042.魔力の結晶
パフィは速度を早めるかと言って、僕に第三層と第四層を作らせた。
僕のいた村のそばにあった山に似せて作ったからか、第三層はなんだか懐かしい感じがする。ここは秋。
第四層は雪深い山を作るのかと思っていたら海だった。
パフィが言うには、冬の海で獲れる魚が一番美味しいんだって。
一度に作らせたのは、アマーリアーナ様が来た事が関係あるのかな。
って思ったりもしたんだけど、冬の海から獲れた魚を美味だ美味だと言って喜んでる姿を見ると、食べたかっただけなのかも知れない……。
第三層で獲れるキノコにも喜んでいたし……。
もしかしたら香辛料が手に入って我慢出来なくなったのかも知れない……。
ギルドに作った漁場ダンジョンと薬草ダンジョンは、魔力を持ってる人の魔力だったり、魔術師から買うことで魔力が補われる。
でも、裏庭のダンジョンだけはそうじゃない。
自然に生まれた魔素の集まりの魔力で保たれてる。
アマーリアーナ様がヴィヴィアンナ様の為に必要としている魔力水晶を作るには、エーテルの混じらない魔力が必要なんだって。
『おまえも、ダンジョンメーカーのスキルに慣れてきたようだ』
「作る方はね」
ダンジョンを閉じることも出来るらしいけど、まだそれはやったことがない。
『あれは、最下層から潰していく必要があるからな、おまえ一人では行かせられん。魔法使いと騎士に護衛を頼め』
クリフさんとノエルさんなら間違いないんだろうけど、二人とも忙しいし、クリフさんは殿下の護衛もしている筈だし……。
『案ずるな。セルリアンのお守りはしてやる』
お出かけが面倒なんだって、僕は分かってますよ。
『今夜は魚とキノコを蒸した奴にしろ』
「……太るよ?」
しっぽで十発以上叩かれた。本気だったのか痛い。
『明日、第五層を作っておけ。
結晶はすぐに出来るものではないからな』
「分かった」
魔力水晶。
どんなものなんだろう。
「いやぁ、大漁大漁!」
ラズロさんが金タライを抱えて笑顔でやって来た。
冬の層で釣った魚だ。ただ、ラズロさん自身は釣りの才能がないらしく、釣っているのは別の人。
「なかなかに、楽しいな」
騎士団長が立派な釣竿を手に食堂に戻って来た。
トキア様も考え事をしたい時に釣りをする。
殿下もやりたいらしいんだけど、冬の海なだけあって寒いから、入らせてもらえない。入れないように設定もしました。
釣った魚はありがたく食堂で使わせてもらってる。なるべく食費をかからないようにして、その分の予算を他に回してもらってる。
持って帰らないのかと尋ねたら、魚はギルドのを買うのだと言ってた。少しでも平民に金が回るようになんだろう。
野菜や肉は市場で買う。
「今夜は塩焼きにしようぜ!」
『駄目だ。キノコと酒蒸しにする』
「いや、塩焼きだろう」
ラズロさんとパフィが言い争いをしているのを、騎士団長が呆れ顔で見る。
「いつもやっておるな、あのやりとり」
「仲が良いんです」
そうさな、と言って団長は僕の頭を撫でると、「酒蒸し、良いではないか」と言った。
「そんな、騎士団長!」
悲鳴のような声をあげるラズロさんを見て、パフィが笑った。
魚の切り身をきのこと蒸すことに決定。
肉の方は捌けるけど、魚はまだ慣れてないから、ザックさんの所に持って行って教わりつつ、お裾分けする。
宵鍋以外のお店には、ラズロさんがお裾分けしてるみたい。
「きなくせぇ噂を聞いたぞ」
ザックさんが魚を捌きながら言う。
カウンターに腰掛けて、捌く様子を見てるラズロさんは眉をちょっとだけ動かしたけど、それ以外は何も反応していないように見える。
「北と南が手を組もうとしてるって噂だ」
「お貴族至上主義と、名ばかり民主主義。仲良くやれそうなこった」
「北はダンジョンが欲しいそうだ」
それまでベンチで寝そべっていたパフィの耳が立つ。
思わず僕も反応しそうになって、ちょっと切り込みが深くなってしまった。危ない危ない……。
「よくご存知だなぁ」
「大方、第二王子派の貴族で、逃げおおせた奴が漏らしたんだろうよ」
ロクでもねぇ、と言うとザックさんが魚の頭を一回で落とした。結構大きな魚だったんだけど、それだけザックさんも苛立ってるんだろうな。
「そもそも順位を覆す為に勝手に他国と手を組むような奴らだ。何があってもおかしくないだろうよ」
「どうすんだ」
「何とかするだろ。うちの上は優秀なんだからよ」
ザックさんが言う。
「そのダンジョンってのは、アシュリーに関するもんなんだろう?」
ラズロさんは認めて良いものなのかどうなのか迷っている風だった。
「さすがにな、噂になってる。
ギルドも城の連中もわざわざ吹聴したりはしねぇがな、目立つだろうよ、子供が重要な局面に加わっていればな」
ラズロさんが髪をわしわしとかく。
『そうだ』
これまでネコのフリをしていたパフィが喋って、ザックさんは深いため息を吐いた。
「こっちのネコもなんか訳有りだろうとは思ってたが、喋るとはなぁ……」
まぁ、普通のネコを飲み屋さんに連れてこないよね。
「安心しろ。
一時は王家に対して口さがなく言う奴もいたがな、第一王子やらなんやらが必死に動いてんのは見聞きしてる」
全部の魚を捌き終えて、残った頭をフルール用食器に入れたのを、フルールが頭からかじっていた。
「オレらより若くて、しかも今回の被害者の第一王子や、年端もいかないアシュリーなんかが頑張ってんのを聞いてて王家に恨みを持つような奴はそういねぇよ」
手を洗いながら話すザックさんの言葉に、僕は嬉しかった。
僕は、僕の出来ることで手伝ってきた。それが喜ばれているのは嬉しい。それより、殿下の頑張りが伝わってることが嬉しかった。
そうじゃなきゃ、悲しい。
「オレらはオレらで頑張るからよ、お偉いさんも頑張ってくれ」
ザックさんの言葉を殿下に伝えたいって思ったけど、殿下は忙しいから、まだ下手な字しか書けないけど、手紙にして食事に添えた。
内容は誰に見られても困らない。
殿下に伝えたかったから、届いて欲しいな。
無事に僕の手紙──ザックさんの言葉は届いたみたいで、ありがとうと書かれた手紙をクリフさんから受け取った。
「殿下はアシュリーからの手紙に喜んでいた、とても」
ネロがいない日も、殿下は悪夢に悩まされることが減ったって、教えてもらった。
良かった、本当に。
ザックさんに言われたこともあって、僕はまた、城から出ちゃ駄目ってことになった。
さすがに僕もみんなに迷惑をかけたくないから、城にいたほうが良いなって思ってる。
ラズロさんが言うには、緊迫した空気の中でやけに厳重に守られた平民の子がいて、その子供がギルドに出入りするたびに何かが変わっていくのを見て気付いたんだろうって。
『さて、第五層に行くか』
「うん」
パフィに言われて作っておいた第五層は、何もない空っぽの層。ティール様からまた術符をもらうのかと思ったら、それはいらないんだって。
空っぽの第五層に下りて、真ん中に立って祈るみたいに手を重ね合わせる。
僕の魔力を層に吸収させる為に、念じる。
ひっぱられていくみたいに、魔力が身体から出ていくのが分かる。
第五層が出来てから、毎日この作業を繰り返してる。
空っぽになるまで魔力を注ぎ込んで十日程。
『目を開けて良いぞ』
言われて目を開けると、目の前にキラキラと光る物が浮かんでた。
第五層の中はずっと昼間の状態にしてる。それから、僕とパフィ以外は入れない。それとは別にパフィもおまじないをかけていた。
「パフィ、これが水晶?」
『水晶の核になる物だ。明日からはこの核に向けて魔力を注げ』
「分かった」
目の前に浮かぶ水晶の核は、キラ、キラ、と光る。
『腹が空いたぞ』
「今朝はオムレツにしようか」
階段を上りながら朝食の話をする。
オムレツだけだとパフィが不満を言うので、先に言っておく。
「ベーコンも付けるね」
『厚切りか?』
「厚くはないけど、昨日ラズロさんが胡椒の代わりに塊を持ってきてくれたから、四枚は付くよ」
胡椒はたまにラズロさんがギルドに卸しに行ってる。
それで食材を買ってきてくれる。だから今、ベーコンの塊がある。
『五枚だな』
「はいはい」
僕も三枚付けよう。
第五層に魔力を注ぐと身体の中が空っぽになって、おなかが空く。
そんな僕に、ラズロさんや城の人達が、外に出た時にお土産を買って来てくれるようになった。
焼いた肉やそのまま食べられる乾燥した果物とか。故郷から届いたって言う珍しいものとか。油で揚げた菓子も時折もらう。砂糖は貴重だからすごく嬉しい。
あまりにくれるものだから申し訳なく思っていたら、ノエルさんが笑って、「感謝の印だからもらうと良いよ」って言った。
ノエルさんが言うには、詳しく分からなくても、僕がなにかしらしてるって事を城の皆も分かってて、料理やなんやらで魔法を使っていたりもするから、おなかが空くだろうと買って来てくれるんだって。
『思うよりも人は見ているものだ』
頷いた。
僕が思うように、皆色々思っているし、感じてる。
第二王子のことがあって、ものすごく雰囲気が悪くって。
空気がぴりぴりするって言うのか。
最近はそれがなくなってきてた。でも、北と南の国の話を聞いた頃から、また少し、緊張してるのが伝わってくる。
『どの国にも、御し難い屑はいるものだ。
まぁ、この国は今の所大丈夫だろう。自浄作用が働いているからな』
「自浄作用?」
『前を向いてるって事だ』
全員ではなくても、沢山の人たちが、この国のこれからのことを考えてくれてるのは、良いことだと思う。
きっと、上手くいく。
第五層の水晶は随分大きくなってきた。コッコの卵ぐらいはある。卵のようにだ円の形をしている訳ではなく、表面はデコボコしてる。
ふわふわと空中に浮かんで、キラ、キラと、光るのが、まるで息をしてるみたいに見える。
「パフィ、核ってどのぐらいまでを言うの?」
魔力を注ぎ終えて、気になっていたことをパフィに聞いてみた。
出来上がりがどんなものなのか分からないから、この作業をいつまで続けるのか気になる。
この作業を始めてから、魔力が空っぽになるからと沢山食べるようになって、胃袋が大きくなった気がする。
ラズロさんたちは良いことだ、って言うけど。
『核はとっくに出来ている』
そうなんだ。
よく分からないけど、順調に大きくなってるってことだと思う。
「この水晶がどうすごいのかがよく分からないんだけど」
『おまえには暇さえあれば魔力を注がせ続けたからな、大分育った。
今の大きさでそうだな……この国なら一瞬で消し飛ぶ』
……これ、育てて良い奴なのかな?
北の国とかが知ったら欲しがるんじゃないのかな?
不安になった僕はそのことを尋ねた。
『魔力水晶は魔法使いには御し難いものだ。魔力の純度が高すぎて制御出来まい。
魔法使いはな、己の中の魔力を使う事には慣れているが、外から魔力を取り込む事や、水晶のような外にある魔力を使う事には不慣れだ。
よしんば使えたとして、何処かの国もろとも使用者が滅ぶだけだ』
そう言ってにやりと笑う猫。
今、さらりととんでもないことを言われてしまった。
「関係ない人を滅ぼすのは駄目だよ……」
パフィは魔女だからなのか、そう言った所が僕達とは違う。
僕をからかうのにあんな言い方をしているんだろうけど、嘘は吐かないから、そうなんだろう。
「アマーリアーナ様は一体どれぐらい大きくなった水晶を欲しがってるんだろう?」
この大きさで一つの国を滅ぼせるぐらいに大きいなら十分なんじゃないかって思ってしまうけど、ヴィヴィアンナ様が予言をするには足りないのかな?
『予言はな、己が精神だけを未来に飛ばすものだ。
垣間見るだけでも魔力を大きく消耗する。
だが、ヴィヴィアンナならば水晶を必要とせずとも未来は見える筈だ』
毎日魔力を注いでいるうちに愛着みたいなものがわいてきて、僕は勝手に水晶に名前を付けて呼んでいる。
名前はトラス。
「またね、トラス」
振り向いて水晶に向かって手を振る。
そんな僕をパフィは呆れ顔で見る。
第五層を後にして、階段を登る。
僕の前をパフィがトトトトッ、と軽い音をさせて登っていく。
登りながらパフィが話す。
『それなのに水晶を必要とすると言う事は、見れていないと言う事だ』
「ごめん、よく分からない」
見れていないから水晶が必要?
『未来視を邪魔されているんだろう』
パフィは進むのを止めると、振り返って言った。
『魔女の邪魔が出来るのは魔女だ』
また進み出したパフィの後を追いかけながら考える。
魔女の邪魔を出来るのは魔女。
焦熱の魔女様か、氷花の魔女様が、予言の魔女ヴィヴィアンナ様の未来視の邪魔をしてる?
だから相手の魔女を上回る力を使って、未来を見ようとしてる?
「パフィはどれぐらい分かってるの?」
本当はもう少し分かってるんじゃないかって思う。
でも、魔女の言葉には力があるから言わないだけで。
『秘密だ』




