2 神なき祟り
昼休み――「放課後探偵団」のメンバーが美邦と由香の席に集まった。
合わされる机へ、窓枠の影が落ちる。十字に区切られた光に木目が浮かんだ。
芳賀が、「白うさぎ」の入った箱を置く。そして、ホッチキスで留めた二枚の紙を配りはじめた。
由香は箱に手を伸ばそうとしない。ただぼうっとしている。見かねたように幸子が箱を開いた。そして、「白うさぎ」を代わりに配り始める。
由香の様子を気にしつつ、芳賀の差し出した資料を美邦は手に取る。
一枚目の紙を見つめた。
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★自殺による死亡:年間6千人に1人
★交通事故による死亡:年間2万5千人に1人。
★火災による死亡:年間10万人に1人
☆平坂町の人口:8千257人
【11年前】
1件・?人
⚫︎5月4日 上里で老人が行方不明
(前田音吉・92歳)
【10年前】
7件/8件・11人/12人
⚫︎1月10日(3時)平坂神社の宮司の訃報
(大原糺・86歳)
⚫︎2月20日(5時)火災で1人が死亡
(大原夏美・29歳)
⚫︎3月1日(22時)伊吹の県道から自動車が転落
(3人が死亡。詳細不詳)
⚫︎4月7日(0時)伊吹で乗用車が衝突。2人が死亡
(里山幸雄・27歳、佐見大助・45歳)
⚫︎5月15日(3時)平坂で男性が自殺
(会見仲夫・20歳)
⚫︎7月1日(21時)漁船の転覆で2人が死亡
(津村甚五・53歳、田前久義・46歳)
⚫︎7月8日(4時)上里の会社員が自殺
(真中歩実・23歳)
⚫︎10月15日(1時)男性の溺死体が港で発見
(前田与一・27歳)
【9年前】
6件・6人
⚫︎1月15日(3時)入江で火災により1人が死亡
(一松圭司・35歳)
⚫︎3月4日(21時)平坂で自動車事故により1人が死亡
(東桐乃・29歳)
⚫︎4月8日(1時)平坂で女性が焼身自殺
(山根調・22歳)
⚫︎5月25日(21時)平坂駅で人身事故により1人が死亡
(池田知世・11歳)
⚫︎10月5日(?)伊吹で孤独死した老人が腐乱死体となって発見
(光川秀樹・76歳)
⚫︎12月3日(0時)伊吹で女性が自殺
(前田富江・19歳)
【昨年】
(ネット検索の結果)2件・2人
⚫︎4月16日(22時)上里で交通事故により1人が死亡。
(南岸二郎・43歳)
⚫︎7月25日(5時)入江で1人が溺死体となって発見。
(雪山梢・17歳)
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十一年前は、老人の失踪が一件しか起きていない。それも九十二歳という高齢だ。一応、不自然さはない。
だが、十年前からは様相が変わっている。六千人に一人――あるいは、二万人ないし十万人に一人の確率で訪れる死が、人口八千のこの町で十一人に訪れた。それも、美邦の親族の死を皮切りに始まっている――まるで疫病が流行るように。
――偶然ということはない。
二枚目の紙には、事件現場や死亡者の住所・平均年齢・男女比などが詳細に記されていた。何もかもがばらばらだ。個々人に共通点はないように思える。
ただし、十年前の三月一日に起きた事故――県道から車が転落し、三人が死んだもの――だけは、被害者情報がなかった。該当人物の死亡記事が見当たらなかったのだ。何者なのかも分かっていない。
――お母さんの次に、それも三人も死んでるのに。
死者の数と、この空欄を不気味に思う。
しかし、それ以上に不気味なことがあった。
通学路で目にする幻視を思い出す。大破した車、焼け焦げた家――それらの場所と、資料に書かれた場所は同じ気がする。
だが――確認するのは怖い。そんなことをしたら――目に見えない危険を見ていたと知るかもしれないし、こことは違う世界に踏み込んでいたと知るかもしれない。
香ばしい匂いが漂った。
湯気の立つカップを配りながら芳賀は言う。
「でも――意外だったな。神社が倒産しとらなんだなんて。」
破産説を主張していただけあり、忸怩たるものがあるのだろう。
十年前の官報は、土曜日の時点で調べ終えていた。しかし、平坂神社の破産に関する情報はなかったのだ。
――では、神社が消えた理由は。
不満げに幸子は頬を膨らます。
「でも――なんで三月一日のだけが欠けとるん?」
「仕方ないが。」担当者は芳賀だ。「死亡記事がなかったにぃ。ひょっとしたら、県外の人かもしらん。」
冬樹が顔を上げた。
「けど、これではっきりした――不審死は、神社が消えた年に始まっとる。問題は、宮司さんの死が不審死に含まれるかってところだけど。」
それは美邦も気になっていた。
見知らぬ祖父を想いつつ、うん、とうなづく。八十六歳ならば、ただの老衰の可能性も高い。だが、共通点の見えない多数の死が、神社と結びつくのならば――。
由香が、蒼い顔を向けた。
「美邦ちゃんは――お祖父さんのことについて何か覚えとらんの?」
白うさぎに由香は手をつけていない。給食時間も食慾がなかった。平気だと言っていても――言っているからこそ――心配してしまう。
ほうじ茶が褐色に輝いた。
幼い頃のことを思い返す。町の記憶は、神社と母のことで占められている。祖父らしき人影は見当たらない。
「少なくとも、お祖父さんらしい人のことは覚えてないけど。それに、二歳の頃だし――」
意外と長い脚を芳賀は組む。
「まあ――不審死と神社との関連性は、まだはっきりせんけどな。」
「は?」幸子が呆れた。「往生際悪うない?」
「だって古泉さん――祟りだの呪いだのあるって思う?」
レンズ越しに歪んだ目が、しばし宙を眺める。
「――まあ、普通だったら、祟りや呪いが原因って言われても、はいそうですかってならんけど。」
「だら? 超常現象なんて僕は信じとらんに。たまたま事故が続いた可能性もある。そうでなきゃ――事件ってことになるけど。」
その線を芳賀は疑っているらしい。科学的に説明できないような可能性を排除すれば、偶然か事件に落ち着くしかないのだろう。
事件――と美邦は尋ねる。
「こういう事故だって、人が起こそうと思えば起こせるが?」
水を打ったように静かになった。
由香が、弱々しい声を出す。
「でも、それって怖ぁない? 事故に見せかけた事件を、お父さんやお母さんらが隠しとるかもしらんだで? なんせ、町ぐるみで神社を消しただけぇ。」
さすがの芳賀も黙り込む。
幸子の顔が、より不機嫌なものに変わった。
「祟りのほうがまだマシだに。」
言って、白うさぎの包装を剥ぎ始める。
美邦もまた、手元の白うさぎを手に取る。包装を開き、小麦色の焼きまんじゅうを見つめた。小さな紅い目がこちらを見つめている。
芳賀の主張は確かに意固地だ。それでも、全く共感しないわけでもない。
町に来て以来――嘘をつかれているような気がしている。町民の些細な態度からも、あちこちの風景からも、そのように感じる瞬間は多い。
白うさぎを口に含む。濃い甘さが深く滲みた。
荒神塚の境内が頭に浮かぶ。あそこには「何もなかった」のだ。それは、この町全体に言える。どういうわけか、神が欠けているように感じていた。
――神様がいないのに祟りは起きない。
以前から引っかかっていたことを言葉にしてみる。
「冬至から春分までのあいだ――神様はいないはずだよね? 冬至って十二月二十一日ごろで、春分は三月二十一日ごろ――。でも、お祖父さんは一月に亡くなって、お母さんは二月に亡くなってるんだけど。神様いないのに――祟りってある?」
一同は目をまたたかせる。
意外そうに、眼鏡の端に幸子は触れた。
「神様のせい――じゃない?」
「――うん。」
うなづいたが、断言したわけではない。そういう可能性もあるという「うん」だ。仮令そうだったとしても、何かの形で神と関係がある気はする。
美邦の言葉が、幸子の思考を拡げたようだ。
「でも――たしかに、神社を無くしたのって神様? 祀られんくなった神様が祟るって話はよう聞くけど、祟りで祀られんくなるもんなん?」
そんな祟りは聞いたことがない。
白うさぎの残りを口にする。
幸子の言葉で、自戒がゆるくなった。
「そもそも――この町に神様はいるの?」
由香の蒼い顔が傾く。
「――え?」
その声で、自分自身の言葉に戸惑う。
「あ――いや。」
つっかえ、恥じいった。
「――なんでもない。」
ほうじ茶をすする。
だが、この町には「いない」と感じる。一方で、なにかが夜に潜むのも感じていた。なにもいないのにいるという――矛盾した感覚があるのだ。
誰かを焼死させるほど危険な何かが起きている。矛盾する感覚の中で、それを起こす者が誰なのかさらに判らなくなった。
「――けど、」
黙っていた冬樹が口を開いた。
「不審死と失踪/神社と御忌に、接点があることも事実だが。神社が消えた直後から、起きる確率の低い死が、しかも必ず夜に起きとる。十年前なんかアウトブレイクしとるに。」
最後の言葉が耳に響く。
――大物主は疫病を流行らせた。
不審死や失踪は、年に二件ほど起きるという。しかし、祖父も含めると十年前は十二人だ。その翌年は半減して六人である。危険な何かは、神社の消失が起点のはずだ。
冬樹は両手を組み、肘を突く。
「何か理由があるはずだ――。犯人もおると思う――それが神様か人間かは差し置いて。」
芳賀が、小型ノートパソコンを開く。
「とりあえず、可能性をまとめやあや。そこから、消去法で考えてかんと。」
キーボードが素早く打たれた。やがて、回転型ディスプレイが回される。
「これがまず――犯人が人間だった場合の可能性。」
画面にはこう書かれていた。
1.犯人は人間 A.町の人たち
B.その他の人たち△
а.宗教的原因
b.怨恨的原因△
c.政治的原因
d.その他
レンズを隔てて幸子が目をすがめる。
「なにぃ、この三角?」
可能性が低いもんだが――と、芳賀は答えた。
「犯人が人間だった場合――町ぐるみで神社を隠しとらんと可怪しい。でも――町の外の人が、町の人に神社を隠すなんて難しいが? だけえ三角。」
冬樹は眉をゆがめた。
「難しいどころか不可能だで?」
「まあ、万が一の可能性も考えて。」
珍しく、幸子は興味深そうな顔をする。
「怨恨的理由が三角なんは、多くの人が死んどるけえ?」
「うん。一連の被害者に共通点なんか多分ないしな――神社の件に関係あったところで。」
たしかに、これだけ多くの人を怨恨で殺すだろうか。
画面の中に、引っ掛かる文字がある。意味は判るが、いちおう尋ねてみた。
「この――宗教的原因って?」
「まあ――神社に関係して不審死が起きたなら、何かの宗教が絡んどる可能性はあるが? それが、どんな宗教かは知らんけど――昔ながらのもんか、新興宗教かも。」
組まれた手から、冬樹の顎が離れた。
「なんかそういう小説あったな――クリスマスの影だったか。」
「インスマスの影だが。まあ、似とると僕も思ったけど。」
緑青のスカーフへと美邦は目を落とす。
――宗教的な理由で殺されたなら。
まるで母は生贄ではないか。
画面を見つめ、冬樹は目を狭める。
「政治的原因も三角でないか? 宗教的な意図ならともかく――無差別テロ起こす政治的な臭いもせんやあな。」
「まあ――そうか。」
芳賀は画面を回し、キーボードを再び打つ。
「で――犯人が超常現象の場合は、だいたいこうでないかいな?」
画面が再び見せられた。
2.超常現象が犯人 A.神様△
B.禍々しいもの
а.祭祀に関わる原因△
b.呪術に関わる原因
c.環境に関わる原因
d.その他
「大原さんが指摘したやに、神様の可能性は低いけぇ三角。神様が犯人でないとなると、原因が祭祀の可能性も低ぅなるが?」
自分の指摘と言われたことに引っかかる。
神の可能性が低いとは考えていない。だが、どう言ったらいいかも分からない。また、祭祀の可能性も低い――と言われたことにも引っかかった。
じっと液晶を眺める。
ふと、読んでいる途中の本の内容を思い出す。それが、違和感を明確にさせた。
「でも、神様が原因じゃなくとも、祭祀が原因のこともあるんじゃない?」
顔を上げ、冬樹と目を合わせる。
「『常世論』にも書いてあった――常世の国から来るものは、神様だけじゃないんだよね? 邪悪なものや疫病も来るって。」
たしかにそうだが――と冬樹は言い、そして、何かに気づいたように息を吸う。
「何か妙なもんが海から来たって可能性もあるか――神様の代わりに。だとすると、祭祀に原因があった可能性も確かに出てくる。」
幼いころの記憶を思い出す。
左眼が痛くなったとき――どこかからか何かが来たのだ。
――関係あるのかな。
小さな声で由香が尋ねる。
「この――環境に関わる要因ってなにぃ?」
「たとえば風水とか?」と芳賀は言う。「僕は信じとらんけど――磁場だの結界だのって話はよう聞くが?」
ふむ――と、冬樹は考え込む。
「もしその可能性もあるなら、そっち方面も調べてかんといけんな。」
困ったように芳賀は笑む。
「なに? 『そっち方面』って?」
「平坂町の地形が大きく変わるやなこと――工事や地震なんかなかったかとか。ただ、風水だの磁場だのの知識はないけえ、もしそれなら、俺自身も勉強しなおさんといけんけど。」
それを聞き、芳賀はため息をついた。
「でも、先にやらんといけんことあるでない?」
ああ――と冬樹はうなづき、困り顔で前髪をいじりだす。
「まあ、そりゃそうだが。菅野さん、祭りは自治会が把握しとったって言っとんなったけえ。しかも十一年前まであったっていう。それがほんとなら、自治会の人に訊いてゆきゃ何か分かるかもしらん。」
ふっと――不安になった。
神社は消されなければならなかったのではないか――母を焼死させてまで。
三角錐へ目を移し、そして、由香の蒼い顔を一瞥した。考えたくもない考えがやってくる。先日までは健康そうに見えていた。今は、昭の顔に近い。
資料へ目を向けると、数多くの死が再び目に入った。
「でも――大丈夫なのかな?」
一同の視線が美邦に向かう。正面からは冬樹が目を向けた――珍しく顔を逸らさない。そして、無表情のまま問う。
「――何が?」
半ば分かっているような声だ。それに対し、一瞬だけ言葉が閊えてしまう。結果、美邦のほうが目を逸らしてしまった。
「家が火事になったあと――お父さん、町から逃げ出したんじゃないの? そのあと、こんなに亡くなってる。それって、私を連れて逃げなきゃいけないほど危ない何かがあったってことじゃ――」
その何かについて、調べても大丈夫なのか。
――でも。
ほおっておくと大変なことになる――そんな気がしてならない。大勢の人々を惨たらしく殺した――疫病のようなものは、今後とも町に潜み続けるのだから。
美邦を捉え続ける冬樹の眼差しが、見守るようなものへ変わった。
「それ言ったら、最も危ないんは大原さんだけどな。」
静かにうなづく。
「うん、それもあるけど――」
美邦自身、安全のままいられる保障はない。なにしろ、大原家の生き残りなのだし、神社を調べるきっかけまで作ってしまったのだ。
渡辺家に居続けるのも――安全だろうか。
試すように冬樹は問う。
「でも――何が起きたか知りたいんだら?」
もちろんそうだ。
「うん――。たぶん、知らなきゃいけないことだと思うし。」
息をつき、冬樹は顔を逸らす。
「俺自身、調査をやめるつもりは毛頭もないに。俺もまた、身内を亡くしとるけぇ。大原さんの身を脅かすもんがあったとしても――突き止めてやりたい。」
顔がほてる。
今まで視線を合わせようとしなかった冬樹から、こんなことを言われるとは思わなかった。やはり――考えていることが解らない。
――けれど。
もし――危険を感じて昭が町を逃げたならば、あの遺書の意味は何なのか。
――みくにをたのむ。




