91.1人での依頼 後編
村の入り口には、大きな猪を咥えて得意げな表情のきさらと、背中に乗ったそら。そして遠巻きに見ている村人達がいた。
きさらは自分の体とほとんど変わらない、大きな猪を獲って来たのだ。ずるずると引きずって、稜真の所へ運んで来る。器用にも、片腕には氷の塊を掴んでいた。
『主、お肉穫って来た!』
「ああ、ありがとう。それで、その氷の塊は何かな?」
氷の中に、ウサギが閉じこめられているのが見える。
『そらが、とったー!』
胸を張ってドヤ顔をするそらが可愛い。
「そらもきさらも、偉いね」
『おにく、ないって、きいたの』
そらはどうやら、子供達に聞いたらしい。稜真は褒めてやりながら、背後で引いている村人のフォローに頭を悩ませていた。そらがどうやって凍らせたか気になるが後回しだ。
(さてと、どうしたものかな…)
「さすがはグリフォンだなぁ。それはきさらの食事なのか?」
エイブが聞いた。
「いや。きさらはどちらかと言うと野菜が好きだから。これは村に肉がないと聞いて、穫って来たんだって。ウサギはそらが獲った」
「すげえな。──お~い、じいちゃん! これ、そらときさらが、村の皆に獲って来てくれたんだってよ!」
エイブが氷の塊を掲げる。集まった中に村長もいたのだ。
「ほうほう。さすがはアリア様んとこの従魔じゃのぅ。ありがたいのぅ」
(……うわぁ、きさらにも飛び火したよ)
『アリア様だから』、『アリア様の従者だから』に、『アリア様の所の従魔だから』が追加された。
村人の空気が和らいだ。きさらは、グッと頭で猪を村人へと押しやった。
「全部頂いても良いのですかいの?」
稜真は生活魔法の応用で、氷を溶かした。
「どうぞ」
稜真は村長にウサギを手渡した。
「村の人に喜んで貰えたら、この子達も嬉しいでしょう」
「ありがたいのぅ」
「そらときさら、すごいね!」
「ありがとう!」
子供達は口々に言いながら、そらときさらを囲んだ。村では塩漬けの肉も残り少なくなり、新鮮な肉は久しぶりだ。大人達の顔も明るい。
「そんでな? リョウマのグリフォンは、野菜が好きなんだってよ」
集まった村人達にエイブが説明している。子供達と戯れる様子を見て、怖がる人はいなくなっていた。
「グリフォンが野菜かい? 変わってるねぇ。大根でもいいんかね?」
そう聞いて来たのは、小柄な老婆。
「クォルルルゥ!」
それを聞いたきさらは、歌うような機嫌のいい声で鳴いた。稜真は答えた。
「大根大好きと言っています」
「そっちの青い子は、何が好きなんだね?」
「この子は、木の実とか果物ですね」
「そんなら村にもあるさ。後でお出ししようね」
村人が手分けして解体作業に入る。作業場までは、きさらが運んで行った。
今日は村長の家で、遅ればせながら、年越しと新年の祝いの宴が開かれる。稜真も参加して欲しいと言われた。
きさらが泊まるのは、村長の厩だ。稜真はきさらを連れて馬に挨拶に行く。最初は怖がられたが、稜真が馬を撫でながら話しかけると、いつものように警戒を解いてくれたのだった。
この村には自然の温泉が湧いており、男女交代に入浴している。今は雪下ろしをねぎらい、稜真とエイブの時間にしてくれた。
「兄ちゃん! 一緒に入ろうぜ!」
子供達も汗をかいて手伝ったのだ。まだ男女を構わない年齢なので、一緒に入る事にした。
「なぁ、エイブ。きさらも連れているけど、いいのか?」
子供達が、そらときさらも連れて来たのだ。そらは小さいから、桶での入浴も可能だろうが、きさらの巨体をどうするのか。
「んぁ? いいんじゃねえか。この温泉、たまに熊や鹿も入りに来てるしな。温泉に来る動物は、手出し無用がルールなんだ」
「……熊」
小さな村にあるとは思えない程、大きな温泉だった。きさらと熊が入っても大丈夫な程に。
子供達がきさらを泡立て、洗ってくれている。きさらを洗っているのか、きさらで洗っているのか。どちらも泡だらけで、ぱっと見、どうなっているのか分からない。きゃあきゃあ、と楽しそうだ。
そらも女の子に捕まって、泡まみれにされていた。
「クルッ!?」
そらの悲鳴が聞こえたが、洗っている女の子の手つきは優しい。そらも途中からは、気持ち良さ気になっていた。
そらときさらは子供達に任せ、こちらも体を洗う。
「うわ! エイブ兄ちゃん、どうしたの? いっぱい痣が出来てるよ!」
「おおっ、そこら中に出来ているなぁ」
エイブは、自分の体をあちこち確認しながら笑う。幾つかは稜真がつけた痣だ。
「……悪いな」
「リョウマのせいじゃない。俺が悪いんだからな。それにしても、お前はあんだけやってて、痣1つないな。やっぱり腕の差か…。かぁー! 俺ももっと頑張らねえとな!」
稜真は疲れて力尽きただけだった。エイブは稜真の剣を何度も受け、アリアの攻撃の余波も貰っていた。
「温泉にゆっくり浸かろうぜ。明日も雪下ろしがあるからな」
「……そうだな。ハードな1日だったよ」
午前中のギルドでの出来事もそうだが、雪下ろしは鍛錬とはまた違い、普段使わない筋肉を使った。筋肉痛になりそうな予感がする。
「はぁー」
肩まで浸かると、思わず声が漏れた。
やはり温泉は格別である。前回稜真が入ったのは、ドラゴンと一緒の温泉だ。──嫌な記憶には蓋をする。
ぷかぷかとお腹を出して、稜真の前に流れて来たのはそらだ。まるでラッコのように浮いている。
「器用だね、そら」
稜真が指でちょん、と突くとすい~っと移動する。
きさらは普通に浸かっているが、背中に何人も子供達が乗っている。
「こら、お前ら。きさらに乗ってたら、お湯に浸ってないだろうが! ちゃんとあったまれよ!」
「「「は~い」」」
子供達はきさらから滑り降りて、バシャン、と湯に入った。
「クウッ!?」
その勢いで湯が波打ち、そらが沈みかけたので、稜真は慌てて捕まえた。
ほっと息をつき、もう1度そらを湯に浮かべた。髪が顔にかかったので、かきあげる。
「リョウマは髪伸ばすのか? 邪魔じゃね?」
「邪魔だよ。切ろうと思っているんだけど、機会を逃していてさ」
「リョウマお兄ちゃん、髪の毛切るの? 今の長さも似合ってるのに」
「隙あらば、俺にリボンを結ぼうと狙っている人がいるんだよね…」
「それってアリア様? リョウマお兄ちゃんにリボン結んだら、女の子に見えちゃうよね!」
「……やっぱり、誰が見てもそうなの?」
へこむ稜真を元気づけようと、エイブが背中を叩いた。
「見た目よりも中身だろ! リョウマの中身は男らしいじゃねえか。俺よりもうんと強いんだからよ!」
「見た目よりも…? エイブも、見た目は女の子に見えるとか、思ってる?」
「そんな事ないぞ! まぁ、リボンが似合いそうだとは思うが…」
「……………」
「リョウマ兄ちゃん、俺の母さんが髪切るの上手だから、頼んでやるって! 髪切れば、男らしく見えるから、な?」
ポンポン、と肩を叩かれた。小さな男の子に慰められ、稜真は落ち込む。
「そうしてくれる? お願い…」
「──さらさらした髪だね。伸ばしても似合いそうなのに、もったいない」
約束通り、男の子が母親に頼んでくれた。お腹が大きな母親は、今年は出稼ぎに行かなかったのだ。他にも小さな子供を持つ母親や年寄りの女性が、宴の準備を手伝っている。
「母さん。リョウマ兄ちゃんを格好良くしてやってよ、な?」
「はいはい」
男の子の母親は、稜真の髪を手早くさっぱりとさせてくれた。
「ありがとうございました」
「おっ? リョウマ。さっぱりしたじゃねぇか。それなら、女の子には見えねぇぞ」
「大丈夫! リョウマお兄ちゃん、格好良くなったよ!」
子供達とエイブが口々に言ってくれるのを、なんとも複雑な思いで聞く稜真である。
村長宅の広間は、村人の話し合いやお祝いで使われるように、大きく作られていた。全員が床に座り、料理を囲むように座る。
「リョウマさんのお陰で荷が届き、肉まで用意して下さった。遅くなったが新年の祝いじゃ。皆、楽しんでおくれ」
村長の言葉で宴が始まった。
宴では、猪肉を使った料理が色々と出された。もちろん、そらが穫ったウサギ料理もある。稜真が運んだ酒やお菓子、果物も出された。
艶々ふわふわになった、そらときさらも特別に参加させてくれた。肉を穫って来てくれた功労者だから、と。すっかり懐いた子供達が離さないせいでもあるのだが。
きさらは山盛りの大根や蕪を貰って、ご機嫌である。前脚で掴んで器用に食べる様子を、村人達が微笑ましそうに見る。
「本当に野菜好きなのですね」
そらは果物や木の実を貰っている。稜真は堅い殻の木の実を割ってやる。
「クルルゥ」と、そらもご機嫌だ。
宴も終わり、遊び疲れた子供達は家に帰った。きさらを厩へ連れて行くと、稜真は寝室へあがった。
そらが眠る場所は、稜真が借りた寝室のベッドサイドだ。
そら用の籠ベッドをアイテムボックスから取り出す。成鳥になったそらには、少し小さいように見えるが、すっぽりとはまるのが気に入っているようだ。気に入っているのは、稜真手作りのクッションのせいかも知れないが。
もう少し大きくなったら、新しく用意しようと考えている。
温泉に入ったお陰か、稜真は筋肉痛にならずに目が覚めた。
雪降ろし作業を始めると、きさらの活躍で午前中に終わったのだ。お昼を頂いて、さて帰ろうかと考え始めた所に子供達がやって来た。
「リョウマ兄ちゃん! そらときさらと遊んでいい?」
時間に余裕はある。
「きさら。子供達が遊んで欲しいんだってさ」
『うん。きさらも遊びたい!』
「人間の子供だからね? 俺と遊ぶ時みたいにしちゃ駄目だよ?」
『分かってる。兄妹みたいにしない。そっと遊ぶ』
『だいじょぶ、そらも、いっしょ』
「いいよ、遊んでやって」
「わ~い!」
子供達がきさらに群がった。
よじ登ったり、抱きついたり、挙げ句の果てには尻尾を引っ張ったり。見ている大人達はハラハラしている。
大きな雪玉を作って、きさらの顔にえいっ、とぶつけた子がいた。
さすがに怒るだろう、と青ざめた大人は子供達を連れ戻そうと身構えたが、きさらは全く気にしなかった。ぶんぶんと首を振るとついた雪が周りに飛んで、子供達にかかる。
「きゃあ!」と、かかった子供達は歓声をあげた。
「クォルルゥ~」
喜ぶ子供達を見たきさらは、ふわふわの雪に頭を突っ込むと、子供達に向けて首を振った。
子供達に雪がかかり、雪合戦へ突入する。きさらに掛けられて雪まみれになった子供達は、団結してきさらに雪玉を投げる。雪玉で雪まみれになったきさらが体を振り、その雪が子供達にかかる。また子供達が雪玉を投げる。
それを繰り返して、お互いに楽しそうだ。そらも参戦していて、子供が投げた雪玉を空中でキャッチして、空から子供に投下している。
そらに投げられた雪玉は器用に避けるが、きさらからの雪は避けきれず、そらも雪まみれになった。
「何されても怒らねぇよなぁ、あいつ等。主人に似てるぜ。強いのにどこかボケッとして、優しい所がな」
「ボケッとしてとは失礼な。それに優しいって──」
「優しいというか、お人好しだな。絡んだ俺なんかをグリフォンに乗せて、村に連れて来てくれんだからな」
「そんな事言ったらエイブだって、見ず知らずの俺をおじいさんの家に泊めてくれたじゃないか。俺に絡んだ理由だって、アリアを心配して、だろ? 悪く思える筈がない」
「そんな風に考える所がお人好しなんだよ。それに、お前見てたら信用出来るに決まってるさ」
笑顔で言わると照れくさい。
「ありがとな。でもさ。エイブがいてくれて、俺も助かったよ。きさら達が受け入れて貰えたのは、エイブのお陰だ」
「なんでもないさ」
そう言ったエイブの顔に、雪玉がぶつかった。
「ぶわっ!?」
「エイブ兄ちゃんもやろうよ!」
「よぉっし! お前等覚悟しろよ!!」
稜真とエイブも子供達に混じり、2時間程遊んだのである。
名残を惜しんでくれる子供達に別れを告げる。
「エイブはどうする? 村に残るか?」
「いや、雪下ろしも終わったし、ギルドで依頼を受けたいからな。──また乗せて貰ってもいいか?」
「いいよ。それじゃ、行こうか」
見送る村人と子供達に手を振り、飛び立った。
そらは遊び疲れたのか、稜真の手綱を握る手の間に入り、眠っている。
『主、楽しかった。また遊びに来たい』
「そうだね。来年も依頼を受けようか」
「そん時は、俺も誘ってくれ」
「ああ、こちらこそ頼むよ」
結局1人で受けた依頼ではなくなったが、楽しく有意義な休日になったのである。




