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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第3章 再会

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70.報告書

「なぁアリア。報告って、どこまでするものなんだ?」

「普通なら、正体の分かっていなかった魔物の種類を報告するだけでいいんだけど、今回は色々あったから…。どうだろ? 正直、私にも分かんないの」

「そう…か。ざっと、聞かれそうな内容を擦り合わせておくか」

 そのまま話すのは不味すぎる。だがどこまで話して良いものか。


 う~ん、とアリアが唸る。

「クルルゥ」と、アリアの肩でそらが首を傾げる。

「まず、アリアの暴走の事は言わない。俺が怪我した事は、皆知っているみたいだけど、改めて報告。後は──」


「別行動した事も、言わないと駄目だと思う」

「そうだね。村の人が知っている事は話した方がいいか。子供の捜索をする為に別行動をした。俺が魔猿に襲われている子供を見つけ、助ける為に怪我をした。倒れる前に、なんとか倒す事が出来て、アリアが駆け付けました、って感じかな」

「魔猿の群れをつぶした事はどうしよ?」

「それか……。村長にも言ってあるしなぁ。ぬしさんの話し方だと、あの群れも何かやらかす可能性があったよね」


 あの辺りの危険がなくなったのは確かだ。ギルドにも伝えた方がいいだろうが、アリアがキレて殲滅しました、は不味いだろう。──多分。


「いい事考えた~。シュリに押し付けちゃおうよ。西峰の山にドラゴンが棲んでる事は、みんな知ってるもんね。山の平和を乱した魔猿の群れを、ドラゴンが制裁しました、って事でどう?」

「押し付けるって…。まぁ、それしかないか」

 話が決まった辺りでギルドに到着した。


 まず奥の解体場に行き、アリアはアイテムボックスから魔猿を取り出した。素材となる部分の値段を計算して貰う為だ。魔猿を見たアリアの表情がこわばる。長い爪に付いた血は、赤黒く固まっている。──稜真の血だ。


「……ごめん、稜真。私…見たくないから、向こうに行ってる」

「…ああ、分かった」


 そらはぶわっと体をふくらませ、魔猿を何度かつつく。

「そら」と稜真が声をかけると、つつくのを止めた。ちょんちょん、と稜真の足元に移動したそらは、どうしよう…といった風に稜真を見上げている。自分を心配してくれているのだろう。山を出てからも、なるべく肩に乗らないようにしているのに気づいていた。


「そら、おいで。お前が乗っているくらいじゃ、負担にならないよ」

「……クゥ?」

 いいの? とばかりに首を傾げるそら。ずっと我慢していたのだろう。嬉しそうに飛び乗る。

「心配してくれて、ありがとな」

 稜真はそらをくすぐってやってから魔猿を見下ろした。


(もっと大きく感じていたけど、こんなものだったのか…)


 追われている時は巨大に感じていたが、こうしてみると小さく感じる。だが、職員の男にとっては、そうではなかったようだ。

「こりゃでかい! おいおい、こいつを一太刀だと?」

 綺麗な切り口を見た職員の男が、呆れたように言う。


「あの…。この魔獣は強いんですか?」

「強いも何も、本来ならCランクのパーティーが討伐する魔獣だぜ。しかもこの大きさ。もっと上のランクが依頼を受けても、おかしくないんだぞ。いやぁ、さすがはアリア様だよなぁ」

「そ、そうですね」

「ここはいいから、報告書を作って来たらどうだ? ジュリアが待ってるんだろ?」

「はい、そうします。よろしくお願いします」

 稜真は男に頭を下げると、アリアを探しに出た。


 アリアはボケーッとして依頼板を見ていた。近くに人はいない。

「アリア、さっきの一部変更。アリアが倒した事にしないと不味いみたいだ。俺が一太刀で倒せるランクの魔獣じゃないらしい」

「稜真の手柄を取るみたいで嫌だけど、仕方ないかぁ」

 アリアは渋々言った。




 しばらくしてジュリアに呼ばれ、2階の個室へ案内された。個室には防音の結界が張ってある。何を話しても、外には漏れないようになっているそうだ。


「さて、と。それじゃ今回の話、聞かせてくれるかしらね?」

 ジュリアはにっこりと微笑んだ。ジュリアにとってこの2人は、どうにも手がかかる弟妹のように思えてならない。そのつもりで遠慮なく扱うと決めた。

 

「お、お手柔らかにね~」

「どういう意味かしら? ──さっさと座りなさい」

「は~い」

「…はい」

 アリアと稜真は覚悟を決めてテーブルについた。


 アリアが言っていたように、本来ならば魔物の種類を報告するだけでいいのだが、今回はアリアが関わっている事、巫女が関わっている事がギルド長にも知られている。ギルドからニッキーに調査の依頼を出した事から、ギルド長に詳しい報告書を求められているのだそうだ。


「えっと、レンドル村に着いてから──」

 アリアが話し始めた。




「──どこから突っ込めばいいのかしらね」

 ジュリアが呆れかえったように言った。

「え~っと、突っ込む所なんて、あった?」

 アリアが聞くと、ジュリアは目を細めた。

「ありまくりよ!」

 ジュリアはバンッ、と机を叩いて立ち上がった。


「何があったのかは知らないけど、端折はしょり過ぎでしょう!? 別行動して子供を探したのはともかく! 村を襲った魔物を倒すだけの依頼で、どうしてドラゴンの山に向かってるの!? 魔猿の群れをドラゴンが倒した? 訳が分からないわ!!」


 言われてみれば確かに、納得して貰える説明ではなかった。やはり、適当な打ち合わせでは駄目だったようだ。

「……すみません」

「ごめんなさい…」


「全くもう…」

 ジュリアはドスン、と椅子に座る。

「話したら不味い所はいいから、順を追って話して」

 アリアは少しの間考え込んでいたが、よしっとばかりに、ジュリアの目をまっすぐに見た。

「お姉さん、全部正直に話すわ。でも、そのまま報告書になると困るの。相談に乗ってくれる?」


「いいのかアリア?」

 アリアが決めたのなら、稜真は反対するつもりはないが、ギルドの職員であるジュリアに話してしまっていいものなのだろうか。

「お姉さんなら、大丈夫よ。信じてるもん」

「信じてくれるのは嬉しいけど、どんな話が飛び出すのか、不安になって来たわ……」



 別行動をした稜真が、魔猿に襲われていたサージェイに出会うまでは変更がない。問題はそこからだ。

 稜真が剣を投げてサージェイを助けた、この後から稜真とアリアは交代で話す。もちろん、迅雷をルクレーシアに貰った話は出来ないので、魔猿に投げ捨てられた剣を拾い、それで倒した事にするなど、ある程度の変更は加える。


「──魔猿はリョウマが倒したの? てっきりアリアが倒したとばかり思っていたわ。リョウマの強さはアリアに聞いていたけど、そこまでだったなんて…」

 ジュリアは2人を呼ぶ前に魔猿を見て来たが、あれを倒す腕前の持ち主だとは思ってもみなかった。


「倒したけれど、リョウマは意識を失った。その後アリアが駆けつけて村へ運ぶ。巫女様を呼んで、怪我は癒された。リョウマが怪我を負った事にキレたアリアが、魔物を殲滅しようとドラゴンの山に行って、魔猿の群れを潰した。病み上がりのリョウマがアリアを追いかけ、ドラゴンと対決していたアリアを止めた…ですって……? はぁ…。何をやってるのよ、あなた達は……」

 ジュリアは頭を抱えた。


「まず、報告書の前に言っておきたい事があるわ。リョウマ」

「…はい…」

 気を取り直したジュリアがこちらを見る視線の厳しさに、思わず稜真は身構えた。


「冒険者が武器を手放すだなんて、何を考えてるのよ!? 絶対やっちゃいけない事よ! 子供を守るために無茶をしたのは分かるけれど、あなたを大切に思う人達がいる事を覚えておきなさい! 宿のご夫婦がどれだけ心配したと思っているの!! 回復魔法をかけられてすぐに動くのも、問題外なの! あなたが助かったのは奇跡だという事を! きっちりと! 頭に叩き込んでおきなさいっ!!」


「はい…。肝に銘じておきます」

 ルクレーシアにも言われたが、もっと自分の行動を見つめ直そうと思う。


「次! アリア!!」

「は、はい…」

「あなたが暴走した訳も、その気持ちも分からないでもないわ。でもね。だからって、どうして魔物を殲滅しようって考えるの! しかもドラゴンですって!? 無茶にも程があるでしょう!!」

「ごめんなさい…。反省してます…」


「はぁはぁ」

 声を張り上げて息が切れたジュリアは、お茶を飲んでひと息ついた。


「報告書…ね。──子供が行方不明になったので、捜索の為に別行動。リョウマが魔猿に襲われている子供を発見し、助ける為に怪我をした。そこへアリアが駆けつけて、魔猿を倒した。その魔猿がリーダーだった群れを、山の平和を乱すのでドラゴンが倒しました、と」

「……お姉さん、お姉さん。それって、私達が最初に話したのと同じじゃない?」

「冗談も言いたくなるわよ。殲滅したのはドラゴンじゃなくて、アリアにした方がいいかしら。みんな納得するでしょうし」

「うえぇ~! 納得しちゃうの!?」

「これまでのあなたの行動を思い返してみなさいな」

「あ…あう~」


(…あ、はは。そこは変えなくても良かったのか)

 稜真に会う前のアリアは、本当にどんな行動をしていたのだろう。


「あ! そうだ、お姉さん。もう1つ追加」

「まだ何かあるの!?」

「そんな声出さなくても…。あのね。稜真のこの刀、ドラゴンに貰ったの」

 稜真が驚いてアリアを見たが、後で説明するとばかりに目配せされた。

「ドラゴンに? 見た事のない剣だとは思ったけど…、刀ねぇ」

「私を止めてくれたお礼だって言って、稜真にくれたの」

「アリアを止めたお礼か。納得したわ」


(あ、あっさりと納得された!? お姉さん、私の事どう思ってるの~)


 怪我する訳がないと言われた事といい、今の事といい、領民の自分を見る目が気になる。だが、それよりも今気になるのは、稜真の視線だ。先程からアリアは、なんとも言えない生暖かい視線を向けられている。


「さて、アリア。どこに出しても納得されるような報告書になるように、内容をまとめるわよ。最後まで付き合って頂戴」

「了解、頑張ろ~。あ、稜真は先に宿に戻ってて。私とお姉さんで考えるからさ。内容は後で教えるね」

「え? 俺も一緒に考えるよ」

「いいから戻ってなさい。病み上がりの人間に手伝って貰わなくても、大丈夫よ」

 稜真はジュリアに手でしっしっと追いやられ、アリアに部屋から追い出された。



 階下まで見送ったアリアは、ずっと大人しく稜真の肩にいたそらに言う。

「そら、稜真の事お願いね!」

「クルル!」

 任せて!とばかりに、そらは稜真の肩で胸を張った。

「稜真、ちゃんと宿で休んでて。遅くなるだろうし、ご飯もお風呂も先にすませてくれていいからね」

「…分かったよ。ありがとな」


 アリアは、稜真がギルドから出て行く事を確認して、ジュリアの待つ部屋に戻った。

「ごめんね、お姉さん。ありがと」

 長丁場になりそうだと感じたジュリアは、お茶とつまめるお菓子を準備してくれていた。

「あの子、怪我して間がないのに動きすぎよ。顔色も悪かったわ」

「目を覚ましてから、ずっと休んでないの。うちに帰ったら、ゆっくり休んで貰うんだ」

「休むかしらねぇ…。ちゃんと気をつけてあげなさい。さーて、頭を悩ませましょうか」

「は~い」






「…うっ」

 ギルドを出た稜真は、めまいがして壁に手をついた。

「クルルゥ…」

 そらが心配そうに稜真をのぞき込んでいるのを感じる。目を開けても視界が真っ暗で何も見えなかったが、しばらく目を閉じていると回復した。

 メリエルは、怪我は癒えても失った血は戻っていないと言っていた。


「ごめん、そら。ちょっと寄り道に付き合ってくれるかな」

「クルル?」




 稜真は薬屋へやって来た。

 店にジルの姿はなく、珍しくイルゲが店番をしている。

「おや、リョウマじゃないか。1人とは珍しいね。その子は、あんたの従魔かい?」


 イルゲは稜真の肩のそらに目をやった。

「あ、すみません」

 いつもは店の外で待っていて貰うのに、うっかりそのまま連れて来てしまった。

「賢そうな子だ。そうやってじっとしているなら構わないさ。──あんたのお目付け役なんだろ? それで用件はなんだい?」

 イルゲは、見透かすような目で稜真を見る。


「増血剤とかありませんか?」

「アリアにかい? あの子はただでさえ血の気が多いのに、必要ないだろうよ」

 そう言いながら、イルゲは棚からいくつかの薬を取り出して、カウンターの上に並べた。


「いや…アリアにじゃなくって…」

「あんたに、だろ? そんな顔色していて、あたしが分からないと思ったのかい。──ほら、これが増血剤だね。こっちは体力が落ちた時に飲む栄養剤。1日3回、どちらも食後に飲めばいいさ。ただし、気休め程度にしかならないからね。1番いいのは、ゆっくりと休む事だよ! お代はいいから、さっさと帰って休みな!」


 薬は1回分ずつ、紙に包まれている。白い包みが増血剤、茶色の包みが栄養剤だと、イルゲは説明しながら袋に入れてくれた。

「あ、ありがとうございます」


 何日分あるのか、小さな袋がいっぱいにふくらんでいる。稜真はありがたく受け取り、店を出たのだった。




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