74.そら
未だに怒りが冷めやらない瑠璃を、稜真はなだめる。
「お昼は、瑠璃が食べたい物にしようか。何がいい?」
稜真がマシューに作って貰った料理の名前を上げて行くと、煮込みハンバーグがいいと言う。煮込みハンバーグなら、サラダとパンでいいか、とそちらも取り出した。
敷物を広げ、きさら以外の全員が座る。
「稜真。盛り付けくらい出来るから座ってて」
アリアが言うので任せる事にした。アリアは深めの皿にサラダと煮込みハンバーグを盛り付け、パンを添えた。
きさらは未だに伏せたまま、こちらを寂しそうに見ている。
「瑠璃。きさらに分けてやってもいいかな?」
「……主が分けてあげるのなら、良いですわ」
稜真はきさらを呼ぶ。
「きさら。山では、何を食べていたのか教えてくれる?」
『お肉とか…葉っぱ』
どうやら肉で腹を満たしていたが、好きなのは植物だそうだ。植物が好きなのは、仲間内では珍しいらしい。
料理された物を見るのは初めてで、食べてみたら美味しかった。それで止まらなくなってしまったのだと言う。自分の体くらいの肉の量を1日で食べるのだそうだ。
(それじゃ、鍋3つの料理では足りないな…)
稜真は、買ってあった生肉の大きな塊を、いくつか取り出した。これから魔獣を狩った時には、肉はきさら用に取っておかねばなるまい。
料理からも少しずつ取り分けて、お肉の後に食べるように渡してやった。きさらサイズの皿はないので、浅い鍋を使う。
「それじゃあ、食べようか。きさらも食べていいよ」
「「「いただきます」」」
「クルルゥ」
稜真達とそらの様子を見て、きさらも言う。
「クォン!」
瑠璃は相変わらず、もっくもっくと料理を頬張り、その様子をアリアがにまにまと眺める。
そらに料理を小さく切り分けながら、稜真は平和を感じていた。
「瑠璃。デザートがあるけど、まだ食べられる?」
「デザートですか?」
「甘いものだよ」
「食べます!」
「ふふっ。瑠璃が食べたいのを先に選んでいいよ」
稜真が取り出した箱に入ったケーキを見て、瑠璃の目が輝いた。ケーキは4種類が2個ずつ箱に入っている。チョコレートケーキ、フルーツタルト、ショートケーキ、アップルパイ。
「綺麗で、美味しそうです!」
瑠璃はどれにしようか、真剣な顔で選び始めたのだが、次第に表情が曇っていく。
「……主、選べません。どうしたらいいのでしょう……」
しっかり者の瑠璃が途方に暮れている。アリアが可愛い!と抱きしめた。
「アリアは、また! 離しなさい!」
もがく瑠璃を抱き締めたアリアは、その頭をくしゃくしゃと撫でる。
「稜真。私は何回か食べてるし、瑠璃には1個ずつ、全種類上げたらどうかな。瑠璃なら、そのくらい食べられるでしょ?」
「そうだね」
「え? え? そんな…いいのですか?」
アリアは瑠璃を離して、皿に全種類乗せて手渡した。
「うわぁ…。ありがとうアリア」
「そらはフルーツタルトでいいかな? 果物と木の実が乗っているし、そらが好きそうだと思って、買って来たんだよ」
「クルルゥ!」
「1個食べられる?」
「…クゥ……」
「俺と半分こにしようか」
「クルル!」
アリアはチョコレートケーキに決めた。
きさらも出された食べ物を平らげ、不思議そうにこちらを眺めている。
「きさら。甘い物は好き?」
その目を輝かせて、ぶんぶんと頷く。山では果物を食べていたのだという。それなら、と残ったケーキを渡した。
「皆で食べると美味しいよね~」
アリアの言葉を聞いたきさらが、シュンとする。稜真と瑠璃に叱られた事が、身に染みたようだ。
「……クォン………」
「反省したならいいよ。ほら、食べてごらん」
稜真はきさらの口に、ショートケーキを入れてやった。きさらにとって、ケーキ1個がひと口サイズだ。美味しかったようで、目を丸くしてもっと、と、きさらは口を開ける。
「これで最後だよ」
その口に、残っていたアップルパイを入れてやった。
瑠璃は上機嫌で湖に帰って行き、改めて出発した。
先程と同じスピードで進み、途中の村近くできさらを山に帰して、村で1泊した。野宿は体が休まらないから、とアリアが稜真の体調を心配しての事だった。
翌日、村で朝食をすませ、人気のなくなった辺りできさらを呼び、出発する。
「今日もよろしくね」
「クルゥオン」
続けて呼んで貰えて、きさらは嬉しそうだ。
「あっはは~。まさか2日で帰って来ちゃうなんて、びっくりだよ」
まだ昼前だというのに、デルガドはすぐそこだ。
さすがに領主町近くは人の行き来が多く、きさらが見られる可能性が高いので、いつもより離れた所で降りる。
瑠璃を呼び、全員揃って昼食を食べ、瑠璃ときさらを帰した。ここからは、歩いて伯爵邸に向かう。
「2日で帰って来たのはびっくりだけどさ。それよりもびっくりなのは、マシューさんに作って貰った料理が、全部なくなった事だよ…」
「あ~、確かに」
瑠璃ときさらの食いっぷりが、ものすごかった。しばらくは一緒にいられない日々が続く事もあり、制限しなかったらありったけ食べられたのだ。
仲良く分けあって食事をし、きさらの瑠璃に対する怯えが解消されたのは良かった。多少の苦手意識はあるようだが、徐々に無くなるだろう。
デルガドへ向けて歩き出した所で、稜真はルクレーシアに言われていた事を思い出した。そらに木の実を食べさせなさいと言われていたのだ。
稜真はアイテムボックスから木の実を取り出した。
どこにでもある、まん丸のドングリ型をしている。かぶっている帽子が星の形と、その点だけが少し変わっていた。殻を割ると、中身はクリーム色だ。
「そら、ちょっとおいで」
索敵に飛んでいたそらを呼ぶ。
「クゥ?」
そらは稜真の差し出した腕に止まった。木の実を渡すと、右の足で器用に掴んで食べ始めた。
「それ何?」
アリアが不思議そうに聞いた。
「女神さんからの突っ込みの木の実」
「突っ込み? ああ! 言われてみれば、木もないのに落ちて来た事あったね。そっか、あれ女神様の突っ込みだったんだ」
「そらにあげてと言われてね。特に変わりはないみたいだけど…」
『あるじー、これおいし!』
稜真の耳に、舌っ足らずの可愛らしい女の子の声が聞こえた。
『ありがとー』
「もしかして、そら?」
『そー』
稜真は呆然とそらを見つめた。
「どうしたの。稜真?」
「そらがしゃべったんだよ……」
「へ? 私にはいつも通り、クルルって聞こえたけど?」
『あるじー。もういっこ、ちょうだい』
「そら?」
『はぁい』
「話しているよね?」
『たべたらめがみさま、こえしたよ。すきなちから、あげるて。そらは、あるじとおはなし、ね?』
「俺と話をする力を選んだって事?」
『そ。おはなし、うれし!』
稜真はアリアに、ルクレーシアからの木の実をそらにあげたら、言葉が分かるようになったと説明した。
「いいな、私もそらと話したいな…。私だけ話に入れなくなるの?」
精霊である瑠璃とそらは話が出来ているし、きさらもそらとは話せている。
『あるじー。もういっこ、ね?』
「いいけど、何個も食べて大丈夫なのかな。もう1個だけね」
『ん。ありがと』
もう1つ木の実を割り、そらに渡した。
食べ終わったそらは、アリアの肩に止まり話しかけた。
『アリアの、ばぁか。そら、ずーっと、いいたかった、の!』
「なんですって!?」
アリアとそらは最初の頃、とても仲が悪かった。
(はは…。何かというと張り合っていたっけね。そう言えば、そらはアリアを見つける為に、索敵スキルを覚えたんだったなぁ)
『でも、ね。いまは、おねえちゃ、すきかも』
「お姉ちゃんかぁ…。えへへ」
アリアはニンマリと笑っている。そらは稜真の肩に移動した。
『ねー、ねー、あるじ。アリア、ちょろー』
そらはこそこそっと、稜真に耳打ちした。
「ぷっ! ふっ、はは。た、確かにちょろいな……」
そらは1個目で稜真と、2個目でアリアと会話する力を選んだ。
「そら。違う力を頼まなくても良かったのか?」
『んん? つよくなる、は、がんばればいい、の。でも、おはなし、は、がんばっても、むり。だから、めがみさまに、おねがい、ね?』
「そらは偉いね」
『えへへ。そら、えらい? あるじ、だいすき。いちばん、だいすき。ずっと、ずっと、いいたかった、のー』
(強くなる力は願わない。強くなる為には頑張ればいいから…か。それよりも、俺とアリアと話す事を選んだのか…)
稜真はそらが愛おしくなって、そっと小さな体に頬を寄せた。
そらは幸せそうに喉を鳴らした。




