72.報酬
イルゲにオブラートを貰った稜真は、これで薬を飲むのが拷問ではなくなると安堵した。次はギルドへ向かう。この日もジュリアに呼ばれているのだ。
受付は混み合っていた。
こちらに気付いたジュリアが、身振りで上を示した。昨日の部屋へ行けばいいのだろう。2人はジュリアの手が空くまで部屋で待つ事にした。
稜真はそらの羽を撫でながら、これまでの事を思い返して気づいた。
「……うっかりしていたな。巫女様の治療の報酬って、どうしたんだろう?」
誰かが立て替えてくれていたら、申し訳ない。
「ふえ? ああ、巫女様の報酬ね」
考え事をしていたアリアは、少し反応が遅れた。
「巡回の巫女はボランティアで、金銭は受け取らないの。その代わり、行く先々で衣食住を提供して貰う。神殿も寄付で運営されているしね。──それに巫女様のあの様子、稜真からのお礼は受け取らないって」
「そうか、と言ってもなぁ。助けて貰ったのに何もお返しをしないなんて気が引けるよ」
「う~ん。お父様に頼んで、今年の神殿への寄付を多めにして貰おっか。私の従者を救って貰ったんだもん。お父様も当然だって言う筈」
「そうして貰えると有り難いけどな…」
自分からの礼ではないのが気にかかるが、今はどうしようもない。その内お返しできる日も来るだろうと、思う事にした。
「そう言えばアリア、巫女様に何か言った?」
メリエルが見送ってくれた時、様子がおかしかった気がするのだ。
「別に~。稜真の事を言わないように、念を押しただけ。見送ってくれた様子から、大丈夫だと思うけど」
「念押し、ね」
何を言ったのやら、稜真の脳裏にメリエルの困ったような微笑みが浮かんだ。
「…それで…ね。…あの…ね、稜真。今回の報酬なんだけど。私、あいつ関係の報酬貰いたくない。どうしても嫌なの」
アリアはうつむいて、机を見つめた。
お金を貯めているのは学園に行く為だし、行きたがっているアリアが貰いたくないと言うなら、その意思を尊重したいと稜真は思うが、どうしたものだろう。
「皆のお土産を買うのに使う、とかは?」
「嫌」
「旦那様に渡して、領地の為に使って貰うのはどう?」
「それもヤダ」
アリアは唇を噛みしめ、今にも泣きそうな表情をしている。
「──それなら、俺が貰ってもいいかな。色々と揃えておきたい物があってさ。きさらの手綱とかも欲しいんだよね」
稜真はきさらに乗った時、体を支える為に羽を掴んでいた。しっかり掴むので痛くないか、そして綺麗な羽が痛まないかが気になった。手綱の他にも野営の際の食材を買ったり、調理器具を揃えたりもしたい。
「稜真が使うならいい。ごめんね、我がまま言って…」
「いいさ。嫌だと思うのも、俺の事を思ってだろ」
稜真はぽん、とアリアの頭に手を乗せた。ようやくアリアに笑顔が戻る。
そうこうしている内にジュリアがやって来た。
「ごめんなさいね。待たせちゃって」
「そんなに待ってないよ、お姉さん」
「ジュリアさん、昨日はお手数かけて、申し訳ありませんでした」
「いいのよ。あなた達には、あいつとの仲を取り持って貰ったものね」
ふふっと、ジュリアは笑った。幸せそうで何よりである。
「さて、まずは報酬の話よ。魔物退治の報酬が銀貨5枚。魔猿の素材が金貨1枚。使う所が少ないから、高レベルの魔獣だけど素材としては大した事ないの。それと、ギルド長から追加で銀貨5枚が出ているわ。アストン付近の魔獣被害を未然に防いだ報酬ですって。けち臭い金額よね。──合計で金貨2枚よ」
ジュリアが金貨と封筒を机に置いた。アリアはそれを複雑そうに見る。
「稜真…」
「予想より多いけど、いいのか?」
依頼を受けた時の金額が銀貨5枚だったので、素材を売っても金貨1枚くらいだろうと思っていた。
「お願い…」
「わかった。ジュリアさん、俺が受け取ります」
稜真は金貨2枚を受け取る。
「こちらの封筒はなんです?」
「今回の報告書よ。1部はギルド長に渡してあるわ。こちらはご領主様にお渡しする分。ご領主様への報告書は──アリア、分かっているわね?」
「…分かってますぅ」
「ふふっ。きっちりと叱られていらっしゃいな」
アリアは頭を抱えて机に突っ伏した。
「あ~う~」
「アリア。何が分かっているんだ?」
「お父様の分は、お姉さんに話したまんまの内容なの~」
父に隠し通す自信がなかったアリアは、ジュリアに話した内容で報告書を仕上げて貰ったのだ。つまり、アリアが暴走した件が書かれている。
「あ、あはは…」
アリアよりも不安なのは稜真の方だ。──アリアの安全を第一と言われていたのに、側を離れて別行動した。無理はしない、自分の身の安全も考慮するというのも守れていない。
報告書には書かれていないが、一緒の部屋で泊まった事もあった。
(旦那様との約束、ことごとく守れてないよな俺。ははっ、クビになったらどうしようか…)
「お姉さん。私達、明日帰るね」
「明日? リョウマは大丈夫なの?」
「薬も飲んでいますし、問題ないです」
「クゥ…」とそらが鳴いた。稜真は肩のそらを膝に乗せ、安心させるように撫でてやる。
「休み休み行くから大丈夫。明日はギルドに寄らないで出発するね!」
「そう。──また顔を見せに来なさい。特にリョウマ」
「はい。お世話になりました」
2人と1羽は、ギルドを出てのんびりと宿に向かう。
「何日で帰れるだろうね」
護衛しながら、10日程かかった道のりだ。きさらに乗ると、どのくらいで着くのだろう。稜真にもアリアにも、全く予測がつかない。
「寄り道しないんだし、来る時よりは絶対早くなるよね~。休み休みゆっくり帰ろうよ」
「そうだね。瑠璃も呼んであげたいしな」
アイテムボックスの食料が心もとないので、途中で買い物をした。果物、野菜、小麦粉等々。後はパンを多めに買い込む。
「稜真。この間女子会で行ったお店に行こうよ。喫茶店みたいなお店なの」
「それは行ってみたいな」
「すぐそこだよ!」
アリアは稜真の手を引く。買い物に時間がかかったので、稜真の体調が心配だったのだ。そらには申し訳ないが、店の外で待っていて貰った。
「へぇ、まんま喫茶店なんだね」
稜真は店内を興味深げに眺めた。メニューには各種ケーキ、紅茶、コーヒー。サンドイッチやサラダなどの軽食もあった。
2人はサンドイッチを注文する。アリアだけ、デザートにケーキを頼んだ。前回ジュリアが食べていた、フルーツタルトが気になっていたのだ。
ひと足先に食べ終わった稜真は、ため息をついて薬を2つ取り出した。増血剤はそのまま口に入れて水で飲んだ。そして嫌そうに茶色の包みを開く。
アリアは、稜真が綺麗な青い粉薬をオブラートで包むのを見ていた。
「オブラートって、そんな風に使うんだ~」
稜真はふぅっ、と息を吐いてから、包んだ栄養剤を口に入れ水を飲んだ。
「あの味はしない。……良かった」
「うんうん、良かったね~。今朝の稜真、辛そうだったもん」
にこにことしながら、アリアはフルーツタルトを食べる。
「それ、持ち帰りって出来るのかな?」
「どうかな? 聞いてみよっか」
店員に尋ねてみると、持ち帰りもしていると言うので、今日のおすすめケーキ4種を2個ずつ頼んだ。足りないよりは余る方がいいだろう。フルーツはそらも食べるだろうし、何よりも瑠璃に食べさせたかったのだ。
稜真は購入したケーキをアイテムボックスに入れた。
宿に戻ると、マシューから食堂を手伝った時に使った食材を渡された。米や調味料等、稜真が提供した分よりも多かったが、メニュー開発のお礼だと言われたので、ありがたく受け取った。
「俺は部屋に戻るよ」
店の外で留守番していたそらに、おやつをあげたい。
「はいは~い」
稜真の姿が見えなくなってから、アリアはマシューに2~3日分の料理を注文した。1日では帰れないだろうし、用意しておかなければ稜真が料理をするのが目に見えている。移動以外で疲れさせたくなかったのだ。
マシューは快く引き受けてくれた。食堂の夜営業があるので、終わってから仕込みをし、明日の朝までに用意すると約束してくれた。
夕食が終わり、アリアは稜真の部屋にいた。
稜真は増血剤を飲んでいる。アリアは手伝おうと思い立ち、テーブルに置かれていた栄養剤をオブラートで包もうとしたのだが、どうにも上手くいかない。
(私、どうしてこんなに不器用なのかなぁ…)
一応包めてはいるのだが、オブラートが破れてしまって、中の薬がこぼれたのだ。小さく包もうとして、何度も触っていたのが不味かったのだろう。
「……アリア?」
稜真の視線と声が冷たい。
「つ、包んでおいてあげようと思ったの。失敗しちゃって、ごめんね?」
稜真なら優しいから、それでも飲んでくれると思って、てへっと笑いかけた。稜真はにっこりと笑い返して、アリアが包んだ薬をこぼさないように指で摘まむと、アリアの口元に持って行く。
「あーん」
「り、稜真?」
「あーん、して?」
「私はどこも悪くないし、飲む必要ない…でしょ?」
「栄養剤だからね。元気な人が飲んでも、なんの問題もない。だから、ね? あーん」
にっこりと微笑む、その目が笑っていない。
(ううっ…怖いよぉ。飲むまで許してくれなさそう…)
アリアは恐る恐る口を開け、稜真はその口に薬を入れる。アリアは口の中にこぼれた薬は凄まじいものだった。
「んむぅ~~!!」
涙目のアリアに、稜真は水をなみなみと入れたコップを渡す。アリアは一気に水を飲み干して、ようやくひと息ついた。
「はぁ~。ものすごい味……。稜真ったら、よくあの薬を2回もオブラートなしで飲んだね。尊敬する」
「…………嬉しくない」
改めて稜真は栄養剤を包み、水を飲んだ。
「そうだよ、包み直せば良かったんじゃない!」
「オブラートが足りなくなったら、どうするんだよ。せっかく包んだ物を無駄にしたくないじゃないか」
「……1つ減って、ラッキーって思ってない?」
アリアにじとっとした視線を浴びせられ、稜真は目をそらした。
(仕方ないじゃないか…。小袋一杯貰ったから、まだまだあるんだよ…)
おまけ
後日、ジュリアにグリフォンの話をした時の事。
「あの時に、まだやらかしていたとはね……」
「あはは、やらかしてって………」
「正直、アリアよりも始末に負えないわ、リョウマって」
稜真は思い返してみた。魔獣を倒して、アリアを止めて、ジュリアにした話ではドラゴンに、本当は女神から刀を貰って、グリフォンをテイム。
「反論出来ません……」
思いついたネタ。使い忘れそうなので、こちらに乗せました~。




