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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第4章 休息

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81.白いグリフォン 後編

 町に出ると、やはり解放感を感じる。きさらを連れて歩いている為、遠巻きにこちらを見る人が多いが、アリアが隣にいるので騒ぎにはならない。


「そう言えば俺、デルガドのギルドに行くのは、初めてだな」

 稜真は言った。

「だって、ここから離れたギルドの方が、気が楽なんだもの。お嬢様扱いされないからね! それにこの辺りは、魔物の被害も少ないから」

 領主町だけあって常駐の兵士がいるし、当然冒険者ギルドもある。そして領主に近しい町なだけに、アリアはお嬢様扱いされて居心地が悪いのだ。



 デルガドのギルドは、これまで稜真が訪れたギルドと比べると、建物も高くて立派だ。

 ギルドの横手には厩がある。今は馬の姿もないので、きさらをそこに待機させる事にした。

「きさら。すぐに戻って来るから、静かに大人しくしていてね」

『はーい!』

 きさらは寝そべって目を閉じた。


 そらを肩に乗せた稜真とアリアは、ギルドに入った。


 中の様子は、どこのギルドも共通だ。アリアの姿を見て、受付にいた女性が声をかけて来た。

「あら、アリア様。うちに来るなんて珍しいですね。そちらが噂の、アリア様の従者ですか?」


「はい。稜真と申します。今日は従魔の登録に来ました。よろしくお願いします。──噂というのはなんでしょう?」

()()アリア様を制御出来る、得難い人物だという噂ですわ」

「あ、はは。制御出来ていますかね…」

 稜真は日々、流されている気がしてならないのだが。

()()? うふふ…。どういう意味なのかなぁ……」

 どこか遠い目をするアリアに、稜真と受付嬢は揃って生暖かい視線を送った。




「従魔の登録ですね。肩のその子ですか?」

「この子もお願いしたいのですが、厩にいるグリフォンを…」

「グリフォンですって!?」

 驚く受付嬢に急き立てられ、厩に移動する。


 あっという間に戻った稜真に喜び、きさらは尾をピンッと立てて稜真にすり寄った。

「……白い…グリフォン。この子はもしかして、報告に上がっていたグリフォンでしょうか?」

「はい。10日前にアストンから、この子に乗って帰って来ました。その時に見た方がいたみたいですね。報告が遅れて申し訳ありません」


「それでこのグリフォンを…あなたの従魔として登録すると…」

「はい」

「……そうですよね。アリア様を制御出来るのだから、グリフォンとの契約なんて軽いものですよね…。うん。よし! 納得しました」

 受付嬢は両手で頬を叩き、気合いをいれた。

「どうしてそれで納得するのぉ……」

「あ、はは……」


 受付嬢が納得してくれたので、従魔登録はあっさりと終わった。アリアがいたお陰もあるだろう。稜真のギルドカードには、従魔として『そら』と『きさら』の名が記載された。

「これで登録は終わりです。このプレートを従魔に付けて下さいね」

 そう言って金属のプレートを渡された。プレートには従魔の名前、主である稜真の名前、登録国名が刻まれている。そら用のプレートよりも、きさら用は3周りほど大きい。


「目立つ場所に付けて下さい」

「はい」

 そらの首にはリボンが付けてある。稜真はそのリボンにプレートを通した。きさらには首輪を作ってからだ。


「グリフォンに首輪と手綱を作りたいのですが、どこがいいか教えて頂けますか?」

「……そうですね。この町に魔獣用の品物を販売する店はありませんし、専門に作る職人もおりません。ですが、馬具を作る職人であれば作れると思います。アリア様が居られれば、断られる事もないでしょう」

 そう言って、馬具職人の店を教えてくれた。




 紹介された馬具職人の元へ向かう。

 首輪も何も付けていないグリフォンを見て、また人々が騒ぎそうになったが、アリアがきさらに乗ると、騒ぎがぴたりと治まった。

「アリア様だもんね」と言う声が、あちこちから聞こえて来る。

「……納得…いかない…」

 町の人のアリアへの信頼の高さに稜真は微笑んだ。


「クルルー」と、そらはご機嫌だ。きさらの頭に乗って、羽を広げたり閉じたりして遊んでいる。そんなそらの姿も、人々の不安を抑えているようだ。




 きさらを見た馬具職人は顔を引きつらせたが、アリアの存在で落ち着きを取り戻した。


「ははぁ…グリフォンの首輪ですか。サイズさえ計らせて貰えれば作りますよ」

「それならお願いがあるのですが」

 稜真は首輪の横に金具を付け、普段は首輪として、乗る時は金具に手綱を付ける事は可能か尋ねた。

「出来ます」


 町中では外すつもりはないが、普段は外してやりたい。かと言って首輪ごと外せば、プレートも外れてしまう。

 何しろきさらは、慌てて木にぶつかって怪我をするようなドジっ子なのだ。どこかに引っかかったり絡まったりしそうな気がしてならない。


 首輪の色は、瞳に合わせた赤にした。幅広の首輪にして、遠目にも目立つようにする。中央にはプレートを付ける金具も付けて貰う事になった。

 製作には2日程かかるそうなので、注文して店を出た。




「あとは、きさら用のお皿もいるかな?」

『お皿?』と、きさらは首を傾げる。

「そうだよ。きさらのご飯を乗せるお皿」

 こんな感じ、と稜真はそら用の陶器の皿を出して見せる。

『壊しそうで嫌。小さい』

 大きい皿を探そうと思っているが、陶器では割りそうな気がする。──やはり稜真には、きさらの言葉は鮮明に分かる。アリアには「クォルル」としか聞こえないそうだ。

 どんな食器がいいか頭を悩ませていると、背後からガコンガラン! と金属音が聞こえた。


「ちょっと、きさら!?」

 アリアの慌てた声に稜真が振り返ると、きさらが店先で金属製のたらいを咥えて振っていた。地面に当たり、大きな音を立てたのだ。

 そらは振り落とされたのか、頭上を飛んでいる。アリアも背から降りた。


『お皿、これがいい。たくさん入るし、丈夫』


 ここは小間物屋だろうか。様々な品物が並ぶ店先で、男性が蒼白な顔をして、へたり込んでいた。

「きさら!!」

 稜真がキツく言うと、きさらはシュンとして、たらいを離した。そらがきさらの頭に戻る。


「すみませんでした! 食事用のお皿を探していた所だったんです。この子は、これが欲しいと咥えたんです」

 稜真とそらが頭を下げると、『ごめんなさい』ときさらも頭を下げた。


「本当にごめんなさいね。私が乗っていたのに」

 アリアも謝る。

 やはり町中では引き綱が必須だ。アリアが乗っているからと気を抜きすぎた、と稜真は反省した。


「あ、ああ。そういう事かい。驚いたよ。うちの商品を気に入ってくれたのは嬉しいね」

 ここでもアリア効果が発揮され、男性が落ち着くのも早かった。

 稜真が改めてたらいを見る。4~50㎝程の円形で金属製のたらい。この大きさならば、確かにちょうど良さそうだ。

 生肉用にこのたらいを買う事にする。追加で料理の取り分け用に、半分ほどの大きさのたらいを2つ購入した。




 屋敷に戻るとスタンリーが待っていた。きさらの居場所は厩に作る事になったと言う。

 きさら専用の小屋を建てるとなると時間がかかるが、厩には空きがある。きさらと馬の相性が悪くなければ、予算も少なくてすむのだ。まずは馬との相性を見なければならない。

 刺繍に戻りたくないアリアは、当然一緒に行く。


 厩番の老人が、厩の前で仏頂面をしていた。

 グリフォンを厩に入れる事に、老人は難色を示したが、アリアは稜真がいるから大丈夫だと、老人を説得した。


「稜真は馬に話しかけてあげてね!」

「──はいはい」


 きさらを連れて厩に入ると、グリフォンの気配を感じた馬は、途端に怯えて騒がしくなった。


「騒がせてごめんね。この子は俺の従魔で、きさら。出来れば仲良くしてやってくれないかな?」

 稜真がそう声を掛けると、馬達も落ち着きを取り戻した。稜真はきさらを連れて、1頭1頭に挨拶して回った。


「一緒に住まわせてやってね」

 稜真が言うと、きさらも馬に挨拶した。自分達よりも小さいきさらは受け入れやすかったのか、稜真が側にいるからか、馬の方から鼻づらを近づけて挨拶を返してくれた。


「ふむ。これならばやっていけそうじゃな」

 厩番の老人も安心したようだ。


 馬房は1つ1つ区切られているが、隣の馬の顔は見えるようになっている。

 だが、きさらの食事には肉も入るし、食事の様子が馬からは見えない方がいいだろうと、1番奥の2頭分のスペースをきさら用にし、見えないように壁を作る事にした。壁づくりは、またもやスタンリーに頼む事になった。


「師匠使いの荒い弟子だぜ」

 頼まれたスタンリーはぼやいた。

「すみません…」

「グリフォンの場所を作るのは、旦那様の指示だろう? しゃあない。また酒のつまみを作ってくれ」

「分かりました。色々作りますね」

「おお、楽しみにしてるぞ」


 燻製にはまだ時間が掛かるが、マイケルとラリーがいるから大丈夫だろう。


 壁を作る時間もかかるし、首輪も出来ていない。きさらには、山で待っていて貰う事にした。

「きさら。首輪が出来る2日後までは、山に帰っていてくれるかな? きさらのご飯の用意も出来てないからね」

『分かった!』

 きさらが力強く頷いたので、稜真は石笛を使って山へ帰した。






 伯爵から、メルヴィル領の各地のギルド、各町村に通達が出された。白いグリフォンは、アリアの従者がテイムした魔獣である、と。


 領民は皆、あっさりと納得したそうだ。

「アリア様だもんね」

「アリア様の従者なら、当たり前か」


「またそれかぁ…」

「……アリアと一括ひとくくりにされるなんて…」

「稜真、どういう意味? どうしてそれで落ち込むの? ねぇってば!」


 言われ慣れているアリアはともかくとして、稜真のダメージは大きかったのである。




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