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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第5章 湖畔の家

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99.湖畔の家

 いかがですかと言われても、ここまで本格的な家が出来るとは思っていなかったのだ。稜真とアリアは、ただただ呆然としていた。


 伸びている時は緑色だった蔓も、今は茶色くなっている。パッと見には木で作られた家にしか見えない。扉を開けて中をのぞくと、ひと部屋だがそれなりの広さはある。


「うわぁ、すごいね~。ねぇ、稜真! ひと部屋だから、同じ部屋で寝るのは仕方ないよね!」

 うきうきと言うアリアに、稜真はため息をついた。

「……テントがあるから、俺は外で寝るよ」

「え~っ!?」

 同室は駄目だと、何度言えば理解するのだろうか。


「部屋があればいいのですか? そうですね、もう少し手を加えてみましょう」

 シプレは少し考え込むと、改めて小屋に力を注いだ。小屋は、先程よりもふた周り程大きくなった。


 もう1度中をのぞくと、居間と台所が出来ている。奥には扉があり、まだ部屋があるようだ。

「おお~。野営とかキャンプの予定だったのにね。こんな立派な家が出来るなんて、びっくり」

「すごいけど、目立ちすぎじゃないか?」

「この辺りは私とルリさんの力で、結界を張ってありますから、大丈夫ですよ」


 湖が出来たばかりの頃は何もしていなかったので、湖の場所は人間に知られている。冬に眠る前に、シプレと瑠璃が協力して結界を張った。2人が認めた者しか入れない結界である。


「そのせいで、調査に来た人が辿り着けなかったのかぁ」

「原因が分かって良かった…のかな? 報告は出来ないけど、ね」


 ともあれ、住み心地の良さそうな家である。木の温もりを感じる、と言うか、木そのものなのだから。


「稜真。この家は私達しか使わないよね。靴脱いで入りたくない?」

「……確かに」


 この世界は室内で靴を脱がない、西欧風の文化だ。

 それに合わせて生活している稜真だが、夜にベッドに入る時に靴を脱ぐと、ほっとする。眠る時しか靴を脱がないのが、辛く感じる事もあった。

 どうやらアリアもそうだったらしい。


「靴を脱ぐのですか? 私は人の家で暮らした事があるので、その家を参考にしたのですが、靴は履いたままでしたよ?」

 シプレは不思議そうに言った。


「私達が暮らしていた国では、家の中に入る時は靴を脱いでいたのですよ」

 稜真が土間付きの玄関を説明した。



「──こんな感じでしょうか?」

 シプレが力を注ぐと、扉を開けてすぐの場所1メートル四方の植物が退いた。床と地面の高さは30センチ程で、ちょうど良い。

「あ、良い感じ!」


 そこできさらがシプレに話しかけた。

「クォルゥ」

「……分かりました。やってみましょう」

 シプレが扉を閉めて再び家に力を注ぐと、家と入り口の扉がひと回り大きくなった。


「クォン!」

 きさらは前脚で器用に扉を開けて、家の中へ入ろうとする。

「きさら、ちょっと待って」

 稜真は呼び止めた。んん?と、首を傾げてきさらは立ち止まった。


 土間も先ほどより広がっていて、きさらが入っても余裕がある。稜真はきさらの前脚の鉤爪の先から、後ろ脚の肉球まで綺麗に拭いてやった。いいよ、と背を叩くと嬉しそうに中へ上がる。


「シプレさん。きさらはなんて言ったの?」

 アリアが聞いた。

「自分が入れるようにして欲しい、自分の部屋も欲しいと言ったのです」

 きさらは玄関を入って、すぐ右にある部屋の扉を開けている。


「……部屋まで、ですか。無理を言って申し訳ないです」

「1頭だけ外では可哀そうですもの」

 シプレはふふっ、と笑う。


 稜真とアリアも靴を脱いで中へ入った。そらと瑠璃もそれに続く。足の裏に感じる床の感触が心地いい。

 床も壁も見た感じは板に見えるが、近づいてじっくり見ると、少しでこぼこして、蔓が組み上がって出来ているが分かる。


 稜真が壁を観察している間に、他の人はきさらの部屋へ向かった。この部屋の入り口はひときわ大きい。中からは「クォルル~」と、機嫌の良さそうな鳴き声が聞こえて来る。


「うわぉ!」

「すごいですわね」

 アリアと瑠璃がきさらの部屋をのぞき込んで驚いている。

「うふふ、これでよろしかったですか?」

 シプレの問いかけに、きさらの嬉しそうな声が応じた。


 稜真もその部屋をのぞくと、部屋の中には植物で編まれた巨大な鳥の巣が出来ていた。きさらは巣の中央で丸くなって、あちこちを楽しげに整えている。

 巣の端に止まったそらが、興味深げに中をのぞいている。


(もしかしたら、きさらの山の家は、こんな感じだったのかも知れないね)


あるじ! きさらの部屋があるの。嬉しい! 皆と一緒!』

 屋敷でもきさらは厩だったし、寂しかったのだろう。

「良かったね」


 玄関から入った正面の部屋には、石で作られた暖炉がある。暖炉の前の床や、台所の火を使う竈の部分にも石が使われている。シプレによると、地中から蔓で掘り出して使ったのだそうだ。

 広々としたこの部屋なら、食卓を置いて、きさらがくつろいでも余裕がある。台所スペースは、この部屋に隣接して作られていた。


 2つある寝室は、稜真が屋敷で使っている部屋よりも大きい。植物が絡み合って出来たベッドまで置いてあった。


 ここまで大きくなると、もはや小屋ではなく立派な家だ。

 シプレは人の生活に興味を持ち、しばらく町で暮らしていた時期もあったそうだ。それ程長期間でなければ、自分の木から離れても大丈夫なのだと言う。だから台所の構造やベッドの存在も知っていたのだ。


「森番の小屋よりも立派で使いやすいね! 稜真と一緒に寝られないのは残念だけど、瑠璃と一緒に泊まれるもんね。私と一緒に寝ようね~」

 えへへ、と瑠璃を抱きしめるアリア。

「また! アリアったら…」

 文句を言いつつも、瑠璃は照れくさそうにアリアに抱かれていた。


 各部屋に窓があり、明るい日差しが入る。四角くくり抜いただけの穴だが、ここに窓ガラスをはめ込めないものだろうか。

 シプレに聞くと可能だと言う。窓ガラスが入るなら、カーテンも必要だろう。拠点にするなら家具も欲しい。その辺りはアリアと相談だな、と稜真は思った。


 森番の小屋を使う時の為に、稜真は布団一式をアイテムボックスに入れていた。それらをアリアと瑠璃のベッドに敷く。稜真が使うベッドには、とりあえず予備の毛布を何枚か重ねて使う事にした。

 細々と足りない物があるので、明日にでも町で購入しようと思う。


「シプレさん、ありがとうございます。お返しが出来ていないのに、また借りを作ってしまいましたね」

「春はむずむずして、力が溢れて来るのです。女神様の加護を持つ方々に喜んで頂けるのなら、私も嬉しいのですよ」

 そう言われても、何かお返ししなくては心苦しい。

「何か欲しい物はありませんか?」

「欲しい物ですか? …そうですね。人の作るお酒が飲みたいです」


 この世界では、お酒は16歳から飲めるらしい。自分用にも買っておこうか、と稜真は思ったが、12歳のアリアが恨めしそうな顔をするので止めておく。


 瑠璃は家が気になるようで、扉を開けたり閉めたり、家の中を見て回っている。トイレもちゃんと作られていた。

 人の家に慣れているそらが、瑠璃を案内するように付き合っていた。きさらは余程自分の部屋が気に入ったのか、部屋から出て来ない。




 シプレが帰り、稜真とアリアは何を買うか話していた。

「こんなものかなぁ。あとは、お風呂があれば完璧だよね!」

「そこまで行くと、贅沢過ぎるよ」


 そらを肩に乗せた瑠璃が、どこか怖い笑いを浮かべながらやって来た。

「うふふふ。アリア、聞きましたわよ」

 アリアは思わず後ずさりした。

「…な、何をでしょう?」


「暴走して、主を叩きのめしたんですって? 今晩、お風呂の代わりに、私が丸洗いしてあげますわ」

「え!? あの…反省してるから、許して? ね?」

「仕方ないですね」

「ありがとう!」

「前回の半分の時間で勘弁してあげますわ」

「……結局やられるのね」


 アリアはがっくりとうなだれたのである。




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