96.プレゼント
週に1度の休日の度に、稜真はバインズのギルドへ行って、配達依頼を受けた。多少遠くても、きさらならば1日で配達を終えて、屋敷に帰宅するのが可能であり、アイテムボックス持ちの稜真は重宝された。
「そろそろアリアちゃんの外出も許可されるんでしょ? リョウマ君に配達依頼を受けて貰えなくなるのは痛いわぁ」
パメラが残念そうに言う。
「他の依頼とタイミングが合えば、配達依頼も受けますよ」
「そうしてくれると助かるわ。何しろきさらちゃんは、早いですもの」
受付で話していると、エイブがやって来た。
「お? リョウマ、来てたのか。なぁ、時間があったら、手合わせしてくんねぇ?」
「ああいいよ」
こうしてエイブと顔を合わせる事も多い。
その時は今日のように、練習場で手合わせをした。エイブは自分の力不足が痛い程分かっていて、実力を上げたいのだ。稜真にもその気持ちはよく分かるので、出来るだけ付き合っている。
自分がアリアにやられたように、打ち込みを続ける事でエイブの目と反応力を鍛えていた。
稜真の鍛錬にもなるので、木剣ではなく木刀を使っている。初めは受けることすらままならなかったエイブは、今では打ち合えるまでになった。
「リョウマは木刀だと、速さが上がってないか? ま、俺はその方が練習になっていいが」
「そう? 速さは変わらない気がするけどな」
「木刀が細いから、そう感じるだけかね…。アリア様と冒険者活動始めたら、忙しくなるだろうが、たまには俺の相手もしてくれよな」
「いいよ。俺も鍛錬になるからね」
木刀での鍛錬も慣れて来たし、気の使い方もスムーズになった。あとは迅雷を実戦に使うだけだ。
今日も鍛練を終えた稜真は、アイテムボックスに入れた料理を頭に思い浮かべる。
旅の間に重宝したスープストックは料理長に教わって、大量に作っておいた。
この冬の間に、料理長には料理を教わった。甘い菓子の作り方もだ。こちらはエルシーも詳しかった。
稜真はこれまで、パンケーキや蒸しパンくらいしか作れなかったので、瑠璃に何を作ってあげようか迷う程だ。
少なくなってきた食材と調味料を確認して補充し、料理長には、燻製にした肉とソーセージも分けて貰った。お菓子も色々と焼いてある。
汁物料理は多めに作って1人分ずつ容器に入れた。
さすがにパンは焼けないので、町で多めに買って、これもアイテムボックスに入れてある。
他に用意する物はあっただろうか、そう考えながら厨房へ歩いていると、エルシーに呼び止められた。
「リョウマ君、お嬢様がお呼びですよ。お部屋まで来て欲しいそうです」
「分かりました」
「──お呼びですか、お嬢様?」
「うん!」
「何か用事…って、すごいね」
アリアの部屋のテーブルには、果物が乗った白いデコレーションケーキが乗っていたのだ。
「遅くなったけど、稜真! 誕生日おめでとう!」
『おめでと、あるじー』
「ははっ。ありがとう」
「私もケーキ作るの手伝ったんだよ!」
「……アリア…が?」
「何よぉ、その反応。そりゃ、生クリーム泡立てただけだけで、しかもいっぱい失敗したけど…。でも、デコレーションも手伝ったもん」
「あはは…。厨房の惨状が目に浮かぶよ」
──惨状と、料理長の苦労が偲ばれる。
その頃厨房では、料理長とエルシーが大量の分離した生クリームを前にしていた。
「さて、どうしたもんかな……これ」
「どうしましょうねぇ」
アリアに誕生日のケーキを作りたいと相談された料理長は、分量をすべて量った上で、スポンジケーキを作らせてみたが、何度やっても謎の物体が出来るので諦めた。
飾り付けだけしませんか、と提案したのだが、もっと手伝いたいと言うのだ。
考えた末、生クリームの泡立てならば出来るだろうとやらせてみたのだが──。
「どうして、ここまで失敗出来るのか」
料理長はため息をついた。アリアが製作したのは、ぼそぼそに分離した生クリームの山だった。
「私のせいです」
エルシーの声に力がない。付きっきりで教えたのはエルシーなのだ。
生クリームに砂糖を入れてアリアに泡立てさせたら、ガチャガチャとものすごいスピードで泡立て始めた。余りの早さに呆然としていたら、あっという間に生クリームが分離してしまったのだ。
何度やらせてもゆっくり出来ず、エルシーも止めるタイミングが掴めなかった。
もちろんエルシーは、「もっとゆっくり混ぜて下さい」と声をかけたが、その時はゆっくりになっても、すぐまた早くなって分離するのだ。
結局成功する事はなかった。
悩んだ料理長はケーキの飾り付け、フルーツを乗せる作業だけをやらせた。不満げなアリアだったが、気持ちがこもっていればいいのですとエルシーが説得した。
「いや。私もあの早さには驚いた。タイミングを逃しても仕方ないさ」
料理長は、エルシーの頭をクシャッと撫でた。
「え!?」
「あ、わ、悪い!」
料理長は、つい稜真にするのと同じ感覚でやってしまった。
「いえ、あの、大丈夫、です」
エルシーは赤くなっている。
「…お、お嬢様がリョウマ君の為に何かしたいという、そのお気持ちが可愛いですね」
「…そ、そうだな。──さて、飛び散ったクリームを片付けないとな」
作業台だけでなく、床や壁にも飛び散っているのだ。
「掃除は私がやります。料理長は生クリームの利用法を考えて下さいね」
「ああ、頼んだ。考えると言っても、方法は1つしかないが…」
2人はそそくさと作業を始めた。
分離しかかったものは、きっちりと分離するまで泡立て水分を捨て、バタークリームを作る。
(砂糖が入っていなければ、他の料理に使えたんだがな…)
大量に出来たバタークリームで、クッキーやスコーンを焼いてみたが限界がある。大半は、アイテムボックス持ちの稜真に引き取って貰おう、と料理長は思った。
「──それでね稜真…あのね、あの、その…。これ!」
アリアは、綺麗に包装された小さな包みを差し出した。
「開けていい?」
「…うん…」
そっと包みを開けると、白いハンカチが出て来た。
1つの角に大きな赤い薔薇が幾つか咲いている。そこから茎と葉が伸びて、縁をぐるりと彩っていた。茎には所々蕾が付いている。
1つ1つが大き目の図案だ。よく見ると、所々乱れた部分もあるが、以前見せて貰ったてんとう虫から考えたら、格段に上達している。
「あの、ね。てんとう虫はほどいて、やり直したの。だから、これが仕上がった最初の作品なんだけど…。へ、下手だから、本当に下手だから稜真にあげるの、恥ずかしくって…」
「上達しているじゃないか。それにこれはアリアが指を刺して、色々と我慢しながら作った作品だろ? 俺は嬉しいよ」
稜真が笑うと、アリアはなんとも言えない、微妙な表情で頬を染めた。
ケーキを切る前に、そらが歌をプレゼントしてくれた。
『はぴ、ばーすで、つぅ、ゆ』とたどたどしく歌いながら、お尻をふりふり、翼を広げたり閉じたりしながら踊る姿が愛らしい。
「ぷっ…。か、可愛いすぎるんだけど…」
「でしょ? 一緒に練習したんだ。目指したのは幼稚園のお遊戯」
「そんな感じだね」
最後にそらはピシッとポーズを決めた。
『ど? そら、がんばった!』
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
稜真はドヤ顔のそらを抱き上げる。
「振り付け指導をしたって事は、アリアも踊ったんだよね」
稜真はくすっと笑う。きっとお尻をふりふり、手をパタパタさせながら教えたのだろう。
「……見せられる姿じゃないもの。歌だけでも、一緒に歌おうかと思ったんだけどね」
そらだけの方が稜真も喜ぶだろうし、自分でも本番をしっかり見たかった。
「あの可愛い踊りをするアリア…か。やっぱり見たかった」
「見せないもんっだ!」
アリアはそっぽを向いた。
気を取り直したアリアがケーキを切り分け、稜真が紅茶を入れた。そしてケーキを美味しく頂いた。
デコレーションケーキは、まだ半分以上残っている。
「アイテムボックスに入れておくよ。きさらと瑠璃にも食べさせてあげたいな。──アリア、美味しかった。ありがとね」
そらはお腹もふくれ踊り疲れたのか、止まり木でウトウトしている。
ケーキを片付けたのに、まだ甘い匂いがする。不思議に思った稜真が匂いを辿ると、アリアから香っている。稜真はアリアの隣に移動した。
「どうしたの?」
「……うん、ちょっと気になって、ね…」
不思議そうに稜真を見るアリアは、髪を緩く1つに束ねている。その髪と首筋から甘い匂いがする。
稜真は手を伸ばして髪をほどくと、ひと束手に取って匂いを確かめた。
「な、な、何~!?」
アリアはわたわたと逃げようとしたが、稜真はその手を捕まえ、髪をよけて首元に顔を寄せる。
「はわわわわわ!? …り、稜真ぁ…なんなの…?」
アリアは稜真が来る前に、生クリームが飛んだ服を着替えて、顔と手を洗った。だが、髪と首に飛んだ分は気付かなかったのだ。自分の為に一生懸命に作って、色々と準備してくれた姿を思うと、稜真は嬉しくなった。
稜真はそっと、アリアの首筋を撫でた。
「ひゃん!?」
「ほら。クリームが付いていたよ。全身から甘い匂いを漂わせて、困ったお嬢様だね」
「……そんな色気の籠もった声で言わないでよぉ」
「色気? 籠めたつもり、なかったんだけど」
何かお礼がしたいな、そう思っていた所へそんな事を言われ、悪戯心がくすぐられた。
「それじゃ、せっかくだしリクエストに応えようかな」
「リ、リクエストなんてしてないよ!?」
にっと笑い指を舐める稜真に、アリアは期待感よりも恐怖を覚えた。
「──それではお嬢様。失礼します」
テーブルを綺麗に片付けた稜真は、一礼して部屋を出た。
あとには、のぼせてぐったりとしたアリアが残されたのである。
誤字報告ありがとうございます。




