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俺様>>図書館デートをする

 クリスの事だから後は上手くやっている筈だろうと、アンネマリーはテオバルトの部屋に再び入ったであろうクリスを思い、一人頷いていた。

 我ながら自身の計略の素晴らしさが恐ろしい。才能があり過ぎるって罪どころか一周以上回り回って最高でしかないわと、アンネマリーは満悦気味に笑みを浮かべた。

「…あの、殿下、ちょっとお願いがありまして。少しばかり時間を頂きたいのですけど」

「えっ」

 わざわざ畏まって言わなくても、アンネマリーの時間は今のところセバスチャンと過ごす以外に予定はない。

 それはセバスチャンにもわかっている筈である。ならばこれは、間違いなくアンネマリーをデートに誘っているのだなと確信した。アンネマリーがピンクだと言えば、たとえ白色でもピンクになるのがこの世の理である。

 頬を染めながら良いですわよと了承すると、セバスチャンが意を結した顔で言った。

「図書館を使う許可を頂いてほしいのですぞ」

「と、図書館ですの!?」

 最初のデートが図書館だなんて、上級者向け過ぎないかしらと、アンネマリーはドギマギした。だってアンネマリーは成人済の格好良い天才な皇太子であったので、恋仲の若い男女が図書館でする事など、多彩に知っているのだから。

 恋愛事に対しては乙女でしかないアンネマリーは、どうなっちゃうのと妄想力全開である。通常なら異常な状態に気付くだろうが、残念ながら隣にいるのはセバスチャンであったし、アンネマリーの奇行は皇太子であった時から変わらないので、気に留められる事もなかった。

 乙女モード全力全開でブレーキなどなかったアンネマリーは、セバスチャンがここまで言ってくれているのだから、応えなければなるまいと意を決した。むしろこれはチャンスである。セバスチャンを確実にモノにしてやるチャンスなのである。

「わかりましたわ! この私が、セバスチャンのお願いを受け止めて差し上げましてよ!!!」

「ありがとうございます、殿下!」

「さっそく、公爵夫人のところに行くのでしてよ」

 こういた事はスピードが重要なので、アンネマリーはセバスチャンの手を取ると、そのまま駆け出した。執務室で書類仕事をしている夫人の元へ突撃すると、図書館の使用許可を求める為に声を張り上げたのだった。

「というわけで、図書館の鍵を借りにきて上げたのでしてよ!」

「何がというわけなのです、アンネマリー。部屋に入る時のマナーくらい守りなさい」

「んもう、細かい事を気にしないでくださいましでしてよ」

「貴女の場合、気にしなきゃならない事がたくさんあるわ、アンネマリー。……まあ良いでしょう、それで、図書館で何をする気なのです? 公爵家の蔵書には貴重な物も含まれていますから、おいそれと立ち入りを許すわけにはいきません」

 公爵夫人の態度に、アンネマリーは頬を膨らませて不満を表した。

「図書館で走り回るのは、頭の悪いクソガキがやる事でしてよ。私はそんな事しませんわ。私がする事といったら……」

 チラチラとセバスチャンに熱い視線を送るアンネマリーに、クライセン公爵夫人は盛大なため息を吐いた。

「使徒様も一緒に図書館を利用したい、という事ですか。それではなおのこと、二人きりにするわけにはいきません。使用人を連れて行くのならば、時間制限付きで許可しましょう。飲食は禁止ですよ」

 せっかくのデートに邪魔者が参戦するだなんてと、アンネマリーは不満を露わにし反論しようとしたが、すぐに思い直した。この世界の女神といっても過言じゃないアンネマリーの寵愛を受けるセバスチャンの事を、万人に知らしめるべきである事をだ。

 だってそうじゃなきゃ、セバスチャンに悪い虫がつきかねない。牽制を兼ねて、使用人の前でデートをしてやろうと、頬を染めながらアンネマリーは決意した。

 そしてそんなアンネマリーの思惑になんとなく気付いたクライセン公爵夫人は、この子もしかしなくても恋愛事に盲目で馬鹿になるのねと、顔を引き攣らせる。なんとなくだけれど、運命の人を見つけたとか真実の愛を手に入れたとか、そういう事を大事な式典とかで空気も読まず宣言して破滅しそうなタイプだわとも思った。

 ちなみにセバスチャンは、クライセン公爵夫人の姿を見た途端、意識と存在をフェードアウトさせている。



 クライセン公爵夫人からの要望で、アンネマリーはローズとラテの二人を同行させ、図書館へと向かった。生きている女性に囲まれて、セバスチャンの意識は朦朧としていたが、扉の先にあった大量の蔵書を見て復活していた。

「これはすごいですね、アンネマリーお嬢様」

「伯爵家のものとは比べ物になりませんね」

 ローズとラテがそれぞれ感嘆の声を上げている。それもそのはず、クライセン公爵家の図書館は、天井まで埋め尽くすほどの本が、壁一面にあったのだ。簡単には数え切れぬ程の蔵書は、流石としか言いようが無い。

「ふむ、あんなのでも王弟殿下というわけですわね」

 掃除が行き届いているのか、埃などは被っていない。とはいえ活用しているようにも見えなかった。

「あ、あの、殿下。そ、そ、そ、その、本を読んでいても宜しいですか?」

「構いませんことよ! そ、そ、そ、それで、何の本を読むんですの?」

 一緒に並んで本を読むことを期待したアンネマリーの問いに、セバスチャンはまずは歴史から行こうかとと言った。ローズとラテは蔵書のある程度の位置を教えられたらしく、それならこっちですと案内してくれた。

 ちょうど良さげな場所に長椅子があるので、セバスチャンと二人腰掛ける。なんだかデートっぽくなってきたわと体温が急上昇しているアンネマリーの横で、セバスチャンがパラパラと歴史書を捲っていた。

 一分も掛からぬスピードで本を閉じると、次の本を手に取る。無言でそれを繰り返しているセバスチャンの横顔は真剣そのもので、久しぶりに見たそれに胸をときめかせる。


「か、格好良いですわぁぁぁ……っ!!!!!」


「えっ、お嬢様? ちょっと、盲目が過ぎません? 使徒さまさっきから本をパラパラってして閉じてるだけですよ!? ねえアンネマリーお嬢様、本当にこの方が来てから、ちょっとどころじゃないくらい知能が落ちてませんか!?」

 ラテの容赦のないツッコミ対し、じろりと睨み付けた。まったくこれだから、セバスチャンのことを何にもわかっていない連中は駄目なのである。でもまあこの世界の人間は、セバスチャンの凄さを知らないのだから仕方ないと、アンネマリーは広い心で許してあげる事にした。

 むしろアンネマリーだけが知っているセバスチャンの凄いところを、ちょっとばかり教えてあげても良いけどとふんぞりかえる。つまるところのマウンティングである。

「セバスはああやって見たものを全部記憶出来るんですわ! 必要な知識を必要な時に記憶から引っ張り出せる、凄い天才なんでしてよ! さすが私のこ、こ、婚約者ですわぁぁぁ!!! オーッホッホッホッホッホ!!!!」

 高笑いするアンネマリーは、訳がわからないローズとラテに命令した。

「もう直ぐセバスの手持ちの本がなくなってしまうのでしてよ! 今すぐに本棚から本を運んで側に置くのですわ!! 読み終わったものは本棚に戻すんですの!!」

「は、はい、お嬢様っ!!!!」

「……あとセバスチャンにあまり近いちゃ嫌でしてよ」

 顔を赤く染めてモジモジしながら言うアンネマリーは、贔屓目で見なくても可愛かったので、ローズとラテは胸を抑えた。まあそんなまともな美少女状態のアンネマリーを、セバスチャンは見ていなかったわけだけれども。


 真剣なセバスチャンの横顔をアンネマリーは堪能し、ローズとラテが必死になって本を運搬し続けた結果。


 夕食の時間になり、アンネマリーが騒ぎを起こしていない事に気付いた公爵夫人が様子を見に来ても、セバスチャンは本を読み続けていたのだった。

「ここの蔵書を読み尽くしたというのですか?」

「まだ半分くらいでしてよ! セバスは集中力が切れるまでずっとこうなのですわ」

 新しい魔法を創造する時も同じであったし、ストロベリーちゃんの絵本を読んでいる時も、このような状態になっていた。集中すると一切周りが気にならなくなり、只管に没頭するのだ。

 今まではリュートがこの状態のセバスチャンに、食事を取らせたりしていたのだけれども。この世界にリュートはいないので、ここは自分の出番だとアンネマリーは胸を張る。

「この様子だと徹夜は必至ですわ! なのでこの私が、セバスのお世話を…っ」

「させる訳ないでしょう。とはいえ、使用人の姿にすら怯えていると報告があったし、……食事と水を用意してテーブルに置いておくことにしましょう」

「えー、それじゃセバスチャンは何も食べないのでしてよ」

「……一晩くらい抜いても大丈夫でしょう。明日の朝になっても何も召し上がってないのなら。アンネマリー、あなたが朝食の席に着かせなさい」

 クライセン公爵夫人の言葉には、不満しかない。が、ここで騒ぐのは、セバスの邪魔をするわけで、それはアンネマリーの本意ではなかった。

 ぐぬぬと顔を顰めたアンネマリーは、公爵夫人に引き摺られながら図書館を後にしたのだった。


 そうして夜になり、アンネマリーは寂しいからと駄々を捏ね、ミアの部屋へとお邪魔していた。筋肉痛で動けなくなっていたミアだったが、だいぶ回復してきている。

 なのでアンネマリーに速やかにお引き取り願いたかったが、残念ながらそれは通じなかった。

「ちょっと、一人で寝たいんだから帰ってよ」

「ふふん、安心するのでしてよ。寂しがり屋さんのミアの為に、ウサギさんを持ってきてあげたのですわ」

 両手に抱えるほどの大きさのウサギのぬいぐるみを、ミアのベッドに潜り込ませると、アンネマリーは揚々とバルコニーへと出た。

「えっ、ちょっと何してるのよアンタ」

「昼間のうちに、図書館へのルートは把握済みでしてよ。このベランダを下りて外から回れば、巡回している衛兵にも見つからないのですわ」

 巡回時間もバッチリだと、アンネマリーは笑う。いつの間にそんなの調べたのよと、ミアは顔を引き攣らせた。

「この超絶天才の私に、抜かりはないのでしてよ! 縄梯子もしっかりと用意してあるのですわ」

「マジでいつの間に……」

「すべては私の真実の愛の為でしてよおおお!!! じゃ、そういう事で、おやすみなさい、ミア」

「何がそういう事でよ!? ちょっと、待ちなさいってえええっ!!!」

 痛む体を起こしてアンネマリーを止めようとするが、バルコニーの外側へと身を乗り出してしまっていた。そうしてミアがバルコニーにたどり着いた頃には、アンネマリーの姿はどこにもなかったのである。


 アンネマリーとしては、今はセバスチャンの側に居たい気持ちでいっぱいだったのだ。いつだって己の欲望に正直なのが、アンネマリーだったから仕方がない。

 換気用の天窓から図書館内に入り込んだアンネマリーは、床に座り込んだセバスチャンを見付けると、そのまま近付いていった。

 薄暗い中、本をひたすらに捲る姿は、知らぬ者が見たら不気味以外のなんでもないだろう。けれどもアンネマリーは知っている。

 こうなったセバスチャンは、何よりも頼もしい。きっとまた、夢のような物事を現実に変える何かを、創り出してくれるに違いない。

 それが楽しみだったし、何かを創り出す時のセバスチャンの生き生きとした顔を見るのもまた、皇太子であった時から大好きだったのだ。

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