80.白いグリフォン 前編
帰宅してから10日が過ぎ、稜真とアリアは再び執務室にいた。もちろんそらも一緒だ。
「大人しく…は出来なかったようだが、まあ良い。リョウマの顔色は良くなったようだ。お前には子供を助けた礼をせねばならんな」
「礼などは…」
稜真は辞退しようとしたのだが、アリアが止める。
「それならお父様。神殿に寄付をお願いしても良いですか? 稜真は巫女様にお礼が出来ない事を気にしているのです」
「神殿か。我が家の家臣を助けてくれたのだから、礼はするつもりであったが、リョウマはそれで良いのか?」
「はい。そうして頂けるとありがたいです」
「分かった。今年の寄付の金額を増やしておこう。オズワルド」
「かしこまりました」
メルヴィル領にあるのは、癒やしの女神エドウィナの神殿である。その神殿はデルガドにあった。
巫女や神官は、ここデルガドの神殿で修行し、各地の村や町に奉仕に行くのだ。伯爵は領主として、毎年活動費の寄付をしている。
稜真の給料が上がった。給料を月に銀貨3枚貰っていたが、今月から銀貨5枚になる。
「旦那様のご厚意です。辞退とは言わないように。あなたはそれだけの働きはしています」
オズワルドに釘を刺された。
「ありがたく、お受けいたします」
「さて。しばらくは冒険者活動をしないと約束したのだから関係ないだろうが、一応伝えておく。周辺のギルドから、この辺りにいない筈の強力な魔獣の目撃情報が報告された。心に止めておくように」
伯爵の言葉に2人は頷いた。
「分かったわ、お父様。その魔獣の種族は判明しているのですか?」
「ああ。分かっておる。なんでも白いグリフォンだそうだ。グリフォンなど、ここらにはいないはずなのに、どこからやって来たのか……」
「あっちゃ~」
「……っ」
稜真とアリアは揃って頭を抱えた。
街道や森の依頼を受けて活動していた冒険者が何組か、白いグリフォンを見かけた。それぞれが、それぞれのギルドに報告。進行方向がデルガド方向だったので、各ギルドから伯爵に報告があがったのだ。
「アリアヴィーテ? リョウマ?」
こうなっては仕方がない。稜真は覚悟を決めた。
「旦那様。実はアストン近くの山で、グリフォンと契約しました。白いグリフォンです。黙っていて申し訳ございません」
稜真は深々と頭を下げた。
「グリフォンと契約だと? リョウマがか?」
「…はい」
「それは、テイムしたという事か?」
「そうです」
報告書に書かれていたドラゴンに紹介されて出会ったグリフォンで、今はその山に預けていると説明すると、伯爵は深々とため息をついた。オズワルドも呆れたように首を振っている。
「……ドラゴンに預けているだと?」
「いえ、ドラゴンにという訳ではありません。その山に棲んでいたグリフォンなのです。必要な時に呼び出す事になっています」
「リョウマの口ぶりからして、ドラゴンとも親しそうだな…」
「泊めて頂きましたので、それなりに。ですが、元はと言えば、そのドラゴンの知り合いはお嬢様です」
「私に押し付けるなんて、ひどい! 帰りがけには、稜真だって仲良くなってたじゃないのさ。ドラゴンと一緒にお風呂入ったくせに!」
「いい加減忘れてくれない?」
「無理だもん」
アリアはぷいっと横を向いた。
「ドラゴンと、風呂?」
怪訝に思った伯爵が眉を上げる。
「そこは聞かなかった事にして頂けると、ありがたいです」
稜真は記憶から消してしまいたかったが、アリアはそうは行かないようだ。
「まぁ良い。テイムするにしても、グリフォンとはな…」
「グリフォンをテイムしている者もいると聞きましたが?」
「誰に聞いたのだ? いない訳ではないが、1つの国に1~2人いるかいないかだぞ。今の我が国には、どうであったかな」
「それは…」
(主さん……。確かにいない訳ではないって言い方していたけど、そこまで少ないなんて聞いてない。今度会ったら、文句言ってやる)
とは言え、グリフォンと契約した事自体は後悔していないのだ。
「テイムしている者は皆、レベルの高い冒険者か騎士だな。お前達が王都に行く時は、置いて行くのが無難であろうよ。──何故、黙っていた?」
「グリフォンのテイムがどういう事なのか、分かっておりませんでしたし、こちらで世話する許可が頂けるかも分かりませんでした。それで──」
「ほとぼりが冷めてから、お願いしようと思ったのよね……」
「ほとぼり?」
伯爵の声が低くなる。ほとぼり等と言ったら、上手く説明しようとした甲斐がないではないか。稜真は、見つからないようにアリアの足を踏んだ。
「グリフォンは、たくさん食べると分かりまして、食料の調達が出来るまでは、山にいた方が良いかと考えました」
伯爵は何度目かのため息をついた。
「……報告書の日時からして、お前達の帰宅が早すぎた。今日はその話を聞こうと思ったのだ。あの日、リョウマが本調子でないのは、ひと目で分かったからな。休ませてやろうと今日まで待ったのだが……。あの時に聞いておくべきだったよ」
疲れたように言う伯爵に、稜真は申し訳なく思う。
「我が家での飼育か。グリフォンを見せて貰ってから考えよう。連れて来るには時間がかかるだろうな…」
「それがその…。実は、ドラゴンから空間を繋ぐ魔道具を貰いまして、すぐに呼べます」
「ドラゴンから……魔道具…か。規格外はアリアだけで手いっぱいなのだがな…。まあいい。庭に呼んでみなさい」
庭に出た稜真は石笛を構えた。その様子を伯爵とオズワルドとスタンリーが見守る。そらはアリアが抱いている。
稜真が石笛を吹くと、ぽぅ~、と不思議な音が辺りに響き、山にいたきさらと空間が繋がった。
山の雪は早い。きさらがいるのは雪原だった。
空間が繋がった事に気付いたきさらが、こちらを見て目を輝かせた。
「クォン!」と吠えて、こちらに飛び込んで来た。しばらく会えないと言われていたのに、呼んで貰えたのが嬉しくてたまらないのだ。
その勢いに驚いたスタンリーが、伯爵を後ろ手にかばい、剣の柄に手を置いて身構える。
「クォルルゥ!」
きさらは喜びを押さえ切れないようで、鷲の前脚を振り上げてはしゃいでいる。
傍目からは、稜真が襲われているようにしか見えなかった。何しろ、きさらが後ろ脚で立ち上がると、スタンリーよりも遥かに高くなるのだ。
剣を抜こうとするスタンリーを、稜真は身振りで止めた。
「きさら、少し落ち着こうか」
稜真の声に、きさらは前脚を下ろしお座りをする。そして、嬉しそうに稜真に頭を擦りつける。稜真はその頭を抱きとめてやった。
「寂しかった?」
「クォン!」
きさらの歌うような声が響き、スタンリーも伯爵も警戒を解いた。
「……懐いておるな」
「そりゃあもう、きさらは稜真が大好きだもの」
稜真に会えた事で興奮していたきさらは、しばらくすると落ち着いた。稜真は伯爵の元へ連れて行く。
「旦那様。この子がきさらです。きさら、ご挨拶して」
きさらは、「クォン」と鳴いて頭を下げた。
「賢いのだな。しかし、グリフォンか。こんな近くで見るのは初めてだ…」
グリフォンの爪と嘴は鋭い。
それでも女の子のきさらは、目が丸く、可愛らしい顔立ちをしている。特に今日は嬉しさの余り、ルビー色の瞳がキラキラと輝いていた。
伯爵が稜真に断って頭を撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。その様子に、伯爵も満更でもないようだ。
そこでアリアが猫なで声で言った。
「ねぇねぇ、お父様。飼っていいでしょ? グリフォンがいたら移動が楽になりますから、すぐに家に帰って来られますよ? 何しろ、アストンからここまで2日で帰れましたもの」
「飼育を許可する」
即答した伯爵に、オズワルドが呆れてため息をついた。
「旦那様……」
「やった! ありがとう、お父様。良かったね~、きさら」
「クォルルゥ!」
「──なぁ、リョウマ。その石笛どういう魔道具なんだ? どことでも繋がるのか?」
スタンリーが聞いた。
「この子と俺の専用になるように登録してあるんです。呼ぶ時はお互いのいる場所を繋ぎ、帰す時は呼んだ場所か、きさらが家と認識している場所とを繋ぐ事が出来ます」
「それならば、屋敷を家と認識して貰えば、手紙を届ける事も出来るのでしょうか?」
今度はオズワルドが聞いてきた。
「きさらに待たせれば、可能だと思います」
伯爵は話を聞いて考え込んだ。
「ふむ。例えば、人が乗ったまま移動する事は出来るか?」
「どうでしょうか…。きさら。俺が呼ぶ時に、他の人を乗せて来て貰う事は出来る?」
嫌々、ときさらが首を振っている。
「申し訳ございません。私以外を乗せるのは嫌だそうです」
「そうか。だが、手紙のやり取りが出来るだけでも有り難い」
アリアが冒険者活動中は、ギルドを通して手紙を受け取っているが時間がかかる。きさらを介してお互いやり取りが出来れば、何かと助かるだろう。
「まずは、屋敷を家と認識して貰わねばならんな。それから、リョウマがいない時に手紙を付けられるように、きさらに屋敷の者を覚えさせておきなさい」
「かしこまりました」
食料の問題は解決していないが、当面はアリアのアイテムボックスに入っている魔獣の肉がある。
「リョウマ、ギルドで従魔の登録をして来なさい。早い方がいい」
「今から行ってまいります」
「お父様。私も行っていいですか?」
「お前がいた方が、話も早くすむだろう。行って来なさい」
「はい! 行って来ます!」
「わ~い。外に出るの、久しぶり!」
『おでかけ、うれし!』
久しぶりの外出に、アリアもそらも嬉しそうだ。きさらは言うまでもない。
「そう言えば稜真。レベル上がってるでしょ? 見た?」
なんやかんやで、ずっと確認していなかった。アリアに言われて、ギルドカードを確認する。
「…ああ、レベルが4つ上がっているね」
魔猿を倒した事でレベルが急上昇し、レベル15になっていた。
「私も久しぶりに上がってて、レベル30になってたの」
稜真は、そらときさらのレベルも確認してみた。
「そらは変わってないね。レベル8。きさらは──」
そらのレベルを確認するのと同じように、きさらのステータスを意識すると情報が目の前に浮かぶ。
名前 きさら
性別 メス
種族 グリフォン
レベル15
風を操る力がある。
「どうしたの? 稜真」
「──うん、俺と同じレベル15だってさ。あと、そらに創造神の加護がついているね」
「木の実の効果かな?」
「どうだろうね」
そらに食べさせなさいと言ったのはルクレーシアだ。食べた時にそらは声を聞いたと言っていたし、そのせいかも知れない。
「きさらに追い越されないように、レベル上げを頑張らないとなぁ」
「一緒に頑張ろうね~」
「そうだね…」
一緒に頑張られては、いつまでたってもアリアに追いつけないではないか。頑張るのは程々にして欲しいものである。




