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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

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73.帰宅までの道行き

 翌早朝。さすがに早すぎるかと思ったが、アリアは食堂に下りた。厨房では、マシューが調理の真っ最中だった。


「おはようございます。マシューさん、早いね~」

「おう、おはようお嬢さん。今日は少し早いが、大抵こんなもんさ。もう出来るぞ。──ただなぁ、入れ物の事を考えてなかったんだよ。さて、どうするか…」

 マシューは稜真の体を考えて、栄養バランスの良い料理を作った。さっぱりした味付けの料理や汁物。体調が戻った時の為のがっつりした肉料理もある。とにかく種類も量も多い。


「どうしようかなぁ。料理の入れ物とかは、全部稜真が持ってるんだよね」

 稜真に貰うのが1番だけど、マシューから内緒にしておいて驚かせて欲しいと頼まれている。


「汁物以外は包んで渡せる。持ち帰り用の入れ物を使えばいいからな」

「あんた、考えていても仕方ないじゃないのさ。お嬢さん、出来た分から包んでお渡しするから、アイテムボックスにしまっておくれよ」

「了解~」

 アリアはデリラが包む料理を、受け取ってはしまう。


「それにしても女将さん。お料理の量、多すぎない? 私、2~3日分って言わなかったっけ?」

「リョウマの為となったら、張り切り過ぎたんだよ、あの人。受け取ってやっておくれな」

「ありがたいけど、稜真、絶対気にするんだよな~。どうしようかしらん」

 う~んと、アリアは考え込んだ。




「クルルゥー」

「おはよう、そら」

 稜真は窓を開け、そらを外に出してやる。その間にそらの朝食の準備をしていると、扉を叩く音がした。


「稜真、起きてる?」

「起きてるよ。──おはよう、アリア。今朝は早いね」

「おはよう。あのね、稜真。お鍋を出してくれる?」

「……どうして朝から鍋?」

「内緒~。大きめのと中くらいの鍋がいくつか欲しいの」

「良いけど…」

 稜真は言われるがままに鍋を取り出し、アリアに渡した。

「これでいい?」

「うん。ありがとう。あ、朝ご飯は1時間後ね。それじゃ、後でね!」


「──何に使うんだ?」

 稜真は首を傾げた。




 朝食をすませて宿を出発した。

 出発の時、マシューは厨房から手を振り、デリラは軽く稜真を抱きしめてくれた。

「あんたは、息子みたいなもんだ。またおいで。待ってるよ」

「ありがとう…ございます。お世話になりました」

 稜真は鼻がつんとして、涙が出そうになるのをこらえた。


 食堂には他にも客がいた。その客もアリアを知っているし、先日稜真が手伝っていた時の客もおり、一緒に見送ってくれた。

「おうアリア様。また来いよ!」

「リョウマだったか? また美味いもん、マシューに教えに来てくれよ!」

 食堂の出口で、稜真は頭を下げた。アリアはデリラに小さな包みを渡し、元気良く手を振って別れを告げた。


 屋根に止まっていたそらが稜真の肩に止まる。

「アリア。ギルドには行かなくてもいいの?」

「大丈夫! 昨日の内に挨拶をすませてあるもん」

「そうか、それじゃあ帰ろう」




 町を出て、人目のなくなった場所で稜真は石笛を吹いた。山にいたきさらと空間が繋がる。

 きさらは寝そべっていたが、すぐに呼ばれた事に気づき、こちらに飛び込んで来た。

「クォン!!」


 嬉しそうに稜真にすり寄るきさらを、がしがしと撫でてやる。

「そういえば、どの方向に向かえばいいんだ?」

「地図あるよ~」

 アリアは地図を広げた。メルヴィル領の地図である。


 中央に領主町のバインズ。北には山脈。

 山脈の西峰、その少し下方にある町がアストン。旅の途中で寄った村、行った事のない町や村、農地、川等が細かく書かれている地図だ。

「まっすぐ東に向かってから、バインズに向けて南に向かえばいいと思う。空を飛んで行くから、街道の事考えないでいいもんね。きさらの速さが分からないから、細かい事は飛びながら考えようよ」

「大ざっぱだけど、それで行こうか」


 山脈を左に見て飛べばいいのだから、迷う事はない。スピードはきさらに任せた。きさらが辛くない、無理をしない程度の速さで飛ぶように頼む。

「クォルル?」

 稜真には、きさらの言葉が伝わって来た。以前アリアに、魔獣使いとランクの高い従魔は、念話で会話出来ると聞いた事がある。これがそうなのだろうか。


 きさらは『無理しない速さでいいの?』と言っていた。

「ああ。速さはきさらに任せるよ」

「クォン!」

 任せて! ときさらは飛び立った。そらはアリアが懐に抱えている。




「稜真、速くない?」

「この間よりも速いよね。きさらにとっては、これが普通なのかな?」

 前回乗った時と同じく、全く風を感じないのだが、スピードが違う。


 アリアは地図を見た。

「え~っと、あそこがソレク村…かな? あの川がここだよね…。という事は……え!? もう、ここまで来たの!?」

 アリアの声に心配になり、きさらに声をかけた。

「きさら、本当に無理してないのか?」

 きさらの返事は、『無理はしてないけど、張り切っちゃった~』と言うもの。

「無理してないならいいけどね…」

 ぽんぽん、とその体を軽く叩いてやった。


 それでも気になったので、1度下に降りて休む事にした。川辺にちょうど良さそうな場所があったので、そこに降りた。

 そらは、周囲に魔物がいないか確認に行ってくれた。きさらは川で水を飲んでいる。


「アリア、地図見せて。今どこだって?」

「ここら辺…」

 最初に言っていた行程の、3分の1に到達していた。

「……速いね…」

 水を飲み終わったきさらが、『何々?』とのぞき込んで来る。

「きさら、全力ではないんだよね?」

 んん?と首を傾げてから、きさらはこっくりと頷く。

 全力だと長い時間は飛べないけれど、倍の速さで飛べるらしい。グリフォンがすごいのか、それともきさらがすごいのだろうか。


「のんびり行っても、明日には帰れるね。もっとゆっくりでも良かったのに、ここまで早いとは思わなかったよぉ……」

 叱られるのはなるべく後が良かったと、アリアはがっくりとうなだれた。

「早い方がいいさ。ずっと手紙だけだったんだ。旦那様も心配なさっているよ」

「分かってはいるんだけどね~」


「ここでお昼にしよう。何を作ろうかな?」

「作らなくてもいいよ! マシューさんに色々と作って貰ったの」

「色々って、いつの間に…」

「稜真を驚かせようってね~」


 アリアはそう言うと、敷物を敷いて次々に料理を出す。

「鍋はこの為だったのか……」

 稜真は呆れたように、鍋ごと出て来た煮込み料理やスープの鍋を見た。今の時点でも結構な量なのに、アリアの手は止まらない。


「って、アリア!? 何日分頼んだんだよ!?」

「うん。私は2~3日分って、お願いしたんだよ? 女将さんが言うには、マシューさんが稜真の為だからって張り切ったんだって」

「ありがたいけどさ…」

「大丈夫! ちゃんと多めにお金払って来たよ」


 アリアは中身が見えないように包んだお金を、宿代を含めて多めに渡して来た。急に無理を言った自覚もあったし、お礼を渡さないと稜真が気にするのが分かっていた。抜かりはない、とばかりに胸を張った所で、きさらが目に入った。


「……稜真。グリフォンって、雑食性だったっけ?」

「図鑑によると、肉食性だった筈だけど」

「…あれあれ」

 アリアが指さした方を見ると、きさらが鍋の中に頭を突っ込んでいた。空っぽになった鍋がいくつか転がっている。

「こら! きさら!」

 ビクッ、としたきさらが顔を上げるが、どうして怒られたのか分かっていないようだ。

『美味しいよ?』と、きさらは不思議顔だ。


「アリア…。何が入っていた鍋か分かる?」

「う~ん。野菜の煮込み、シチュー、ロールキャベツ…だったかな?」

 残った鍋に入っている料理は、煮込みハンバーグ、鶏肉のトマト煮込み。どうやらきさらは、野菜料理の鍋を選んで食べたようだ。肉食性ではなく、雑食性だったのだろうか。


「──きさら」


 稜真が怒っているのを感じてか、きさらはシュンとして俯いている。その顔を両手で上向かせ、目線を合わせた。

「言っておかなかった俺も悪いけど、食事は食べていいよと言われるまでは、口をつけちゃ駄目だ」

 稜真が厳しい声で言うと、その目が潤んだ。

「クォンルルゥ…」

 きさらは、『ごめんなさい』と鳴いた。

「それともう1つ。知らない人から貰った物には、絶対に口をつけない事。分かったか?」

「…クォン」


「俺と一緒にいるなら、人の世界のルールも覚えないといけないんだよ。今回は仕方がないけど、教えた事は忘れないでね」

 そう言って、稜真はきさらの頭を撫でた。きさらは反省したようだ。

「稜真、空いたお鍋は私が洗っておくから、瑠璃を呼んであげて。皆で一緒にご飯食べようよ」

「そうだね。そらも戻って来たし」

 稜真はその前に、せっかく温かい料理が冷めないように、なんの料理が残っているのか確認しながら、アイテムボックスに片付けた。




『瑠璃、お昼を一緒に食べないか?』

 稜真が瑠璃に念話で話しかけると、喜々として返事が返って来た。

『すぐに参りますわ!』


あるじ! お昼はなんですの?」

 一瞬後に瑠璃が現れた。


(本当にすぐだね。最近、瑠璃が食いしん坊になってるなぁ。もっと早く呼んで上げれば良かった)


 どれだけ楽しみにしているのか、瑠璃は全開の笑顔を見せている。精霊である瑠璃は食事を食べなくてもいいのだが、稜真の料理を食べてから、食べる事に目覚めたのだ。


「きさらはどうしたんですの? しょんぼりしていませんか?」

「ああ、先に食べちゃってね。叱った所なんだよ。さすがに鍋ごと食べられるとは思わなかった」

「……鍋ごと? どんなお料理だったのですか?」

「野菜の煮込み、ロールキャベツ、シチューだったな」

「……私が…食べた事のないお料理もありますわ……」


 瑠璃はきさらの前で仁王立ちになった。

「いいですか、きさら。仲間は分け合うものです。独り占めなんて、許されません。主は優しいから、きつく言わなかったでしょうけれど、今度やったら私が許しませんからね!!」


 しょんぼりと俯いていたきさらが、伏せをして震える。

「クォルルルゥ」

「瑠璃。今度俺が同じ料理を作ってあげるからさ。それぐらいで許してやって。きさらはまだ、人の世界の事を何も知らないんだ。今回は仕方ないよ」

「主が作ったお料理でしたの?」

「いや、宿のご主人の心尽くしでね。俺が作らなくていいように、アリアが手配してくれたんだよ」

「そうでしたの」


 瑠璃は宙に浮かんできさらを見下した。そしてきさらをキッと睨むと、冷たく言い放った。

「主のお料理じゃないから、このくらいで許してあげるのです。主のお料理だったら、私どうしていたか分かりませんわよ?」

「クォン!?」




「稜真、鍋洗い終わったよ~」

 騒動の隣で鍋を洗っていたアリアが戻って来た。瑠璃に説教されて、ガタガタ震えるきさらに目をまたたかせた。

「うわぁ…。ねぇ、稜真。うちで1番怖いのは、瑠璃だと思わない?」

「アリアが1番お姉さんなのに?」

「私はほら、色々とやらかした所でしょ? 瑠璃には頭が上がらないの……」

「俺も瑠璃には叱られたからなぁ……」


 そらだけが、きょとんとした顔で皆を見回していた。




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