ラズロの恋 前編
北の国で奴隷とされていた魔術師の人達は、寮に住んでる。今は仕事もあって、ごはんも食べられて、給料も出て、幸せだとナインさんが言ってたけど。
なんとなく、気になる。
「ラズロさん」
「んー?」
蒸す前にイモの皮剥きをしながら、物知りのラズロさんに聞いてみることにした。
「北の国から来た魔術師の人達は、上手くやれているんでしょうか?」
ナインさんは子供だけど、賢いし、行動力もあるから大丈夫だとは思うんだけど。
「北の国から避難したきた魔術師達、はじめはダンジョンに閉じ込められてただろ?」
「はい」
冬の王に見つけられないため、というのもあったみたいだけど。
「奴隷ってのは、一箇所に集められて雑魚寝するんだよ。まともに飯も食わせてもらえねぇし、病気になったって治療なんてしてくれやしないからな」
あんまりな扱いに、北の国に腹が立ってくる。でも、もうあの国はない。
「魔女様の指示の下、ティール、ノエル、クリフ、レンレン達が総がかりで対応したんだってよ。ナインを保護した時にしたことを元にしてな」
剥けた皮をフルールの皿に移すと、シャクシャクシャクシャク、と音をさせてフルールが食べ始める。
「身体を何度も洗わせてな。長年風呂に入ってなかったからな、大量の湯が必要だったらしい。王都で買い付けた石けんもあっという間に使い切ったって聞いたな。用意しておいた衣服と靴を与えて、それから身体の不調なんかを調べていったらしい。このへんはレンレン達の独壇場だったみたいだな。あの変態は、治験放題とかなんとか騒いで怒られてたらしいけどな」
「食事もレンレン様がって言ってましたけど、それは薬学の人達がなんとかしてくれたんですよね?」
野生キャベツの外側の葉を剥く。これはスープの具材にすると美味しいので取っておく。茎の部分を縦に半分に切って、小房を切り落としてボウルに入れる。
「レンレンの飯は最初だけな。あれで魔法薬学に関しちゃ天才だからな。料理と呼ぶのも憚られるものだろうが、まともな飯も食わせてもらえてない奴隷たちの腹はな、オレ達と同じものをはじめは食えなくてな」
食べられない日もきっとあったと思う。そんな魔術師達が油の多い食べ物とか、固いものとか、食べられるはずがないもんね……。
「はじめは虫下しの薬が入った粥を食うんだよ」
虫下し……。
思ってもいなかった言葉になんて言っていいかわからない。
「身体ん中から悪いもんがある程度出ていったらな、滋養強壮のある薬なんかを混ぜ込んだ飯を食わせていくんだ。そうやって治療してたんだそうだ」
「そうなんですね。僕、全然手伝えてなくって」
「アシュリーを王都から出す訳にはいかなかったからな、しかたねぇよ」
魔術師の人達はいつも美味しそうに僕とラズロさんが作った料理を食べてくれる。慌てて食べる人が多くて、水差しを増やしたぐらい。
もう誰もご飯を奪ったりしないって分かっても、ずっとそうだったから、変えられないんだろうな。
「むかーし昔にな、北の国にオレが行った時のことなんだけどな」
いつもより少し暗い声で、ラズロさんが話し始める。
「まだ血の気の多かったオレはへまをして、ある人に助けられたんだよ」
「ある人?」
「……オレを助けたばっかりに、魔術師のスキルを隠してたことがバレてな」
スキルは七才になると教会で与えてもらう。その時に周りの人も知るから、隠すなんてできないんじゃ……。
「なんで隠せてたのかって言いたいんだろ?」
僕の考えを読んだかのようにラズロさんが聞いてきたので、頷く。
「隠せたのさ、王族だったからな」
教会の人達に頼んだのかな。どうやったのかは分からないけど、隠してたんだ。
長い息を吐くと、ラズロさんは話の続きを始めた。
「だけどオレの所為でバレちまった。オレを逃すには魔術師の術符を起動させる必要があった。平民のオレなんてあの国で捕まったらひとたまりもない。コレだ」
そう言って、手で首を切るような動きをするラズロさん。
「あのあと、ツテを使って調べたよ。あの人は魔術師のスキルを持っていることがバレて奴隷に落とされてた」
握りしめるラズロさんの手が白くなる。強く握りしめすぎて。
「オレがあんな所に行かなけりゃ、あの人は王族として生きてたはずだ。何不自由なく、美味いもん食って、キレイなドレスを着て」
……でも、それだと冬の王に食べられてしまっていたのかもしれないって思った。ラズロさんを、平民を助けてくれるような、そんな優しい王族の人があの国にいたのが驚きだけど。でも、全員が酷い人なはず、ないもんね。
「何度も忍び込んで助けようとしたんだけどな、ことごとく失敗して、国外追放された。仕方なく国に戻ってから、あちこちの酒場に顔を出してな。旅の行商人や踊り子、吟遊詩人に酒をおごった。ほんのわずかでもいいから、あの人に関する情報がないかってな。奴隷にされたとしても、元王女だ。何かあれば人の噂にのるんじゃねぇかって思ってな」
いつもいつも飲みに行ってて、お酒が好きなんだなって思ってたのに。まさかそんな理由で酒場に通っていたなんて。
「その人は今は?」
唇を噛み締めるラズロさんの様子に、奴隷となってから生きていけなかったのかもしれない。
「……生きてたよ」
ぽつりとこぼしたラズロさんの顔は泣いてるのに笑っていた。困ったようにも見える。
「奴隷だぞ? 奴隷にされたのに、真っ直ぐに立ってたんだ、あの人。会ってた時と変わらないんだよ。参るよな、あれが本当の王族って奴なんだろうな……」
はは、と渇いた笑いを浮かべて、手で顔を隠す。
「生きてて良かったって思うのにな、あんだけ人に色々言っておきながらざまぁねぇよ、合わせる顔がないんだよ」
「その人は魔術師として雇われてはいないんですか?」
聞きながら、もしかして、と思うことがある。
ラズロさんはたまに、昼の忙しいときに氷室に行ってくるって、厨房から離れることがあった。
「会いに行ったほうがいいと思いますよ」
「アシュリーさん、はっきり言わないで」
「ずっと会いたかったんですよね? もしかしたら命を落としてるかもしれないって思ってても、あきらめられなかったってことですよね?」
「そうだけどさ」
「後悔します、きっと。遠くから見ていられるだけでいいなんて、気持ちから逃げてる言い訳です」
会ってもなにもならないかもしれない。恨みごとを言われるのかもしれない。どうなるのかは全然分からないけど、でも、後悔すると思う。
あの日戦争が始まって、なにがあっても誰にも負けないと思ってたパフィが命を落としかけて、僕が思ったのは、絶対なんてないってことだった。
だからラズロさんは会いに行ったほうがいいと思う。
「明日、世界が滅ぶと思って、会いに行ってきてください」
「アシュリーさん、そんな簡単に世界を滅ぼさないで……」
「行かなかったら僕、パフィに相談します」
「待って!!」
パフィなら絶対、面白がって二人を会わせるだろうな。できたらそうしたくないから、ラズロさんから会いに行ってほしい。
「……ラズロ?」
女の人の声がした。見るとキレイな女の人が立っていて、ラズロさんを見ていた。
「アナスタシア……」




