第二十三話〜天災〜
天延四年六月十八日。その日の旦那様は、いつにも増して挙動不審でありました。何か言おうとして結局やめる、なんてことはここ数ヶ月続いていたのですが、今回のそれはずっと深刻な顔で行われていたのです。
「……あの、旦那様?」
「あ、ああ、いや、なんでもないんだ。続けてくれ」
職場で何かあったのかと思いました(政治闘争に挟まれやすい方ですから)が、もしそうなら右大臣の頼忠様にご相談すべきことですし、そもそも本日はお休みの日です。
旦那様をよく観察してみれば、頻りに他の使用人の居場所を確認しているようにも見えます。やはり何かあるに違いありません。
「……資人達なら、みんな郊外の畑に出払ってますよ」
「3,40人くらいいたと思うのだけど、全員?」
「ええ、全員です。なにぶん広いので」
「怒られねぇのかなそれ。まあいいや、ありがとう」
ふむ、これでもまだ言いませんか。この分では言い出すのを待つうちに日が暮れそうです。まあ日の入りまであと3時間かそこらですが。
こうなったら予想するしかありませんね。旦那様が何か言いたそうにしている時は、大体お願い事です。しかしそれなら言い淀むこともない──言い淀むようなことは言わない方ですし──はずで、となれば歴史に関することでしょうか。
歴史関係でも、やはり大体のことは教えてくれます。自発的に教えてくれなかったことと言えば、実頼様の死や日食などくらいのものです。
(……もしや)
これは何れも人間にはどうしようもないことです。寿命なら少しは投薬などで伸ばせそうな気もしますが、この時代の医学力を考えると誤差の範囲でしょうか。日食は言わずもがな天体運動で、人知の及ぶ範囲ではありません。
これらから考えると、旦那様が言おうとしているのは「言ったところでどうしようもない歴史上の出来事」と考えられそうです。
「あの、旦那様──」
まさに声を掛けようとしたその瞬間、私は立っていられなくなりました。
*>────<*
北緯34度9分、東経135度8分。現代の地名で言えば、京滋バイパスと宇治川の交点に程近い座標である。天延四年六月十八日、ここでマグニチュード6.7以上の地震が発生した。つまり、今日である。死者は50人前後、山城国と近江国にわたって被災の記録が残されている。
「…………大丈夫かい、美月君?」
「ええ、こちらは。旦那様こそお怪我は?」
「問題無い。……この地震のこと、言うべきだったな」
「今朝からの挙動不審はそれでしたか。言って欲しくはありましたが、確かに言われてもどうしようもありませんね。被害を確認しますので、失礼します」
屋敷の被害はまだ分からないが、手痛い損傷は無いはずだ。掘立柱建物という都合上、地震にはいくらか強い……はずだ。屋根も檜皮葺なので軽く、記録でも寝殿の倒壊は見られなかった記憶がある。
問題は、礎石建物である。具体例を挙げるなら平城宮跡の大極殿などが分かりやすいが、あれはその実基壇の上に建物が「乗っかっている」だけである。瓦屋根の重みで半ば強引に押さえつけているだけで、地面への固定は行われていないのだ。この建築法は、主として官庁の建築に用いられる。つまり、大内裏である。
「……そうだ、陛下は!?」
「旦那様、頼忠様が参りました!」
散らかった調度品の整理もそこそこに表へ走り出てみれば、やはり着の身着のまま状態の右大臣が牛車から顔を出していた。
「ああ頼忠様、よくぞ御無事で……」
「ええ、なんとか無事でしたよ。此方も目立った被害は無さそうで何よりです」
「ところで、内裏の方は──」
「今から向かいます。直衣冠でいいので、貴方も来て下さい」
大急ぎで車の支度をさせ、その間に立烏帽子を冠に付け替える。本来なら雑袍宣旨が必要だったりしそうなものだが、そこは頼忠がなんとかしてくれるだろう。




