024.初めての麺作り
ナインさんが前世、クロウリーさんだったと告白してから一ヶ月ぐらい姿を見ていない。
でも、ノエルさんに頼まれて食事だけは作っていたし、器は返って来ていたから、何て言うか……。
「今日もキレイに食ったな。生存確認完了だ」
満足気なラズロさん。
言い方はちょっと、って思うけど、その通りで、ナインさんが食べてくれているようでその点は安心してる。
ナインさんは何をしているかと言うと、トキア様、ノエルさん、ティール様、レンレンさん? 様? による検査を受けているらしい。
大丈夫かなぁ、ナインさん……。
『マレビトはやはり訪れたようだな』
振り返ると、マグロがいた。
二股のしっぽをゆらりと振っている。
「猫が喋った?!」
驚きすぎてラズロさんの声がちょっと裏返ってるけど、聞かなかった事にしよう。
「パフィ」
マグロを通して魔女のパシュパフィッツェが話しかけてきた。使い魔を通しての会話。面倒だって言ってあんまりやりたがらなかったのに。
それだけ気になってるって事なのかな。
「ラズロさん、使い魔のマグロを通して魔女が話しかけてきているんです」
説明すると、お、おぉ……とラズロさんはマグロを見て頷いた。大丈夫かな。僕は何度もこの状態で話をした事があるから慣れてるけど、普通の人はびっくりするよね。
猫が喋るんだから。
『おまえは?』
マグロがラズロさんを見る。
「僕を色々と助けてくれているラズロさんです」
「……ラズロです」
マグロはじっとラズロさんを見つめてる。
前に魔女に教えてもらったけど、マグロの感覚の全てと共有、と言う事が出来るんだって。だから、マグロの目を通してラズロさんを見てるんだと思う。
『アシュリーが世話になっているようだな』
「あ、いえ、こちらこそお世話になってます」
ラズロさんの口調がおかしくなってる。緊張してるのかな。
マグロは僕の方を向いた。
ラズロさんがほっと息を吐く。
『マレビト殿とは上手くやれそうか?』
魔女の言うマレビトが誰の事かははっきりと分からないけど、なんとなくナインさんの事じゃないかな、と思った。
「パフィ、前世の記憶のある人に知り合いはいますか?」
マグロは軽々とジャンプして台の上にのると、おすわりをする。
『魂の見極めが出来んと思ったら、記憶持ちか』
頷く。
「クロウリーという、魔術師の人の記憶があるようです」
『クロウリー? クロウリー・フォン・アルティミシアンか?』
「家名までは分からないです、ごめんなさい」
「確か、そんな名前をティールが言ってたな……」
ラズロさんがぼそりと答えると、マグロは目を閉じた。
中が魔女になっているから、なんだかすごく人間っぽく見える。
『面倒な奴の記憶を引き継いだものだ』
稀代の魔術師として有名だった、ってノエルさんも言ってたし、魔女も知ってるんだね。
『記憶の影響を受けていそうか?』
「それを調べているみたいです」
なるほどな、と答えると、マグロはその場にゴロ寝した。これ、魔女が横になったからマグロもこうなるんだよね。
「パフィ……」
『堅苦しい事を言うな。誰も見ておらんし、おまえ達には愛くるしい猫が横になっているだけにしか見えまい』
そうなんだけど……。
『記憶を取り戻したのはいつだ?』
「スキルを与えられた時だそうです。歳は僕と変わらないぐらいだと思います」
『三年は最低でも経過している訳か』
そうかー、と言ってごろん、と寝返りをうつ。
相変わらず行儀が悪い。僕がやると注意する癖に、自分は良いんだって。自分はもう、十分過ぎるくらいに大人だからって。
……うん、魔女は自由な人です。
『魔術師のスキル以外は何か保持しておるのか?』
そう言えば聞いた事がない。スキルが元で奴隷にされてしまったナインさんに、他のスキルは、なんて聞けない。
と言うか、気にした事なかったです、ごめんなさい。
「分からないです」
『相変わらず愚図だな、おまえは』
「はい、すみません」
抵抗せず素直に謝る。
『誰からでも良い。次までに聞いておけ』
「分かりました」
マグロは起き上がり、にゃ、と鳴いて毛繕いを始めた。
魔女は抜けたみたいだ。
「いつもあぁなのか?」
ラズロさんが言った。
「そうです」
「アシュリーが大人になるのも分かる気がする。
なんつーか、色々なものが鍛えられそうな気がするわ。
オレがアシュリーと同じ年であんなんされてたら、キレるな、間違いなく」
はは、と笑って返す。
「言葉は厳しいですし、要求も高めですけど、良い人ですよ? 怖いですけど」
「……子供に容赦ねぇな?」
「年は関係ないそうです」
「……なるほどな?」
ネロがやって来てマグロにちょっかいを出す。マグロは二股のしっぽを器用に動かしてネロの相手をしていく。
「次に食事を届ける時にでも確認しとくわ」
食事はラズロさんが持って行ってくれてるので、お願いする事にした。
魔女の言うマレビトはナインさんだったのかな、やっぱり。
それにしても、遠く離れてるのに、魔女は何か感じるものがあったのかな?
マレビトが訪れる、って吉兆占いもしてくれてたみたいだし……。
口は悪いけど、良い人だからな、魔女は。
カッコ良い人を見ると正気を失う時があるのと、酒好きって事を除けば。
分からないけど、なんかちょっともやもやしてきたから、捏ねる料理、作ろう。
「ラズロさん、僕、何か捏ねたいです」
「よく分かんねぇ衝動だな? でもお誂え向きな料理があるから教えてやるよ」
「ありがとうございます」
「冬に食った麺、覚えてるか?」
「覚えてます!」
「教えてやるよ」と言ってラズロさんはにやりと笑った。
あれから何回か麺を食べたけど、美味しくて温まって、自分でも作ってみたいって思ってたから、嬉しい!
すぐに作り始めるのかと思ったら、麺を作るには違う粉が必要だと言われた。
気分転換も兼ねて出かけようぜ、と誘ってもらったので、フルールを連れて城を出る。
「アシュリー、元気か?」
「アシュリー、これをお食べ」
「アシュリー、これを持って行きなさい」
すっかり顔なじみになった人達に声をかけられて、気が付いたら両手がふさがっていた。
そんな僕を見て、ラズロさんは言った。
「年齢よりも幼く見え、かつ華奢な感じが、何かしてあげなきゃ、食べさせなきゃ、って思わせるんだろうな」
そういうものなのかな……。
僕の手から荷物を取り上げると、持ってきたかごの中にひょいひょい、としまってくれた。
「思わぬ収穫だったが、我らは麺に必要な粉を買いに行かねばならんのだ、アシュリーくん」
「はい、ラズロさん」
「その為にも今日は食糧ギルドに行かねばならん」
ラズロさんの中で役?みたいなものが決まってるみたいで、よく分からない口調が続く。
「はい、ラズロさん」
「麺作りを成功させる為にも、まずはあの味を正確に覚えなくてはならん。分かるな?」
食べたいんだね。
「はい、ラズロさん。分かったのでそろそろ行きましょう」
食糧ギルドに向かって歩き出す。隣を歩くラズロさんから不満がこぼれる。
「アシュリーさん、ちょっと冷たくねぇ?」
「そうですか? 僕は早く麺を作りたいんです」
なんとなくモヤモヤしてるこの気持ちを早く発散したい。
食糧ギルドの中は前回と同じように賑わっていた。
麺を取り扱うお店もあった。
露店では見た事がないのは、器とかが必要だからかな?
「作れば実感わくだろうが、麺は食器類が必要なだけじゃなく、水が必要になるんだよ。だからギルド内でしかやれないのさ」
水が必要なんだ。確かにそれは露店だと難しいかも。
前と同じ店から麺を買い、座って食べる。
湯気が良い匂いがする。
フォークで麺を食べるのは二回目だから、つるつる滑ってしまうけど、フォークに絡ませながら口にする。
つるりとした舌触りと、するっとした喉ごしは癖になる感じ。
「美味いな」
頷く。
「美味しいです」
フルールにもお裾分けして、腹ごしらえを完了させてから、ギルドの奥に入る。
「いらっしゃいませ」
壁一面に棚が置かれていて、色んな品物が置いてある。
天井まで届く棚には、びっしりと隙間なく何かしらの品が置かれてて、もの凄い存在感。
「天井まで物が積み重なってっからな、圧迫感があるな」
なるほど、圧迫感って言うのか。
「麺を作りたい。吸水率の良い粉を頼む」
ラズロさんがカウンターにいる受付の人に話す内容を、次に来た時に僕も言えるよう、聞き耳をたてる。
きゅうすいりつ?
「それならば、去年の秋に収穫されたこちらの粉がおすすめです」
そこから値段や粉の量をラズロさんが交渉していく。
こういう時のラズロさんの真剣な顔はカッコいいな、って思う。
「じゃあ、それで頼む」
「かしこまりました」
ギルドを出る。
「夕方には粉がギルドから届く。今は一回分の粉があれば良いだろ」
「はい」
と、言う事は沢山買ってくれたのかな? 麺はとても美味しいから、城のみんなも喜んでくれるかも知れない。
「あとは具材を買ってから城に帰るぞ」
「はい」
具材は細くて長いネギと、豚肉の塊。これも大量に注文していたから、後で城に届くんだろうな。
ギルドで食べたのとは具が違うみたい。どんな麺になるんだろう。楽しみ!
城に戻ると、ラズロさんはボウルを二つ取り出した。
片方にさっき買ってきたばかりの粉を入れる。もう片方に塩を少し入れる。
「アシュリー、この中に、そうだな、このへんまで水を入れてくれ」
ラズロさんが指を指しているあたりまで、ボウルに水を注いでいく。
「アシュリーの魔法は本当に便利だよなぁ」
しみじみとそう言うと、水と塩をスプーンでかき混ぜ、塩を溶かしていく。
「粉と水を混ぜるんだけどな、全部入れるとダマになるからな、半分より少し多めに入れて、かき混ぜる」
粉の上に水を注いでかき混ぜる。水を多く含んだ部分と、粉が残っている部分に分かれる。それを繰り返し混ぜているうちに、少しずつ粉っぽさが減っていく。スプーンを止めて、両手で粉を挟んで、擦ってダマを潰していく。
それを繰り返し繰り返し行っているうちに、粉っぽさとダマの部分が減っていく。そこに残りの水を加えてかき混ぜる。生地がボウルの中でひとまとまりになったのを、上から押して潰す。まとめる、また上から押して潰す。
何回か繰り返した後、生地を台の上にのせ、また上から押してのばす。まとめてからのばす。繰り返すうちに、ひびが入ってまとまりきらなかった生地の粉っぽさが完全になくなって、生地が全体的に同じ色になってきた。
「こんなもんだろ」
それを両手で一つに丸めると、ボウルを上からかぶせた。
パンを作るのと同じ工程だけど、パンと違って膨らませる為の種は入れないんだね。簡単パンみたいな感じなのかな。
「さてと、茶でも飲むか」
「あ、じゃあ、僕が入れますね。見てるだけだったので、ラズロさん休んでて下さい」
「おぅ、お言葉に甘えるわ」
手を洗ってからカウンターに腰かけたラズロさんに、コーヒーを淹れる。
「パン作りに似てますね」
「そうだな。パン程時間はかからねぇけどな」
「膨らませないんですね」
「この後、もう一度まとめ直して寝かせるぐらいしかしねぇな。パンよりよっぽど時間はかからねぇんだがな、水を大量に使うんだよ」
なるほど。
この後、水を使うのかな?
お茶を飲んでひと休みした後、ラズロさんはまた、生地をまとめ直して、また寝かせた。
「茶を飲みたいからじゃねぇぞ? ちゃんと生地のすみずみまで水が行き渡るのを待ってんだからな?」
疑ってないのに、わざわざ説明するラズロさんに、笑って頷く。
出来上がったという生地は、最初よりも生地の色が白くなり、つやつやとしてる。触って確認しろと言われたので、触る。押した指の跡が、少し残るぐらい。
「こねるのを多くすれば固めの麺になるし、こねが足りなければぼろぼろに崩れちまうからな、よく覚えておけよ」
「はい、分かりました」
「久々に使うなぁ」と言ってラズロさんが取り出したのは麺棒。
台の上にささっと粉をふる。麺棒にも粉をふって、生地がくっつかないように準備をしたら、丸まった生地を台にのせた。
生地を麺棒で伸ばしていく。縦に伸ばし、生地の向きを変えてまた伸ばして。キレイな四角になっていく。
「わーっ、ラズロさん、上手ですね! 僕、いつも歪になっちゃうんです」
「生地の最後まで伸ばしてると歪になるぞ。程々に伸ばして、向きを変えて伸ばしてをやってれば、四角く伸ばせる筈だ」
「あ、なるほど! 僕、いつも最後まで伸ばしちゃってました!」
そっか、伸ばし切らなくていいんだ!
知らなかった!
薄く、四角く伸ばした生地の上にまた打ち粉をする。そんなに粉だらけにしちゃって大丈夫なのかなぁ?
と、不安に思っていた僕の考えが分かったのか、ラズロさんが言った。
「打ち粉は多くなって大丈夫だからな。ここでちゃんと打ち粉をしないで、生地同士がくっつく方が駄目だ」
「そうなんですね。分かってないから、粉だらけで不安になります」
ラズロさんはまぁな、と笑うと、生地を半分にたたんで、重なった上の部分だけまた、手前にたたんだ。それから生地を上下ひっくり返して、重なっていない部分をたたむ。
「蛇腹折りだな。こんなにたたまねぇけど、アシュリーはこれぐらいたたんでもいいぞ」
「どうしてたたむんですか?」
「包丁で切るからな、伸ばしたままだとまっすぐに切りにくいだろう」
包丁で切る。
ラズロさんは包丁を取り出すと、生地の端を細く切った。凄い細い。
「この後に膨らむからな、細くて大丈夫だぞ。指を切らないように気を付けろよ」
そう言って、生地を全部細切りしていく。
切り終えてから、生地を持ち上げて見せてくれた。店で食べたのと同じように、細くて長い生地になっていた。
そうか、太さを同じにする為にたたんでから切るんだ。
「アシュリー、鍋に湯をはってくれ」
言われた通りに鍋にたっぷりの湯を入れる。
「もっと熱い方が良い。茹でるからな。それと、こっちの鍋にも湯をはってくれ。豚肉とネギを茹でるからな」
説明しながら、ラズロさんは豚肉を薄く薄く切っていく。僕がやると厚くなっちゃうんだよね。そっと、撫でるようにラズロさんが包丁をすべらせると、豚肉の薄切りが出来ていく。何度見ても凄い。
その間に言われた通り、ネギを適当に切る。大きめに切って、広げて茹でると言われた。
沸かした湯でまず、ネギを茹でて、鍋から出しておく。今度は豚肉を茹でる。薄切りだから肉もすぐに茹で上がった。
豚肉のアクを捨てて、残った湯は豚肉の油が浮いている。そこに塩を入れるラズロさん。
「これにはな、ネギと肉の旨味が入ってるからそのまま使うんだぞ」
ふむふむ。
味見をして、足りない味を追加する。
「さて、麺を茹でるか」
ぐらぐらと沸騰してる湯の中に、細切りにした生地を放り込むと、調理用の大きなフォークでぐるぐるとかき回す。
器を二つ用意して、茹で上がった生地──麺だけを掬い上げて、器に入れると、取っておいた豚肉とネギをのせ、さっき作ったスープを上からかけた。
ギルドの店で食べた麺が出来た! こんな風に作るんだ!
「よし、完成だ!」
良い匂い! 美味しそう!
食べる用のフォークを取り出す。
「良い匂いがする」
食堂の入り口にノエルさんとナインさんが立っていた。
「ノエルさん! ナインさん!」
久しぶりに見るナインさんは、前と全然変わってなくて、なんだか安心した。
「おまえら、分かってて来てるんじゃねぇだろうな?」
呆れたように言うと、ラズロさんは出来上がったばかりの麺をノエルさんとナインさんに渡すと、残っていた麺を湯の中に入れて茹で始めた。人数より多いなと思っていたけど、使い切りだ。
「分かってたらもっと早くに来てるよ。
ギルドでしか食べられない麺が食べられるなんて思わなかった。さ、ナイン、食べよう」
「でも、アシュリーとラズロさんの、まだ作ってる」
ラズロさんが手をひらひらとさせて、気にすんな、と答えた。
「麺はとっとと食わねえと伸びるぞ」
「のびる?」
僕も最初、意味が分からなかったんだけど、初めて食べた時、どんどん麺が太くなっていって、スープが減っていって、伸びる、っていうのを知ったんだよね。
「そうそう。ナイン、熱いけど、早く食べないと伸びるからね」
ノエルさんが食べ始める。真似してナインさんも食べ始めるものの、初めて食べる麺をフォークに絡めにくいみたいで、四苦八苦していた。
でも、口に入れた麺は美味しかったみたいで、目をキラキラさせていたから、ラズロさんが笑顔になってた。
自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえると、本当に嬉しくなるんだよね。
「おし、オレ達のも出来たから食べようぜ」
慌てて器とフォークを用意して、僕達も麺を食べた。
つるりとした食感が美味しい。
麺を食べているナインさんと目が合った。
僕が笑いかけると、ナインさんがちょっと照れたように、口をぎゅっと閉じた。
ノエルさんとここに来たって事は、きっともう、大丈夫だって事なんだと思う。
……良かった。
やっと奴隷じゃなくなったのに、前世の記憶でまた、ナインさんが辛い思いをする事にならなくて。
ラズロさんの手が僕の頭を撫でて、ナインさんの頭も撫でた。
「?」
きょとんとしてるナインさんの頭を今度はノエルさんも撫でて、僕の頭も撫でてくれた。
「いっぱい食えよ」
ラズロさんの目が、優しく細められて、ナインさんが戻って来た事を、ラズロさんも喜んでるのが分かって、上手く言えないんだけど、嬉しくなった。
良かった、って思う。




