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神送りの夜  作者: 千石杏香
第四章 寄神
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2 やって来る

「お姉さん――神社のことについて何か分かった?」


夕食のとき、千秋がふとそう尋ねた。


自分を一回り小さくしたような姿が目に映る。背中の半ばまで届く髪と、褐色の両眼――隣から向く顔を前に、美邦は何かを思い出しかけた。


――⬛︎⬛︎ちゃん。


ぼうっとしたことにすぐ気づく。


言葉に迷い、茶碗と箸を手にしたまま固まった。


分かったことは多い。しかし、この場では口にできないことばかりだ。


「いや――よくわかんなくて。けれども――潰れたんじゃないかなって言う人はいるけど。」


「潰れた?」千秋は目を(まる)くする。「神社って潰れるん?」


詠歌が、喜ばしくない顔を見せた。


「まあ、神社だって、ボランティアでやっとるわけでないだけん。お賽銭とか、祈祷料とかがないと潰れるわいな。それに、町中の人が知らんやな神社なら、潰れたって仕方ないが。」


「それかあ――。なんか残念。」


会話を聞きつつ、潮くさい荒汁へ口をつける。


クラスメイトとのやり取りを思い返した。


自分の父は宮司だった――。当然、叔父夫婦が知らないはずがない。もし嘘をつかれていないならば――何なのだろう。しかも、簡単にばれるような嘘だ。それでいて、平然とした顔で叔父夫婦は自分を引き取った。そのような真似をできる心情が怖い。


啓へ目をやる。黙ったまま麦酒(ビール)をすすっていた。その彳まいも容姿も、やはり昭に似ている――自分と千秋が似ているように。これこそ血縁の影響のはずだ。


仏間の天袋を思い出す。一つだけ新しいふすまが、神社の消えた山と重なった。しかし、どの家にも神棚はないという。


――私が失明したのはこの町のはず。


何か怖いものが山から来たことも覚えているのだ。


どうしても気にかかり啓に尋ねる。


「私が町にいたとき――左眼って見えてました?」


啓はきょとんとし、少し考えた。


「見えとった――と思うけどなあ。――それが?」


いえ――と言い、美邦は木椀を置く。


「すごい昔に、目が痛くなった記憶があるんです。たぶん、実家にいた頃のことだと思うんですけど――。町にいたとき、この左眼って見えてたっけ――って考え始めたら、よく分からなくなってきて――」


啓は首をかしげた。


「僕が覚えとる限り、見えとったやに思うだけどいなあ――」


曖昧な言い方を奇妙に感じる。


片方の視力を姪が失ったのだ。十年前とは言え、そんな重大な事件を覚えていないだろうか。覚えていなかったのなら――美邦の左眼について啓が知ったのはいつだろう。


――町を出る直前に見えなくなったかもしれない。


ふと、詠歌と目が合う。刹那、なにか迷惑そうな表情がその顔に浮かんだ。


美邦は視線を落とす。


「そう――ですか。」


     *


食事を終えたあと、空になった食器を背にして部屋へ戻った。


ベッドに腰を掛け、充電中のスマートフォンを手に取る。ホーム画面に、由香からのメッセージが表示されていた。通知アイコンをタップし、「放課後探偵団」に入った新しいその文へ目を通す。


〈それで、神社のことについて美邦ちゃん訊いてみたん?〉


やはり由香も気にしている。しかし、訊けるような度量は自分にない。不甲斐なさに落ち込みつつ、返信欄をタップした。そして、次の文を送信する。


〈ううん。ちょっと訊きそびれた〉


ポンと音がして、幸子のメッセージが表示される。


〈そがに簡単に訊けるわけないが〉

〈叔父さんらも、何か隠しとんなるかもしらんに〉


誰もいない部屋の中で、こくりとうなづく。刹那、別の考えが浮かんできた。


――隠してるのは、叔父さんと叔母さんだけなのかな。


不安を強めるように、窓の外で風が鳴った。障子の間から闇が見える。この町では、死亡事故がよく起き、子供も消えるという。詳しいことはまだ知らない。だが、「暗くなるからだ」と誰もが言う。


――「あれ」は由香にも見えていた。


ポンと音がする。目を向ければ、芳賀からのメッセージが入ったところだった。


〈知らん知らん言う時は、何か不都合なことがある時だわな〉


不安を見透かされたように感じ、身が縮む。


――この町全体に『異変』が起きたのかもしれない。


死亡事故も失踪も、神社の消失と関わっている気がした――あの真っ暗な夜も。けれども、どうしたらそんなことが起きるのだろう。


――この家は自分の家でないだけん。


芳賀がメッセージを続けた。


〈ところで、〉

〈大原さんのお父さん、叔父さんと再会した時ってどんな感じだった?〉


芳賀のアイコンと、白い吹き出しを見つめる。やがて、言わんとすることを理解した。芳賀も芳賀で、自分の考えに確証を持ちたいのだろう。父の死の直前のことを美邦は思い出す。そうして、静かに文を打ち始めた。


〈仲は、悪くなかったみたい〉

〈けれども、お父さん、平坂町に私が帰ることに反対し続けてた〉

〈あんなところに行くべきじゃないってずっと言い続けてたの〉


三つ目の文を送信し終えたあと、芳賀がさらに問い返してきた。


〈町のこと、ずっと隠しとんなっただっけ?〉

〈悪いけど、後ろめたい何かがある気がする〉

〈しかも、町を出たのって火事のあとだら?〉

〈後ろめたい何かってのは、ひょっとしたら火事のことでないの?〉


美邦も、似たようなことは考えていた。ただし、父の後ろめたさについて深く言及されたのは初めてだ。それどころか、火事との関係に思い当たったことはない。火災と昭に関係があるなど――ぞっとする。


少し慌てつつ、メッセージを送信する。


〈お父さん、火事になった時は病院にいたんだけど〉


自分の文が載る緑の吹き出しを、芳賀の白い吹き出しが押し上げた。


〈いや、火事の原因がお父さんだって言いたいわけでなくて〉


冷静になり、どういうことだろう――と少し考える。


やがて、ポンという音とともに幸子のメッセージが表示された。


〈まさか、なんかの事件だって言いたいん?〉


今さら、その可能性に思い当たる。父に非がなくとも、後ろめたくなる場合はあるのだ。


幸子の吹き出しを、芳賀の吹き出しが押し上げた。


〈分からん。そもそも、十年前も神社が知られとったかさえ分からん〉


芳賀にとって、やはりそこが気になるのだろう。何しろ、神社が「消えた」という意見に非妥協的なのだ。ゆえに、現実的にありそうな可能性を考えただけなのかもしれない。ただ、


――放火犯がいるかもしれない町に私は来てしまった。


死亡事故でさえ――はたして事故なのか。


既読は「3」のままだ。当然、読んでいないのは冬樹である。そこが少し寂しい。


課題に取り掛かった。ノートを開き、英単語を書き写してゆく。


新たな疑問が思い浮かんだ。


――神社が消えて、神様はどこへ行ったんだろう?


課題を終えた直後、スマートフォンが再び鳴る。


画面を見ると、冬樹からだった。今までは読みもしていなかったので少し驚く。だが、不慣れなLIИEで言葉を伝えたのである――何か進展があったのかもしれない。


かすかに期待しつつ、メッセージを開いた。


〈今日、知り合いの司書さんから電話が来た。〉


やや遅い速度で、メッセージは立て続けに入る。全ての文末に句点(まる)をつけるあたり、まだ慣れていない感じが強い。


〈この町には郷土史家がおるだって。その電話番号を教えてもらった。〉

〈だけん、郷土史家さんに電話してみた。そしたら、家に来たら詳しい話をするって。〉

〈神社について分かりそう。〉〈土日に行こうと思うけど、お前らも来る?〉


やはり意外な展開だった。


――郷土史家なんていたんだ。


ポンッと音を立て、由香のメッセージが現れる。


〈あ、わたし行きたいたーい!〉


幸子も賛同する。


〈私も、土日はどっちも問題ないで〉


美邦は少しためらう。見知らぬ者の家に上がることに二の足を踏んだのだ。それどころか、町の誰もが答えられないことを、郷土史家が答えられるのかという不安もある。


だが――行かないことには分からない。思い切ってこう返信してみる。


〈私も行く〉

〈土曜日も日曜日もどっちも暇だし〉


冬樹の返信が現れた。


〈じゃあ、芳賀がよけりゃあ土曜日かいな。〉


既読が「4」へ変わり、芳賀が返信してくる。


〈土曜日は僕も問題ない〉


続いて、何かのリンクが送られてきた。芳賀の説明が続く。


〈あとこれ〉

〈ついさっき見つけただけど〉


ポンッと、幸子のメッセージが出る。


〈何これ? 誤チャン?〉


芳賀が返信した。


〈うん。十年前のオカ板のスレ〉

〈一年神主や御忌で検索しまくったら出てきた〉

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