魔物に襲われた馬車(改)
皆で他愛もない話でじゃれ合った後、シルクの道案内で秘密の洞窟を抜けて岩山を越えた。
岩山を越えて、スノーに乗って川沿いの涼しげな音に耳を傾け、風が靡く気持ちが良いスノーとアイビーの毛並みに、俺は恍惚していた。
「はうー。シルク、スノーとアイビーの毛並みが私を懇篤な至福に誘うの」
「ねえリリー、あれを見て。人と魔物が争っているわ。遠くだから分かりづらいけれど……」
「シルク確かに、スノーとアイビーのモフモフした毛並みが風に靡いて触り心地が最高よ」
「リリー、私そんな話してるんじゃないってば。ほら、あれよ。小さな魔物は、ゴブリンかな? 大きな魔物は、オーク? えっ? あのオーク、大きさが普通じゃないわ。あれってまさか、ハイオークじゃないでしょうね? ハイオークなんて、この辺りで見かけた事なんて無いわ」
「クンクン、はぁうー。スノーに抱き着くとね、毛並みが頬をこそぐるのもよかとばい」
ぽっぷん!
俺の頭の中で、眼鏡をかけた女神サラの女教師バージョンが出てきた。
「エヘッ簡単な言葉だけど、来ちゃった。では、気を取り直して。説明のお時間よ」
今度は俺の頭の中で、子供の頃の俺が出てきた。
「先生おねがいしまーす」
「今日は【こそぐるのもよかとばい】について教えるわよ。最近勉強熱心な鈴君には、難しい言葉ではないよね」
「えっへん」
子供の俺が席に座ると、女教師バージョンの女神サラが説明する。
「【こそぐる】とは、【くすぐる】という意味よ。そして【よかとばい】とは【いいのよ】という意味なの。つまり【毛並みが、頬をくすぐられるのも良いのよ】と言っているの。分かったかなー?」
「あーい」
「説明は以上よ。また少し難しいと思われる方言が出たら説明するわね」
「はぁーい。先生ありがとーございまーす」
妄想説明劇場が終了し、現実に戻る。
「普通の森で、滅多にいないはずなの。ゴブリンも、普通じゃなさそうだわ。たぶん、ボブゴブリンね。共闘してるなんて、明らかに変よ!」
「スノーもアイビーもあいらしかー。うち、二匹ともちかっぱすいとーばい」
「ちょ、ちょっとー! モフモフバカの、変態リリーさん。私の話を、いい加減にちゃんと聞きなさいよぉ!」
シルクが顔を真っ赤にして、ポカポカと叩いて来た。
何か有るのかなと思い小首を傾けると、前方の橋を指差した。
見ると遠くの橋上に、豪華な馬車の前後を取り囲む様に魔物達が立ち塞がっていた。
馬車の前方を取り囲む、人より巨大な五体の魔物――馬車の後方を取り囲む、人より小さな二十体の魔物――それぞれの魔物と、二十一人の騎士達が戦闘中だった。
馬車の後方を取り囲む小さな二十体の魔物に対し、十人の騎士達は連携し苦戦しつつも無難に戦っていた。
しかし五体の大きな魔物に対し、騎士長一人と十人の騎士達は完全に劣勢状態であった。
騎士長が全面に出て攻撃防御を担う事で騎士達の連携は保たれていたが、辛くも全滅を免れているだけであった。
「シルク、魔物と人が戦っているよね?」
「リリー、さっきから私が言っているじゃない」
俺は思った。この展開もしかして、所謂ファンタジー世界のテンプレか? と……。
それに、見て見ぬ振りは出来ない。
身体は女神サラのモノであるし、善行は女神サラの力になるかもしれない。
人の町では目立たぬようにしたかったが、致し方がない。
俺は、スノーを走らせる。
「スノー悪いけれど、スピードを上げてあの馬車までお願い」
「うにゃん!」
スノーは、俺のお願いに答えるべく急加速した。
スノーの急加速にシルクが悲鳴をあげる。
「キャー! スノー様速すぎ。落ーちーちゃーう。落ーちーちゃーう」
「シルク、危ないから私の服の中入って!」
シルクを胸元に入れると、顔だけだしてアイビーも落ちないか心配しているようだ。
「アイビー、大丈夫?」
「シルク、アイビーの事は任せて」
「クウーン、クーン、ワン」
『落ちちゃう、怖いよ、リリー様』
俺は、昔懐かしのアニメの搭乗シーンを思い出し叫ぶ――
「アイビィィィィィィー。ジャストォー・イーン!」
そして、花魁ロリ服の着物である短いスカートの中にアイビーを押し込んだ。
「アイビー、ハピネス・ターン」
俺は思わず心の叫びを口にしてしまう。
「ブップゥー」
すると、シルクが思わず吹いた。そして俺を注意する。
「ちょ、ちょっとリリー! どこにアイビーを押し込んでるのよ、変態!」
「緊急時だから、仕方がないでしょ」
「そう言いつつ、アイビーをモフモフ触っているじゃない。貴女、恥ずかしくないの?」
シルクがなぜかしきりに恥ずかしくないの? と聞いてくる。
俺はアイビーが幼狼だし、ワン子のようなものだから全く気にしていない。
幼少期、俺がまだアレルギーが発症してなかった頃――
祖父母の家に遊びに行く度、ペット達の挨拶が正にそれだったからだ。
そう、ワン子とニャン子の挨拶。
股に顔を突っ込んで来たり、顔を舐めて来たり。
つまりそういうことなのだ。
まあそういう俺も、普通にペット達に顔を埋めていたから問題はない。
「クゥゥゥゥゥゥ! モフモフ、ハッピィー・フェスティバール!」
「リリー。貴女やっぱり、楽しんでいるだけじゃない」
「シルク違うわ。これはモフモフチャージ。戦闘に赴く私への、鼓舞よ」
スノーは、更にスピードを上げ馬車まで走る。
何? この異常な速さ……でも、お蔭でモフモフパラダイスよ。グッジョブ! スノー。
俺の指示で速度を上げたスノーは、凄まじい速さで遠くに見えていた馬車までたどり着いた。
俺は安全のため、スノーにシルクとアイビーを預けた。
すると、シルクが俺の元に急いで飛んできた。
「リリー、普通のゴブリンやオークよりもかなり強いから気をつけて。リリーなら心配はないと思うけれど、特にハイオークは巨体なのに動きが機敏で、凄まじい攻撃をしかけてくるわ」
俺はシルクに、感謝のこもった笑顔を向ける。
「シルク、心配してくれてありがと」
シルクは俺の笑顔に頬を染めて、スノーの元に戻っていった。
スノーとアイビーを見ると、アイビーが不安そうな顔をしている。
早くこの戦闘を終わらせて、アイビーを安心させてあげたい。
先ずは馬車の後方で騎士達を攻撃している魔物からだ。
俺はシルクからの助言に気を引き締め、強い覚悟で戦闘モードに入る。
すると、辺りが一変する。まるで時の止まった中を、俺が走っているようだ。
ファイターボブゴブリン十体とメイジボブゴブリン十体に肉薄し、一瞬で吹き飛ばした。
シルクが強い魔物だと言っていたが、拍子抜けした。
キメラに比べると、異常に遅いし弱すぎる……
手加減して手前で拳を止めるが、拳圧だけでボブゴブリン達の身体が歪み――失神して宙を舞い吹き飛ばされた状態の姿勢で、地面に頭や全身を叩きつけられ息絶える。
瞬時のうちに、二十体のボブゴブリンの死体が俺のアイテムボックスに自動収納される。
見た目は死体が光となって消え失せるが、実は自動収納されているのだ。
アイテムボックスは、本当に至便だ。
ボブゴブリンの死体が五体ほど転がっていたが、それは騎士達が倒したボブゴブリンだろう。
次に馬車の前に駆け寄る。
五体のハイオークに肉薄し、ジャンプして貼り付き拳を当てた瞬間に戻す事を繰り返す。
次々と飛び移り、瞬時にハイオーク五体の顔面を吹き飛ばす。
頭が吹き飛んだハイオークは、光となって消え失せる。
先ほどから、感じていたが……通常、魔物などと戦闘を繰り返すと、血痕等が不覚にも付いてしまう事がある。
しかし、不思議なのだが魔物の血痕の一滴すら俺の拳や服には付いていない。
いや、それだけではない――ハイオークの顔面を吹き飛ばした時点で、俺にはグロい物が見えるはずだ。
しかし不可思議な光で隠蔽され、自動収納される。
確認はしていないが、管理者レベルが上がったことでアイテムボックスの機能が向上し隠蔽機能の付加価値が付いたのだろう。
もしくは、幼女対応の残酷な表現に対する処置として――幼女の目に優しい世界を……と。
しかし、どうやら俺が倒した魔物だけのようだ。
こちらには先ほどのボブゴブリンと同様に、ハイオークの死体が一体転がっていた。
そのハイオークは、騎士長達が討伐したものだろう。
よくあんな劣勢状態で、一体だけでも倒せたものだ。
恐らく……連携や指揮、そして自ら先頭で戦っていた騎士長の功績が大きいのだろう。
アイテムボックスに自動収納されるのは至便だが、やはり後で討伐した魔物を確認しないといけないから億劫だ。
あっ! そういえば、アイテムボックスに追加機能が追加されたよな?
自動整理、分別機能向上、自動取得か……
自動取得は、今までの事で分かったけれど。
他の二つは、後で確認してみるか。
俺は戦闘モードを終了させ、スノー達の元に行く。
「しゅーりょぉー。スノー、キメラと比べたら吃驚する程弱かったよ? 橋を渡るから、シルクとアイビーも連れてきてね」
シルクとアイビーが、放心状態になっていた。
俺の戦闘はキメラで確認していた筈なのに、そんなに驚かなくてもいいのに。
……固まっているアイビー可愛い。
「了解しました、リリー様。うにゃん」
スノーだけが返事をくれた。
はうー……返事を返してくれるスノーも可愛い。
二匹とも後で、モフモフしてあげよう。
俺はシレーっと分からない様に、スノー、アイビー、シルクを連れて橋を渡り抜けようとした。
すると、負傷している騎士達二十人に慌てて止められ、比較的軽負傷の騎士長が前に出た。
「おっ、お待ちくだされ。赤子? いや、幼じょ……お嬢様」
今……赤子って言った後、小声で幼女って絶対に言っていたよね?
確かに幼女だけど……まあ、いっか。
「えっと、私の事ですか?」
俺は、一応自身の事なのか確かめるために、後ろを振り向いた。
手を額に添えて誰かいないかな? と確認するが、やはり誰もいなかった。
そうしていると、豪華な馬車の中からメイドに手を引かれて美少女が降りてきた。
いかにも王侯貴族っぽいドレスを着て。
「助けて頂き、感謝致します。お嬢……様?」
うん、確かに今の俺を、俺が見たらお嬢様? かと問われたら、幼女だと思う。
しかも美少女の「お嬢……様?」と小首を傾け考える様子は、綺麗だ! の一言に尽きる。
思案に余りスノーを見ると、子猫モードになってアイビーと一緒に丸まっていた。
何あれ! 何あれ! 今すぐモフりたい!
俺はスノーとアイビーをモフモフしたい気持ちが収まらなくなり、適当に誤魔化す。
「えっと、先ほどAランク冒険者の方が、一瞬で風の様に通り抜けて行きましたよ」
俺の言い訳に、騎士長が怪訝な目を一瞬したが直ぐさま優しい顔を向けてくる。
「そなた幼く見えるが、普通に話せるのだな。いや、そういう種族であるか。すまぬ。失礼な事を申した。わしは、第三騎士団団長のバジルだ」
騎士団長が、俺の容姿と種族の事を話して謝罪している。
俺は女神サラから、この世界には様々な人種が存在すると聞いていた。
つまり、様々な人種にハーフドワーフやハーフホビット等がいるとすれば、俺の容姿や大きさについても違和感を感じないのであろう。
ともあれ、俺はスノー達の方が気になる。なので、さらに誤魔化す。
「ボブゴブリン二十体とハイオーク五体を討伐されたのは、その方だと思います」
俺のさらなる言い訳に、騎士団長が突っ込みをいれる。
「いやいや、それは有り得ん。ワシも、幼……其方が一瞬で倒している所を見たぞ」
一瞬で倒した所を見たと言っている。
が、一般人には突風が過ぎ去った後に俺が現れた位しか視認できないはずだ。
それが見えたと言うのなら、ダンディーなおじ様騎士団長は、相当な実力者だろう。
「老眼かもしれませんよ。私の様な幼子が、倒せる訳が御座いません」
「老眼は否定できんが、其方で間違いない。取って食おうと言う訳では無いから安心致せ。それに討伐数を完全に言い当てる所も、証拠と言えるのだが?」
俺は、鳴らない口笛を吹いて、そっぽを向きチラッと騎士団長を確認するがダメなようだ。
「いやいや、誤魔化す必要は無いぞ。寧ろ褒美をやらねばならん」
騎士団長が近くに来たので、俺がそっと逃げだそうとする素振りを見せる。
すると、急に騎士達が俺を取り囲んだ。
そして、まるで連れ去られる宇宙人の様に、両腕を第三騎士団団長のバジルと騎士に持たれて馬車の中まで連行された……
※ ◇ ※
【ライラ(サラの中の武を司る人格)SIDE】
武を司る精神のあたいは、白銀虎と共に自室に来て澱みの者達との戦況を話していた。
「白銀虎、澱みの動きはどうだ……でしょうか?」
各地の精霊や聖霊達の声が聞こえる白銀虎は、この世界の状況が分かる。
「ライラ様、サラ様の仰るように澱みの者達の動きが不穏です。うにゃん。自身で動かずに、魔石を使用しているようです。うにゃん」
まさか、魔石を依り代にして侵攻するつもり?
だけどその方法だと、魔石を依り代にした状態で、別の物を依り代にする事になるので、能力が減少してしまうはず。
「そうなのか……ですか。だから……ですから、反応が小さいのか……ですね」
納得する様に頷いていると、白銀虎があたいの足にすり寄って来た。
白銀虎の本来の姿はとても大きいのだが、あたい達の大きさに合わせ小さくなってくれている。
この子は、とても優しくて良い子。
他の精神もなんだが、あたいも白銀虎が大好き。
守護者の中では、二位の攻撃力を持つけれど防御は守護者の中で一番。
なので、武を司る精神と能力を持ち合わせるあたいの良い遊び相手にもなれる。
「ライラ様、私の前では普通に話されても良いのですよ。うにゃん」
あたいも、そうしたいのは山々なのだが他の精神がうざいように話し方を直せと言ってくるんだ。
特に、サラが五月蠅い。
「それをすると、他の精神が後で五月蠅いんだ……叱られるのです」
あたいが五月蠅いと言った事で、今もサラが表に出てこようとした。
だけど今は、あたいの時間なのだから出てこないでほしい。
そんなことより、依り代にした魔石は誰が持ち込んでいるのだ?
澱み自身では、外を守る結界に阻まれるはず。
ならば、協力者がいるのか?
「白銀虎、話をもどそう……しましょう」
「うにゃん」
「あたいはサラティーに精神を入れ替え、時を見る事が出来る処理空間に入り、澱みの者達の動向を再調査する……します。白銀虎は、聖霊や精霊達から世界の状況を再度読み取ってくれ……下さい」
「うにゃん」
あたいは白銀虎と別れ、精神をサラティーに入れ替え、時の中で澱みの動向を探ることにした。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字をご報告下さる皆様方も、本当に感謝致します。
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アイビー『リリー様、スノー様の乗り心地最高でした』
リリー「そうでしょ。フワフワの毛並みも気持ちが良いのよ」
アイビー『でも、僕より数段早いスピードは怖かったです。リリー様、
僕を落ちないように守ってくれてありがとうございます』
リリー「いいのよ。おかげで私も気持ちが良かったですしね」
シルク「……リリー、貴女やっぱり確信犯ね」




