027.お食事係り
ほのぼの…何処に…早く見つけ出さないと…
もやもやしている時に麺を作ると、少し落ち着く。麺にもコシ(っていうんだって、ラズロさんが教えてくれた)が出るし。
ただ、それだとトキア様にお昼を食べてもらえない事に気付いて、パンをこねる事にした。こねるのならパンでも良いことに気が付きました。これはこれでふかふかのパンが出来るので、好評だったりする。
「アシュリーも人の子なんだなぁ」
パンをこねていたら、ラズロさんに言われた。
なんかちょっと、ひっかかる言い方だよね。
「人の子ですよ?」
でも、ラズロさんの軽口は、嫌な気持ちにならない。
言葉に悪意を感じないからなのかも。
「ホラ、おまえって年齢詐称疑惑な訳だろ?」
してません。
もう、疑惑って、どういうことなの。
「オレも規格外な存在が側にいて、比較的肝が据わってる方だと思ってたけどな、アシュリーのはその上をいくよなぁ」
パフィ達の事かな。
聞き流しながらパンをこねていく。
少しずつ生地の色が同じ色になっていく。こねると美味しくなるけど、生地の乾燥には注意しないとね。
「しかもそんな存在に揉まれても平然としてるんだから、コイツ、やっぱり年齢詐称してんじゃねぇのかな、と二度目の疑いを抱いていた訳よ」
疑われても、僕の年齢は変わらないけどな。
しかも二度めなの?
「でもこうして、心を落ち着ける為に一心不乱にパンを捏ねてる姿に、あぁ、アシュリーも人の子だったんだな、と思った訳だ」
「それ、逆じゃないの?」
ノエルさんが入ってきてラズロさんの言葉を即否定した。
カウンターに腰掛けるラズロさんの横にノエルさんも座った。
「むしろアシュリーの年齢で、心の安定をはかる為に麺やらパンを捏ねている、の方がよっぽど年齢詐称感が出てると思うけど。自分の機嫌を取れるのって大人だって難しいのに」
ラズロさんが、今気付いた、と言わんばかりの顔になってる。
「僕のやっている事のほとんどは、パフィの教えそのままですから、子供らしくないのは自覚あります」
"おまえはその中途半端なスキルと今後も付き合わねばならん。その事実がおまえの心を苛むだろう。
己ではどうしようもないものに立ち向かわねばならぬ事ほど、人の心を折る。
忘れるな。スキルだけが人の価値を決める訳ではない"
パフィから繰り返し教えてもらった言葉を二人に話すと、しんみりされた。
「適当に生きててすみません」とラズロさん。
なんだか小さくなっちゃってるけど、大丈夫かな。
「魔法のスキルに優れてるのに、それについて面倒くさいとか思ってすみませんでした……」とノエルさん。
二人があんまりしょげるから笑ってしまった。
「今の僕はスキルの事で辛いと思ってないので、大丈夫です。もし思ってそうな人がいたら、助けてあげて下さい」
僕が、パフィの言葉に救われたように。
同じ事でうじうじと悩んでいた僕に、何度も同じ言葉で励ましてくれたパフィ。
父さんに母さん。兄さんもそうだった。
離れたからこそ、そのありがたさに気付けた。もっと早くに気付けたなら、もっとありがとうって言えたのに。
「ノエルさん、休憩ですか?」
何か飲み物を出そうかな、と思って聞くと、首を横に振られた。
「アシュリーにダンジョンメーカーのスキルを使ってもらう事が正式に決まるって、言いに来たんだ」
どきりとする。
「この前教えてもらったアマーリアーナ様との話の内容は、僕達からすると恐ろしい内容でもあるんだけどね」
そう言ってノエルさんが困ったように笑った。
「アシュリーの力はパシュパフィッツェ様以外の魔女全てから狙われている可能性が高い」
簡単に人の国を滅ぼせる魔女が、欲しがるなにか。
「大人の、汚い話をしてしまうけど、アシュリーの存在は毒にも薬にもなる存在なんだよ。
今、僕達の国はパシュパフィッツェ様の知識と技術を必要としてて、アシュリーはその魔女の庇護下にある。
そんなアシュリーを利用したいと、思ってる人間が──僕を含めてだけど、いてね」
ラズロさんの眉間に皺がよる。
「アシュリーの意思を確認しないまま話が進んでいて、凄く不愉快だろうと思う。
僕とクリフがアシュリーを連れ出さなければ、アシュリーは穏やかに過ごせていたと思うのに」
ノエルさんが頭を下げる。
「それでも僕は、アシュリーに助けて欲しい。勝手を言ってごめん。代わりに、なんでもするから」
「勝手な大人は頭を下げないと思います」
顔を上げたノエルさんが困った顔のまま、「これも演技かも知れないでしょ?」と言う。
「パフィに守られている僕に嘘をついて、ですか?」
ノエルさんの笑顔が固まる。
「パフィは僕たちの嘘なんて簡単に見抜いてしまいます。そんなパフィが、ノエルさんとクリフさんなら信用出来ると言ってましたし、長いつきあいじゃなくても、僕も二人のことを信じてます」
「アシュリー」
ノエルさんは氷の魔法師って言われているんだって。得意魔法の話ではなくって、カッコいいけど冷たい、表情が変わらないことから、そう呼ばれているらしいのに、今のノエルさんはカッコいいからは程遠くて。
それぐらい、泣きそうな顔をしていた。
「パフィのことを信じ過ぎると言われるかも知れませんけど、スキルを知っていても僕にスキルを使わせようとしなかった。それだけでパフィが僕のことを考えてくれていることが分かります。
パフィが大丈夫だと言ったノエルさんたちを僕は信じます。僕に、力の正しい使い方を教えて下さい」
ノエルさんが突然立ち上がると、厨房の中にいる僕の方まで回って来て、僕を抱きしめた。
「約束します。
僕も、クリフも、ティールも、トキア様も、ブランシェ公も、アシュリーのスキルを悪いことに使わないって約束するよ」
「ま、そんなことしたら国が滅ぶしなぁ」
ラズロさん、今、多分、とっても良い雰囲気です。壊しちゃ駄目ですよ……。
ノエルさんが出て行って、ラズロさんとまた二人になった食堂で、頭を掻きながらラズロさんが言った。
「あくまでオレの目線でしかないけどな、ノエルもクリフも、真っ当な奴だ。でもな、権力ってのは恐ろしいもんで、簡単に人を狂わせもするし、黒も白にしちまう」
はぁ、とため息を吐くラズロさんの表情から、前にそう言うことがあったのかな、と思ってしまう。
「でも、トキア様と騎士団長がいる。だからおまえの事を悪用しようとする奴は、この四人が何とかしてくれんだろう。
魔女の恐ろしさを分かってる奴なら、馬鹿な事はしねぇだろうけどな、本当に馬鹿な奴ってのはいてな、魔女すら大した事ない、ってほざく可能性があるんだよ」
カウンター席に座っていたラズロさんは立ち上がって、厨房に立つ僕の横に立った。
コーヒーの豆をミルの中に入れると、ガリゴリと音をさせながら削り始める。
「ノエルが言ってた、第二王子のこと、覚えてるか?」
頷くと、ラズロさんも頷いた。
「アレはそう言う奴だ。止めようにもその上をいく権力を持つのは第一王子と陛下しかいない」
コーヒー豆を削る音が、ラズロさんの声の邪魔をする。
隣にいる僕には聞こえるけど、他の人には聞こえないと思う。
他には誰もいないけど、用心してるのかも知れない。
「陛下は第一王子に王位を継がせたいとお考えだと聞いた事があるけどな、肝心の第一王子の身体が弱くてな。
このままでは第二王子が継ぐだろうと言われてる。
……第二王子が継げば間違いなく戦争になる」
だから、ノエルさんはパフィに女王蜜のことを聞いていたんだもんね。
「オブディアン家は、かつて戦争で自国の滅びを経験してるって話だ」
戦争を回避したいって、強く願ってる理由は、それなのかな。
「戦争で傷つくのはいつだって下の人間だ。それが分からないから戦争なんて引き起こせるんだろうよ」
豆を引き終わると、更に豆を追加して、ラズロさんは挽き続けた。時折挽いた豆を別の容器に移しながら。
「でもな、アシュリーはアシュリーの思うようにやれよ」
顔を上げてラズロさんを見る。ラズロさんは困ったように笑ってる。
「みんな、自分たちの都合ばっかり押し付けてんだよ。もっともらしいことを言ってな。それに、アシュリーが付き合ってやる義理はねぇよ」
「でも……」
僕が言いかけようとすると、ラズロさんが首を横に振った。
「世界は広いぞ、アシュリー。イースタンやエスナのように世界を回って、自分に合う国を見つけて住んだって良い。この国に縛られる必要はねぇよ」
ラズロさんは優しい。
本当に。
「じゃあ、その時が来たら、ラズロさんも一緒に逃げて下さいね」
そう言うと、ラズロさんは笑顔になって、僕の頭をぽんと叩いた。
「おぅ、良いぞ」
部屋の扉を開けると、何かが足元をすり抜けて行った。
ネロは部屋の中に置いてあるタオルを重ねた専用ベッドに潜り込んでいる。
フルールは、と振り向くと厨房から持ってきたコーヒー豆の削りカスの入った器を手に立っていて、僕を見上げた。
どうしたの? と言うように耳がぴょこぴょこと動いたので、首を横に振って、何でもないよ、と声をかける。
『早く閉めろ』
……やっぱり。
フルールを連れて部屋に入り、扉を閉める。
『と、言う訳でな、しばらく厄介になる』
マグロが僕のベッドの上でゴロンと横になった。
パフィが前面に出ているからなのか、ネロはマグロにちょっかいを出さない。今も大人しくベッドで寝てる。
「ごめん、パフィ、何の話なのかさっぱり分からないから、最初から僕に分かるように説明してもらっても良い?」
『まったく、仕方のない奴だ』
「うん、ごめんね」
『魔法師と騎士、その親玉との話し合いの結果、おまえはダンジョンメーカーのスキルを覚える』
それはついこの前、ノエルさんに言われたので覚悟してます。ところで、親玉って、トキア様と騎士団長の事かな……。
『奴等の狙いは第一王子の体質を、王位を継いでも問題ないように改善させたい、と言うものだ』
頷く。
第二王子が王位を継ぐと戦争になるから、それを防ぐ為だよね。
どんな人なのかなぁ、第二王子……。
「パフィから見て、どうだった? ノエルさん達の言うように危険な人だった?」
ゆらり、とマグロのしっぽが揺れる。
『奴だけではないな、産みの母である第二妃と伯父にあたる男も揃って愚物だ』
うーん……。良くない環境ってことだよね。
『王弟である騎士団長と、公爵家次男の魔法師団長は揃って第一王子の後見だ。簡単に言えば、第二王子の勢力は、第一王子の身体の弱さを理由に、政権を乗っ取りたい、と言う事だ』
「戦争をするのは、好きだから? それとも、なんだっけ、実績だっけ? そう言うのの為?」
二股のしっぽがぱふぱふと拍手をした。
『勉強は進んでいるようだな。その通りだ。もし第一王子が復調したとしても覆せないだけのものが欲しいと、そう言う事だ。戦争は避けられまい』
偉い人は自分が戦場に行かないから、その痛みも苦しさも知らないんだ、ってラズロさんが言ってた。僕もそう思う。
「女王蜜を作る為に、僕はダンジョンメーカーのスキルを使えば良いんだね?」
『そうだ、蜂をテイムし、ダンジョン内で育てよ。そうすれば通常よりも効果のある蜜が取れる。
蜂は私が用意する。人に任せていては時間ばかりかかるからな』
人に任せられない……。
「パフィ、その蜂は普通の蜂ですか……?」
嫌な予感がしてきた。
にやり、とマグロが笑う。
『無論、ダンジョンに適した蜂なのだから、普通ではない。魔物だ。案ずるな、蜜はすこぶる美味だぞ?』
蜜が美味しいのは何よりだけど……大丈夫なのかな。
「僕の事は大丈夫だとして、他の人には危なくないの?」
『無用な心配だ、全く問題ない』
パフィがここまで言うんだから、大丈夫なのかな。
ダンジョン蜂って、何を食べるんだろう? 花を持って行けば良いのかな?
『それから、今夜から第一王子の食事はおまえが作る事になった』
「どうして?!」
『薄い毒が混ぜ込まれているからだ。念には念を入れているのだろうよ』
怖い、と言う感情がわいてきた。
命を狙う程の悪意なんて、経験した事がない。
寝っ転がっていたマグロが、起き上がって僕をまっすぐに見据える。
『当然、おまえの身も危険になる』
僕が第一王子の食事を作って、しかも薬になるものを作る為にダンジョンも作るんだから、第二王子の周りの人たちは、僕が邪魔になるよね。
『だから言ったろう。しばらく厄介になると』
「……守ってくれるの?」
ゆらゆらと二股のしっぽが揺れる。
「ありがとう、パフィ。パフィの大好きなもの、いっぱい作るね……って、マグロでも食べられるの?」
『問題ないぞ』
「そうなんだ、それなら良かった」
パフィが側にいてくれるなら、絶対に大丈夫。
怖いと言う気持ちが、すぐに消えてしまった。
それにしても、第一王子の食事……。
王子様に、何を作ったら良いのか分からない。
きっと毎日同じ美味しいものを食べているんだろうし、僕の料理を食べても……。
ぺし、とマグロのしっぽが頭を叩いてきた。
『味ではなく、身体の為だ』
あ、そうだった。
毒を盛られないように、だよね。
「ごめん、パフィ。
第一王子は身体が弱ってるんだよね? その……良くない物を食事に入れられてしまって……」
『そのようだな』
「じゃあ、最初はおなかに優しいものにしてみる」
『そうしてやるがいい』
「うん」
厨房に入った僕を待っていたのは、トキア様とノエルさんだった。
「アシュリー、色々と、ごめんね」
「大丈夫です」
トキア様が紙を僕に差し出した。
そこには料理名が書かれていた。
「殿下がここ一週間で口になさったものだ。不要かも知れんが、一応入手した」
紙に書かれた料理名を見ていて、僕にはまだ分からないものは、僕でも分かるように書き直してくれたんだろうと言う事が分かる。トキア様の優しさに胸が温かくなる。
「あの……トキア様」
「なんだ?」
「その……僕が王子様……殿下の料理を作る事になって、元々作ってた方達は、大丈夫なんでしょうか?」
自分の仕事を奪われてしまう訳だし、毒を入れていたのも、全員ではないだろうと思うし。
「例の件に関与していたと思われる者に関しては、全て対処してある。案ずるな。
殿下以外の食事は引き続き残った者達が作る事になっている。なんら問題ない」
ぽんぽん、と頭を叩かれた。
そっか、良かった。
関係ない人まで怒られたりしたら、可哀想だし、仕事を奪われてしまったら悲しいから。
「良かったです。
えっと、これが殿下に食べていただこうと思う料理なんですけど、味見をしてもらえますか?」
身体が弱ってる殿下に食べてもらうように、僕が作ったのは、とろみのある、弱った身体でも食べやすいスープ。
カブを刻んでから、風魔法で液体に近いぐらいまで細かくしたものを、湯の中に塩、胡椒と一緒に入れて煮立たせる。そこにコッコの卵を溶きほぐしておいたものを回し入れて、ふわふわにする。
二人の前に出したら、マグロにしっぽでぺしっと叩かれたので、マグロにも出す。使い魔って、胡椒、大丈夫なのかな?
「身体が、温まるな。味も濃すぎず、殿下のお好きな味だと思う」
スープを口にしたトキア様が息を吐く。
「癒される味ですね」とノエルさんが頷きながら言った。
「あ、スープだけだと足りないかも知れないので、このパンもなんです」
すっかり出すのを忘れてた。
「平パンだ」
「はい。表面に塩とハーブが散らばっているので、これだけでも味があります」
膨らんだ生地を平らに伸ばして、あちこちに指で穴を開けて、その穴にオイルを注いでおく。
塩と、ハーブをのせて石窯で焼いたものを、ふた口ぐらいで食べ切るように切る。
これなら、スープの合間にも食べられるし、切ってあるから、少量でも口にしてもらえるかなと思って。
「平パンだけど、ふかふかで、塩味もあって、オイルの風味と、この、草の香りも良いね」
『ハーブだ』
そう言ってマグロはもくもくと平パンを食べる。
薬としてよく使われるハーブを料理に入れるとしても、大体が臭み消しとして。
この平パンにまぶしたハーブは、悪いものを予防すると言われているもので、村ではよく使っていた。
王都だと使う人があまりいないのか、売ってるのを見かけない。
「これは、殺菌効果のあるハーブか……美味いな」
トキア様の反応が殿下に近いのかな、と思う。だからトキア様に美味しいと言ってもらえると嬉しい。
「料理を殿下の元へ運んでくる」
トキア様はノエルさんの方を向いた。ノエルさんが頷く。
ワゴンに料理をのせて、トキア様は食堂を出て行った。
「とても優しい味で、美味しかったよ、アシュリー」
「良かったです。味は二の次で安全なものを、と思ってますけど、やっぱり美味しいと思ってもらいたいです」
ノエルさんがにこっと笑った。
「アシュリー、時間の余裕がないからね、明日、ナインの指示の元、ダンジョンを作ってもらうね」
「はい」
ノエルさんはパフィの方を向いて頭を下げた。
「パシュパフィッツェ様、よろしくお願い致します」
『うむ』
いよいよ、明日、ダンジョンを作る。




