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第三十九話〜久々の無茶振り〜

 正暦元年、円融法皇が崩御あそばされてから半年ほどの頃である。秋の気配を感じさせるこの時期に、珍しい客人が訪れていた。


「…………私が?」


「ええ」


「東宮殿下に?」


「ええ」


「御進講せよと?」


「仰る通り。お願い出来ますね?」


「いやいやいやいや…………」


 こんな訳の分からん要請をかましてきたのは、意外にも今上外戚の大納言義懐である。やってくる事自体はとりたてて珍しい事でもないのだが、私に何かしらお願いをしてきたのは今回が初めてだった気がする。


「大体、殿下は再来年かそこらで元服なされるではないですか。何故に今更?」


「何時ぞやの陰謀を食い止めたのは他でもない貴方、故に是非と左右大臣殿がですね」


 ええと、今の大臣は……源雅信と藤原為光(ためみつ)だったか? 前者はいつも通りの頑固じじい(仕事人間)、後者は兼通に可愛がられた人物。特に為光は、史実なら来月あたりにでも太政大臣になっていたはずだが、あれは道隆の推挙だったような。


「…………だとしても、私はお断りを──」


「そして事もあろうに、抑もは東宮殿下の思し召しによるものでして。なんでも、祖父が飛ばされた事情などを知りたいとかなんとか」


(嘘でしょ……?)


 殿下の要望とあっては断れないが、よりにもよって──是非にって、まさかそういうことじゃないだろうな。


「その「祖父」を飛ばすことになった張本人から説明せよと?」


「そういうことになりますね。まああれです、何かあっても貴方の地位は守りますし、ここは一つ」


 *>────<*


 という訳で、永観二年(984年)の懐仁親王居住から東宮御所と化した梅壺へやってきた。中に通されれば、既に殿下は準備万端といった様子である。今年で数え12歳、幼さ残るその瞳はしっかりと此方を見据えている。流石は村上帝の孫、その顔立ちの節々に懐かしきあのお方を感じる。


「大臣の推挙した者とはお前か。無理を言ってすまなかったな」


「いえ、滅相も御座いません……」


「今回の呼び出しに関して、話は聞いていると思う。早速だが、5年前のあの出来事について話してほしい。まずは一連を流れを」


「承知仕りました……」


 嫌がったって仕方ない。隠すことに意味は無いので、あの時点で私が知っていたことを全て時系列順に話す。勿論、未来人として知り得たことは隠すが。


「…………なるほど、分かった。して、お前はどうしてそのようなことを? 悪いようにはしない、正直に申せ」


「……申し上げますれば、なにより『守りたいものを守るため』で御座いました。即ち我が身と、それ以上に我が家族のことです。お祖父様の政権下ではなし得ないこの平和が一番欲しかったのです」


「なるほど。では、なぜ僕を廃さなかった? 都合良い者がいなかったと聞いているが、本当にそれだけか?」


「それもあります。お祖父様とその家族を排除した時点で、彼らの息が掛かり得ない方は数えるほどしかおりませんでしたので、結局今のような状態を結論としました…………が、他にも理由が一つ御座います」


「ふむ、それは?」


「民に対する徳政で御座います。先帝も主上も、その統治権を手放すまいと努力を重ねられておりましたし、今も続いております。我々が──少なくとも私が殿下に望みますのは即ち、殿下が自らの腕で徳に溢れた(まつりごと)を行われることです。人ならぬ神を宿される帝にこそ為し得る徳政、どうして人臣が行えましょうや」


 この時点で、私はある一つの好奇心を形にしようとしていた。────もしここで摂関政治がその存続を絶たれたら、それに依って立つはずの院政はどうなるだろうか? その先の武家政権は?



 殿下は何かを感じ取られた様子で頷き、私に退出を許可した。

 この壮大な歴史学的実験、果たしてどうなるだろうか。結実する頃には当然私はいないが、子孫に是非とも見届けてほしいものである。

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