186.自分の弟子を信じない師がどこにいますか?
「ごめんなさい……リベアさんに恨みはないですけど……事故に見せかけて殺せって……言われてるので、殺しますね」
「簡単に言ってくれますね」
ネウロさんは小刀を仕舞うと再び杖を構えます。あくまでもメインは魔法戦で、暗殺も兼ねた武器は補助的な役割なんでしょう。
「はい……今まで何人も手にかけてきました。強い相手には卑怯な手段を使い、弱そうな相手は直接叩き潰しました……あ! 勝てそうにないときは土下座して謝って……油断した所を仕留めたんです! そうやってお金を稼ぎ、生き延びてきました。でも今は違います。シェラお姉様は、私に無償の愛を注いでくれたんです」
饒舌になっていくネウロさん。その目は徐々に正気を失い、何かに陶酔したかの様に頬が紅潮しています。その様はまるで恋する乙女のようで……。
「今度は……逃しませんからっ!!」
彼女が杖を地面にトンっとつくと、周囲に無数の氷の槍が生成されます。
「ッ! ネウロさん、あなたは騙されてるんです! それは愛なんかじゃありません!!」
私は咄嗟に防御魔法を発動します。しかしそれは悪手だったようです。
「無駄……です」
「なッ!?」
ネウロさんが指をパチンとならすと、私の張った結界にヒビが入ります。そしてそのままガラスのように割れて消滅してしまいました。
「喰らってください」
「なんのこれしきっ!」
私は『よっ、ほっ、はっ』と声を漏らしながら、襲いかかる氷の雨をギリギリの所で次々と躱していきます。そうこうしてる内にネウロさんは魔法をやめ、『なんだ、コイツは』という視線を私に向けてきました。
「……本当に魔法使いですか?」
大賢者の弟子に向かって、あなた魔法使いですか?と聞くなんて、失礼な人です!
「うちの師匠や錬金術のおねーさんもこのくらいが普通でしたよ?」
「……周りが、おかしい」
ネウロさんがドン引きしています。まぁ確かにそう感じてしまうのも無理はありません。私も初めはそうでしたから。でも今は誇りに思っています!
「ふふっ、羨ましいですか!?」
私の放った魔法は彼女の魔法障壁に弾かれ、反対に鋭い風の刃が私を切り裂こうと飛んできます。私はそれを相殺して防ぎました。
「そいやっ!! ふんぬっ」
先程より魔法の威力を上げているのに、これでも彼女には届きません。
「くっ」
「羨ましくなんてない、ないです! 私だって愛されてるんだから! シェラお姉様に、私、愛されて…強くなって、それで……優しく、そう、優しくしてもらえたんです。でも、一緒にいたかったのに……あの大賢者が! 全部邪魔して……全部! 本当は……もっと、もっと一緒にいたかったのに……!」
彼女の様子が再びおかしくなっていきます。
「あなたは何を言って!? この魔力はシェラさんのッ!」
……シェラさん、何をしたら彼女をここまで追い詰められるんですか?
「シェラ、お姉様……愛してる」
距離を詰めてきた彼女に腹部を蹴り上げられ、体勢を崩した拍子に手に持っていた杖が遠くに飛ばされてしまいます。次の瞬間、彼女の手が私の首にかかり、そのまま強く絞め上げられました。
(しまっ!?)
息が出来ない苦しみと、激しい頭痛。私は懐に忍ばせていた予備の杖を彼女に向けます。
(本当は師匠から貰った専用の杖以外使いたくなかったけど、背に腹は変えられない! 師匠ごめんなさい!!)
「“魔射”!!」
至近距離で放った私の魔法。それは師匠のように無造作に放っても強大な威力が出るわけではないが、魔弾を改良して編み出した私独自の技です。得意とする魔力操作の精密さを極限まで高め、一点に集中して放つことで威力を増す魔法となっています。
光線のように放たれた魔法はネウロさんの肩を貫きました。
「くあッ!」
首を絞めていた手が離れ、私はそのまま距離を取ります。予想外の反撃にネウロさんも後退を余儀なくされました。
「うぐっ……油断……しました」
肩を抑えながらも、ネウロさんは私との距離を詰めてきます。なんたる執念でしょう。
「……ネウロさん、私たちはたぶん似ていると思います。師匠に会う前、私も空っぽでした。両親のことは大好きで、愛されてもいました。でも、いつも考えていたんです。本当の両親はどこ? 兄妹は? 親戚は? って。けれど、師匠が村に来て全てが変わりました。村の人たちも私が遠ざけていただけで、本当は優しかったんです」
「……何が言いたいんですか?」
「だから私はあなたに勝って、師匠の教えが正しいことを証明します!」
私は杖を掲げ、全神経をその先に集中させた。
◇◆◇◆◇
「はぁ、はぁ……ティルラ、大変よ。彼女達の狙いはリベアちゃんだったわ。今すぐ試合をやめさせて!」
本校舎から離れた会場へ息を切らしてやってきたのは、別件を頼んでいたソフィーでした。彼女がここに来たということは向こうで何かしらの進展があったのでしょう。
「そちらはどうなりました?」
「あっちはケイティに任せたから大丈夫よ。既にシェラは取り押さえたわ……ってそうじゃなくて今はリベアちゃんよ! あの子が命を狙われているの!」
「今すぐ試合をやめさせなさい!」と、ソフィーが私の肩を掴んでガクガクと揺らします。ううっ、脳が揺れる〜。
「ソフィー、たんまたんま……やっぱり、そうでしたか。たぶん私が倒せないならリベアを殺して精神的に追い詰めるか、人質にする作戦に切り替えたんでしょうね。でも安心してください。うちの弟子は強いので大丈夫です!」
「そんな事言って! リベアちゃんにもしもの事があったらどうするつもり!?」
ソフィーが勢いよく私の襟元を掴んで、更に激しく揺らします。あれ? なんか私、怒られてる……?
そんな時でした。会場から一際大きな歓声が上がり、同時に巨大な閃光が会場全体を包みました。
私は一度後ろを振り返り、その強烈な光に目を細めながら、再びソフィーに向き直りました。そして真っ直ぐな目で彼女に伝えます。
「私は信じていますから。自分の弟子はどんな困難でも乗り越えられるってね。リベアは必ず勝ちます!!」
言葉に力を込めたその瞬間、場内の歓声はさらに大きくなり、会場は熱気に包まれていきました。
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