1.家から追い出されました
短編だったものを連載版にしたものです。序盤の展開は一部、名前や描写に違いはあれど、短編版と変わりません。ざまぁ、もう遅い展開は少し遅めになるので、長い目でお付き合い頂ければ幸いです。
「師匠! どうか私と結婚して下さい!!」
この日、私は長年連れ添った弟子に告白されました。
「えぇー……まじですか?」
「本気の本気です!!」
お顔がとても近い。
そしてアッシュブラウンの髪が私の目にかかって、少々くすぐったいです。あと弟子の目がまじでした。
まさか弟子に告白される事になるとは……大賢者と本格的に呼ばれるようになって早二年。まさかの事態に遭遇してます。
「えっと……その話はまた今度にしましょう!」
「あ、師匠! 逃げないで下さい!!」
弟子を尻目に、今から丁度三年前のあの日の事を思い出します。
全てはあの日から始まりました。あの日、屋敷を追い出された日から。
◇◆◇◆◇
「この屋敷から出て行ってもらおう、ティルラ・イスティル」
――この人は今なんて言った? 家から出て行け?
「すみません。よく分からなかったのでもう一度お願いします」
私は男性が何を言っているのかよく理解出来なかったので、念の為、念の為もう一度聞いてみる事にしました。
「…………」
彼は黙ったまま私を睨み、眉間に皺を寄せております。まだお若いのに疲れているのでしょうか? 随分とやつれているようにも見受けられます。
「魔族との戦いは半年前に終わっている。そして貴様には早くここから出て行けと言ったんだ」
やはり答えは変わりませんでした。
「はぁ」とやけくそ気味に相槌を打ちますと、彼は心底億劫そうに袋を渡してきます。
これはなんでしょうか? いえ見ただけで分かりますね、金ですよ、金。この袋の中からはお金の匂いがプンプンします。
それにしても、魔族との戦いが終わったとは、一体どういう事でしょうか?
私が知る限りでは、魔族が人間界を征服しようと、魔族の領域から乗り込んで来ていたような気がするのですが……?
そんな私の疑問を、彼は丁寧に紐解いてくれました。
「この世界で戦いが終わった事を知らないのは、貴様ぐらいなものだろう。魔族を束ねる魔王は勇者クロスの手によって滅んだ。戦いはとっくに終わっているのだよ、ティルラ・イスティル」
いちいちフルネームで呼ばないで欲しいんですけどね。そんなに私のファミリーネームが気に入りませんか? 貴方の実力が足りなかったから、師匠に弟子入り出来なかっただけでしょうに。
まったくとんだ理不尽やろうです。しかし新たな事実も知る事が出来ました。
「へえ……? そうなんですか、魔王が倒されただなんて、部屋に篭りっきりで知りませんでした」
私はそう答えました。
すると、なんという事でしょう。私の至極まともな意見を彼は鼻で笑いやがりました。
「ははっ、おめでたい奴だな。魔王が倒された事に気づかない者がいるなんて誰が思う? この王都はもちろん、世界中で祝祭が上げられたよ。騒ぎすぎて逮捕者が出るくらいにな」
「ああ……そういえば外が騒がしいなって思った時がありましたね」
そう言われてみると思い当たる時期が確かにありました。ちょうど半年ほど前でしょうか?
もっと前だったかもしれませんが、それは私の預かり知らぬ話。
屋敷に篭ってずっと研究ばかりしていたものですから、日にちなんていちいち気にしていませんでしたし、気にする必要もないと思っていました。はっきりと覚えているのは一年前に亡くなった師匠の命日くらいでしょうか。
おっと物思いにふけていると、彼の顔色が思わしくありません。トイレでも我慢してるのでしょうか?
でも男の人に、うちのトイレは貸しませんよ。
「いや、トイレなど我慢していないが?」
どうやら違ったようです。ではなにが原因で顔色を悪くしているのでしょう? まったく分かりませんね。
とりあえず何か言っておけば大丈夫でしょう。
「えっと、良かったですね……? 魔王討伐おめでとぅ、勇者さまぁーばんざーい……?」
口から出たのは、そんな間の抜けた祝辞でした。それに対し彼は無言ときやがります。せっかく人が祝辞を述べてやったのに、無視ときやがるとは……許せないです。万死に値します。
そこで私に、ある一つの疑問が浮かび上がりました。
「ん? はえ? ちょっと待ってください。魔王が倒された……ということは、研究のほうはどうなるんでしょう?」
私と師匠は国からの命令で、魔王を倒す為に、とある研究を続けてきました。ですが、その魔王は突如現れた勇者によって倒されてしまったとの事です。つまり私と師匠の努力の結晶は……?
彼はにっこりと笑って、こうおっしゃいました。
「先程から何回も言っているだろう。研究はこれにて打ち切り、お前は追放だ」
師匠と私の努力の結晶は、勇者のくそ野郎によってぶっ壊されてしまいました。
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