161.学院の大賢者
昼休み。私は廊下で初講義を終えた師匠を発見します。
「ししょ――いたっ!」
声を掛けようとした所で、後ろから誰かに押されました。
「どけ、俺が先だ!」
「いいや、ぼくが先に声を掛けるんだ!!」
彼らだけでなく、後ろには大勢の生徒達がいました。私にぶつかった二人は口々に何かを言い合いながら師匠に向かって殺到します。他の人も同じでした。
「ティルラ様ー! 私あなたのファンです。サインください!!」
「ティルラ様!! この術式の仕組みについて教えて欲しいです!」
「ティルラ・イスティル様! 僕を貴方様の弟子にしてください。きっと優秀な魔法使いに――」
「ティルラ・イスティル。俺とデートしないか?」
「こいつなんかより是非ぼくと……!!」
さっきの二人は恐れ多くも、大賢者である師匠にデートを申し込む始末。当然のことながら相手にされる筈もありません。
「はいサインです。その術式は次の授業で解説するので待っててください。あと弟子はもう間に合っているので大丈夫です。最後の二人は他の生徒に迷惑を掛けた罪で生徒指導室に来なさい。いいですね?」
「「はい……」」
肩にがっしりと力を込めているのが遠くからでも分かります。自業自得のご愁傷様です。
その後も生徒の質問は続きました。いわく得意な魔法は何か? シャルティア様との関係は? 今は付き合っている人がいるかどうかなど話は多岐に渡ります。
それほど師匠は大人気でした。ですが笑顔が引き攣ってきているのを私は見逃しません。
「ま、待ってくださいみなさん。そんなに一気に言われても……ああ、そうだ! 休憩の間にやっておく仕事があるのでした。すみませんが、これで……」
“早く帰らせろ”オーラ全開でした。けれど本物の大賢者を前に興奮した生徒は誰一人として気付きませんでした。
「大賢者さま!」
「大賢者様ー!!」
「ティルラ様!」
「イスティル先生!!」
「……ああ、もうわかりましたよ。話を聞いてあげます! 全員そこに並んでください!!」
師匠はヤケクソでした。
「ううっ、私の師匠なのに」
師匠を他の生徒に取られ、不貞腐れる私の元に二人の女子生徒がやってきます。
ニーナちゃんとヴァネッサです。
「教室を飛び出したと思ったらやっぱりここにいた。しょうがないよリベアちゃん。ティルラ様は大賢者様なんだから。学院に来たらこうなるのも分かってたでしょ?」
「そうだけどさ〜……」
分かってはいますよ? でも納得できるかどうかは別問題なのです。
「ん? なんか口調に違和感が……あ、おいリベア。ニーナと話す時はなんで敬語じゃねぇーんだよ」
「あーそのことですか。それならこの間話し合って敬語は無しという事になったんですよ」
「ならあたしにも敬語使うな。いいだろ?」
「分かったよ、ヴァネッサ」
「素直だな……おい」
「それが取り柄だから」
成り行きでヴァネッサにも敬語を使わない事になりましたが元より彼女には、平民としての親近感を覚えていたのでこれで良かったと思います。
そして彼女はニーナちゃんと同じく私の事情を知っています。というか師匠が来ることを聞いて「師匠が!?」って部屋で叫んでしまい結果的にバレました。
でも、ニーナちゃんにもヴァネッサにも、私が正統後継者だって事は内緒です。そのことを知っているのは私と師匠、ソフィーさん達だけです。
「――あら? 貴方達はあの中に混ざらないのかしら? 平民からしたら大賢者様は雲の上の存在でしょう?」
私たちがやいのやいの話していると、またしても別な二人組がやってきました。
一応の和解らしきものをしてから会うのを避けていた人物。
ドロシー・エルドレッドさんです。
私は「ふふん」と腕を組み、負けじと言い返します。
「ドロシー様こそどうなんですか? 公爵家のご令嬢として真っ先に挨拶するべきでは?」
「今行ったら大賢者様のご迷惑になるでしょう? それに挨拶するのはこの場合、ユリア様の役目です。私の出る幕ではございませんわ。それにああやって大勢に話しかけられる際の負担は分かっているつもりよ。そんな事も分からないのかしら? それと質問に質問で返さないで頂戴、不快よ」
ぐぬっ、この人できる! ここは素直に負けを認めておこう。
「私だってティルラ様の迷惑になるような事はしません!! 私達は私達でゆっくり親睦を深めますのでお気遣いなく」
「そう、良い心がけね。貴方達のような愚民がティルラ様の視界に入らない事ですわ。ご迷惑になりますでしょう。今群がっている彼らも早く気付けばいいのですが……まあ気づいただけ貴方達はマシですわね。ではご機嫌よう。シェラ、行きますわよ」
「はいドロシーお嬢様」
今日は取り巻きでなく、彼女のメイドさんらしき人物が隣にいました。
「失礼しますお嬢様方」
すごく聡明そうなメイドさんでした。
◇◇◇
「……べー、です。やっぱりあの人、私は好きになれません」
「リベアちゃん……」
「あたしも同感だ」
「ヴァネッサまで……ヴァネッサはよく一緒の部屋で生活してて喧嘩しないね?」
「ん、まあお互い寝る時以外は会わないようにしてるのとシェラっていうメイドが良い人でな。あたしにも色々気を遣ってくれるし、ドロシーとなんかあった時は仲立ちしてくれるから、今んとこなんとかなってる」
「あ、そうなんだ。だからメイドさんには普通に接してるのね」
「ま、お世話になってるからな」
――リーン。リーン。
予鈴がなります。
「そろそろ次の授業が始まりますね。二人とも行くよ」
「うん」
「ああ」
この時の私は想像だにしていませんでした。師匠がいるこの世界一安全な学び舎であんな騒動が起きるなんて。
思えば師匠が表舞台に立つ事を彼女は待っていたのかもしれません。
師匠を……いいえ、【賢者】の存在を憎む者にとって。
良い魔法使いがいれば、悪い魔法使いも当然います。
そんな【賢者】の対となる存在。悪い魔法使いの代表である【愚者】が活動を始めたのはこの時からでした。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
【愚者】の登場により、物語は動き始めます。
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