190.生き残りの魔族
王国の影や近衛兵が、この会場にも多数配置されていることは、すでに確認済みです。
本来であれば、自分も学長を倒し、あちらの鎮圧に加勢へ向かいたいところ。
ですが――人質を取られている以上、妙な動きも取れず、学長から目を離すわけにもいきませんでした。隙を見せればユリア様も捕まってしまうでしょう。
「大賢者様。私は大丈夫です。彼女の要求に従えば、殺されることはありません。……そうでしょう? 私をすぐに殺すつもりはない。いえ、それどころか……何かを恐れている?」
「黙れ」
ビエンカ様は怯えながらも、気丈に言葉を紡ぎます。
それを遮る学長の声には、苛立ちと焦りが滲んでいました。
「学長。何を企んでいるのですか? 時間稼ぎのつもりでしょうか? この場には、わたし以外にも優秀な魔法使いが大勢います。時間は、あなたの味方をしてくれませんよ」
「……どうだろうな」
この睨み合いそのものが、学長にとっての“目的”なのかもしれません。
そう思った、その瞬間でした。
下方でキメラとの戦闘に当たっていた魔法使いの一人が、内側から弾け飛びました。
続けざまに、二人、三人。
あちこちで、同様の惨事が起こります。
「は?」
理解が追いつきませんでした。
精鋭中の精鋭が揃っているこの場で、一方的な虐殺が起こるなど、本来ありえないはずなのに。
原因は――一人の人物によるものでした。
手から生み出した奇妙な赤い液体を投げつけ、その液体に触れた相手を次々と爆散させていく女。
「初めまして、ワタクシデスよー!」
舞台へと軽やかに降り立ったのは、王都で活躍していた旅芸人。
その一座を率いていた赤髪の女性――フレミー・カートレットでした。
彼女はキメラたちの中心に堂々と舞い降りると、近くの個体を撫でて愛でるように触れ、優雅に帽子を取って一礼しました。
赤いハットの下から現れたのは、二本の角。
紛れもない、彼女が人ではない証でした。
「――生き残りの魔族!?」
誰かの叫びが、会場に響き渡りました。
「こんにちはー。ニンゲンの皆さん。こわーい、こわーい魔族サマの登場デスよー! ふひひひひっ! えっ、なんでこんな道化みたいな格好をしているのかって? 魔族のイメチェンデスよ! イメチェーン!」
ふざけた口調とは裏腹に、放たれる魔力は本物。
背筋が凍るほど、濃密で、異質。
その傍らには、従者らしき双子の少女が二人。
かつて王都で芸を披露していた、あの姉妹です。
長い髪の奥から覗く視線は、氷のように冷たく、まるで血が通っていないかと錯覚するほど、恐ろしい雰囲気を漂わせていました。
「「団長」」
「はい。キイちゃん、ギイちゃん。ここはよろしくお願いしますね。ワタクシはあの子達を回収しないといけませんから」
フレミーは楽しげに肩をすくめます。
「手のかかる子供たちデスよ、本当に。ボスとの契約があるので、見殺しにはデキませんが」
「「はい、団長」」
金髪の少女が槍を。
銀髪の少女が薙刀を。
――いずれも、無から生み出されたかのように、瞬時に武器が具現化しました。
その光景に、わたしは頭を抱えたくなります。
「まったく……わたしの大賢者任期中は、どうしてこう、碌でもない事ばかり起きるのでしょうね」
戦況は、文字通りの蹂躙でした。
か弱そうに見える少女二人が、近衛兵や護衛の魔法使いを次々と屠っていく。
近接戦闘は複数人で挑んでもまるで歯が立たず、遠距離攻撃も魔法ごと切断され、通用しません。
キイとギイと呼ばれた二人の魔力量は、フレミー程ではないですが、キメラとは比べ物にならない魔力量を有していました。
――やはり、“本物の魔族”は格が違います。
そんな地獄絵図の中で、学長は低く告げました
「……生徒達を助けたければ、私を見逃せ。さもなくば、この場で弟子も殺されるぞ?」
「鬼ですね。あなた……それでも、生徒を守る立場の学長ですか?」
「今は違う」
学長の声は、ひどく乾いていました。
「私は娘を人質に取られている。ルフニア・フィリッツを……魔族にな」
わたしはその名前に聞き覚えがありました。ファンクラブの会員で、あの事件の後、行方不明になっていた生徒です。
「だから私は、彼らの軍門に下った。その時から――“学長”ではなく、“母親”として動くことに決めた」
「あの子が人質に。学長の娘さんだったとは、存じ上げませんでした」
「私は学長だからな。そういうことで狙われないように、ある程度、情報は伏せていた。意味はなかったがな。あの子は君によく懐いていたよ。だからこそ――守れなかった君を、個人的に恨んでいる」
「……その件につきましては、わたしの力不足で申し訳ありません。ですが、それとこれとは話が別です」
静かに、しかし確かに言い切ります。
「これで、あなたが王国を裏切った理由も理解できました。彼女は行方不明として処理されていましたが……実際には、魔族に囚われ、脅迫されていたのですね」
「大賢者様……」
ビエンカ様の声が、わずかに震えます。
「ティルラさん……」
ユリア様の呼びかけに、わたしは小さく息を吐きました。
――情に流されてはいけない。
――ですが、切り捨てることもできない。
弟子を守る師として。
王国を守る大賢者として。
そして、一人の人間として。
(……選ばねばなりませんね)
この場で、誰を救い、誰を“切り捨てる覚悟”を持つのか。
(考えるのも馬鹿らしいですね……)
シャルティアだったらどうするのか? そう考えたら答えは決まっていました。
「どうするつもりだ? 早くしないと――」
わたしは杖を手放しました。
「初めから答えは一つです。全員救う! それが大賢者たるもの!!」
「ッ――」
時間がない今、もう、手加減する気はありませんでした。本来のわたしの全力には、杖は不要ですからね。
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次話で6章は終わりとなります。
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