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生産系の加護なのに冒険者なんてやってられるか!  作者: シャリ・ギン
第一章 ニートになるのは少しの間だけだ。いや、マジで。
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 今日こそは色々片付けて終えてしまいたい、だが起床一番にやるべきことが眼前に広がっている。

 当たり前だが、洗濯は洗濯しただけじゃ終わってはくれない、服が乾けばそれを取り込みモノによっては皺を伸ばした上で綺麗に畳んでタンスに収める必要がある。


 起床直後に知覚させられる終わりが見えない作業量、これが嫌だった。

 何が嫌って、洗濯というこれ一回で終わりじゃなくて無限ループで永遠やり続けなきゃいけない作業であるから鬱になる、寝ぼけた頭にくるんだこれが。

 なら目覚めた直後に視界へ入るような所へ干さなきゃいいだろうとは俺も思う。でもある程度離さないと一晩で乾いてくれない、量が多いから俺の部屋に浸食しないことはまず無い、この二つを改善することが出来なくばこの状況から逃れる事は叶わないだろう。


 あ、いやもうこれで終わりか。

 今回は手伝ってもらった交換条件だったし、もう少ししたら宿舎も出る事になる。

 そうしたらもうこんな量の洗濯に悩まされる事は無くなる。

 そう考えてみれば気分も軽くなるな、よし、さっさと終わらせてしまおう。


 ところで、洗濯物を畳むという行為は剣を振るという行為に似ている。

 どちらもある程度の境地に立てば常人の目に振るわれる手がどういう動きをしているのか理解できない所とか、やろうと思えば幾らでも早く出来るところとか。

 洗濯ものを畳む際には、重力を頼るのさえ速度を落とす要因になり得る。服は持ち上げられれば重力に逆らわず姿勢を正す、俺も最初はそれに頼っていたが確実に増えていく洗濯物の量にそれでは遅いと悟った。

 ではどうするか、重力を置き去りに、服の動きを一切合切手で支配するのだ。

 左手の届く位置に洗濯物の山を作り、横に長い作業台を置く。準備はそんなもんだが、たったこれだけの前準備が作業速度の生死を分ける。

 左手は主に畳む作業を担当する、右手は重力の代わりだ。説明するにも値しない細々とした別の役割もあるが、大まかにはこの二つに分担されている訳だが、前にサーシャが俺の洗濯物を畳むという行為を見た時には肩から先が見えないと言われてしまった。

 これに起因するのはやはり剣術だと言わざるを得ない。

 現代の戦場に置いて戦闘系の加護を持たずに死合う場合には大前提として魔法による強化が必要だが、それでも補えない火力不足には手数でどうにかするしかない。

 その為には右腕と左腕が同じ動きをしていちゃ間に合わない、まあ殆どの冒険者は腕の動きに精密さを求めていなくて何のために腕が二本ついているんだとも思ったが、戦闘系の加護が有ればそれに胡坐をかいていてもやっていけるのだろう。

 例えば、オルカーンバーバリアンという鬼が居る。全長三メートルを超える、鬼にしては小ぶりだが十分過ぎる程巨体のそいつは自分と同じ位の丈のこん棒をまるで木の枝見たいな感覚で振るう化物で、そいつと打ち合う際には奴の適当に振り回されたこん棒に合わせて防御する腕を代えなければミンチになった。両腕で防御とかしてたらジリ貧になるから片方で受け流すようにこん棒の軌道を変えるのだ。

 突きはまず間違いなく武器を一本駄目にした、何せ抜けないのだ。〈生成〉の時間を捻出する為には足で時間を稼ぐしかないが疲労で碌に走れない、場所が森だったから木々と小さい体を利用してどうにかなったが、そんなホイホイ〈生成〉出来ない以上は薄くとも切り結んでいくしかない。

 片腕でこん棒をいなし、その隙に五回は確実に斬り付ける。思えばこの死闘を乗り越えてから洗濯の境地に辿り着いたような気がする。

 器用な立ち回りと素早い手の動き、洗濯物を畳む時間が半分以下になったのは間違いない。


「よし、これで終わりだ」


 綺麗に畳まさった洋服の山に達成感を覚えながら、さっさとそれらをタンスに収容していく。

 あぁ、後場所はタンスに近い場所でやるが吉だぞ、じゃないと持ち運びで地獄を見る。

 一仕事終えた俺が食堂へ降りると、サーシャと目が合った。


「あ、ソリッシュおはっ……つーん」


 どうやらまだ怒っているらしい、擬音を口にして実際に唇を尖らせ顔を逸らした。

 俺はといえば……昨日から別に怒ってはいなかった。いや、バカッシュ呼ばわりには流石に思う所が無いでもなかったが……日を跨ぐ程じゃない。

 さて、仲直りするにはどうすれば……そもそも俺は何でサーシャが怒り出したか今一理解してない訳で、けどそれを言ったら『わたし、おこってます』から『げきおこですからっ』にシフトしてしまう。


「おはよう、サーシャ」

「つーん」

「うりうり」

「あっ。ちょ、あはっ、やめてよソリッシュ!」


 取りあえず挨拶して、わき腹をつついてみた。

 くすぐったそうに身を捩ったサーシャがお盆を盾にして此方を睨む。


「おはようございます、サーシャ?」

「うぐぅ……おはよ、ソリッシュ」

「よい朝だね?」

「……そーですね」

「このまま一日快晴だと嬉しいんだけどな」

「……そーですね」

「サーシャは今日も可愛いなぁ」

「そーで……え? や、えへへー、そんなことないよぉ」


 褒められてにやけるサーシャの頭を優しく撫でながら思う。

 チャンスだと。ちょろいとは思ってない、思ってないのである。


「俺、お腹が空いたからご飯が欲しいなぁ」

「……もーしょうがないソリッシュだなー」

「サーシャと仲直りしたいなぁ」

「……今度お砂糖買う時、割引してくれる?」

「いいよー」


 この場に出してくる条件が割引とか流石過ぎる。

 いや俺は別に砂糖でも塩でもプレゼントでよかったのだけれどね?


「じゃ、ゆるす」

「ん、ありがとよ」


 仲直りの握手を交わしてここに友好が相成った。


「席に座ってて。ご飯直ぐ持ってくるから」

「頼んだ」


 洗濯も終わったし、サーシャとも仲直りした。

 今度こそ、今日という日が始まりそうである。



 ◆◆◆




 ところでお忘れじゃないだろうか、俺が色々ほっぽりだして眠りこけていたことを。

 奇形の窓ガラス、これに関して言えばどんな形であれ貴重なガラスである以上はもう既に無いだろう事は簡単に予想出来る。この街は比較的治安が良いけれど、据え膳を食わない奴はいない訳で、ガラスはその日暮らしの浮浪者の飯のタネになっているだろうことは想像に難しくない。

 そういえば昨日店を出る時に奇形窓ガラスを見かけた覚えが無いしな。問題は店の方、鍵以前に窓枠の為の大きい風穴が空いたままで、盗人入りたい放題状態のまま放置してしまっている。

 一見すればもぬけの殻のような状態であるし、金目のモノなんて置いてないがもしもの事を考えると気分が暗くなる。何かあれば俺の思い出の世界へ土足で踏み込んだことへの報いを徹底的に分からせてやるが、それでも気が晴れる事は無いだろうな。

 ……やめよう、考えるだけで気分が暗くなる。

 兎にも角にも現場を見ない事には始まらず、そこは目前だ。であるなら自分の目で確かめてから落ち込んだ方がよっぽど建築的というものだろう。



 とか、思っていた俺の予想を大いに外れる事態となっていた。

 端的に言って開いた口が塞がらない。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!」


 壁を、赤いインクで描かれた大量の魔法陣が埋め尽くしていた。

 その数は一〇や二〇じゃきかないなだろう、サイズも様々だが、その全てが難解なアリゴリズムで構築されていてなんちゃって魔術師の俺じゃあ辛うじて守護の術式かな、位の事しか分からない。

 が、しかしなんだこれは、何の冗談で誰のいたずらだ。


「ソリッシュじゃありませんか」

「レーナ……まさかこれ、お前の仕業か」


 屋根の上からひょっこり顔を出したのは、実家暮らしの貴族様冒険者、元パーティメンバーのレーナだった。


「私というか、エヴァですね。曰く、防御力が足りないそうですよ?」

「店に防御力を求める奴がいるとでも!?」

「私もそう言いましたが……メツェライ・アオス・ブルフも防げない建物は藁の家も同然だと」

「エヴァァァァ! エヴァは何処だぁぁぁぁ!」


 どこの世界に爆発系最上位魔術に耐えうる店があるっていうんだよ! 魔術障壁の無い要塞なら一撃で消し炭になる大魔術だぞ!

 店の中へ飛び込めば、床一杯に広がる魔法陣、それを今正に完成させたエヴァが居た。


「ソリッシュ、煩いぞ」

「喧しいわ! こりゃあ一体何だ!?」

「この魔法陣は地中からの攻撃へ対する防御、反撃に加えて店全体の形状を魔術的にも維持させる言わば見えざる大黒柱、しかも魔法陣の上二十メートルまでの範囲に入った虫やネズミと言った類の生物と大気中のマナを糧として起動し続ける永続機関で、連続起動には不向きではあるものの、これがあれば例えこの建物がひっくり返っても壊れない私独自の術式」

「いや、そういう事じゃねぇよ!」


 てか機能がぶっ飛びすぎだろ。


「ただ欠点として、それ以外の方法での魔力補給が私以外に不可能。これは魔力の性質が起因しているから改善不可能、だが私はアフターサービスを怠らない。緊急時には魔力供給を約束する」

「誰が補償の話をしたよ! 俺が言いたいのは何で俺の店を魔法陣塗れにしたかって話だ!」

「必要な措置。我々が来た際に不法侵入者を発見、撃滅した際に判断した」

「盗人が居たのか!? てか撃滅って……」

「殺ってはいない。九分九厘殺し」

「それ本当に死んでないのか!?」

「私が治療してタリサが憲兵に突き出しに行きましたから問題ありませんわ」


 屋根から降りて来ただろうレーナが店内に入ってきながら答える。

 絶対に心は大丈夫じゃないとか、後遺症は残ってるけれどとか、口にしてない部分が大いにありそうだが……正直この店に入った時点で同情の余地は無いからざまあみろと思っておく。


「まあそれはいい、何ならありがとうと言いたいくらいだ」

「別に良い。ソリッシュの脇が甘いのは何時もの事だから」

「だがこの魔法陣は別だ!」

「何か問題が?」

「問題しかねぇよ! 誰がこんな赤い魔法陣だらけの店に来たがるってんだ!」


 見れば店内の壁や天井にも殆ど隙間無く魔法陣が描かれている。レーナが屋根に居たって事は屋根もか? こんな怪しい建造物、誰が近づきたいと思うんだよ。


「ソリッシュ」

「あぁ?」

「お前は阿呆か」

「あぁ!?」

「何処の世界に爪を隠さない鷹が居る? この上に塗装して完成に決まってるだろ」

「……はぁ、さいで」


 なんか疲れた。

 言いたい事は山ほどあるのに現場のインパクトに頭が付いていってない。


「ところでお前等……なんでここにいるんだ?」


 洗濯物を畳んでから来たとは言え、まだ午前中だ。恰好からも分かるが護衛依頼を終えて帰って来たその足でそのままここへ来ているのだろう、これは普通におかしい話じゃないか?

 俺の言葉にレーナとエヴァは顔を合わせた後、声を揃えてこう言った。


「「タリサが行くって訊かなかった」」


 ……はぁ、さいで。

 なんか、その光景が容易に想像できる答えだった。

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