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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

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71.栄養剤

 宿に戻った稜真は、そらの食事を用意してから風呂へ向かった。

 風呂に入るのは、記憶から消し去りたいドラゴンとの入浴以来だ。余り長湯して体調が悪化しても不味いから、そこそこで上がった。

 食事はどうしようか迷ったが、報告書が難航しているのか、アリアはまだ戻らないようだし、先に食べる事にした。

 食堂に行くとデリラが迎えてくれ、厨房側の席へと案内される。


 何も聞かずにマシューが出してくれたのは、細かく切った野菜が何種類も入った、優しい味の卵雑炊。


(…美味しい)


 ドラゴンの屋敷で出された料理は、こってりしたものが多かった。心配させないように、無理に食べていたが、後で胸焼けがして苦しい思いをしたのだ。

 卵雑炊は体に染み渡るように感じた。稜真は無理する事なく完食した。


「マシューさん、ごちそうさまでした。美味しかったです」

 マシューは、軽く手を上げる事で答えてくれた。

「リョウマ。ゆっくりと休むんだよ」

「女将さん、ありがとうございます。お休みなさい」

「ああ、お休み」




 部屋へ戻った稜真はイルゲの薬を出し、水差しからコップに水を入れた。造血剤と栄養剤をひと包みずつテーブルに置く。

 まずは増血剤からだ。白い包みを開くと、中も白い粉薬だった。口に入れると、いかにも薬といった味が広がり、慌てて水を飲む。

 次は栄養剤だ。コップの水は半分残っているし、もうひと包みを飲むのには足りるだろう。

 稜真は茶色の包みを開くと、中から出て来たのは色鮮やかな青い粉薬だった。あり得ない色に感じるが、異世界の薬だしな、と自分を納得させて口に入れる。


「…ぐっ」と、余りの不味さに思わず声が漏れた。






 アリアはようやく報告書に目処がつき、宿へ戻って来た。現在時刻は、夜7時半。まだ寝てはいないだろうと、食事の前に稜真の部屋にやって来た。


(つっかれた~。ものすごく頭を使ったよ。こんな時は稜真様の声に癒されないとね~)


 ふふっと笑って扉をノックした。

「稜真、ただいま~」

 返事がない。眠ってしまったのかと耳をそばだてると、中から聞こえたのは慌てたそらの声。


「クウッ!? クルルゥ! クウウッ!!」


 幸い部屋の鍵はかかっておらず、アリアは中へ飛び込んだ。すると、真っ青な顔をした稜真が、口を押さえてしゃがみ込んでいるではないか。そらがバタバタと周囲を飛び回っている。


「稜真!? ──ど、どうしたの!? 気分悪い? わ、私。お医者様呼んで来る!!」


 部屋を飛び出そうとしたアリアを、稜真は服を掴んで引き止めた。

「え? 何?」

 引き止められたアリアが稜真を見ると、何かを身振りで伝えようとしていた。

 稜真が指を指しているのは、水差しと空のコップ。よく分からないが、アリアはコップに水を注ぎ、稜真に手渡した。

 受け取ったコップの水を一気に飲み干し、稜真は「はぁ…」と息をついた。

「ありがとう、助かったよ……」


 稜真の顔色は、幾分ましになっている。アリアはバクバクとうるさい心臓を押さえ、安堵で床にへたり込んだ。

「もう、びっくりしたじゃないのよぉ…」

「クルルゥ…」

 そらもアリアの隣に降りて、くたっとした。


「ごめん。心配させて悪かったね。イルゲさんに薬を貰って来たんだよ。増血剤と栄養剤なんだけど、その栄養剤が不味くて、不味くて……。苦味とえぐみがもう…ね。なんと言うか、不味い青汁の何倍も不味い物を、濃縮して粉にしましたって、感じ?」


 慌ててコップに残った水を飲んだが、口に広がった味を消すにはとても足りない上、水を含んだ事で口中に薬の味が広がった。こみ上げる物を必死で我慢する。水が欲しい。だが、水差しからコップに水を注ぐ、その動作すら危ない気がした。

 脂汗が出て血の気が引き、耐えきれずに床に膝をついた時、アリアが来てくれたのだ。


「…アリアが来てくれて…本当に助かったよ」

 アリアは、稜真が目を潤ませている姿に萌えかけたが、なんとか押し殺した。


「この薬を1日3回……。アリア、オブラートって、ないかな?」

 粉薬を包んで飲む為のオブラート。稜真が子供の頃、祖父が使っていたのを見た記憶があるし、自分でも使った経験があるが、この世界にあるのだろうか。


「オブラートって、何?」

「粉薬を飲む時に使う、薄いフィルムみたいなものなんだけど…」

「う~ん。知らないなぁ」

「お菓子にも使われていたけど、それも知らない? キャラクターのグミがくっつかないようになっていたり、飴を包んであったりして。口の中で溶けるんだけど…」

「あ、そっちは知ってる! へぇ、オブラートっていうんだ。明日イルゲさんに聞いてみようよ」

 あちらでもこちらでも健康優良児だったアリアは、オブラートで薬を飲んだ経験がなかったらしい。稜真はアリアとの世代の差を感じた。


「──それじゃ、報告書の内容を説明するね!」




「まず村の魔獣被害をまとめたの。残りは、要点を読み上げるね」


 子供が行方不明と聞き、手分けして捜索を行う。

 稜真が襲われた子供を助け、魔獣のおとりになって子供を逃がした。

 そこへアリアが合流。協力して魔獣を倒したが、稜真が怪我をした。

 隣村に滞在していた巫女メリエルを、村人が呼んでくれた。

 稜真が治療を受ける。

 魔獣の正体が魔猿と分かった。魔猿は群を作る魔獣である。稜真は意識がなく動けない為、アリアは群れの調査に山へ向かった。

 以前知り合ったドラゴンに出会い、魔猿の話を伝えると、怒ったドラゴンが群れに制裁を加えた。

 回復した稜真が、アリアが調査に向かったと聞いて無理を押して山へ向かい、アリアと合流。魔猿に怪我を負わされた稜真に、ドラゴンがお詫びとして剣をくれた。


 アリアがいたのに稜真が怪我をした点が微妙だが、特に追求はされないだろう。


「こんな感じ。後は、お姉さんがきちんと報告書にしてくれるって。私が関与してるから、多少の不審点は誰も気にしないだろうって言われちゃった~」

 あはは、とアリアは笑った。


「お疲れ様。ところでアリア。どうして、ぬしさんに刀を貰った事にしたのかな?」

「迅雷は目立つでしょ? 私もこっちで刀を見た事ないし、お姉さんも見た事ないって言ってた。この世界にあるのかどうかも分からない。珍しい剣で通すにしても、出所を聞かれたら困るじゃない? 女神様に貰いました、なんて言えないもん。その点、出所がドラゴンなら、不思議に思われないと思ったの」


「…そう…か」

 稜真はなるべく目立ちたくない。目立つアリアがいるのだから、せめて自分だけでも目立たずにいようと思うのだ。


「なぁ、アリア。普段使うのは、普通の剣にすべきじゃないかと思うんだ。迅雷はアイテムボックスに入れておいて、いざという時に使えばいいんじゃないか?」

「駄目だよ、稜真。女神様は迅雷の事、なんて言ってた?」

「俺の分身だって言っていたな…」

「分身なら一緒にいなくちゃ。それに剣と刀では、振るい方も違うんじゃないかな。普段から使って慣らしておかないと、いざという時に使いこなせないかも知れない。目立ちたくないなんて、使わない理由にならないよ」

 真面目な顔でアリアは言う。──その言葉は本心だが、ルクレーシアに貰った刀なら、稜真のスキルを使っても壊れる事はないだろう。稜真を心配する気持ちも強いが、スキルが見たいという下心が大きかったりもする。


「そうは言ってもなぁ」

「それにね。迅雷は、アイテムボックスに入りたがらないと思うんだな~」

「入りたがらない? だって、さっきも風呂に行く時は入れていたよ?」

 寝る時にはベッド横の、手の届く所に出しているし、起きている時は身につけている。これは師匠のスタンリーに厳命されていた事だ。普段から武器は手放すな、と。今はベッド横の机に置いてある。


「これまでは、でしょ? 今の話聞いてからじゃ、どうかなぁ。試しに入れてみて」

「聞いて? やってみるけど…」

 迅雷を手に取り、アイテムボックスに入れようとした。すると、カタカタと震えて光を放つ。

「えっ!?」

 もう1度入れようとすると、パシンパシンッ、と宙に小さな稲光が走った。


「ね~、嫌がるでしょ? 私なんて最初、触らせてもくれなかったもの。小さな雷落とされてね~」

「…女神さん、つい加護を多くしすぎたと言っていたけど、意思を持つ刀って……」



 結局、稜真は普段から迅雷を使う事になった。どうしてもアイテムボックスに入ってくれないのでは、どうしようもない。

 国宝である迅雷のこしらえは、一見豪華ではない。その点で目立たないのは幸いだった。見た目は地味な、黒一色の刀なのだ。

 だが、手にとってみれば、つばには繊細な彫りが施されている。さやは黒漆塗りで、金で精緻な模様が描かれている。あくまでも目立たず上品な刀だ。その美しさは、さすがは国宝と言える。


「それにしてもさ。ぬしさんには、色々と押し付けているよね。1度行って、了解貰っておかないとなぁ」

 黙っていても分からないだろうが、それでは稜真の気がすまない。

「うふふふふ。絶対に歌わされるよね。楽しみ~~」

「………きさらと行ってくるから、アリアは留守番して──」

「却下します!」

「クルル!」

 アリアとそらは同時に言った。

「だよ、ね…」



 ──稜真の説得の結果、風呂の間はアイテムボックスに入ってくれるようになった。女神の加護が多い刀。まだ何かやらかされそうで、不安な稜真であった。






 翌日。朝食をすませて薬屋に向かった。

 今日の店番はジルだ。挨拶を交わしてイルゲを呼んで貰う。


「──イルゲさん、昨日は薬をありがとうございました。それでその…栄養剤が飲みにくくてですね。オブラートってないでしょうか?」

「…リョウマ。あんた、あのまま飲んだのかい?」

 イルゲは呆れたように言った。

「へ?」


「うっかりオブラート渡すの、忘れちまってねぇ。とうとう、あたしもボケたか」

「え~! おばあちゃん、栄養剤売る時は、必ずセットでオブラートも売る事って、最初に私に叩き込んだ癖に! リョウマさん、可哀想」

「だから、うっかりしたんだよ。──あ? なんだって? 夜と朝、2回も飲んだ? ……勇者だねぇ」


 稜真は朝の分の薬を飲む時は、水を入れたコップを2つ用意した。それはもう、決死の覚悟をして飲んだのだ。

「皆さんは、あれを普通に飲んでいるものだと思って、頑張ったんですが…?」

「はっ! あんな味の薬、そのまま飲む奴なんて、いるもんかい!」


「……イルゲさん」

 薬をくれた事に感謝している稜真だが、あんまりではなかろうか。アリアとジルの、同情に満ちあふれた視線が突き刺さる。

「不味い薬だが、効き目は保証するさ。ほら! これもオマケしといてやるよ。……悪かったね」

 そう言って、イルゲはオブラートを渡してくれた。


 「悪かったね」の言葉は、かろうじて聞こえるくらいに小さかった。





主人公のモデルの一人が、肺炎になりまして…。

しっかり薬飲んで、とっとと治せ馬鹿~! と言う気持ちが溢れました(^-^;

卒業前のこの時期にねぇ……。早く治るといいな。

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