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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第4章 休息

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 週に1度の休日の度に、稜真はバインズのギルドへ行って、配達依頼を受けた。多少遠くても、きさらならば1日で配達を終えて、屋敷に帰宅するのが可能であり、アイテムボックス持ちの稜真は重宝された。


「そろそろアリアちゃんの外出も許可されるんでしょ? リョウマ君に配達依頼を受けて貰えなくなるのは痛いわぁ」

 パメラが残念そうに言う。

「他の依頼とタイミングが合えば、配達依頼も受けますよ」

「そうしてくれると助かるわ。何しろきさらちゃんは、早いですもの」


 受付で話していると、エイブがやって来た。

「お? リョウマ、来てたのか。なぁ、時間があったら、手合わせしてくんねぇ?」

「ああいいよ」


 こうしてエイブと顔を合わせる事も多い。

 その時は今日のように、練習場で手合わせをした。エイブは自分の力不足が痛い程分かっていて、実力を上げたいのだ。稜真にもその気持ちはよく分かるので、出来るだけ付き合っている。

 自分がアリアにやられたように、打ち込みを続ける事でエイブの目と反応力を鍛えていた。


 稜真の鍛錬にもなるので、木剣ではなく木刀を使っている。初めは受けることすらままならなかったエイブは、今では打ち合えるまでになった。


「リョウマは木刀だと、速さが上がってないか? ま、俺はその方が練習になっていいが」

「そう? 速さは変わらない気がするけどな」

「木刀が細いから、そう感じるだけかね…。アリア様と冒険者活動始めたら、忙しくなるだろうが、たまには俺の相手もしてくれよな」

「いいよ。俺も鍛錬になるからね」


 木刀での鍛錬も慣れて来たし、気の使い方もスムーズになった。あとは迅雷を実戦に使うだけだ。






 今日も鍛練を終えた稜真は、アイテムボックスに入れた料理を頭に思い浮かべる。


 旅の間に重宝したスープストックは料理長に教わって、大量に作っておいた。

 この冬の間に、料理長には料理を教わった。甘い菓子の作り方もだ。こちらはエルシーも詳しかった。

 稜真はこれまで、パンケーキや蒸しパンくらいしか作れなかったので、瑠璃に何を作ってあげようか迷う程だ。


 少なくなってきた食材と調味料を確認して補充し、料理長には、燻製にした肉とソーセージも分けて貰った。お菓子も色々と焼いてある。

 汁物料理は多めに作って1人分ずつ容器に入れた。

 さすがにパンは焼けないので、町で多めに買って、これもアイテムボックスに入れてある。

 他に用意する物はあっただろうか、そう考えながら厨房へ歩いていると、エルシーに呼び止められた。


「リョウマ君、お嬢様がお呼びですよ。お部屋まで来て欲しいそうです」

「分かりました」





「──お呼びですか、お嬢様?」

「うん!」

「何か用事…って、すごいね」


 アリアの部屋のテーブルには、果物が乗った白いデコレーションケーキが乗っていたのだ。


「遅くなったけど、稜真! 誕生日おめでとう!」

『おめでと、あるじー』

「ははっ。ありがとう」

「私もケーキ作るの手伝ったんだよ!」

「……アリア…が?」

「何よぉ、その反応。そりゃ、生クリーム泡立てただけだけで、しかもいっぱい失敗したけど…。でも、デコレーションも手伝ったもん」

「あはは…。厨房の惨状が目に浮かぶよ」


 ──惨状と、料理長の苦労が偲ばれる。




 その頃厨房では、料理長とエルシーが大量の分離した生クリームを前にしていた。

「さて、どうしたもんかな……これ」

「どうしましょうねぇ」


 アリアに誕生日のケーキを作りたいと相談された料理長は、分量をすべて量った上で、スポンジケーキを作らせてみたが、何度やっても謎の物体が出来るので諦めた。

 飾り付けだけしませんか、と提案したのだが、もっと手伝いたいと言うのだ。

 考えた末、生クリームの泡立てならば出来るだろうとやらせてみたのだが──。


「どうして、ここまで失敗出来るのか」

 料理長はため息をついた。アリアが製作したのは、ぼそぼそに分離した生クリームの山だった。


「私のせいです」

 エルシーの声に力がない。付きっきりで教えたのはエルシーなのだ。


 生クリームに砂糖を入れてアリアに泡立てさせたら、ガチャガチャとものすごいスピードで泡立て始めた。余りの早さに呆然としていたら、あっという間に生クリームが分離してしまったのだ。

 何度やらせてもゆっくり出来ず、エルシーも止めるタイミングが掴めなかった。

 もちろんエルシーは、「もっとゆっくり混ぜて下さい」と声をかけたが、その時はゆっくりになっても、すぐまた早くなって分離するのだ。


 結局成功する事はなかった。


 悩んだ料理長はケーキの飾り付け、フルーツを乗せる作業だけをやらせた。不満げなアリアだったが、気持ちがこもっていればいいのですとエルシーが説得した。


「いや。私もあの早さには驚いた。タイミングを逃しても仕方ないさ」

 料理長は、エルシーの頭をクシャッと撫でた。


「え!?」

「あ、わ、悪い!」

 料理長は、つい稜真にするのと同じ感覚でやってしまった。

「いえ、あの、大丈夫、です」

 エルシーは赤くなっている。


「…お、お嬢様がリョウマ君の為に何かしたいという、そのお気持ちが可愛いですね」

「…そ、そうだな。──さて、飛び散ったクリームを片付けないとな」

 作業台だけでなく、床や壁にも飛び散っているのだ。


「掃除は私がやります。料理長は生クリームの利用法を考えて下さいね」

「ああ、頼んだ。考えると言っても、方法は1つしかないが…」

 2人はそそくさと作業を始めた。


 分離しかかったものは、きっちりと分離するまで泡立て水分を捨て、バタークリームを作る。


(砂糖が入っていなければ、他の料理に使えたんだがな…)


 大量に出来たバタークリームで、クッキーやスコーンを焼いてみたが限界がある。大半は、アイテムボックス持ちの稜真に引き取って貰おう、と料理長は思った。






「──それでね稜真…あのね、あの、その…。これ!」

 アリアは、綺麗に包装された小さな包みを差し出した。

「開けていい?」

「…うん…」


 そっと包みを開けると、白いハンカチが出て来た。

 1つの角に大きな赤い薔薇が幾つか咲いている。そこから茎と葉が伸びて、ふちをぐるりと彩っていた。茎には所々蕾が付いている。

 1つ1つが大き目の図案だ。よく見ると、所々乱れた部分もあるが、以前見せて貰ったてんとう虫から考えたら、格段に上達している。


「あの、ね。てんとう虫はほどいて、やり直したの。だから、これが仕上がった最初の作品なんだけど…。へ、下手だから、本当に下手だから稜真にあげるの、恥ずかしくって…」

「上達しているじゃないか。それにこれはアリアが指を刺して、色々と我慢しながら作った作品だろ? 俺は嬉しいよ」

 稜真が笑うと、アリアはなんとも言えない、微妙な表情で頬を染めた。



 ケーキを切る前に、そらが歌をプレゼントしてくれた。

『はぴ、ばーすで、つぅ、ゆ』とたどたどしく歌いながら、お尻をふりふり、翼を広げたり閉じたりしながら踊る姿が愛らしい。


「ぷっ…。か、可愛いすぎるんだけど…」

「でしょ? 一緒に練習したんだ。目指したのは幼稚園のお遊戯」

「そんな感じだね」


 最後にそらはピシッとポーズを決めた。

『ど? そら、がんばった!』

「ありがとう。すごく嬉しいよ」

 稜真はドヤ顔のそらを抱き上げる。


「振り付け指導をしたって事は、アリアも踊ったんだよね」

 稜真はくすっと笑う。きっとお尻をふりふり、手をパタパタさせながら教えたのだろう。


「……見せられる姿じゃないもの。歌だけでも、一緒に歌おうかと思ったんだけどね」

 そらだけの方が稜真も喜ぶだろうし、自分でも本番をしっかり見たかった。


「あの可愛い踊りをするアリア…か。やっぱり見たかった」

「見せないもんっだ!」

 アリアはそっぽを向いた。


 気を取り直したアリアがケーキを切り分け、稜真が紅茶を入れた。そしてケーキを美味しく頂いた。




 デコレーションケーキは、まだ半分以上残っている。

「アイテムボックスに入れておくよ。きさらと瑠璃にも食べさせてあげたいな。──アリア、美味しかった。ありがとね」

 そらはお腹もふくれ踊り疲れたのか、止まり木でウトウトしている。


 ケーキを片付けたのに、まだ甘い匂いがする。不思議に思った稜真が匂いを辿ると、アリアから香っている。稜真はアリアの隣に移動した。


「どうしたの?」

「……うん、ちょっと気になって、ね…」

 不思議そうに稜真を見るアリアは、髪を緩く1つに束ねている。その髪と首筋から甘い匂いがする。


 稜真は手を伸ばして髪をほどくと、ひと束手に取って匂いを確かめた。

「な、な、何~!?」

 アリアはわたわたと逃げようとしたが、稜真はその手を捕まえ、髪をよけて首元に顔を寄せる。

「はわわわわわ!? …り、稜真ぁ…なんなの…?」


 アリアは稜真が来る前に、生クリームが飛んだ服を着替えて、顔と手を洗った。だが、髪と首に飛んだ分は気付かなかったのだ。自分の為に一生懸命に作って、色々と準備してくれた姿を思うと、稜真は嬉しくなった。


 稜真はそっと、アリアの首筋を撫でた。

「ひゃん!?」

「ほら。クリームが付いていたよ。全身から甘い匂いを漂わせて、困ったお嬢様だね」

「……そんな色気の籠もった声で言わないでよぉ」

「色気? 籠めたつもり、なかったんだけど」


 何かお礼がしたいな、そう思っていた所へそんな事を言われ、悪戯心がくすぐられた。


「それじゃ、せっかくだしリクエストに応えようかな」

「リ、リクエストなんてしてないよ!?」


 にっと笑い指を舐める稜真に、アリアは期待感よりも恐怖を覚えた。




「──それではお嬢様。失礼します」

 テーブルを綺麗に片付けた稜真は、一礼して部屋を出た。


 あとには、のぼせてぐったりとしたアリアが残されたのである。



誤字報告ありがとうございます。


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