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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第4章 休息

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87.きさらとの遊び

 午前に用事をすませて午後の時間を空けた稜真は、雪が積もる外の練習場にやって来た。幸い天気は良い。

 今からきさらと遊ぶ。どんな遊びをするつもりなのか見当もつかないが、遊ぶならば広い場所がいいだろう。きさらは足取りも軽く浮かれている。


「さて、きさら。遊ぼうか」


 グリフォンの遊びとはなんだろう。

 稜真に思い付くのは、『取って来い』や『ボール遊び』くらいだ。どちらも犬が喜びそうな遊びである。グリフォンは獅子の下半身だから、猫に近いのかも知れない。──巨大猫じゃらしは存在するのだろうか。


『いいの? 遊んでいいの?』

 きさらは尻尾をピンと立て、期待に満ち溢れた顔をしている。

『きさらは、兄妹達とやってた遊びがやりたい!』

「兄妹と? 何して遊んでいたの?」

『んっと、こうやってね~』

 きさらが頭を下げたかと思うと、真っ直ぐに突進して来た。稜真は慌てて避ける。きさらは雪だまりに突っ込んで止まった。頭に付いた雪をぶんぶんと振り払うと、きょとんと首を傾げた。


あるじ、なんで避けるの?』

「避けるわ!」

『きさらね。いつも兄妹達と取っ組み合ってた。楽しかったの』

 不思議そうに首を傾げる様子は可愛らしいが、言っている事は可愛くない。


「……つまり、俺と取っ組み合って遊びたい、と?」

 稜真が言うと、きさらは目をキラキラと輝かせて、思いっきり頭を上下に振る。


(…マジか。……グリフォンと取っ組み合い…ね)


 稜真はこの冬16歳になり、身長も伸びた。160センチを超えたくらいだろうか。

 対するきさらは馬よりもひと回り小さいが、地面から背までの体高は150センチ。お座りした状態で地面から頭の先までだと、稜真が軽く見上げるくらいはある。体重は稜真の5倍はありそうだ。

 それでも約束したのだから、叶えてやりたい。


「──分かった。準備して来るから、ちょっとだけ待っていて」


 稜真は1度屋内に入ると、インナーを重ね着した上に軽鎧を装備した。マントや外套は邪魔になりそうなので、身につけない。これが遊ぶ準備だろうか…、そう思いながらも軽く柔軟してから外に出た。

 深呼吸をし、覚悟を決めて練習場の中央に立った。


「いいよ、きさら。おいで」

 しっかりと身構えた稜真は、『わ~い!』と飛びかかって来たきさらの前脚を掴むと、その勢いのままに投げ飛ばす。中学、高校の授業で習った柔道を試してみたのだが、思いのほかうまく行った。

 きさらは飛んで行った先で、雪まみれになってコロコロと転がる。


(……やりすぎた、かな? あ…大丈夫だ。嬉しそうな顔しているし…って、また来るのか!?)


 きさらは雪を蹴立てて突進して来る。

 稜真は飛びかかられては投げ飛ばし、時には跳び箱のようにきさらを飛び越えた。きさらは何度雪に突っ込んでもめげず、いや突っ込む程にテンションが上がり元気になる。何度も何度も稜真目掛けて走って来るのだ。


(ははは…。気分は闘牛士だよ…)






「何かしら? 外が騒がしいですね?」

 ちょうど練習場の真上辺りに位置しているのが、クラウディアの部屋だ。クラウディアは手に持った針と布を机に置くと、窓から外を見おろし、軽く目を見開いた。


「アリア、こちらにいらっしゃい」

「どうしたのですか、お母様?」


 アリアも針と布を机に置いて立ち上がった。

 今日もアリアのお目付け役をしているそらは、止まり木からアリアの肩に移動する。アリアがクラウディアが指差す方を見ると、きさらが稜真に向かって突進して行く所だった。


「なっ!?」

『あるじー!?』

 アリアとそらは、稜真が綺麗にきさらを投げ飛ばすまでを見た。

「ねぇ、アリア。止めた方がいいのかしら?」


 母付きのメイド長は、恐ろしそうに身を震わせる。

「あのグリフォンは、リョウマを襲っているのでしょうか? 魔獣とはやはり恐ろしいですね」

「違うわ。きさらのあの嬉しそうな顔ったら。稜真に遊んで貰って、喜んでいるのよ」

「あれが遊びでございますか? とてもそうは見えません」

 きさらは遊んでいるのだろうが、病み上がりの稜真は大丈夫なのだろうか。アリアとそらは心配でならない。


『おねえちゃ、はやく、した、いこ!』

 そらは落ち着かない様子で、アリアを急かす。


「アリアは下へ降りて、皆に説明してくれるかしら? きっと心配しているわ」

「行って参ります!」

『いって、くる!』

「戻ったら、続きをしましょうね」

「…はい…お母様…」


 コツが掴めてきたと言っても、ずっと布に向き合う事に苦痛を感じるアリアだった。






 練習場に面した窓には、心配そうな人々が集まっていた。

 中でも料理長は、止めに入るべきか迷って、うろうろしていた。それをスタンリーが止めている。


「落ち着け。リョウマの顔に余裕があるから、心配ないと思うぞ」

「そうは言うがな…」


 近くで見たアリアとそらは気が抜けた。

 突進してくるきさらを、稜真は仕方ないなぁという顔で投げ飛ばしている。きさらも力加減をしているのが見て取れた。


「やっぱり大丈夫だった」

『そら、しんぱいした、のに』


「お嬢様。リョウマ君は大丈夫なのですか?」

 エルシーは半泣きの表情だ。ラリーとマイケルの顔も青ざめている。

「心配しなくても大丈夫よ。きさらも稜真に怪我をさせないように気を使っているし、あれは遊んでいるだけね」


「あれが遊びですか…。ハードな遊びもあったものですね」

 料理長の言葉に人々はただ頷いた。

「今度から、前もって連絡するように言っておくわ。皆に心配かけたんですものね。──ふふっ、良い事を思いついちゃった。明日のお昼は、稜真に作って貰いましょ!」


「リョウマの料理か。この間差し入れして貰った鳥の唐揚げ、美味しかったよな」

 ラリーが言う。他の面々も同じく差し入れを思い出したのか、食べたそうな表情だ。


「よぉし! 稜真が作れそうな料理を紙に書くから、皆どれが食べたいか言って。全部作って貰っちゃおう!!」


 アリアは料理名と、簡単な料理の説明を箇条書きにする。

 和風おろしハンバーグ、鳥の唐揚げ、とんかつ、さば味噌、茶わん蒸し、だし巻き卵、生姜焼き、各種丼物、お好み焼き、うどん等々。途中で作れるのかな、と思ったが、まぁいいやと思いつくままにあげる。

 そして、各自が食べたい料理の横に名前を書く。




 そんな事になっているとは露知らず、稜真は疲れてタイミングを見誤った。きさらに抱え込まれる形で、ゴロンゴロンと雪の中を転がる。少々目は回ったが、痛みはない。


(きさらの腹毛が、もふもふで気持ちいい…)


 遊んでいる時のきさらは、爪をたてないように、稜真に怪我をさせないようにと、気を使ってくれていた。それでも体格差がありすぎる。全力で相手をした稜真は、心地よい脱力感に襲われている。


(……疲れた)


 稜真はきさらにもたれて、空を見上げた。

『楽しかった。また遊んで!』


 綺麗な赤い目を輝かせて、嬉しそうに頭を擦り付けて来るきさらは可愛い。稜真も疲れてはいたが、グリフォンと全力で遊んだのは楽しかった。

 スタンリーとの鍛練以上に体力を消耗している。


「毎日は無理だから、たまになら…ね」

 ごろごろと喉を鳴らす生きたソファに体を預けていると、このまま眠ってしまいそうだ。


「おい、お前ら。いい加減にしとけよ、ったく!」

 雪を踏みしめてスタンリーがやって来た。

「何をしていたんだ?」

「きさらが遊んで欲しいと言うので、遊んでいました。師匠もやります?」

「やらん! リョウマ、向こうを見てみろ」


 顎で指された方向を見ると、腰に手を当てて仁王立ちのアリアを筆頭に、心配そうにこちらを見ている人々が見えた。


「あ、ははは…」

「お嬢様が遊んでるだけだから、大丈夫とおっしゃったがな。見ていて怖いんだよ。──と言うかリョウマ。その体格差で、どうやってきさらを投げたんだ?」

「相手の勢いを利用するので、力は余り使いません。タイミングですね」

「今度教えろ」

「いいですけど、きさらとの遊びに付き合って下さい」

「……あれにかよ。しゃあねぇな」


「いつまでそこで話してるの!? 早くこっちに来て!」

 業を煮やしたアリアが窓を開けて叫ぶ。

「お嬢様がお怒りだぞー。お説教されて来い」

「いや…。俺はきさらを厩に戻して、体を拭いてやりたいので……」

「俺がやっといてやる。来いよ、きさら。おやつもやろうな」

「クォン!」

 スタンリーは嬉しそうなきさらを連れて、厩に歩いて行った。


「稜真、まだ!?」


(仕方ない、素直にお説教をたまわって来るとしますか…)




 稜真はアリアにこんこんとお説教をされたが、体調が完全に戻ったのは納得して貰えた。

「でも、心配したんだからね!」

『そらだって! しんぱい、したの!』

「悪い。今度から遊ぶ時は声をかけるよ」

 きさらと遊びは、雪のある間だけと約束する。稜真も雪のクッションがない時にやりたくはない。


 ふふふふふ…と、アリアが笑う。何やら不穏なものを感じた稜真は思わず後ずさった。


「……何かな?」

「これ。稜真にプレゼント」

 アリアは何枚もの紙を稜真に渡す。

「明日のお昼ね~」

「………待って。これを全部作るのか?」

「うん。心配した皆さんからのリクエストだもん」

 断れないよ、とアリアは言う。


「何種類あるんだよ…って、うどんも作るのか!?」

「作れる?」

「一応、じいちゃんが作るのを手伝った事があるけどさ。もう少し、種類を減らせなかったのか?」

「えへへ。和食を思い出せる限り書いちゃった~。無理なのある?」

「……なんとかなりそうな物ばかりかな。だけど、種類がありすぎるんだよ」

 うろ覚えの料理も多い。


「仕方ない。作ってみるよ」

「それじゃお父様達にもリクエストを聞いてくるね~」

「旦那様達の分、も…?」


 この上まだ量が増えるとは、1人でどうしろと言うのか。おまけに明日は、筋肉痛になりそうな気がするのだ。稜真は助けてくれそうな人物を見つめた。

「はは。そんな情けない顔で見るな。手伝ってやるよ」

 料理長は、くしゃくしゃと稜真の頭を撫でた。暖かい大きな手が心地いい。

「ありがとうございます」

 稜真は料理長と目を合わせ、ふわりと微笑んだ。




「──はっ!? もったいないものを見逃した気がする!」


 突然立ち止まったアリアの肩で、そらは不思議そうに首を傾げたのである。



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