191.説得
「ッ――」
わたしは初めから、学長相手に負ける気など一切ありませんでした。
魔力を解放した瞬間、空気が軋み、個室全体の魔力循環が大きく歪みました。
意図的に絞り込んだ“魔力の圧”が、学長ただ一人を狙って襲いました。
彼女は即座に頭を押さえ、苦悶の声を漏らします。
――見事な根性です。
普通なら、立っていることすらできないほどの圧を身体中に浴びているというのに。
「ううっ……」
彼女以外には出力を抑えているとはいえ、影響はゼロではありません。背後に庇われている姫様も、拘束されたままのビエンカ様も、その他全員、顔を歪めていました。
「ティルラさん……」
「大賢者様……」
昔のわたしは、この有り余る力を制御できず、周囲の人間すべてに、無差別に魔力の圧をばら撒いていた時期がありました。
そう思うと、そんなわたしの性質を一から矯正してくれた師――シャルティアは、本当に偉大な方です。
そして、生まれつき魔力を制御できていたリベアは……やはり天才なのでしょう。
わたしは本当に、魔力量がイカれていて、少し器用なだけですから。なんでも器用にこなすリベアの方がよっぽどあの人に似ていると思います。
「ハハッ……すごいな。これが現大賢者の本気か……」
学長は苦しげに笑いながら、それでも視線を逸らしませんでした。
「……あの人以上じゃないか。直接言葉を交わしたことはなかったが、戦いぶりは見ていた。だからこそ分かる」
感嘆すら滲む声音。
――それでも、刃を引くつもりはないのでしょう。
「あなたが娘を想う気持ちも、追い詰められていることも理解しています」
わたしは静かに告げます。
「ですが、今あなたが取っている行動は“間違い”です。学長。これが最後の機会です。ビエンカ様を解放し、大人しく投降してください」
一歩、距離を詰めながら続けました。
「あなたを脅していた首謀者も、その協力者も、すでにわたし達の手中にあります。残るはフレミーと魔物だけ。必ず娘さんの居場所を吐かせます」
そして、まっすぐに見据えます。
「大賢者である私の言葉が、信じられませんか?」
沈黙が落ちました。
学長の指先が震え、やがて――。
「…………すまない」
短い謝罪の言葉。
それが、答えでした。
「……分かりました。では――」
これ以上、言葉は不要です。
わたしは自身に身体強化を重ね掛けし、床を蹴りました。
詠唱はありません。杖も構えません。
――片手だけで十分発動可能です。
身の危険を感じた学長が、ビエンカ様を突き放し迎撃の体制を取りますが、もう遅いです。
「――え?」
驚きの声を上げたのは、学長ではありません。
次の瞬間、わたしの腕の中にはビエンカ様がいました。
先程まで彼女を拘束していた学長は、わたしが触れた手から放たれた電撃を全身に浴び、地に伏せていました。
「杖を使って狙うより……」
わたしは静かに言い添えました。
「こちらの方が、ずっと早いですからね」
ビエンカ様の身体を背後へと庇い、改めて学長へと向き直ります。
彼女は痙攣しながらも、なおも立ちあがろうとしています。
――本当に、意地の悪いほどしぶとい人です。
「それでも立ち上がるのですね。……母の愛というものでしょうか。わたしにはシャルティアがいましたが、血の繋がった母ではありません。本当の両親の愛を受けた事がないので、正直なところ実感はありませんが……親子というのは、良いものなのでしょうね」
息を荒げながらも、学長は震える手で杖を構えました。
その姿は満身創痍でありながら、なお折れぬ意志を宿しています。
――立派です。ですが、それだけでは足りません。
杖を用いないわたしの魔法威力は、通常の五倍に跳ね上がります。
魔法耐性を持たぬ者であれば、直撃すれば即死する威力です。
「それでも立ち塞がるというのであれば……次は確実に仕留めます。こちらも、あまり時間がありませんので」
魔力をさらに片手へと収束させ、冷静に告げました。
――次を当てれば、彼女は死ぬかもしれません。
「……あなたが学院に来て、敵として相対することになった時から、覚悟はできているよ。大賢者ティルラ・イスティル」
学長は、かすれた声で笑いました。
「私は、死んでも役目を果たさねばならない。でなければ、娘は殺される」
「……見事な覚悟ですね」
わたしは静かに返し、容赦なき次撃を構えました。
「だめーーー!!!」
鋭い叫びとともに、姫様が前へ飛び出しました。
そして、そのまま学長へと抱きついたのです。
「ユリア……様?」
あまりにも唐突な行動に、学長の思考も追いついていない様子でした。杖の穂先が揺れ、狙いが定まりません。
――拘束することも可能です。
ですが、今それをすれば、姫様ごと巻き込みかねません。
「いけません、姫様! 離れてください!!」
「ダメだよ、ティルラさん!」
姫様は涙を滲ませながらも、必死に言葉を紡ぎました。
「学院長が死んじゃったら、娘さん――ルフニアちゃんが悲しむよ! 自分だけ助かって、お母さんが死んだら……罪悪感で押し潰されちゃう。私は、そんなの絶対イヤ!」
「ひ、姫様……わたし、私は……」
学長の声は震え、ついに言葉を失いました。
その肩から、力が抜けていきます。
――母として。
――一人の人間として。
彼女の覚悟は、姫様の言葉によって揺らぎました。
わたしは、最後の問いを投げかけます。
「……もう一度だけ問います。ルフニアさんのためにも、降伏してください」
沈黙の後、学長はゆっくりと杖を下ろしました。
「……娘を……ルフニアを助けてください。ティルラ様」
娘と同じ年頃の子供からの説得に、心を折られたのでしょう。
彼女は、完全に抵抗の意思を手放しました。
「お任せください」
わたしは静かに、しかし確かに答えます。
「必ず――救い出します」
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