妖精と妖精狼
最南東に広がる【女神の住まう大森林】の神域を抜けた先――
迷いの森の北東には、小さな村があった。
迷いの森は北と東に巨大な岩山が聳えたち、美しく澄み切った小川が流れる緑豊かな森。
そして【女神の住まう大森林】を覆い囲う様に周囲を囲み、大森林を守護している。
その迷いの森の中に日曽利と同化する小さな村が、妖精王が治める村である。
その村は、大きめの木々に小さな家の入口がある小妖精が多く住んでいる。
そして人の様な姿で羽は無いが人より耳が少し長いエルフと妖精の王族との混血である、妖精王が治めている。
妖精族は魔法を得意とし、風精霊の加護を獲ているため風魔法は多彩である。
一方、迷いの森の西側には【月狼のマナグルムを始祖】に持つ誇り高き月狼の縄張りがあった。
月狼は月の引力と大地の重力、それに電磁力を操る力をもっており、その力で多彩な連携攻撃を得意とした。
二千年前、先代の月狼王と先代の妖精王は争っていたが、女神からの恩命を受け長年の争いを終結させた。
今では月狼を改名し妖精狼と名乗り、妖精王達と共存関係にある。
妖精狼は種族愛が強く、生まれが違っても兄弟姉妹のように助け合っていた。
ある日、迷いの森の最北西の森入り口付近で綻びができ、綻びより小さな小動物が紛れ込んだ。
小動物は見た目が角兎に似ていたが、全体がどす黒い毛皮に覆われていた。
背部には小さな蝙蝠の羽と口元には鋭い牙があり、普通の角兎ではなかった。
そんな小動物の事など露知らず、妖精狼の幼狼達は遊んでいた。
五匹の幼狼達は喧嘩をすることはあるが、本当の兄弟姉妹のように仲睦まじき存在だった。
活発に動き回り小動物を見つけては、狩りの真似事をして遊んでいた。
一番体躯の大きな幼狼の雄がリーダーとなり、他の幼狼達に声をかけて呼びかける。
『今日は迷いの森の入り口まで探検だぞ! 皆遅れずについて来いよな!』
幼狼のリーダーの呼びかけに他の幼狼達が答える。
『わたくしも、追いかけっこは得意ですわ』
『僕も、追いかけっこ得意だから負けないよ!』
『わたしも、お姉様に続きます』
『にいにいとねえねえに、僕も付いていくもん』
一番年上の雄幼狼を筆頭に探検の始まりだ。
勝ち気なお嬢様気取りの雌幼狼。慎重な雄幼狼。お姉様幼狼に憧れている雌幼狼。
と続き、最後に一番年若きおチビな雄幼狼が続く。
ポカポカ陽気の天気に、幼狼達は気分をよくして追いかけっこを楽しんでいた。
今日に限って幼狼達はいつもの遊び場ではなく、探検で迷いの森の最北西まで遊びにきていた。
ここに来るまで走り回ってお腹が空き過ぎていた幼狼達は辺りで角兎を探していた。
慎重な雄幼狼の問いに勝ち気な雌幼狼が答える。
『今日は全然角兎がいないよね? 何でだろうね?』
『わたくしも、ここまで角兎が見つからないのは初めてよ』
幼狼が単独で遊び半分でも狩ることが可能な角兎が、辺りに一匹も見つからない。
幼狼達の愚痴に、幼狼のリーダーが真剣に角兎を探す。
『だよなー、いつもだったら一匹ぐらいすぐに見つけれるんだけどな』
幼狼のリーダーが皆の先頭で走り辺りを見渡し、おチビな幼狼が最後を走り不意にお腹が鳴る。
グゥゥゥゥゥゥ……
『にいにい、僕お腹すいたよぉ』
おチビ幼狼のお腹が鳴ったと同時に、幼狼のリーダーが何かを見つけた。
『お! 一匹いたぞ。あの黒い、角兎を狩るぞ』
幼狼のリーダーは、いつもと違う小動物を見つけあれを狩って皆で食べようと言い出した。
五匹のうち一匹は、二年前に実の親兄弟姉妹を失い慎重だった。
慎重な幼狼は、元々幼なじみであった妖精の王女の助言により、妖精王に引き取られた。
しかし、実の親兄弟姉妹を一度に失ったことで、成長が完全に止まり一番年若きおチビと殆ど体躯が変わらなかった。
ただ、他の幼狼達より利口で体躯のよいリーダーからも一目置かれていた。
『リーダーあんなの見た事が無いよ! あの角兎、何かおかしいよ』
慎重な幼狼の発言に、お腹を空かしすぎ冷静さを失っていた幼狼達がリーダーを中心に慎重な幼狼を罵る。
『何言ってるんだ臆病者かよ! 皆さっさと狩りに取り掛かるぞ』
『わたくしも、今は狩りを優先するべきだと思うわ。もしかして臆病風かしら?』
『わたしも、お姉様に賛成よ。臆病兄さん』
『僕も、にいにいとねえねえにさんせぇー』
慎重な幼狼が狩るを止めるが、リーダーを含む四匹の幼狼は食欲が勝っており臆病者と言い捨てた。
ここまで言い切ることができるのには、理由がある。
以前、迷いの森から離れた外の地に遊びに出かけた時、自分達より遥かに巨大な猪と出くわした。
巨大な猪と対峙した幼狼達は、慎重な幼狼の指示のもと、五匹で連携し見事狩ることができた。
その後食べきれなかった猪を五匹で協力し、村にまで引きずって帰ってきた五匹は、大人の妖精狼達から大層褒められたのだ。
その猪と比べると、遥かに格下だと思われる黒い角兎――
いつもなら慎重な幼狼の助言に耳を貸すのだが、空腹には勝てなかったようだ。
『嫌な予感がする。僕は、この変な小動物の事を大人達に知らせに行くよ。だから皆、狩るのは待って。直ぐに知らせてくるから。絶対に待ってて!』
臆病者と言い捨てられた慎重な幼狼は、嫌な予感が働いた。
この事を一刻も早く大人達皆に知らせる必要が有ると。
皆のことが心配だったが、一匹で大人達がいる迷いの森の中心部へ必死に走った。
『何言ってるんだアイツ! あんなのほっといて皆狩りに取り掛かるぞ!』
幼狼リーダーの指示に、他の幼狼達の声がそろう。
『『『了解』』』
幼狼リーダーを含む四匹は、いつもと違う角兎に苦戦を強いられた。
異常なジャンプ力と、少しの間空中に留まり、隙が有れば牙で噛みついてくる角兎に。
『ハー、ハー、この角兎、前に倒したあの猪より遥かに強い……皆、連携を取って連続攻撃するぞ!』
リーダーの指示に、幼狼達の声がそろう。
『『『ハー、ハー、ハー。了解』』』
四匹で連携を取り、ようやく狩る事ができた頃には昼を過ぎていた。
腹が空き過ぎていた事も有って、四匹で一斉にかぶりつき瞬く間に全部食べつくした。
『にいにい、歯応えがあって硬いけどウマウマだねぇー』
『そうだな、おチビ。よく噛んで食えよ。うん、旨いな。ん? 何か黒く淡く光ってるけど、旨いから食うか。ゴクッ』
そのうち幼狼のリーダーは、小さな小動物の淡く黒く光る心臓を食べた事で異変が起こった。
幼狼達はムシャブリ付く様に食べつくすと寝転がったり遊びだしたりした。
暫くすると急に幼狼リーダーに異変が顕著に表れた。
『……グッ! グガッガッ! ゲボッ! ガハァ!』
一番初めに、リーダーの異変に勝ち気な雌幼狼が気がつく。
『どうしましたの? え? あなた達、リーダーから離れなさい』
勝ち気な雌幼狼の指示で、他の幼狼がリーダーから距離をとった。
幼狼のリーダーの体が見る見るうちに巨大化。
牙も大きくなり、背中には大きな蝙蝠の様な翼が生えた。
目は全体的に赤くなり、正気は保っていない形相で涎を垂らしている。
毛皮はドス黒く変色し、尾は毛が根元辺りから抜け落ちて尾先が蛇の様になった。
四足は太く、鋭い爪が伸び大地を踏みしめていた。
『うわぁぁぁ。にいにいが、魔獣にぃー』
おチビな幼狼が、狼狽えて粗相をして漏らした。
あまりにも恐ろしい姿に変わり果てたリーダーの姿を見た他の三匹は、どうして良いか分からず知里尻になって逃げた。
だが魔獣の恐ろしい早さと鋭い爪に傷つき、このままでは全員死を待つだけだった。
三匹は再び集まり、
『ハー、ハー、おチビ。わたくし達は、もうダメよ。あなただけでも、逃げなさい』
『わたしとお姉様が囮になるわ。だから、おチビは、この事を大人達に伝えて!』
『何言ってるのぉ! ねえねえ、僕も傷付いているけどぉ、まだ戦えるよぉ』
『無理よ。皆、犬死するだけだわ。わたくし達にまかせて、おチビは逃げなさい。早く!』
『うわぁーん! 分かったよぉ。僕が必ず伝えるからぁー』
二匹が囮になり一匹を逃がし大人達を呼んで来る事となった。
チビ助を見送ると致命傷の二匹の雌幼狼達は、最後の力を振り搾り二匹で連携を取り駆け出した。
だが、予想以上に魔獣は強く二匹は成すすべもなく倒れた。
二匹が食い散らかされるのを遠目に、どうにかおチビ幼狼は酷い怪我を負いながらも逃げきった。
おチビは、遠くで後ろを振り向き驚愕。
うっすら遠くに見える魔獣は、二匹の幼狼を取り込んだためか巨大化して小動物を貪っていた。
その頃、急ぎ戻った慎重な幼狼は、大人達に変な小動物の事を細かく伝えた。
しかし慎重な幼狼は、大人達に信じてもらえず途方に暮れるしかなかった。
普通の大人では埒があかないと感じた慎重な幼狼は、妖精狼の長老に話をする事にした。
長老に話を詳しく伝えていた時、大人達と一緒に首の後ろを持って抱えられ傷つきボロボロになった雄幼狼のおチビが中に入ってきた。
息も絶え絶えしい状態のおチビは、幼狼のリーダーが変な小動物の心臓を食べた途端に、恐ろしい魔獣になって仲間を殺し更に巨大化したと伝え息絶えた。
長老と慎重な幼狼は、他の大人達と共に危機を知らせるために妖精族の村に急ぎ駆け出した。
妖精狼の長老は、妖精族の王と妖精の最長老に知りうる全てを伝えた。
妖精族は風魔法に優れ、妖精狼はスピードと近接連携攻撃に優れている。
この異常事態に、妖精の村でフェアリーウルフと妖精族の共闘戦線を組み対処する事となった。
慎重な幼狼は、実は妖精狼の元王子であり、妖精の王女と幼馴染であった。
妖精の王族は、他の妖精族とは違い、風は勿論であるが、他にも水、土、火の4属性魔法を多彩に使用できた。
そして、混血である妖精の王と王女シルクだけが、光の精霊と契約したことで強力な光の防御魔法を使用できた。
ただ、シルクは進化前であったため、光の精霊魔法を自由には使いこなせなかった。
『妖精王、魔獣が村に侵入したら地形を上手く使い、我ら妖精狼族のスピードで近接連携攻撃をしかけ魔獣を翻弄させる。そして我らが離れる合図と同時に、魔法攻撃を仕掛けてくれ』
「了解した。我ら妖精族は遠距離にて魔法攻撃を仕掛けると共に、負傷者の妖精狼達の救護に当たるとする。さて、お前達聞いての通りだ。妖精狼族の王アイビーよ、そして王女シルク。王族の伝承にならい、女神様の聖堂に向かってくれ。聖堂で祈りを捧げて、我らの危機を女神様に知らせなさい。頼んだぞ二人とも」
「うん、分かったわ。パパ」
『承りました。妖精王』
妖精族の王女シルクと妖精狼族の王アイビーは、二種族の危機に対し行動を開始した。
王族の伝承である、女神が住まう大森林の入り口付近。
秘密の抜け道に――
「アイビー、秘密の抜け道に入ったわ! 後は洞窟の奥を目指すのよ。もうすぐ、天から光が差す女神の聖殿が見えるはずよ。頑張って」
『シルク、僕頑張って走るから振り落とされない様に摑まっててね』
妖精の王女シルクは飛んで行くと言うが、幼狼が本気で走るより遅い。
そのため、アイビーの首に抱き着き激走する幼狼から振り落とされないようにしがみついていた。
しばらくすると、アイビーとシルクは言い伝えの女神の聖堂にたどり着いた。
王族の伝承によれば、妖精と妖精狼の両方に危機が迫った時――
女神の聖堂で両王族が共に心を一つにして女神に心から祈りを捧げると、女神が御降臨されると言う伝承があった。
「女神様、私は妖精族の王女シルク・ジャスミンと申します。古の盟約に伴い、どうか妖精族とフェアリーウルフ族をお救いください」
『女神様、僕は妖精狼族の王アイビー・ゼラニウムです。古の盟約に伴い、どうか妖精狼族と妖精族をお救いください』
シルクとアイビーが祈りを捧げた時、けたたましい音と共に光が差す天井が崩れ大量の落ち葉と何かが落ちてきた。
「痛ぁーい。もぉー、お尻が二つに割れちゃうじゃなーい」
「うにゃん」
「初めから割れてるんだけどね。クスッ」
俺は少しだけ痛い気がするお尻を擦りながら、フカフカの落ち葉のお陰で怪我しなかったかと思い小声で一人ボケをしていた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
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