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リリーvs澱みの魔獣1

 これは酷い……。辺りは戦闘の痕で木々が倒れ、地面は陥没し、赤焼け色に染まる夕日に照らされ、至る所に赤黒い血痕がある。

 その様子に、俺達は村の様子を注意深く窺う。

 しかし、魔獣はもう少し奥にいるようでまだ姿は見えなかった。


 戦闘と思える轟音が辺りに鳴り響き、今も戦闘が続いている事が容易に想像できる。

 俺達は身を潜めつつ、轟音の鳴り響く場所にそそくさと向かった。

 そして、眼前を蹂躙する魔獣を視認したあと――魔獣に気づかれないよう、小声で『ボソボソ』と戦略を練る。

 そう、先ずは何事においても作戦会議は重要である。


 それに――スノーが俺は強いと言うが、まだ自身としては半信半疑なのだ。

 当然である。なんせ、戦闘自体が生まれてこの方初めてなのだから……

 学生時代に体育で行った、剣道や柔道――格闘ゲームやロールプレイングゲームで培った、戦闘技術――はっきり言おう。戦闘ではない! 


 俺がいた世界の国は、平和そのものだった。

 一部、海外で戦闘行為を行っていたところもあったが俺とは無縁だった。

 それに――ゲームでさえ、初心者はザコを倒してレベルを上げ準備を整えてからボスに挑戦する。

 なのに――眼前で蹂躙する魔獣は、どう見てもザコには見えない。

 寧ろ、ボスと言っても過言ではない。


『何あれ魔獣? 背中に蝙蝠の羽? 後ろの尻尾が蛇? スノー、あれってどう考えても普通の魔獣じゃないしキメラよね?』

『リリー様、この世界に存在しない魔獣で間違いないです。うにゃん』



 モフモフな子は大好きだが、あの魔獣は生理的に無理だ。

 俺が大嫌いな蛇が尻尾に付いている……考えただけで身震いする。

 俺が幼少の頃、田舎にある祖父母の家に遊びに行っている時の事である。

 散歩していると、木の上から蛇が降ってきて頭の上に乗って背中に滑り落ちた。

 直ぐに服の隙間から落ちて、事なきを得たのだが……それ以来、蛇は苦手なのだ。


 この世界に存在しない魔獣――呼称をキメラとしよう。

 キメラは体躯が約12mあり、凶暴な瞳が赤く染まっていた。

 発達した牙と、背中には大きな蝙蝠の様な翼が生えている。

 あの翼を自由に使われると厄介だ。


 ただどう思考しても、物理的にあの巨体を翼だけで飛翔することは困難だ。

 もし飛翔するのなら、魔法等を使用し巨体を浮かせ翼で軌道修正を行うと推考する。

 そして、飛翔することで多彩な攻撃をしかけてくると想像できる。


 しかし、翼を頻繁に使用しないのは――

 やはり俺の揣摩臆測だとしても、魔力等何か消費が激しいのだろう。

 先ほどから、キメラは大地を駆け回っている。



『ねえ、スノー? 偶然通りかかったA級冒険者が、私の代わりに魔獣を倒してくれるとか無いかな?』

『リリー様。例えS級冒険者や、勇者、英雄譚に描かれている勇者が現れても――あの魔獣を倒すのは、不可能です。うにゃん』

『え? どういうこと?』

『あの魔獣は、澱みの魔獣と判断致しました。うにゃん』

『澱みの魔獣?』

『澱みの魔石により、変質された魔獣のことです。うにゃん』



 澱みの魔石? 変質? 何それ? 

 この世界に来て、初めて敵対意思のある魔獣だが不明瞭な点が多すぎる。

 俺は様々な思考を働かせて、整理しようとする。

 しかし思考の整理が追いつかない状態で、スノーの説明がさらに続く。



『障壁が常に展開されているため、 ()()()()()()()もしくは、管理者より授けられた真に覚醒した聖剣を持つ勇者や剣聖がいなければ、障壁を越えて傷を付ける事さえ不可能です。うにゃん』



 うわー、何それ? 無理ゲーやん。

 キメラの毛皮は、全体が黒く変色し高質化している様でかなり硬そうだ。

 尾は毛が生えておらず、先が蛇の様な別の生き物になっている。

 尻尾にも、警戒が必要だろう。と言うか、気持ちが悪い。

 四足は分厚い筋肉で覆われ、鋭い爪で大地を強く踏みしめている。


 突進力も、かなりありそうだ。強敵に、違いない。

 ……戦闘初心者である俺には、あまりにも酷な気がする。

 初めは、野兎でも狩って戦闘に自信をつけさせてほしいよ。いや、本当に! 

 まあ……野兎みたいな可愛い動物は、俺の狩る対象外なので狩る気は毛頭無いが。

 自身で考えて、自身で否定している。それだけ俺は、焦慮しているのだろう。



『ねえ、スノー。もう一度、言うけど。このプニプニの腕で攻撃して、ダメージが入るの?』



 キメラの脅威に対し俺とスノーが俺の能力について話していると、シルクが横から焦って声をかけてくる。



『ねえ、ちょっと。さっきから訊いているけれど。貴女、なに怖気づいているのよ? 女神様でしょ。それに、私の非力な腕よりはマシでしょ』



 そう言ってシルクが俺の両腕に触れ、自身の両腕と見比べる――



『って、何? この腕……』

『でしょ? シルク。気持ちがいいほど、柔かいでしょ』

『うん……。私の腕より、筋肉がなくて、スベスベで柔かいわ』



 俺とシルクの細腕自慢のように思える女子トークに、スノーが割って入る。



『リリー様、問題ありません。うにゃん』

『スノー、本当なの?』

『それに、リリー様以外――いえ、あの魔獣を倒せる者は、リリー様とサラ様以外この世に存在しません。うにゃん』

『え? じゃあスノー、女神サラ様にお願いしてよ』

『確かに、管理者案件ではあるのですが――先ほどからサラ様に通信を試みているのですが、通信不能です。うにゃん』



 え? もしかして――いや、まさか? 

 リンクしているスノーでさえ、通信する事ができない状況に女神サラが陥っている? 



『もしかして――女神サラ様に、スノーでさえ通信できないほどの事態が起こっているの? 女神サラ様、大丈夫なの?』

『不明です……ですが、サラ様の心情は歓喜に満ちあふれています。うにゃん』

『歓喜? よく分からないけれど、それなら大丈夫そうね』



 女神サラの状況は不明だが、歓喜に満ちあふれているのなら心配はなさそうだ。

 不意に、眼前をキメラが横切る――と同時に、右上にある簡易レーダーを黒い点が横切る。

 黒い点……スノーから聞いていた、敵対意識のある魔物等を表す【赤い光点】とは明らかに異なる。


 ワールドマップを開けても、黒い点であるが故に表示がかなり分かりづらい。

 つまり広域表示のワールドマップでは、動きが少ない場合――発見しづらい黒点表示が、目の前を蹂躙するキメラなのだ。


 俺は覚悟を決め、キメラを達観する。

 達観すればするほど感じる、キメラの大きさと凄まじいプレッシャー。

 普通に攻撃しても、俺の背丈でキメラの身体には届かない。

 ジャンプして、攻撃するしかない。


 既にキメラは妖精の村を自由に駆け回り、爪と牙で全てを荒らしまわっていた。

 妖精王の指揮のもと、妖精達と妖精狼(フェアリーウルフ)達が応戦していたが、誰もが傷つき危急存亡であった。



『シルクとアイビーは、負傷者の救護よろしくね』

『任せなさい!』


『ワン、ワン』

『賜りました、女神様』



 スノー曰。大人の妖精狼(フェアリーウルフ)や妖精達は、単身でA級冒険者パーティーに匹敵する強さをもつ。

 妖精王に至っては強力な四属性魔法を使用可能で、S級冒険者パーティーに匹敵する実力者らしい。

 しかし、妖精王達の遠距離魔法と妖精狼(フェアリーウルフ)族の連携攻撃で応戦しているがキメラにはダメージが全く無い。


 瀕死の妖精狼(フェアリーウルフ)が何匹も転がり、消耗しきっている妖精達によって僅かな癒しの光で回復しているだけだ。

 そして、全快せずに倒れて行く方が多く劣勢である事は明らかだ。



『スノー、私戦闘に参戦するから何かサポートできるならお願いね』

『リリー様、了解です。うにゃん』



 俺たちの話が終わると、ちょうどその時キメラが急にバックステップを開始した。

 鋭い視線を向け咆哮を上げ、妖精狼(フェアリーウルフ)と妖精達を怯ませる。

 腹を膨らませ大きく口を開くと、キメラの喉元が膨らんだ。


 俺は戦闘モードに入り、大地を蹴ってスキル【マウス】を使用しキメラの真下に瞬間移動する――

刹那、ジャンプして肉薄。

 キメラの顎に、強烈な右アッパーを叩き込んむ。

 同時に、キメラは俺の左上後方から左側に向け遥か彼方にアシッドブレスを噴出――強烈なブレスは、木々の上部を薙ぎ払い腐らせた。


 ブボォォォォ! バキバキ! ベキベキ! ボロボロ! 


 俺は考えるより先に、マウスの瞬間移動で地面に着地。

 今度は大地を左足で踏ん張り右足を踏み鳴らし、ジャンプしてキメラの横っ面に渾身の左フックを入れた。


 メキメキ! ドッゴーン! ドカーン! ダーン! 


 恐ろしい程の速さでキメラは吹き飛び、細い木々を薙ぎ倒した後大木に激突。

 これはやったか? と思い観察していると――少しフラ付いたかと思ったが、平然と立ち上がった。

 キメラは睨みを効かせ鋭い牙を見せると、猛スピードで俺に突進してきた。

 俺は、それを紙一重で右に躱す。



「なによ、もぉー。やっぱり、モフフサしてないじゃない!」



 俺は躱した瞬間に、キメラの毛並みを確認したのだ。

 しかし、予想通り堅いだけだった。

 そして戦闘中、ハッキリ言って必要ない行動――

 そう、キメラの毛並みを確認するという事を行い――

 紙一重で躱し損ない――

 女神サラから頂いたスカートに、キメラの攻撃が触れた? 



「あっ! スカートが……何ともない? あれ?」



 そして俺は、躱した勢いのままジャンプし左後ろ回し蹴りを胸部に叩きこんだ。


 ボキボキ! メキメキッ! バキバキ! ドッゴーン! ドカーン! ダーン! 


 巨体が宙を舞い、大木を次々と薙ぎ倒す。

 肋骨が数本折れて刺さったのか? 

 痙攣の後――ふらつきながら、先ほどよりかなり時間をかけて立ち上がった。

 だが、キメラにダメージはある様に見えるが決定的では無い。


 俺は、一瞬キメラの攻撃が触れた筈のスカートをもう一度確認するがスカートに汚れすら付いていない。

 あれぇー? もしかしてやっぱり、この普通に見える服も女神サラが与えてくれただけはある? 

 うん、考えない様にしよう。そんな事より今は目の前のキメラだ。


 俺は初めから、手加減しているつもりは無かった。

 しかし深層心理上、目の前のキメラは気持ちが悪いがモフフサに見える。

 なので、不覚にも手加減をしていたのだろう。


 だから、今からは本気も本気。全力全開で、あのキメラを叩きのめす。

 だって、毛並みがカチカチなんだもん。

 しかし、怪訝だ……



「スノー、あのキメラ様子が変よ? ダメージを与えても、倒せる気がしないの」



 不覚にも手加減要素があったため、本気の攻撃ではなかったが……



「リリー様の攻撃はキメラの障壁を貫通し、確実にダメージを与えています。うにゃん」

「そうよね?」



 ほっ……。スノーには、俺の攻撃が本気に見えてて良かった。



「ですが、分厚い毛皮と筋肉の鎧が邪魔で、巨体な事も有り……うにゃにゃん? いえ、でも何かカラクリが有るのかも知れません。うにゃん」

「やっぱり、スノーもそう思うよね……」



 先ほどまでとは違い、本気戦闘モードの俺は、キメラの動きがスローモーションに見え、簡単に躱してカウンターも確実に入った。

 俺が懸念していた戦闘初心者という言葉が全く当てはまらない動きが普通にできたのだ。

 本気戦闘モード……通常時は、絶対に考えないようにしないと危ない。


 寝ているときに――

 もし、うっかり寝返りをうったら――考えるだけで、恐ろしい。

 まあ……女神サラの身体(ウツワ)が、そんなポンコツな訳がないし――何か対策は、されているはずだしね。うん……。


 いや、そんなことより今はこのキメラ。

 キメラの防御力と異常とも言える体力が非常に厄介だ。

 カラクリが有っても、剣など武器があれば何とかなりそうな気がするが――生憎、武器は持っていない。


 しかも、妖精達が持っていたのであろう武器――落ちている杖や棒らしき物は、爪楊枝と思えるくらい小さい。

 はっきり言って、武器にはならない。

 俺の思考は加速して、様々な考えを巡らせる。

 スノーも少し思考していたのか、しばし時間をおいて口を開く。



「こちらに存在しない魔獣ですので、調査に時間がかかりますが調べてみます。うにゃん」

「スノー、じゃキメラの調査は任せるね」

「うにゃん」



 唸るキメラが知恵を付けたのか、ジャンプして蝙蝠の翼で上空から加速して突進。

 更に左右に素早く移動し、爪攻撃に牙攻撃を繰り出す。

 俺は、キメラの攻撃を確実に上下左右に躱しながらも高速思考する。


 キメラを固定させ、一気に連続攻撃する事でダメージを外に逃がさない様に――いや、あの巨体を固定する手段が無い。

 相手が吹き飛ぶ前に、俺の素早さで攻撃し貫く――いや、キメラの体躯に比べて俺の手足の長さでは貫通しても致命傷にはならない。

 キメラの内部を確実に破壊できる方法があれば、或いは……


 シュ、サッ、バキ! ササッ、シュシュ、ボキ! ヒュン、ヒュン、メキメキ! 


 俺は逡巡しながらキメラの攻撃を全て躱し、ジャンプ攻撃を確実に当てダメージを入れていった。

 うーん……俺の攻撃は、確実にキメラの骨を折っている音はするな。

 でもやはり変だ……。

 俺とキメラの戦いを見て、シルクがスノーに質問をする。



「スノー様、女神様はなぜ魔法を使わないの? 魔法を使えたら、簡単に倒せるんじゃないの?」

「リリー様は、先ほどこの世界に御降臨されましたが、まだ能力に制限が掛かっているため魔法を使用できません。うにゃん」

「え? 魔法無しで、あんな化物倒せるの?」

「リリー様でしたら問題はない筈です。うにゃん。それに例え賢者が最上級魔法を放ったとしても、障壁を破壊できなければあの魔獣は倒せません。うにゃん」

「厄介な化物ね。妖精族の攻撃魔法が全く効いてない理由が、その障壁なのね……」



 シルクは女神の戦闘に自信の攻撃魔法で支援できないと知ると、負傷者の治療に全力を注ぎだした。

 アイビーも治療後の妖精狼(フェアリーウルフ)の軽症者や魔力の尽きかけている妖精族を、必死に後方へ避難させていた。


 アイビーが自信よりはるかに大きな妖精狼(フェアリーウルフ)を運べるのには実は理由がある。

 アイビーは月狼の始祖の血を色濃く受け継いでる。

 そのため、重力と電磁力を操る能力に長けており、大人が運べない重量物さえ軽々運べた。

 ただ、妖精狼(フェアリーウルフ)の王族や妖精の王族以外の周りからは、馬鹿力のある普通の幼狼としか見られてはいなかった。


 まあこの知識も、この村に来るまでに妖精や妖精狼(フェアリーウルフ)の戦力を知る上でスノーに教えられた情報なのだが……。

 俺は戦闘中にも拘わらず、大きな妖精狼(フェアリーウルフ)を健気に運んでいるアイビーの姿に心奪われていた。



「つっ、痛……あれ?」

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

誤字脱字をご報告下さる皆様方も、本当に感謝致します。


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