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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第4章 休息

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91.1人での依頼 後編

 村の入り口には、大きな猪を咥えて得意げな表情のきさらと、背中に乗ったそら。そして遠巻きに見ている村人達がいた。


 きさらは自分の体とほとんど変わらない、大きな猪を獲って来たのだ。ずるずると引きずって、稜真の所へ運んで来る。器用にも、片腕には氷の塊を掴んでいた。


『主、お肉穫って来た!』

「ああ、ありがとう。それで、その氷の塊は何かな?」

 氷の中に、ウサギが閉じこめられているのが見える。


『そらが、とったー!』

 胸を張ってドヤ顔をするそらが可愛い。

「そらもきさらも、偉いね」

『おにく、ないって、きいたの』

 そらはどうやら、子供達に聞いたらしい。稜真は褒めてやりながら、背後で引いている村人のフォローに頭を悩ませていた。そらがどうやって凍らせたか気になるが後回しだ。


(さてと、どうしたものかな…)


「さすがはグリフォンだなぁ。それはきさらの食事なのか?」

 エイブが聞いた。

「いや。きさらはどちらかと言うと野菜が好きだから。これは村に肉がないと聞いて、穫って来たんだって。ウサギはそらが獲った」


「すげえな。──お~い、じいちゃん! これ、そらときさらが、村の皆に獲って来てくれたんだってよ!」

 エイブが氷の塊を掲げる。集まった中に村長もいたのだ。

「ほうほう。さすがはアリア様んとこの従魔じゃのぅ。ありがたいのぅ」


(……うわぁ、きさらにも飛び火したよ)


 『アリア様だから』、『アリア様の従者だから』に、『アリア様の所の従魔だから』が追加された。


 村人の空気が和らいだ。きさらは、グッと頭で猪を村人へと押しやった。

「全部頂いても良いのですかいの?」

 稜真は生活魔法の応用で、氷を溶かした。

「どうぞ」

 稜真は村長にウサギを手渡した。

「村の人に喜んで貰えたら、この子達も嬉しいでしょう」

「ありがたいのぅ」


「そらときさら、すごいね!」

「ありがとう!」

 子供達は口々に言いながら、そらときさらを囲んだ。村では塩漬けの肉も残り少なくなり、新鮮な肉は久しぶりだ。大人達の顔も明るい。


「そんでな? リョウマのグリフォンは、野菜が好きなんだってよ」

 集まった村人達にエイブが説明している。子供達と戯れる様子を見て、怖がる人はいなくなっていた。

「グリフォンが野菜かい? 変わってるねぇ。大根でもいいんかね?」

 そう聞いて来たのは、小柄な老婆。


「クォルルルゥ!」

 それを聞いたきさらは、歌うような機嫌のいい声で鳴いた。稜真は答えた。

「大根大好きと言っています」

「そっちの青い子は、何が好きなんだね?」

「この子は、木の実とか果物ですね」

「そんなら村にもあるさ。後でお出ししようね」


 村人が手分けして解体作業に入る。作業場までは、きさらが運んで行った。


 今日は村長の家で、遅ればせながら、年越しと新年の祝いの宴が開かれる。稜真も参加して欲しいと言われた。

 きさらが泊まるのは、村長の厩だ。稜真はきさらを連れて馬に挨拶に行く。最初は怖がられたが、稜真が馬を撫でながら話しかけると、いつものように警戒を解いてくれたのだった。




 この村には自然の温泉が湧いており、男女交代に入浴している。今は雪下ろしをねぎらい、稜真とエイブの時間にしてくれた。


「兄ちゃん! 一緒に入ろうぜ!」

 子供達も汗をかいて手伝ったのだ。まだ男女を構わない年齢なので、一緒に入る事にした。


「なぁ、エイブ。きさらも連れているけど、いいのか?」

 子供達が、そらときさらも連れて来たのだ。そらは小さいから、桶での入浴も可能だろうが、きさらの巨体をどうするのか。

「んぁ? いいんじゃねえか。この温泉、たまに熊や鹿も入りに来てるしな。温泉に来る動物は、手出し無用がルールなんだ」

「……熊」


 小さな村にあるとは思えない程、大きな温泉だった。きさらと熊が入っても大丈夫な程に。

 子供達がきさらを泡立て、洗ってくれている。きさらを洗っているのか、きさらで洗っているのか。どちらも泡だらけで、ぱっと見、どうなっているのか分からない。きゃあきゃあ、と楽しそうだ。


 そらも女の子に捕まって、泡まみれにされていた。

「クルッ!?」

 そらの悲鳴が聞こえたが、洗っている女の子の手つきは優しい。そらも途中からは、気持ち良さ気になっていた。


 そらときさらは子供達に任せ、こちらも体を洗う。

「うわ! エイブ兄ちゃん、どうしたの? いっぱい痣が出来てるよ!」

「おおっ、そこら中に出来ているなぁ」

 エイブは、自分の体をあちこち確認しながら笑う。幾つかは稜真がつけた痣だ。


「……悪いな」

「リョウマのせいじゃない。俺が悪いんだからな。それにしても、お前はあんだけやってて、痣1つないな。やっぱり腕の差か…。かぁー! 俺ももっと頑張らねえとな!」


 稜真は疲れて力尽きただけだった。エイブは稜真の剣を何度も受け、アリアの攻撃の余波も貰っていた。

「温泉にゆっくり浸かろうぜ。明日も雪下ろしがあるからな」

「……そうだな。ハードな1日だったよ」

 午前中のギルドでの出来事もそうだが、雪下ろしは鍛錬とはまた違い、普段使わない筋肉を使った。筋肉痛になりそうな予感がする。



「はぁー」

 肩まで浸かると、思わず声が漏れた。

 やはり温泉は格別である。前回稜真が入ったのは、ドラゴンと一緒の温泉だ。──嫌な記憶には蓋をする。


 ぷかぷかとお腹を出して、稜真の前に流れて来たのはそらだ。まるでラッコのように浮いている。

「器用だね、そら」

 稜真が指でちょん、と突くとすい~っと移動する。


 きさらは普通に浸かっているが、背中に何人も子供達が乗っている。

「こら、お前ら。きさらに乗ってたら、お湯に浸ってないだろうが! ちゃんとあったまれよ!」


「「「は~い」」」

 子供達はきさらから滑り降りて、バシャン、と湯に入った。

「クウッ!?」

 その勢いで湯が波打ち、そらが沈みかけたので、稜真は慌てて捕まえた。


 ほっと息をつき、もう1度そらを湯に浮かべた。髪が顔にかかったので、かきあげる。

「リョウマは髪伸ばすのか? 邪魔じゃね?」

「邪魔だよ。切ろうと思っているんだけど、機会を逃していてさ」

「リョウマお兄ちゃん、髪の毛切るの? 今の長さも似合ってるのに」

「隙あらば、俺にリボンを結ぼうと狙っている人がいるんだよね…」

「それってアリア様? リョウマお兄ちゃんにリボン結んだら、女の子に見えちゃうよね!」

「……やっぱり、誰が見てもそうなの?」


 へこむ稜真を元気づけようと、エイブが背中を叩いた。

「見た目よりも中身だろ! リョウマの中身は男らしいじゃねえか。俺よりもうんと強いんだからよ!」

「見た目よりも…? エイブも、見た目は女の子に見えるとか、思ってる?」

「そんな事ないぞ! まぁ、リボンが似合いそうだとは思うが…」

「……………」

「リョウマ兄ちゃん、俺の母さんが髪切るの上手だから、頼んでやるって! 髪切れば、男らしく見えるから、な?」

 ポンポン、と肩を叩かれた。小さな男の子に慰められ、稜真は落ち込む。

「そうしてくれる? お願い…」




「──さらさらした髪だね。伸ばしても似合いそうなのに、もったいない」

 約束通り、男の子が母親に頼んでくれた。お腹が大きな母親は、今年は出稼ぎに行かなかったのだ。他にも小さな子供を持つ母親や年寄りの女性が、宴の準備を手伝っている。


「母さん。リョウマ兄ちゃんを格好良くしてやってよ、な?」

「はいはい」

 男の子の母親は、稜真の髪を手早くさっぱりとさせてくれた。

「ありがとうございました」


「おっ? リョウマ。さっぱりしたじゃねぇか。それなら、女の子には見えねぇぞ」

「大丈夫! リョウマお兄ちゃん、格好良くなったよ!」

 子供達とエイブが口々に言ってくれるのを、なんとも複雑な思いで聞く稜真である。




 村長宅の広間は、村人の話し合いやお祝いで使われるように、大きく作られていた。全員が床に座り、料理を囲むように座る。

「リョウマさんのお陰で荷が届き、肉まで用意して下さった。遅くなったが新年の祝いじゃ。皆、楽しんでおくれ」

 村長の言葉で宴が始まった。


 宴では、猪肉を使った料理が色々と出された。もちろん、そらが穫ったウサギ料理もある。稜真が運んだ酒やお菓子、果物も出された。

 艶々ふわふわになった、そらときさらも特別に参加させてくれた。肉を穫って来てくれた功労者だから、と。すっかり懐いた子供達が離さないせいでもあるのだが。


 きさらは山盛りの大根や蕪を貰って、ご機嫌である。前脚で掴んで器用に食べる様子を、村人達が微笑ましそうに見る。

「本当に野菜好きなのですね」

 そらは果物や木の実を貰っている。稜真は堅い殻の木の実を割ってやる。

「クルルゥ」と、そらもご機嫌だ。




 宴も終わり、遊び疲れた子供達は家に帰った。きさらを厩へ連れて行くと、稜真は寝室へあがった。

 そらが眠る場所は、稜真が借りた寝室のベッドサイドだ。

 そら用の籠ベッドをアイテムボックスから取り出す。成鳥になったそらには、少し小さいように見えるが、すっぽりとはまるのが気に入っているようだ。気に入っているのは、稜真手作りのクッションのせいかも知れないが。

 もう少し大きくなったら、新しく用意しようと考えている。




 温泉に入ったお陰か、稜真は筋肉痛にならずに目が覚めた。

 雪降ろし作業を始めると、きさらの活躍で午前中に終わったのだ。お昼を頂いて、さて帰ろうかと考え始めた所に子供達がやって来た。


「リョウマ兄ちゃん! そらときさらと遊んでいい?」

 時間に余裕はある。

「きさら。子供達が遊んで欲しいんだってさ」

『うん。きさらも遊びたい!』

「人間の子供だからね? 俺と遊ぶ時みたいにしちゃ駄目だよ?」

『分かってる。兄妹みたいにしない。そっと遊ぶ』

『だいじょぶ、そらも、いっしょ』


「いいよ、遊んでやって」

「わ~い!」

 子供達がきさらに群がった。

 よじ登ったり、抱きついたり、挙げ句の果てには尻尾を引っ張ったり。見ている大人達はハラハラしている。


 大きな雪玉を作って、きさらの顔にえいっ、とぶつけた子がいた。

 さすがに怒るだろう、と青ざめた大人は子供達を連れ戻そうと身構えたが、きさらは全く気にしなかった。ぶんぶんと首を振るとついた雪が周りに飛んで、子供達にかかる。

「きゃあ!」と、かかった子供達は歓声をあげた。

「クォルルゥ~」

 喜ぶ子供達を見たきさらは、ふわふわの雪に頭を突っ込むと、子供達に向けて首を振った。


 子供達に雪がかかり、雪合戦へ突入する。きさらに掛けられて雪まみれになった子供達は、団結してきさらに雪玉を投げる。雪玉で雪まみれになったきさらが体を振り、その雪が子供達にかかる。また子供達が雪玉を投げる。

 それを繰り返して、お互いに楽しそうだ。そらも参戦していて、子供が投げた雪玉を空中でキャッチして、空から子供に投下している。

 そらに投げられた雪玉は器用に避けるが、きさらからの雪は避けきれず、そらも雪まみれになった。



「何されても怒らねぇよなぁ、あいつ等。主人に似てるぜ。強いのにどこかボケッとして、優しい所がな」

「ボケッとしてとは失礼な。それに優しいって──」

「優しいというか、お人好しだな。絡んだ俺なんかをグリフォンに乗せて、村に連れて来てくれんだからな」

「そんな事言ったらエイブだって、見ず知らずの俺をおじいさんの家に泊めてくれたじゃないか。俺に絡んだ理由だって、アリアを心配して、だろ? 悪く思える筈がない」

「そんな風に考える所がお人好しなんだよ。それに、お前見てたら信用出来るに決まってるさ」

 笑顔で言わると照れくさい。


「ありがとな。でもさ。エイブがいてくれて、俺も助かったよ。きさら達が受け入れて貰えたのは、エイブのお陰だ」

「なんでもないさ」

 そう言ったエイブの顔に、雪玉がぶつかった。

「ぶわっ!?」

「エイブ兄ちゃんもやろうよ!」

「よぉっし! お前等覚悟しろよ!!」


 稜真とエイブも子供達に混じり、2時間程遊んだのである。




 名残を惜しんでくれる子供達に別れを告げる。

「エイブはどうする? 村に残るか?」

「いや、雪下ろしも終わったし、ギルドで依頼を受けたいからな。──また乗せて貰ってもいいか?」

「いいよ。それじゃ、行こうか」


 見送る村人と子供達に手を振り、飛び立った。

 そらは遊び疲れたのか、稜真の手綱を握る手の間に入り、眠っている。


『主、楽しかった。また遊びに来たい』

「そうだね。来年も依頼を受けようか」

「そん時は、俺も誘ってくれ」

「ああ、こちらこそ頼むよ」


 結局1人で受けた依頼ではなくなったが、楽しく有意義な休日になったのである。




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