない冒険者ギルドからの推薦者達も上下関係で害されること無く入学可能なのだ。
今、受けているのだが冒険者学校の入学試験には簡単な算術試験と語学試験があるようだ。
語学試験は会話と、少し文字が書ければ合格できる。
実は推薦状を冒険者学校の受付に持参した時、冒険者学校の契約事項の他に、名前と必要事項を書き簡単な質問を受け答えした。
その時点で、貴女は語学試験は合格ですと言われのだ。
一瞬呆気に取られたが、冒険者としてクエストなどを受注する時に受け答えができれば、それでクエストが受けられるのだから当然と言えば当然なのだ。
次に算術試験だが、これは俺がいた世界で言うと小学生低学年レベルの足し算と引き算ができれば合格であった。
恐らくこれも、クエスト精算時に、ある程度計算ができればそれで良いからであろう。
つまり、最も試験として重要視されているのは実技試験である。
恐らく、貴族の入学希望者は身近で危険な魔物の特性などを本格的に指導してくれる冒険者学校で学び、自身の領などで起こるかもしれない魔物の被害に対処しているのであろう。
確かに書物や口答で教えられるより、実際に魔物を倒している者に直接指導を受けた方が確実である。
簡単すぎる試験を終えて、今俺は訓練場にいる。
どうやら、実技試験の前に少し練習をしても良いらしい。
俺が、今見て判断したのだが試験を受ける者の傾向として分かった事がある。
腕章を左腕に付けている冒険者ギルドの推薦状を貰っている者は、近接戦を得意としているようだ。
先ほどから武器を使用しての練習は切れがあるが、魔法の練習をしだすと途端に苦戦しだした。
ただ、冒険者ギルドの推薦者は極々少数派のようだ。
見る限り数名いるかどうかである……俺も冒険者ギルドの推薦状が有るので左側に金色の腕章を付けている。
しかし、王様の推薦状もあるので右側にも金色の腕章をしている。
殆どが、右側に腕章を付け杖を持ち服装は整えられているが、魔法の発動さえ上手くできない者が多いようだ。
しかし、魔法の発動が上手くできない者の多くは白色と黄色の腕章を右側に付けている。
先ほどの冒険者ギルドからの推薦者は、魔法は苦手としているようだが左腕には赤色の腕章を付けていた。
冒険者学校の受付を確認すると、腕章には、白、黄、赤、青、紫、茶、金色が有るようだ。
爵位の上下で色を示しているかと思ったが、冒険者ギルドからの推薦者も付けているのでそうでは無いようだ。
一部の貴族だけが武器を使用しての練習をした後、魔法の練習をして上手く発動していた者は青色の腕章を右側に付けていた。
貴族推薦者の多くは、接近戦より魔法を重視し遠距離攻撃する者が殆どなのだろう。
しかし、その魔法さえ上手に扱う者は一部だけであった。
ブゥーン!
身体の引き締まった女性が、マイクの様な魔法具の前に立った。
見た目がかなり若く、ライムお姉さんよりは少し小ぶりであるが、文句なしの大きなあれを持つ美女だ。
まさか、あの軽装と思える布の少ない身なりで教師なのだろうか?
「皆様、お早うございます」
美女の声音に、皆が声をそろえて答える。
「「「「「お早うございます」」」」」
「私はAランク冒険者の資格を持つ、この冒険者学校の教師【カトレア】です。今から貴方達の実力を計る実技試験を行います。先ほど行った語学算術試験の結果を今から発表致します。合格した者は右側に、不合格だった者は左側に並ぶ事。それぞれに腕章の色と同じ物を地面に書き示していますので、それにより各担当試験管の所に分かれて下さい。学力試験で不合格だった者も、この実技試験の結果次第で合否が決定致しますので諦めないで頑張る事。以上」
カトレア先生が、学力試験合格者の受験番号を言って並ぶように指示を出している。
受験番号を呼ばれたので、俺は右側に並ぶが地面に金という文字がどこにも書かれていなかった。
途方に暮れていると、俺の側に来た人が知人の様な気がした。
なので、振り向き確認すると
「リリーちゃん、私も来ちゃった」
声をかけられた人物は、パープルちゃんだった。
パープルちゃんは、いつもと違う髪型にして服装も一般的な貴族服に変え、杖と小剣を持っていた。
「えっ! パー……」
俺は、口をパープルちゃんに塞がれた。
「――――。ふにゅ?」
そして、小声で
「リリーちゃん、シーです。私がパープルで有る事は秘密ですよ。ほっぺた、ぷにぷに」
「コホン!」
周りの実技試験参加者が、試験の内容などを話しているとカトレア先生の声音が発せられた。
「皆、静粛に! これより、武器による実力試験を行います。名前を言って得意武器を担当試験官から借りてください。持参されている方々もいらっしゃいますが、今回持参されている武器は使用禁止です。得意武器を借りたら、それぞれ担当試験官の指示に従い数本の木の的を攻撃して下さい。武器試験の後に魔法試験を行います」
先生達が各担当の列に付く中、カトレア先生が俺達の列まで走ってやって来た。
どうやら、カトレア先生が青の担当試験管のようだ。
その前に、白、黄、赤、青以外の文字がどこにも無いので確認しなくてはならない。
声をかけようと、俺が前に出ると
「あっ! 見つけたわ。ごめんなさいね。実は、紫、茶、金色の腕章付ける子は今までいなかったの。なので、担当者が地面に記載し忘れていたみたい。貴女も、私の担当よ。本当に、ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
俺はそう言って、トコトコと勘考しながら列の一番後ろを目指す。
今まで、紫、茶、金色の腕章を付けている人がいなかった? どういう意味なのだろう? 見る限り、俺より幼そうな者や背が低い者はいない。
金は、光る? 光るは、ピカピカする?
ピカピカと言えば、元の世界で俺が知っている意味は……新しい一年生である。
新しい一年生は、幼い? 幼いは、俺の場合だと……幼女?
俺がそう勘考していると、先ほどまでは冒険者学校の試験に邪魔になるという理由で、自ら姿を消していたユグドラシルが現れた。
「リリー様、ユグは違うと思います」
「……えっ? ――実は私も、そう思っていたよ? にぱー」
「――はい」
どうやら、ユグちゃんには笑顔で誤魔化しても無駄のようだ。
ユグドラシルと話しながら列の一番後ろに並ぶと、パープルちゃんが俺の後ろに並んだ。
「ユグちゃん、おはよ」
「おはようございます。パープ……」
「ユグちゃんも、シーです」
「――――」
ユグドラシルも、パープルちゃんに口を押さえられていた。
「ユグちゃん、柔らかい……」
「ふにゅにゅ?」
「あっ! ユグちゃん、ごめんね。思わず、ぷにぷにしちゃった」
「気にしないでください」
いや、ユグちゃん? そこは気にしてよ。
ユグちゃんの大きな膨らみを、パープルちゃんがぷにぷにしたのだから……。
ユグドラシルから「女の子どうしなので……」という心情が伝わってきた。
まあ、そうなんだけれどね。
先頭を確認すると、カトレア先生が先頭の子に指示を出している。
「よろしくね。武器はなにがいい?」
「両手剣を、お願いします」
「はい、どうぞ」
カトレア先生は、軽そうに片手で持ち上げて渡したが
「うっ……」
見るからに重そうで、両手で持っているがふらついているように見える。
「君、重そうだけど大丈夫?」
「はい……平気です」
「そう? では、初め!」
「俺は、侯爵家長男のエレモフィラだ。では参る」
先頭の子が爵位と名前を言っているが、あの自己紹介じみた事をしなくてはならないのだろうか?
美少年のエレモフィラ君は、鉄の両手剣を持ってふらつきながらも細い木の的を一つずつ十本全て的ごと薙ぎ払った。
恐らく、非力ではあるが武器の重さで切ったのだろう。
「私は、伯爵家次女のアザレアと申します。近接武器は得意と致しませんので、弓をお借り致します」
「はい、どうぞ」
アザレアちゃんが弓を引いているが、堅すぎて引けないようだ。
「済みません、もう少し小さな弓を……」
「……はい、どうぞ」
アザレアちゃんは、エルフの血筋が混じっているのか少し耳が尖っている美少女だ。
小さい弓で飛距離はあまり期待できないが、迷いのない弓さばきで十本の木全ての的に命中させた。
「僕は、子爵家長男のバレリアンです。武器は二刀短剣をお願いします」
「はい、どうぞ」
カトレア先生は懲りたのか、今度は初めから小さな短剣を二つ渡した。
バレリアン君の目線が、カトレア先生の大きなあれに行っていたが、カトレア先生は気にしていなかった。
思春期の男の子は、どうしても目が行っちゃうよね。分かるよ、その気持ち。
だって、カトレア先生布が少ない身軽そうな服着てるから……。
「では、行きます」
美少年のバレリアン君は、小柄だがスピードが有り二刀短剣を使い十本の木の的を全て切っていった。
「俺様は、獣人国の王子ルビナスだ。武器は大戦斧をお願いする」
「はい、どうぞ」
カトレア先生は、ルビナス君には普通の鉄の大戦斧を渡していた。
獣人で見た目からして筋肉隆々だったので、大丈夫だと思ったのだろう。
「行くぜ! ウラー」
ライオンの獣人ルビナス君は、美丈夫で美しい毛並みなのか髪がサラサラだ。
豪快な大戦斧で、十本の木を的ごと次々とぶった切っていった。
動物好きの俺が、思わずモフモフしに行きたい衝動に駆られたくらいに髪や耳の毛並みがサラサラしているのだ。
だがしかし、まだ試験なので我慢した。
ユグドラシルが「リリー様、よく耐えました」と言っている。
確かに、いくらモフモフサラサラしていても獣人の男の子だからね……危なかった。
「私は、獣人国の冒険者ブルメリアです。片手戦斧をお願いします」
ブルメリアちゃんにも、カトレア先生は普通の鉄でできた片手戦斧を渡していた。
「では、行くよ! ヤアー」
クマの獣人ブルメリアちゃんは、全然筋肉隆々ではなく普通にクマのケモミミ美少女なのだが軽々と片手戦斧を扱っている。
しかも、気高く凜としており戦斧を振るい十本の木を的ごと次々と素早く薙ぎ払っていった。
筋肉は全く無さそうに見えるのに、ルビナス君より繊細な片手戦斧捌きだった。
彼女も美しい毛並みで、肩まで伸びる髪と可愛いクマのケモミミ美少女だ。
俺は、思わず抱きしめたくなる衝動を押さえるので必死だった。
ユグドラシルが「リリー様、あと少しで順番です。もう少し耐えて下さい」と言っている。
俺は「うん、頑張る」と応えるので精一杯だった。
前の受験生達を見物していると、後ろにいるパープルちゃんから声がかかった。
「ねえ、リリーちゃんどうしよう?」
「パープルちゃん、どうしたの?」
「名前を言ったら、フォレストムーン王国の王女って知られちゃうよ。宰相は知っているけれど、お父様には内緒で来ているの。なので、良い名前が有ったら考えて?」
そう言って、抱きつきパープルちゃんが無茶ぶりを言ってきた。
隠す名前も考えずに、俺を驚かせる為だけに試験に参加したの?
まあ、お姫様の考える事は分からないけれど……。
俺は少し焦ったが、ここの王族はなぜか色を名前にしている事に思い当たった。
パープルは紫で、バイオレットとも言う。
しかし、第二王女がホワイトバイオレットで名前が被る。
バイオレットはヴァイオレットとも言う。
花の名前で、別名にするとスミレだ。
俺はパープルちゃんの名前を、パープルからスミレに改名する事にした。
「パープルちゃん、パープルはヴァイオレットとも言うの。そして、美しいお花にもヴァイオレットと言う花があります。その美しい花にも別名があり、私の世界ではスミレと言うの。なので、パープル改めスミレと改名致しますが良いですか?」
「スミレ……綺麗な名前ね。私、凄く気に入りました。リリーちゃん。ありがとう」
すると、パープルちゃん改めスミレちゃんは急に光に包まれ唐突にシステムが起動した。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字をご報告下さる皆様方も、本当に感謝致します。
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シルク「ねえ、リリー? 私さっきホテルを抜け出して様子を見に来ていたの
だけれど、布の少ない痴女がいるよね?」
リリー「布の少ない……カトレア先生のこと?」
シルク「えっ? ……あんな破廉恥な服着ているのに、先生なんだ?」
リリー「あのね、シルク? 冒険者はね、時に色気が必要な場面があるのよ。
カトレア先生は、そのお色気担当なの……」
シルク「へー」
ユグドラシル「リリー様、シルク様、違いますよ?」
リリー&シルク「「ほぇ?」」
ユグドラシル「カトレア先生は痴女でも、お色気担当でもありません。早さ
を重視する戦闘スタイルの戦士なんです。なので、出来る限り
身軽な服装をされているのです」
シルク「ユグちゃん、リリーより詳しいわねー」
ユグドラシル「いえ、リリー様は今モフモフ成分が足りなくて禁断症状が現れ
ているのです。あっ……今度は、幼女の精神状態になられている
ようですね。なので、シルク様の仰った事を真に受けたようです」
シルク「ユグちゃんも、大変ね」
ユグドラシル「私が、スノー様のようにモフモフなら……」
リリー「あっ! 試験を受けにきている子に、可愛いモフモフな獣人の女の子
がいるー。ユグちゃん、モフモフしに行ってくるねー」
ユグドラシル「リリー様? ダメですよっ」
シルク 「ユグちゃん、なぜか楽ししそう……」
二人の心情が、よく分からないシルクであった。




