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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第三章 ダンジョンメーカーのお仕事

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038.フルールの食糧問題解決

 ティール様がすぐに伝えたみたいで、フルールを見に殿下がやって来た。


「いつ来てもアシュリーの側にいるのは知っていたが、うさぎをテイムしているのかと思っていた」


 殿下はフルールの身体を触りながら、あちこちを観察していく。フルールはされるがままになってる。スライムだからなのか、割と気にしないみたい。


「スライムの擬態はこれ程までに凄いのか?」


 一緒に来たトキア様が答える。


「フルールの場合、テイム時に使用した核が良かったのかも知れません。

スライムに擬態をさせるテイマーは多いですが、ウサギにした例を見ませんし、これまでの経過を見る限りでは大変燃費が悪いように見受けられます」


 ふむ、と答えて殿下はフルールを撫でる。


「フルールの消化吸収速度が他のスライムより早い事に関しては確証は得られていない、と言う事か」


 トキア様ははい、と答えて頷く。


「調査をお命じになりますか?」


 殿下はフルールを撫でながら頷く。


「当面フルールに対応してもらうとしても、フルールだけに頼るのは良くない。何か起きた時の為にも新しいスライムの事を考えておく必要がある。その為にも調査は開始して欲しい」


「御意に」


 立ち上がり、ティール様の方を見て殿下が許可する、と言った。ありがとうございます、とお礼を言ってティール様はお辞儀をして、食堂から出て行った。ナインさんも後を追って出て行く。


「近頃発生した問題だったが、フルールによって展望が見えてきた事は僥倖だった。何の対策もせず課税を止めたとしても費用は発生し続ける。それは結局別の税に繋がるだけだ。補填するにしても今の我が国の財政状況的にはそれは厳しい。

アシュリーには何から何まで頼ってしまっている。どう礼をすれば良いのか……」


「いえ、僕は何もしていませんし、フルールがお腹いっぱいに食べられるのは僕としても嬉しいことなので、気にしないで下さい」


「無欲も良いが、あまりにそうだと利用されるだけの存在になってしまうぞ?」


 そう言われても、欲しいものが特にないから、困ってしまう。


「とりあえず、毎月の手当をお上げになってはいかがでしょう」


 トキア様の言葉に殿下が頷く。


「それはすぐにでも手配して欲しい。この食堂を利用する者達は多かろう。それを二人で賄っている。それだけでも増額に値する」


「それは上げていただきました」


 僕の答えに殿下は呆れ顔になる。


「そんなものは黙っておれば良いのに、正直者は損をするぞ?」


「嘘を吐くのは嫌です」


 やれやれ、と言う顔をした殿下はトキア様を見る。トキア様が笑って、「長所と短所は表裏一体にございますれば」と答える。


『香辛料の種をねだれば良いのに、おまえは馬鹿だな』


 突然パフィが現れたけど、もうみんな驚かない。慣れてきたみたい。良いのか悪いのか分からないけど。


「香辛料?」と殿下が聞き返す。


『香辛料が入っているかどうかで美味さが変わるからな、安い素材を仕入れ、香辛料を取り入れているからこそ、この食堂の料理は美味い。手間も惜しまないしな』


「香辛料を裏庭のダンジョンで育てると言う事ですか?」


『そうだ。今は記憶持ちがその育成方法を調べているようだが、そうそう上手くはいくまい。その都度香辛料の種を購入するのは高くつく。その援助をしてやってくれ』


「それは勿論」


 良いのかな。とても助かるけど。高いんじゃないのかな。

 落ち着かない気持ちでいたら、隣にいたラズロさんが言った。


「余ったものはギルドに回して国庫に還元すれば良いですか?」


「それは大変ありがたい」


 殿下が笑顔で頷いた。


 足元で葉っぱを食べているフルールを見ると、フルールも顔を上げた。食べるのは止めないけど。


「フルールのお陰で、香辛料を育てられそうだよ」


 ぴょこ、とフルールの耳が揺れた。







 手慣れてきました、と笑顔で言うティール様の手には術符がある。


「昨夜完成させた術符です。先にこちらの裏庭に貼り、もう片方を廃棄物処理場に貼り付ければ、フルールの元に大量の食料が届きます!」


 隣に立つラズロさんから怒りめいたものを感じて見上げると、笑顔なんだけど怒ってた。

 その笑顔のままティール様の肩を掴むと、「幼馴染みとして、ちょっとお話がしたいなー」と、低い声で言うものだから、ティール様の笑顔が固まった。


「ちょっと顔貸してくれる?」


 引きずられるようにしてティール様はラズロさんと裏手に消えて、僕からは見えなくなった。


「何にラズロさんはあんなに怒ってるんだろう? パフィ、分かる?」


 腕の中にいるパフィが、呆れたように半眼になって、息を吐いた。


『物事が解決する事だけに集中して、他者からどう見えるかを失念した研究馬鹿と、おまえの気持ちを考えて怒ってるラズロ、といったところだな』


 僕の気持ち?


『分かっていないのならそのままで良いぞ。

あぁ、フルールが廃棄物を摂食するのはおまえが寝てる時にしておくと良い』


「うん、分かった」


 パフィの言葉でうっすら分かりかけたんだけど、考えない方が良さそうだとなんとなく思って、そこで止めておいた。







 フルールの食料が運ばれる場所は、ダンジョンの中に決まった。その方が良いとラズロさんとパフィに言われたので、そうする。

 第一層にほどほどの、小部屋みたいな空間を作った。その一番奥の壁にティール様からもらった術符を貼る。

 小部屋には扉のようなものを付けて、フルールしか通れないようにしておく。


「フルール、僕が眠っている時、ここに来て好きなだけ食べて良いからね。朝になったら戻って来てね」


 足元でダンジョンの草を食べていたフルールは立ち上がって、小部屋を見て耳をぴょこぴょこさせた。どうやら理解してくれたみたい。


「では、私はこの術符を廃棄物処理場に設置してきます!」


 ラズロさんに怒られたみたいだったけど、ティール様は研究が大好きだからか、勢いを取り戻していた。強い。

 僕たちの反応も待たずにダンジョンを出て行くティール様と、それを追い掛けるナインさん。


「ったく……ナインをもっとしっかりさせて、アレを制御してもらう必要があるな……」


『そうだな』


 呆れたような口調のラズロさんとパフィに思わず苦笑いしてしまう。


 ラズロさんの後についてダンジョンを出ようとしたところ、ジャッロたちが僕の前まで飛んできた。


「どうしたの?」


 蜂たちはそのまま木箱に飛んで行く。


「……あ、忘れてた」


『回収して売り出すが良い』


 はい、そうします。


「じゃあ、金ダライと新しい木枠取ってくるわ」


 ジャッロたち用の巣箱に入れる木枠は、城の兵士さんが作ってくれてる。僕が交換したら、また木枠を暇を見て作って、置いといてくれることになってる。


『この前おまえが売りに出したダンジョン蜂の蜜は、東の国を経由して北の国に売れたそうだ』


「へぇ」


 王都ではないんだね。


『あれはな、魔法を使うものにとって、増強剤になるのだぞ?』


 ニヤニヤと笑うパフィ。


「北の国にはポーションとかはないの?」


『魔術師を嫌う国が、魔法薬学を好ましく思うか?』


「……なるほど」


 魔法至上主義の北の国では魔術師は酷い仕打ちを受ける。魔法の力を薬で再現したり、魔力の補助をする魔法薬学のスキルを持っている人たちは、いるだろうけど、あまり良い扱いは受けてないかも知れない。


「どうして他のスキルを持つ人たちにそんなに冷たく出来るんだろう」


『決まってるだろう』


 決まってる?


『自分たちが優れている、万能であると奢っているのだ。

だがな、奴らの意識の根底にあるのは、畏怖だ』


「いふ?」


『自分達の立場を、存在を脅かす者が怖いのだ。だからこそ、それらが力を持つ前に弾圧する。そうやって己を守る』


「……ちょっと、分からない」


『それで良い。そうして守ったところでな、いずれ内側から腐り落ちるものだ』


 外の世界を知らない僕に、パフィはたくさんのことを教えてくれる。







 蜂蜜をギルドに引き取ってもらいに行ったラズロさんは、たくさんの花を抱えて帰って来た。

 僕のしたいことをちゃんと分かってくれるラズロさんは、本当に優しいと思う。

 二人でダンジョンに入ってジャッロたちに花をあげると、喜んで花の上を飛び回ってた。


「ここにも花はわんさか咲いてっけど、外からの花はたまのご馳走みたいなもんなのかね」


「そうかも知れませんね。あんな貴重な蜂蜜をもらうんですから、花、たくさんあげたいですよね」


 心なしか、ジャッロたちが機嫌が良いように見える。


「今回も高値で売れたぜー。誰が買ってんのかなぁ、買取額であの値段だ、普通の金持ちぐらいじゃ買えない値段だぞ?」


「東の国を通して北の国が買っているそうです。なんでも魔力と大変相性が良いみたいで、増強剤になるってパフィが言ってました」


 ぽかんとした顔をしたラズロさんは、次の瞬間には大笑いし始めた。


「ざまぁねぇなぁ!」


 ざまぁねぇ?


「だってそうだろうよ。自分達からこっちとは一切取り引きしねぇって啖呵切った手前、咽喉から手が出る程欲しいものが出てきたってのに、くれとは言えないんだぜ?

直接やりとりすりゃあまだ安く済むだろうに、東の国を挟めばその分高くつく」


 あぁ、なるほど。


「商売の基本ですね」


「そうだ、アシュリー。

あぁ、愉快愉快。馬鹿共には良い薬だ」


 ラズロさんは満面の笑みを浮かべた。

 悪いことをしたら、やっぱり悪いことは自分に返ってくるものだよね。

 少し反省して欲しいけど、そんな簡単なことでもないんだろうな。




 夏は葉物野菜が豊富だ。

 今年は豊作なのか、ラズロさんがたくさん買ってきてくれた。


「最近ここ、前より利用者増えたの知ってるか?」


 葉物野菜はサラダにしようと、根本を落として一枚一枚洗っていたら、ラズロさんも手伝ってくれた。


「はい、上級官の人たちも前より見かけるようになりましたね」


 第二王子のことがあってから、上級官だろうな、という見た目の人を目にすることが増えた。


「だからな、予算が増えたんだよ」


「殿下に感謝しないとですね」


「その通りだ。休憩時間に出入りする奴も増えたからな」


 夏の暑い空気が苦手で、食堂の中は風を起こして窓の外に流れるようにしてる。

 そう言えば、ティール様が作ってくれる術符と、寒い場所を繋いだら涼しくなるんじゃ?

 あ、でも繋いでこちらの暑さがいっちゃうのは駄目かな。

 パフィが裏庭のダンジョンに、春夏秋冬の層を作るって言ってたから、そうなったら出来るかな?


「ここはいくらか涼しいな」


 殿下だった。

 始めの頃は緊張していたラズロさんも、最近は限られた人しかいないときは、殿下に対しての態度が少し変わった。優しくなったって言うか。

 面倒見が良いから、殿下もそんな風に見てるんだろうな。


 ラズロさんは濡れた手を拭いて、氷室からミルクを持って来た。蜂蜜らしきとろりとしたものを入れてかき混ぜて、カウンターに腰掛けた殿下に渡す。

 あの蜂蜜、ジャッロたちのだよね?

 僕の視線に気付いたラズロさんはにやりと笑う。


「いつもいつも全部売り出すのももったいねぇからな、少しだけ取っておいた」


「本来なら食堂の料理に使ってもらうべきなのに、国がこの有様だからな、すまない」


「多過ぎても使いきれないし、ここの飯しか食えなくなっても困るから、たまにで良いんですよ」


 ラズロさんが言うと、殿下は目を細めて柔らかく微笑んだ。


「それは分かる。僕はアシュリーの作る料理を食べ始めてから、あちらの料理を口にしたいと思わなくなった」


「素材やらなんやらはあっちの方が上等ですけどね、アシュリーの作る料理は安心しますから。

たまにならご馳走も良い。でも毎日は飽きる。アシュリーの作る飯はそういうもんです」


 褒められて恥ずかしいけど、嬉しいので、ありがとうございます、と答える。


「アシュリーも飲め」


 もう一つの器をラズロさんに差し出されて、慌てて手を拭いて受け取る。

 口にしたミルクは、氷室で冷やされて冷たくて、蜂蜜の濃い甘さが美味しかった。


「ちゃんと、眠れてますか?」


 そう尋ねると、殿下は苦笑いを浮かべて頷いた。


「大丈夫、睡眠は取っている。

あれだけベッドに横になっていたのが嘘のようだ。嫌いだったベッドに、早く横になりたいと思う程なんだから」


「良い傾向じゃないですか」


 ラズロさんの言葉に僕も頷く。


「不思議なものだ。

僕はあのまま死ぬのだと思っていた。諦めてもいた。

けれど、心の奥底ではそうではなかったのだろうと思う。

生きていて良かったとは思う」


 ふぅ、と大きく殿下は息を吐く。


「ただ、目の前は問題ばかりで、時折全てが嫌になる事もある」


 少し悲しそうな、困ったような笑みを浮かべて殿下はミルクを飲む。


 問題を起こした人たちはもういない。

 今は残された人たちで後始末をしている。

 いくらたくさんの人たちが助けてくれていると言っても、それが本当に正しいのかも分からないし、色んなことを決めるのは結局殿下で。

 王様も殿下の話を聞いてくれてはいるみたいだけど、殿下しかいないから、次の王様として厳しくされているって聞いた。

 責任が重すぎて、嫌になってしまうのは当然な気がする。


「ただ、ひとつ事を成し終えた時の達成感は、それまでの苦労を洗い流す程のものがあるな。

書物からは得られないものだと知った」


 達成感は大事だよね。

 大きさは違うけど、やり終えた時の清々しい気持ちは僕も経験があるから分かる。

 …………でも。


「……天気は、王様でも変えられないですよね?」


 当然だ、と殿下は答える。


「どんなに準備してても、大雪とか台風とか、対応出来ないこともありますよね?」


「無論だ」


 僕が何を言おうとしているのか分からない殿下は、きょとんとした顔で答える。


「頑張ることと、無理をすることは、一緒じゃないです、殿下」


 殿下の顔が無表情になる。


「頑張るってことがそもそも、普通よりも努力してるってことで、無理はその上だと僕はパフィに教わりました」


 僕なんかが言うのは、本当ならおかしいんだけど。

 みんなも言ってるだろうけど、殿下が耳を貸さないかも知れない。

 食堂で働いてる僕にまで言われれば、少しは届くかも知れないって思って。


「僕が言いたいのは、上手くいかなくても、殿下が頑張ったことはなくならないってことなんです」


 うんうん、とラズロさんが頷く。


「もし悪く言う人がいたら、僕、仕返ししてきます」


 殿下が笑う。


「古の魔女の庇護を受けるアシュリーからの仕返しか、恐ろしくてみんな言えないな」


「言っても良いですけど、じゃあ、あなたならどうしますか? って聞いてきます」


 くっくっ、とラズロさんも笑う。


「何もせず批判だけなら、子供だって言えるもんなぁ」


 本当にそう。

 ただ、見えないのだから、そう言った気持ちになることも不思議じゃない。

 どっちも悪くないことで誤解されたり、嫌われたりっていうのは嫌だなって思う。

 みんな、立場が違うのは普通で。

 分からないことがあるのも普通。


 少しずつ分かり合えて、この国がまた、元気になると良いなって思う。


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